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東京オリンポス・カタストロフ  作者: 綿柾澄香
トーキョージェノサイド
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15、第十層へ 《雲乃》

「うわぁ、絶景だねぇ。地球が丸いよ!」


 なんて、ヒカルは展望台から望遠鏡を覗きながら楽しそうに言う。


 第九層【アフロディーテ】は世界中からこの東京オリンポスに来る観光客に向けた展望フロアになっている。


 標高九千メートル付近からの地平、水平が観られるのは世界でもここだけのもので、このオリンポスの観光名所の代表格と言ってもいいだろう。ただ、東京オリンポス生まれ東京オリンポス育ちの私とヒカルはここに縁はなかった。


 地元の観光名所に地元民が行かないのはまあ、観光名所あるあるだろう。


 私も、そこで初めて見る光景に思わずため息を漏らしてしまった。そして、こんな途方もない建造物を造ってしまう人類という種に少し、怖さも覚える。普通に中で暮らしていたぶんにはそんなこと気にも留めなかったのに。


 第十層【アルテミス】は宇宙開発機構の研究所が置かれていて、基本的に一般の人が出入りすることはできない。なので、私たちはとりあえず第九層で車を降りた。オリンポスに制限がかかっている緊急状況下ということもあってか、観光客はまばらで、みんなこれからどうしよう、どうやって帰ろうか、なんて不安そうにしている。そんな中で呑気に望遠鏡を覗くヒカルや私は少し、周囲から浮いているかもしれない。


『おやおや、この展望フロアの情報が必要ですか? この展望フロアは多くの観光客に人気のスポットとなっていて、とくに晴れた日には世界で唯一富士山を見下ろして楽しむことのできる施設として……』


 なんて語るザ・ブックを尻目にメビウスは腕を組んで、これからどうしようか、なんて頭を悩ませている。それを少し後ろから面白そうに眺めているアリサの姿があって、やっぱり私たちはバラバラで、チームではないのだ、と感じる。


「なあ、ザ・ブック。ここから十層に上がる手段は何かないのか?」


 と、メビウスが訊ねる。


『第十層【アルテミス】に入るには定期的に行われている宇宙開発見学ツアーに申し込み、当選する方法が最も一般的ですね。ただし、倍率は常に十倍を超え、当選はかなり難しいと思われます。あ、ちなみに【アルテミス】という名称は月の女神である……』


 なんて、やっぱり話が脱線しそうになるザ・ブックを遮ってメビウスが訊ねる。


「いや、そういうのじゃなくて今すぐに入りたいんだが」


『今すぐに、ですか。関係者でないのならば、その見学ツアー以外に入る術は無いのですが……なにか急用ですか?』


 ザ・ブックはメビウスを見上げながら小首を傾げる。メビウスはその問いにどう答えるべきか考えているようだった。オリンポスの状況によって、ザ・ブックは緊急プロトコルを発動し、ある程度の自由は利くようになっている。この問いも、緊急下ということでなんらかの施策を提示しようとしてくれているのかもしれない。けれども、元々彼はオリンポス側の立場のAIを搭載したツールだ。


 対して、メビウスの目的はアイリスとの再会。そのために彼はラプラスシステムの中枢を目指している。それを正直にザ・ブックに伝えることはメリットになるのか、デメリットになるのか。目的をうまく隠したまま彼になんらかの手段を提示させることが可能なのか。そんなことを考えているのかもしれない。


 けれども、そこはそう難しく考えなくてもいいかもしれない、なんてふと思う。


「そこにはね、メビウスの会いたい人がいるかもしれないの」


 気が付けばそう口にしてしまっていた。


『ほう、なるほど』


 と、ザ・ブックは私のほうに向き直る。


「私たちは彼をその人に会わせてあげたいから、ここまでやって来たんだよ」


『連絡も取れない状態だ、と?』


「うん、そうだね」


『ふむ、確かに。このオリンポスの緊急状況下で知り合いに会えない、というのは不安ですね。すぐにでも相手の現状を知りたいというあなたたちの気持ちも理解できます』


「でしょ?」


『ええ。そういう事情ならば、私も協力しましょう』


 そう言うと、ザ・ブックは両手を腰に当てて胸を張る。お任せあれ、とでも言わんばかりだけれども、三頭身のおじさんはあんまり頼もしくは見えない。


「……なんか、うまく情報を引き出せそうだな」


 と、メビウスはそっと私に耳打ちする。


「まあね」


 ザ・ブックに対して嘘はついていない。メビウスは本当にただアイリスに会いたいだけ。そして、第十層に彼女がいる可能性が高いのも本当だ。ただ、状況が有利に働いた。緊急事態下で会えなくなってしまった相手と会おうとするのは人として不自然な行動ではない。そして、緊急プロトコルによって、ザ・ブックの制限は解除されているものの、オリンポスの機能低下によって彼の性格が個性を帯びているのがいい方向に作用しているようだった。


『私が第十層へのルートを検索します。警備は厳重ではあるものの、その合間をうまく縫っていけば、十層に入るまではそう難しくはないと思われます。入ってからは難易度がやや上がりますが、問題ありません。アルファ研究所の入り口までならば私の指示通りに動けば辿り着けるでしょう。ただ、各研究所に入るとなると、その難易度は跳ね上がります。アルファ研究所の中に入るには関係者の顔認証と音声認証、そして貸与された高ランクのセキュリティIDとアポイントメントが必要です。これをどうするかが問題なんですが……』


 と、そこまで言ってザ・ブックは『ふーむ』と考え出してしまった。けれども、そこまで聞いたアリサが会話に割って入ってきた。


「けど、ま。目的地の目の前までは行けるんでしょう? なら行ってみましょう。あとのことは着いてから考えればいいじゃない」


 そう能天気に言う。


 ――いや、アンタは魔法が使えるからどうとでもなるだろうし、絶対に面白がってそう言って唆(そそのか)そうとしてるだけだろう、この魔女め。


 なんて思ってしまうものの、確かに目的地の目の前にさえ到着してしまえばどうにかなりそうな気もしなくはない。第二層でのいざこざや、第五層での大立ち回りも、ここまでの道のりも、なんとなくうまくいって今に至っているのだから。


「ま、そうだね。とにかく目的地に近づくことは悪くないと思うよ」


 と、ヒカルが同意する。


「ああ、そうだな。俺もそれでいいと思う」


 メビウスも続けて同意する。けれども、それはあまりメビウスらしく無く思えた。彼にしてはずいぶんと短絡的な気がする。ただ、アイリスの目前まで迫る可能性に現実味が増して、彼も高揚しているのかもしれない。もしくは焦りか。


 私も、ゴールが近づいているような気がして、その提案は悪くないように見える。


 こうして私たちはいよいよ第十層へと向かうことになった。恐らくはこれで物語は正しく終幕へと向かいつつあるのだ、と信じながら。

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