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東京オリンポス・カタストロフ  作者: 綿柾澄香
トーキョージェノサイド
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26/40

17、お願いだから 《ヒカル》

 それはほぼ同時に起きた。


 モノちゃんは唐突(とうとつ)に床に飲み込まれて、その場から消えてしまった。そして、魔女アリサは床から伸びてきた円錐(えんすい)に腹を貫かれていた。


「モノちゃん!」


 と、名前を呼んでみるけれども、その姿はどこにも見当たらない。


「くっ……!」


 アリサは小さくうめき声をあげた。

 そんなアタシたちを尻目に桜爽(おうそう)はメビウスに向けて言う。


「お前たちが来る前に床にナノマシンを散布しておいた。お前たちは今、私の胃袋の中にいるも同然の状況さ。未来視の少女は失い、魔女は負傷した。さあ、もうお前に手札はないぞ。諦めたらどうだ?」


 その言葉に、メビウスはただただ苦虫を嚙み潰したような顔しかできない。そうこうしているうちにアリサが腹を貫いていた円錐を切り落とし、それを腹から引き抜いていた。大量の出血があったけれども、傷というよりももはや穴が開いていると言っても過言ではなかったその腹の傷は瞬時に消え去る。


 それを見て、ああ、そうか。魔女は確か不死だったな、なんて思い出す。


「はっ、はあっ、今のなによ⁉」


 アリサは不機嫌そうに桜爽を睨(にら)みつける。


「なあ、柏木アリサ。ここは宇宙開発機構の最先端となる研究所だ」


「だからなによ」


「宇宙開発、つまりは月面基地開発のための研究をここで行っていたわけだが、そもそもその月面基地の建設目的を知っているか?」


「そんなもの、知るわけないでしょう?」


 不機嫌な魔女はより不機嫌になる。その気持ちはアタシもなんとなくわかる。いったいなぜ彼がわざわざこの施設について説明をし始めたのか、その理由が分からない。まるで、アタシたちを煙に巻こうとしているかのように思えてしまう。


「表向きは月面に基地を置くことによって、火星やさらにその先への宇宙探索の足がかりになる場所にしよう、というのが宇宙開発の最大目的とされていたわけだが……実はその目的は真の目的を隠すためのカモフラージュに過ぎなかったんだよ」


「カモフラージュ……?」


「そう、そしてその真の目的というのが……魔女、特にお前だな、柏木アリサ。お前を投獄するための牢獄を月に建設する、というものだったんだよ」


「……は?」


 それはあまりに突拍子もないことのように思えた。魔女を閉じ込めるためにわざわざ月に牢獄を建設するなんて、とても正気とは思えなかった。けれども、桜爽の表情はとても嘘をついているようには見えなかった。


「べつに、そう難しい話をしているわけじゃない。ただ単純にそれだけ魔女という存在が我々人類にとって脅威だということさ。その証拠に、今、この瞬間もそうだ。魔女アリサ。お前がほんの少し動いただけでオリンポスはこの有り様だ」


「べつにこれは私のせいだけでこうなったわけじゃないんだけど」


 少し、拗ねたように言い訳をするアリサ。それを無視するようにして桜爽は続ける。


「それに、以前にも言ったように魔法はもうすでに解明されつつある。その完全な解明が成されれば、魔女という存在は我々にとっては不要なものとなる。まあ、普通の魔女程度の力ならば、それなりに共生もできようが、お前は少し……強力すぎる。それに、あまりに凄惨(せいさん)な事件を起こした前科もある。一度はその魔法の研究に協力するという名目のもと、恩赦(おんしゃ)を与えられたが、それでもお前はずっと潜在的に恐怖の対象だった。なにせ、本気を出せばいつだって世界を混乱に陥れることができるんだからな。端的に言って、お前は世界の敵とみなされている。だから、世界中の首脳が集まった会議で可決されたのが、このプロジェクトだったというわけさ」


「そんなバカみたいなことを世界中の偉い人たちが集まって決めたの? 本気のバカなの?」


 なんて、アリサは吐き捨てる。


「それだけお前は危険な存在だということなんだよ。もう少し自覚したほうがいいぞ。まあ、もう手遅れかもしれんがな。お前も気づいただろう? この研究所自体の仕掛けに」


「この研究所の壁のこと?」


「ああ、そうだ。この壁はプラナを遮断、吸収するようにできている。つまりこの中ではお前は魔力を取り込むことができない、ということだ」


 研究所の外でアリサが黒い壁に触れて驚いていたのを思い出す。あの時彼女が驚いていたのはそういうことだったのか、と腑(ふ)に落ちる。そもそも、この建物自体が彼女にとっての牢獄のようなものだった、ということか。


