1、“いい未来”へと
「こうして人類史上最も偉大な建造物はたった二人の個人的な感情の前に崩れ去ったのです。被害は約三千万人の死者と一千万人超の重軽傷者。跡に残った映像から後人がオリンポス崩壊の原因を解明しようとし、その原因が一人の男であったことから、トーキョージェノサイドとして後世に語られることとなりました」
そう語り終えると、ザ・ブックは大きく頭を下げた。
私は拍手も忘れて呆けてしまった。
「本当にそんな出来事があったの?」
「さあ、どうでしょう。真相は明かさないほうが物語として魅力的ではないですか?」と、彼は不敵にほほ笑む。そして、頭上を指さす。「ちなみに、あの砕け散った月は月面基地での新エネルギー開発実験の失敗による大事故だと表向きは発表されていますが、実はそうではありません。本当はオリンポス崩壊後にNASAへと引き継がれた日本の研究資料を基に、月面基地で開発された月の牢獄に閉じ込めた魔女柏木アリサが脱獄するときに勢い余って月を破壊してしまった、というのが事の真相です」
「本当に?」
「さあ、どうでしょう」
ザ・ブックの悪戯っぽいその曖昧な態度に笑ってしまう。
改めて周囲を見渡す。東京オリンポス、その崩落地点。
この場でザ・ブックが語るような物語をイメージする。
それは、世界が崩壊する悲劇的な物語でありながら、同時に愛が成就するハッピーエンドで、私にとっては希望の物語でもあった。
「ねえ、ザ・ブックの話した通りなら、この世界はいずれまた再構築されるってことよね?」
「ええ、そうですね。その可能性は高いと思います」
「今からまたずっと先の未来、数兆年か数京年、数垓年か、それよりもっと。那由多ほどの時を経た先で再構築された、今の世界に限りなく近い、けれども今の世界とは違う世界で再びトレントと出会えるのかもしれないよね?」
「ええ、そうですね。」
ザ・ブックのその言葉は少し、優しさを帯びているように聞こえた。
「なら、いいや。その時は今よりももっといい出会い方をして、もっといい旅をして、もっといい別れをしよう。それでも足りないのなら、さらに次の機会に。そんなふうにしてより良い日々を目指していくんだ」
「それはとても素晴らしい決定だと思います」
「でしょ? 我ながらとてもいいアイデアだと思うわ」
きっと、そんなふうにして。
かつての東京オリンポスを駆け抜けた彼ら、彼女たちもまた、再構築された世界が生まれたときに、より良い未来を目指すのだろう。そうしていずれはオリンポスが崩壊せずともアイリスを救い出せるような結末も、そもそもアイリスさえも利用せずに成立するようなシステムの完成も。いずれはそんな領域にまでたどり着く時がくるのかもしれない。
もしかしたらAZとはそのための装置なのかもしれないな、なんて思う。人類がよりよく進歩していくための記憶装置、記録装置。
それは根拠もない私の勝手な妄想だけど。
けれどもそうならいいな。
と、ただ純粋にそう思う。
オリンポスの崩壊したこの跡地で残り少ない寿命の私はザ・ブックと共に生きていく。できるだけ後悔を残さないために、日々を懸命に。
それがほんの少しでも“いい未来”へと続いていくのだと信じて。




