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東京オリンポス・カタストロフ  作者: 綿柾澄香
トーキョージェノサイド
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12、オリンポスに混乱をもたらした張本人 《雲乃》

 第三層「ヘファイストス」に到達すると、魔女アリサは手ごろなところに車を停めて近くのカフェへと入っていった。私たちも彼女に促(うなが)されるままに席に座らされる。窓の外には彼女の赤い愛車に人々が集まっているのが見えた。やっぱり相当いい車なんだろう。


「さて、ここらで今後の方針について話し合いましょうか」


 と、アリサが運ばれてきたカフェラテを一口飲み下してから口を開いた。


 たしかに、その確認はしておきたかった。私とヒカルは第四層「デメテル」に帰ることができればそれで万事解決だと思っていた。魔女の館へ行ったのはただの興味本位で、近所で映画の撮影があるから見に行ってみよう、くらいの気軽さだったのに。


「そこの女子二人は次の第四層に家があるのよね? なら、そこでお別れする?」


 それは願ってもない提案のはずだ。そこで魔女とメビウスとお別れして、家に帰り、日常に戻る。それですべては終わり。ほんの少しエキサイティングな経験をした思い出として今日という日は遠ざかっていく。そんなエンディングも悪くない。


「……いや、それはやめといたほうがいいんじゃないか?」


 けれども、そう意見したのはメビウスだった。


「どうしてそう思うの?」


 魔女アリサは彼に目を向ける。


「その子、雲乃だったか。雲乃は未来予測係数を乱してオリンポスに混乱をもたらした張本人だぞ。桜爽(おうそう)が放っておくとは思えない。そもそも、さっきアイツが俺たちの目の前に現れたのも本当は魔女じゃなくて彼女が本命の目的だったのかも知れないぞ」


「ふむ、なるほど」


「なら、今はその子を家に帰してしまうのは得策だとは思えない。俺たちと一緒にいたほうが安全なんじゃないか?」


「え、安全って……今の私は安全じゃないってこと?」


「まあ、その可能性も高い……のかもしれない、ってことさ」


「なんだよ、その曖昧(あいまい)な感じはさ」


 とは言うものの、現状はかなり深刻なように思える。オリンポス全域にはいま制限がかかってしまっている。それも恐らくは私のせいで。だとすればメビウスの言っていることも、あながち間違っているとは言い切れない。


 ラプラスシステムがアイリスのような未来視持ちの人間を研究することによって完成したシステムだとするのならば、やはりその研究対象は多いに越したことはないだろう。今でも十分にすごいシステムではあるものの、その演算性能の高速化、情報の精度の向上など、改善の余地はあるわけで。そういった性能向上のためにサンプル(伊達雲乃)を手に入れて研究したい、というのは科学者として、この東京オリンポス管理者として当然のように考えていても不思議ではないのだから。


「というか、そもそもアンタはどこまで俺に付き合ってくれるんだ?」


 メビウスは魔女アリサに問いかける。それに対して、彼女は軽く肩をすくめる。


「さあ。どこまでだろう。興味本位でついてきたけど、正直これといった明確なゴール地点は定めてないのよね。貴方が探しているというアイリスという人と再会するか、ある程度の区切りがつくまで、とか? 半端なところで帰るのは嫌かしらね」


「じゃあもういっそのことアンタの魔法でささっとアイリスのことを見つけてくれねえかな。そしたら随分とラクなんだが」


 けれども、そんな彼の提案をアリサは鼻で笑う。


「そんなの面白くないじゃない。貴方がちゃんと自分で探して見つけることができてこそ、感動があるんでしょう? それに、魔法ってそこまで万能じゃないわよ。まあ、そりゃ探知が得意な魔女ならそういうのもできるでしょうけど、残念ながら私はそんなに器用なタイプじゃないしね。だから、そこにはあんまり期待しないで。それに最初に言ったでしょう? 私、物語が好きなの。とくに愛の物語がね。魔女の魔法一振りで解決してしまうような手抜きの物語なんて面白くないし見たくないでしょう?」


 そんな彼女の回答にメビウスは大きくため息をつく。


「ま、そうだな。アンタが気まぐれなのはこれまでの言動からなんとなくわかってたよ。今は魔女のアシストがあるだけ良しとするよ」


「そうそう、魔女の力が手元にあるのは貴方にとって大きなアドバンテージよ、それをうまく利用して愛しの彼女を見つけ出してね」


「じゃあ、とりあえず最優先としてはアイリスの場所の特定、ってことか」


「当てはあるの?」


「正直に言って、無い。だが、やはり鍵は桜爽だと思う。未来予測システム、ラプラス。その根幹を築いた男の息子にして現東京オリンポスの管理者である奴が彼女のことを知っている可能性は高い」


