28、世界の終わりはなんて美しいのだろう 《アイリス》
「でも、彼女は変えたわよ?」
と魔女が告げた時、なにかが明確に一線を踏み出したような感覚があった。たしかに伊達雲乃という少女はイレギュラーな存在だっただろう。けれども未来視というものがあくまで過去の記憶のダウンロードだという特性からも、絶対のものではないというのは当たり前のことで、今回の騒動も初めてのことではあったものの、けれどもそのうえで最終的にはメビウスが私を諦めてオリンポスは存続していくといういつもの大筋は変わらないものだと思っていた。
けれども。
けれども今回、その大筋が揺らいでいるというのを初めて感じる。
「さあ、貴方はどうするの?」
という魔女の言葉に、メビウスが今までにないくらいに揺れ動いているというのが手に取るように分かった。
これまでに那由他ほどに経験してきたメビウスが私を諦めるという選択。それが揺らいでいる。その事実になぜだか少し高揚している自分がいる。
私はオリンポスの崩壊を望むのか?
私は桜爽を恨んでいたのか?
私は私を犠牲に成り立っていたこのシステムを嫌っていたのか?
違う。それは全部違う。
オリンポスは存続してほしかったし、桜爽のことは好ましく思っていたし、システムにはむしろ感心を覚えていた。ただ、メビウスがこのオリンポスよりも私を選ぶかもしれない、という状況に高揚してしまっているのだ。
魔女の言葉に逡巡するメビウスの瞳が揺れている。
揺らいでいる。
彼が果たしてどちらを選ぶのか。彼の選ぶ先が分からない、という未知がこんなにも私の胸を鷲掴む。
そして彼は告げる。力強く、けれども少し頼りない、少年のころの面影を思わすような声で。
「アイリス、行こう」
と。
なんて魅力的な言葉だろう。選択肢なんてもう無いと思っていた私の常識を覆す、蠱惑的な響きを孕んだ愚直な言葉。その言葉に視界が滲む。こんなことが許されるのだろうか。それを確かめたくて思わず彼に訊ねてしまう。
「本当に?」
なんて。これまでに視たことはないけれども、それでももうこの先の行く末なんて、とうにわかりきっているのに。
ふっと、彼が笑ったような気がした。
そんな彼が迷いなく私をポッドから出すと、すぐさまオリンポスの崩壊が始まった。
揺れる足元、響く轟音、崩れ去りゆくオリンポス。
それらはすべて。
初めての経験で。
五千万の命を脅かす大災禍だ。けれども、だというのにそんな光景から目を背けることができない。目を、離せない。
降っていく瓦礫も、ほつれていく配線や折れていく配管も、次々と舞い上がっていく粉塵も、砕けて散っていくガラス片も、飛び散る血飛沫も、粉砕していく草木も、いたるところで光る火花も、そして降らない雨も。そのすべてが愛おしい。
ああ、世界の終わりはなんて美しいのだろう。
なんて――思ってしまう私はきっと、間違っている。




