4、砕けた月が青く見える
その日から、私たち三人の珍道中は始まった。
基本的には当てもなく崩落地点内を巡りながら、彼がよく口にした「面白そうな匂い」のする場所へと向かった。
いろいろな遺物を見つけたり、野生のロボットに襲われたり、独自の進歩を遂げた食獣植物に飲み込まれそうになったり、かつての人類の研究の成果であったであろうキメラに追いかけられたり。
そんな日々を送りながら、私たちはきっと、とても良好な関係になっていったのだと思う。
けれども、この世界のありとあらゆるものは有限であり、終わりがある。私たちのこの日々にも当然、終焉の時は訪れる。
瓦礫の山を覆う緑は増えていき、東京オリンポスの名残は消えていくし、ザ・ブックの本体である本型の角は擦り切れていく。私も表層がだいぶ削れてきて、ところどころ体内の配線も見えてきているところがある。
そして、人は老いていく。
なにか大きな事故や事件があったわけではない。ただ、歳を取っただけ。トレントは加齢によってその生を終えようとしていた。
私たちが出会ってから約三十年。
出会った当初に四十代だった彼が三十年経って寿命を迎えるのは別に不自然なことじゃない。自然の摂理に則った当たり前の結末を迎えるというだけのこと。出会ったばかりの頃は長い旅路を乗り越えてきた力強さをまとっていた彼のその肉体は、今や枯れ木のようにやせ細り、横たわっていた。二年前の脚の骨折から、あっというまに衰えていったそのスピードに、改めて人間の肉体の脆さというものを思い知る。
「なにかいる? 水とか飲みたくない?」
そう訊ねてみると、彼は小さく首を横に振る。
「気は使わなくていいさ。のどが乾いたら自分から言うよ」
と言って彼は親指を上げる。
「そう……」
彼の言葉は本心からのものなのだろうか。それとも、私たちに心配をかけまいとする強がりなのか。いつだって飄々と冗談を言ったり嘘をつく彼の本心は三十年経った今もうまく読み取れない。
「そんな顔をするなよ。もう俺はいつ死んだっていいんだ。心残りや後悔もない。お前たちとめくるめく大冒険もしてきて、本当に充実した人生だったと思ってる。きっと、今地球上に存在する数少ない人類の中では最上級の幸せ者さ」
それが彼の本心であってくれればいいな、と私は願う。
彼との日々は私の数百年の稼働期間を思えばとても短いものだったけれども、それでもこれまでに出会った人間の中では一番濃密な日々を過ごした仲だ。
そんな彼の最期がせめて心安らかなものであってほしいと願うのは当然のことだろう。
「この先、俺がいなくなっちまったって、また二人の旅に戻る、ただそれだけのことだよ。けどまあ……やっぱりそこに俺がいねえのはちょっと嫉妬しちまうな」
なんて言って、彼は笑おうとして、小さく咳き込む。
「大丈夫?」
と手を伸ばそうとした私を制するように右手を小さく上げて、彼は大きく息を吐き出した。
「なあ、ザ・ブック。なにか物語を聞かせてくれないか。ずっと横になってるしかできねえと暇で暇で仕方がねえんだ」
「ええ、喜んで」
そうリクエストされると、ザ・ブックはいつものように流暢に物語を語りだす。それもまた、これまでに聞いたことのない新しい物語だった。彼の膨大なストックの量の物語は未だ尽きる気配を見せない。
その物語を、私もトレントの隣に座りながら聞く。
今日の夜はいつもに増して砕けた月が青く見える。
そして彼はザ・ブックの物語を聞きながら、そっと眠るようにして息を引き取った。