「そうみたいね。魔力を阻害するこの壁にずっとノイズのようなものがあって、気が散ってたのよね……」


 なんて言って、アリサは自らのお腹をさする。さっき円錐が貫いたところだ。服には穴が開き、そこから彼女の白すぎるくらいの素肌がのぞいていた。額には汗がにじんでいる。彼女がこんなにも狼狽(ろうばい)する姿を見ることになるなんて、思いもしなかった。


「ということで、ここで少し大人しくしていてくれないか?」


 と、桜爽が告げると同時に研究所内のスプリンクラーが作動した。


 二百メートル上から降り注いでくるその水滴は私たちの立つこの地上に到達する直前に約二メートル四方の黒い箱となって、アリサめがけて落下していった。負傷しているアリサはそれを避けることもできずにそのままその黒い箱の中に閉じ込められてしまう。


 これでこの場に残ったのは何の力も持たないただのバレー部所属の一般人であるアタシと、同じく特別な力を持たないおじさんのメビウスだけとなった。しかも、スプリンクラーの水で全身ずぶ濡れになってしまっている。おそらくはこの水もオリンポスの雨と同じく桜爽が自由自在にコントロールできるナノマシンなのだろう。それはさっきアリサを閉じ込めた黒い箱を中空であっという間に生成したことから、ほぼ確実だ。


 気が付けば、桜爽の姿も消えてしまっていた。どうせ今回もここに来てはいなかったのだろう。ただ、ホログラムでその姿をアタシたちの前に見せていただけ。そして、その姿が消えてしまったということは、もうこの場に用はなくなったということなのだろう。未来視持ちのノモちゃんを手に入れて、魔女は捕らえた。アタシたちなんて、もう放っておいても問題はないと判断したに違いないだろうし、事実、アタシたちにできることなんて、もうなにも無かった。


 スプリンクラーから降りしきるナノマシンの雨。

 それに打たれながらうなだれるメビウス。その後ろ姿は哀愁に満ちていて、可哀相にも思えた。


 けれども、こんな結末でいいわけがない。

 だって。


 ――だって、こんなことになってしまったのは全部アタシのせいだ。


 そう、そもそもアタシが魔女に会いたい、だなんて言い出さなければこんなことにはならなかった。モノちゃんを誘わなければ、こんなことにならなかった。アタシが面白がらなければ。すべてはアタシのせいだ。モノちゃんはただ巻き込まれただけ。


 全部アタシが悪い。

 なら、ちゃんと責任は取らなければ。モノちゃんを助けなければ。


「ねえ、メビウス」


 その声にメビウスはゆっくりと振り返る。ナノマシンの雨に打たれて濡れた瞳は涙を流しているように見えた。


「……なんだ?」

「アタシは貴方の裏切りを許さない」


「ああ、そうだな。それは当然の怒りだ。君にはその権利がある」

「貴方は本当に最低」


「だな、知っている」

「アタシは一生貴方を恨み続ける」


「もちろん、そうしてもらって構わない。その覚悟はある」

「でも……こんなことでアイリスさんを諦めるの?」


 ピクリと彼の肩が跳ねる。アイリスという単語に反応したのだ。


「アタシは諦めないよ。絶対にモノちゃんを助ける。全部アタシの責任だから。メビウスもずっとアイリスさんを探していたんでしょう? それこそ何十年も。それはここで諦めてしまえるほどの熱量なの? 違うでしょう? アタシたちを裏切ってでも会いたいと願った相手なんでしょう? なら、アタシと手を組んでよ。アタシはモノちゃんを助けるために桜爽のもとへ向かいたい。貴方はアイリスさんを助けたい、そのために桜爽のもとへと向かいたい。目的地は一緒よ。貴方のことは憎いけど、敵の敵は味方っていうしね。少なくとも、モノちゃんを助けるまでは、アイリスさんを助けるまでは協力してあげる」


 だから、こんなところで折れてるなよ、お願いだからシャンとして。


 ――アタシひとりじゃなにもできないから。


 手を貸して。


 そう願うアタシの心を彼が知らなくたっていい。ただ、ハッタリでもなんでも彼が再び前を向いてくれればいい。それをアタシは利用するだけだから。


 メビウスはアタシを見る。


 その表情にかすかに熱が灯ったように見えた。それは、アタシの願望からくる錯覚だったのかもしれないけれど。


 それでも。


「ああ、そうだな。俺だって今さらアイリスのことを諦めるなんてできない」


 そう彼に言わせることができたのならば上出来だ。


「じゃあ、まだ共闘するってことで」


 そう言って手を伸ばそうとしてやっぱりその手を引っ込める。裏切り者の彼と握手まではまだ出来そうにない。


 そう思ったところで大きな爆音が轟いた。

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