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東京オリンポス・カタストロフ  作者: 綿柾澄香
トーキョージェノサイド
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36/40

27、世界が終わる音は 《メビウス》

 桜爽(おうそう)の胸ぐらをつかんだものの、結局握りしめた拳をどうすることもできずに俺はそこから動けなかった。


 アイリスをここから出すとオリンポスが崩壊する。


 魔女や伊達雲乃たちと共に駆け抜けた東京オリンポスの各階層を思い出す。とてもシステマティックに構築され、洗練されながらも温かみも感じる超高機能な都市。そしてそこに住まう人々はみんな自分と同じ人間だった。


 最初に東京にたどり着いた時には憎むべき象徴のように思えたのに。


 崩壊するとなると話は変わってくる。ここに住む五千万の人々は何も知らない、ただ普通に日々を過ごしているだけの無辜(むこ)の人々。そんな人々を犠牲にアイリスを救うというのは、本当に正しいのか。


 天秤は傾(かたむ)く。


 彼女の言う通り、俺は彼女を諦めるのかもしれない。だって、俺に五千万もの命運は重過ぎる。


 けれども。


 けれどもそこにあの魔女が割って入った。いつだって、俺たちのゆく先々をかき乱し続けた魔女。そんな魔女の言葉が天秤を揺らす。


「でも、彼女は変えたわよ?」


 と、新たな可能性を提示して。


「さあ、貴方はどうするの?」


 なんて、さらに天秤をぐらぐらと揺らす。


 思い返すは過去の思い出。紛争地域を彼女と共に駆け抜けた日々は、常に命の危機と隣合わせの紙一重の日々だった。けれども、この上なく充実し、満ち足りた日々だった。


 ああ、もう一度彼女とそんな日々を共にできたのなら。

 今からでも遅くは無いだろうか。


 五千万の命を踏み台にして成立する俺たちの幸福を彼女は受け入れてくれるだろうか。


 なんて、気が付けばいつのまにか、オリンポスを見捨ててアイリスを救ってしまおうという思考にシフトしてしまっていることに気付く。


 そうだ。俺は、こんな世界がどうなろうとも、それでもアイリスと共にありたいんだ。


「アイリス、行こう」


 そう彼女に告げて、俺は彼女につながった数多の管を引き抜く。


「本当に?」


 と呟いた彼女の表情は子供の頃ですら見たこともないほどに泣き出しそうな表情で、初めて見たそんな彼女の表情に思わず笑ってしまいそうになる。


 やめろ、と桜爽が叫んだ気がしたけれども、それもずいぶん遠くから聞こえるような気がした。


 彼女をポッドから引きずり出すと、すぐさま轟音が鳴り響き、立っていられないほどの振動が襲ってくる。早くもオリンポスの崩壊が始まったようだった。半ば脅し文句なんじゃないか、なんて思っていたのだけれども、どうやら桜爽の言う通り、本当にオリンポスは崩壊するらしい。


 この研究室内にあるいくつかのモニターには外の様子が映し出されている。


 ぼろぼろとオリンポスの外郭がほどけるようにして崩れているのが見える。もっと下層からの映像と思われるものには、空から降り注ぐ数多の瓦礫、金属片、ガラスが人々に襲い掛かっている。


 映像からの音声は聞こえてこないものの、人々の叫び声が聞こえてきそうなほどの阿鼻叫喚(あびきょうかん)の光景がそこには広がっていた。


 見上げれば、まるで連なる十の巨大な天使の輪が砕けながら降ってくるような幻想的で見惚(みと)れるほどの光景が。見下ろせば、逃げ惑う人々が次々と潰されていく地獄絵図が。その対極のような状況が同時に存在していることが信じられなかった。


 けれども。


 けれどもまあ、そんなことはどうだっていい。


 抱きしめるアイリスの体温は少し、低かった。そんな微かな熱を腕に抱きながら、俺たちは崩壊していくオリンポスをただ眺めていた。


 世界が終わる音は盛大で。


 そして――少し、心地が良かった。

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