24、今はもう脅威ではない 《桜爽》
警報が鳴り、オリンポスがメンテナンスモードに入った時、メタトロンが珍しく微笑んだのが見えた。理由を訊ねると「彼が、来る」と嬉しそうに答えた。詳細を説明させると、彼女の幼馴染が彼女を取り戻そうとやってくるのだという。それは、これまでの彼女の記憶の中では何度も体験していることで、色々なパターンを経験したけれども、さすがに今回のような大規模な混乱は初めての経験だったらしく、それを喜んでいた。
「いつだって彼はどんな手を尽くしてでも私に会いに来ようとしてくれる」と。
本当に嬉しそうに。
そんな彼女の表情に、胸が苦しくなったのはなぜだろう。私だって、彼女のことは特別な存在だと認識している。小さなころから父の偉大な功績はいつだって私の足枷となった。大きくなって父の手伝いをするようになってからも「お前なら“真の”ラプラスシステムをいずれ完成させることができるはず」と呪詛のような期待を浴びせかけ続けた。そんな私と歳も近かった彼女とは幼い頃には互いに話し相手、遊び相手にもなって過ごしたというのに。
彼女を一番理解し、活用し、その力を最大限発揮できるのは自分以外にない、という自負がある。
けれども彼女は言う。いつだって、彼は私の救出を諦める。五千万の住人の命と私の自由とを天秤にかけて、五千万の人々の命を救うことを選ぶ。彼は優しいから、と。懐かしいものを思い出すような目で。まるでその男のことを何でも知っている、とでも言わんばかりに。
そんな彼女の語る言葉一つ一つに心臓を直接切りつけられるような痛みを感じ、吐き気を覚える。
けれどもそれはつまり、同時に私の勝利を意味する。
彼女は最終的に私の手の中に残るのだから。だから、彼がどんなに彼女を求めようと関係ない。私は彼に引導を渡す言葉を告げるだけ。かつて核兵器が世界大戦の抑止力となったように、このオリンポス崩壊、五千万の命を抑止力、盾として私は彼に告げる。
「彼女の言う通りだ。許可なく彼女をそのポッドから引き離せば、オリンポスが自壊するようにプログラムを組んである」
「……は?」
なんて、間抜けな声を出す彼に、この上ない優越感が背筋を駆け上るのを感じる。
「メタトロンが……アイリスがお前にとってだけ大切な人間だと思うなよ?」
私を見るメビウスの表情がみるみる険しくなっていく。
「ふざけるな!」
そう叫んで私の胸ぐらをつかんだ彼だけれども、今はもう脅威ではない。




