13、日本中央図書館 《雲乃》
「やっぱり飛んだほうがマシだったな⁉」
なんて、相変わらず超高速でほかの車を追い抜いていくマシンに、メビウスが引きつった表情でアリサに抗議している。けれども、そんな言葉もお構いなしに彼女は華麗なハンドルさばきで軽やかに第五層へと向かっていく。
私たちが住む見慣れた第四層の光景は、流れ星のようにあっという間に後方へと流れていった。
第五層【デメテル】の中心、そこに鎮座するように堂々と構える日本中央図書館。
そこに到達するよりもずいぶん前、第五層に入った直後から、アリサの表情が変化し、口数が減った。
「どうしたの? なにかあった?」
そう訊ねると、彼女は前方を見据えたまま答える。
「いや、ちょっとね。なんだか図書館周辺が騒がしいというか……ずいぶん警備が厳重みたいなのよね。まるで私たちが中央図書館に向かうのを知っていて、先回りされたみたいな……私、なにかドジったかしら?」
「え、そうなの? どうするの? このまま図書館に行くの? 大丈夫?」
「さあ、どうかしらね。どうする? メビウス」
と、アリサはバックミラー越しにメビウスの表情をうかがう。
「どうって情報が無いとどうにもならないし、とにかく行くだけ行ってみるしかないんじゃないか? とりあえず様子だけでも見てみてヤバそうならいったん離脱する、みたいな感じで」
「はっ、行き当たりばったりな作戦ね」
なんて、魔女は笑う。
「悪いか?」
「いえ、そういうの好きよ。予測の利かないイレギュラーな展開ってワクワクするもの」
「未来予測システムが確立したこのオリンポスで予測の利かないイレギュラー―な展開を求めるのは難しいかもしれないが……」
「でも、今現在オリンポスはすでに発生したイレギュラーによってその機能を低下させている。なら、行き当たりばったりな作戦も意外と勝算はあるかもしれないわね」
そう言うとアリサはさらにアクセルを踏み込んだ。
「まだスピード出るのかよ⁉」
なんて叫ぶメビウスを尻目に機体はグングンと加速していった。
* * *
第五層デメテル中央区画日本中央図書館。その正面入り口を繋ぐブリッジ前に魔女の赤い車は停車した。
図書館はすぐ目の前。
けれども、周囲には雨が降り、ブリッジ上には警備アンドロイドが数十体配備されていて、明らかに警戒態勢が敷かれている。オリンポスの雨は桜爽がコントロールするナノマシンなので、当然それに触れるわけにはいかない。アリサの車体は魔法によって雨に触れないようになってはいたものの、ここから無事に図書館に入れる気がしない。入れたとして、ゆっくりと情報を検索させてもらえる時間が与えられるとも思えない。
「……さて、どうする?」
アリサがポッと呟く。到着前の予定では様子を見てヤバそうなら離脱する、とは言っていたものの、このまま離脱すればこの先の足がかりが無くなってしまう。
「アンタの魔法でどうにかならないのか?」
メビウスはアリサの表情をうかがう。彼女はニッと意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「そんなの、面白くないじゃない。私はもっと貴方たちが課題に対して無様に泥臭く足掻くさまを見たいのに」
「……本当、趣味が良いよ、アンタ」
「ありがと、よく言われるわ」
そこまでの二人のやり取りを見ていたヒカルが、不意に口を開く。
「ねえ、アリサはアタシたちが自分自身で頑張る分には少しは手伝ってくれるんでしょ?」
「ええ、そうね。アシストくらいならしてあげるけど」
それを聞いて、ヒカルは何か納得したように小さく頷いた。
「なら、アタシがあの図書館の入り口まで走って戻ってくるまでのルートの確保くらいはお願いできたりする?」
「ふむ、約一分ってところかしら。まあ、それくらいならいいかしら。でも、入り口まで走って戻ってくるだけじゃ何も調べられないんじゃないの?」
「大丈夫、入り口まで届けばなんとかなる……はず」
「そ、考えがあるのね。なら、乗ってあげる」
なんて、魔女は楽しげに笑った。
* * *
「よし。じゃあ、行くね」
と、車内で軽く準備運動を済ませたヒカルがドアに手をかけた。その手はかすかに震えていた。こんな時こそ私の未来視が発動してくれればいいのに。そうすれば少しは助けになるかもしれないのに。けれども今は、それが視える予兆すら感じられない。
「ねえ、本当に大丈夫?」
訊ねると彼女は親指を立てて見せる。
「大丈夫、大丈夫。バレー部の脚力、見せてやりますよ」
バレー部の足が速い、というイメージはあまりない。もちろん遅くはないだろうけど、それでも陸上部なんかと比べればどうしたって差はあるだろう。けれども、今はそんなことを言っている場合ではなかった。メビウスはおじさんだし、私は帰宅部。魔女アリサに至っては走るイメージなんてまったく湧かない。この面子では“走る”という行為においてもっとも信頼が置けるのがヒカルだったのだ。
「じゃあ行くよ」ヒカルがグッとドアにかけた手に力を込める。その声は揺らいでいた。「よーい……ドン!」
セルフでそう合図すると、彼女は勢いよく車外に飛び出した。
その動きに合わせるようにアリサも車外に出た。右手の人差し指を伸ばすと、ヒカルの周囲の雨は消えていく。さらに左手の平でヒラヒラと払うような動作を見せる。すると、ヒカルの進む先を塞ぐように立っていた警備アンドロイドが次々となぎ払われていく。次いで、右手の拳を握ると遠目からヒカルを狙うようにしてテーザー銃を構えていたアンドロイドたちの手元から、そのテーザー銃が弾き飛ばされた。
指揮者がその指揮を振るうように、軽快なリズムを刻むかのように振る舞うアリサの姿は堂々としていて、凛とした佇まいを見せていた。
そんな彼女のアシストを受けて、ヒカルはぐんぐんと図書館の正面入口に迫っていく。
雨が強くなって、何も無い中空に鎖が幾本も出現し、ヒカル目掛けて飛んでくる。けれどもそれも、アリサの手拍子一拍で砕け散った。
そうして鎖が砕け散ったのとほぼ同時にヒカルが図書館の中に駆け込んだかと思うと、十秒もしないうちに彼女が飛び出してきた。
「来たよ!」
私の言葉に「ええ、見えてる」と、アリサはこちらを見向きもせずに応える。
走るヒカルの背後からはさらに数台の警備アンドロイドが追いかけてきていた。それを見た魔女は今度は左手の平を下に向けて水平に空を切る。すると、追いかけてきていたアンドロイドの両膝の下が消失していた。
ガシャン、と金属音が響く。
ヒカルはそんな音に反応を示さず、真っ直ぐにこちらに向かって走ってくる。
その走路と車との間に突如として巨大な壁が現れる。
けれども。
「そのまま突っ走って!」
アリサの声に、ヒカルは息を飲んで壁に突っ込む。
壁はそのまま。
ヒカルは壁をすり抜けて車の目の前まで到達する。壁はただのホログラムだった。
車に乗り込んだヒカルを見届けると、即座にアリサも運転席に乗り込み、ハンドルを握る。
「じゃあ行くわよ」
そう言ってアクセルを踏み込んだ赤い跳ね馬は急加速でその場を離脱する。
息を切らしたヒカルの腕には、一冊の本が抱き抱えられていた。