「ふーん、そう」アリサの表情が変化する。その色が消える。「でも貴方、もう少し開示できる情報があるでしょう?」


「……」


 彼女のその言葉にメビウスは少し黙り込んでしまう。


「そもそも、彼女を連れ去っていった科学者というのが、その桜爽の父親、桃爽(とうそう)だったんでしょう? それを貴方は知っていたんじゃないの?」


「……ああ、そうだな。彼女が連れていかれたその時にはわからなかったが、後々調べていくうちに、あの時彼女を連れて行った男が菱比良桃爽という科学者だということが分かったんだ。ま、量子コンピュータ虹玉(こうぎょく)を作りあげた世界で最も有名な科学者だからな。その顔は知らべればいくらでも出てくる。で、その息子でオリンポスの管理者の桜爽も父親と同じくらいに世界的に有名な科学者だ」


 ああ、そうか。


 だからメビウスはあのとき、第二層で桜爽と遭遇した時に彼に向かって叫んだのか。彼の父親がアイリスを連れて行ったと知っていたから。彼がアイリスについてなにか知っているはずだ、と。


「まあ、とにかく今はその桜爽と接触するためにどうするか、だがまあ真っ当に考えるならラプラスシステムの研究所に乗り込むのが一番なんだろうが……」


「肝心のその研究所がどこにあるのかが分からない、ということかしら」


 アリサはそう言うと再びカフェラテを口に含んだ。「む、ぬるくなってる」と不満げに漏らす。やっぱり彼女は自由だ。


「そういうことだな。そりゃあ、オリンポスの生命線ともいえるラプラスシステムの根幹部分なんて最上位の極秘事項だろうし、そう簡単には見つからないだろう」


「じゃあ現段階で打てる手は無しってこと?」


「まあ、そうだが一応目星はつけてある。多くの研究所が集まる第八層【アレス】か、最上層、第十層の【アルテミス】そのどちらかが可能性が高いんじゃないか、とは踏んでいるんだが」


「まあ、妥当な線ね。妥当すぎてバカみたい」


「最後の一言は余計だ。とにかく、どっちを調べるにしても情報が必要だ。だから、まずは第五層デメテルの中央図書館に向かおうと思っていたんだ」


 そういえば、メビウスと出会ったときにそんなことを言っていたっけか。彼を図書館に案内しよう、という流れになっていたはずだ。


「なるほどね。じゃあとりあえず貴方は私と一緒にデメテルへ向かう、ということでいいかしら。で、貴女たちはどうするの?」


 と、アリサは私たちに目を向けた。


「どうって……」


 もちろん、帰れるのなら帰りたい。けれども、さっきのメビウスの言葉が引っかかる。安全じゃないかもしれない、と。もしかしたら、今の私の状況は思ったよりも芳しくないのかもしれない。


 けれどもヒカルは未来が視えるわけじゃないし、普通の女の子だ。そんな彼女ならば、このままなにもなく普通に帰れるんじゃないだろうか。なら、もうここでお別れしてしまったほうが彼女にとって良いのかもしれない。


 と、思っていたのに。


「もちろん、アタシも一緒に行くよ」


 そう即座に告げたヒカルの表情には一点の曇りもなかった。


「え、本当に?」


「当たり前じゃん。そもそもメビウスを図書館に連れていくって約束したのはアタシたちだよ。約束はきちんと守らなきゃ」


「でも事態はかなり大事(おおごと)になってきてるみたいだし、もう帰れるなら帰ったほうがいいと思うんだけど」


「でもノモちゃんは帰らないんでしょ?」


「ん……まあ、そりゃ帰ったら危ないかもって言われちゃうとね……」


「じゃあアタシも帰らないよ。だってそもそも最初にノモちゃんを誘ったのはアタシだもん。なのに、そんなノモちゃんを差し置いてアタシだけ先に帰るなんて出来るわけないじゃん」


 責任感の強い彼女らしい言葉だ。いつもはわりと自由気ままに振る舞っているように見えるけれども、その自由の中で生じた問題にはいつだって自分の責任だ、とキチンと向き合うのが彼女なのだ。


「それじゃあ、このままみんなで行動を共にする、とりあえずの目的地は第五層、中央図書館ってことでいいのかしら」


「ああ、そうだな」


「よろしくお願いします」


 メビウスとヒカルの声を耳にしながら、私も小さく頷いた。


「そう、なら決定ね」


 そう言って、アリサはすぐに立ち上がる……かと思いきや、手元に残ったカフェラテをゆっくりと飲み下す。「残して行っちゃうのはもったいないじゃない。どうせやることは決まっているんだし、コーヒーを飲む時間分急いだってそう大差ないわよ」


 なんて悠長に構えている。強大な魔女の力を持つが故の余裕なのだろうか。それとも、私たちなんかよりも長く生きてきた時間感覚のズレ故なのだろうか。まあなんにせよ私たちは彼女に頼るしかできないので、彼女を待つしかできない。


 確かに彼女の言う通り、飲み物を残すのはもったいないので、私も目の前に置かれた紅茶を飲むことにする。鼻を抜ける香りがとても爽やかだ。


 窓の外を見てみると、魔女の赤い跳ね馬はいまだ多くの人々に囲まれていた。

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