3、純血の魔女 《雲乃》
世界最大の図書館、日本中央図書館。
巨大な球体の建造物。そのエントランスを通ると、すぐ目の前に巨大な本棚が現れる。その本棚にはギッチリと同じ本が詰め込まれている。そのうちの一冊を手に取り、開くとそこから三等身の髭を生やしたおじさんの映像が飛び出した。
『こんにちは。私は利用者支援用自立AI搭載本型ツール、ザ・ブックです。本日はどういった御用でしょうか?』
そう言って、三等身のおじさん、ザ・ブックは被っていたシルクハットを持ち上げて、恭しく頭を下げる。
図書館での調べ物は基本的にこのおじさんに任せるのが楽で早く、かつ正確で間違いがない。私とヒカルは顔を見合せてから、ザ・ブックに尋ねた。
「ねえ、私たち魔女について調べてるんだけど、教えてくれない?」
私の問いに、ザ・ブックは小さく咳払いをして『なるほど』と呟いて私とヒカルを交互に見やってから右手を差し出した。すると、その右手のひらから中空にホログラムのディスプレイが浮び上がる。そこには、魔女の情報のトピックスと思わしき文言がいくつも並んでいた。
それらを指さして、ザ・ブックは口を開く。
『さて、魔女の何についてお調べしますか? 魔女の歴史? 魔女の特徴? それとも魔女の定義? 魔女の物語? なんでもお申し付けください。世界中のありとあらゆる情報の中から、最適な情報をご提供させていただきますよ』
ちょびヒゲのおじさんの言葉にヒカルは返答する。
「現代の魔女について知りたいんだけど、知ってる? 下町の魔女の館の話。けっこう噂になってるんだけど」
『下町の魔女の館……ふむ、なるほど』
ザ・ブックは少し、考えるような素振りを見せる。それから、指を鳴らした。すると、宙に浮かぶディスプレイの表示が変化する。そこには古びてはいるものの、美しい洋館が映し出されていた。
『ネット上の情報から、魔女の洋館とされる写真をピックアップしました。ご要望の通り、噂話をもとにまとめ上げた情報なので精度に誤謬が含まれる可能性は否定しきれませんが、この洋館の情報でよろしいですか?』
「ごびゅう?」
と首を傾げるヒカルを無視して、私はザ・ブックに「それでいいよ」と返す。
『下町の西の外れに、古びた洋館があります。そこに魔女が存在する、との噂が流行している、とのことですが、その情報はおそらく事実だと思われます』
その言葉に、ヒカルが息をのむのが分かった。いやきっと、私も呼吸が止まっていた。そんな私たちを尻目に、ザ・ブックは続ける。
『というのも、噂とともに挙げられていたこの洋館は、国が正式に魔女と認めた女性が住んでいる場所としてきちんと登録されている場所なのです』
「魔女が住んでいる場所が国に登録されているの?」
私の問いに、ザ・ブックは頷く。
『ええ、失礼ですがお二人は魔女の知識については?』
ザ・ブックのその問いに私たちは首を横に振る。
『そうですか。かつて、魔女という存在が架空の存在だとされていた時代があったのはご存じですか?』
「うん、ほんの百年くらい前まではファンタジーとか絵本の中の世界のものだと思われてたんだよね? 今じゃ信じられないけど」
『その通りです。今では科学的にその力のメカニズムが解明され、魔女という存在はフィクションではないと証明されました。ですが、魔女の存在自体はかなり希少なので、魔女と出会うことは珍しく、世の中では生涯のうちに魔女と接する機会など無い人間の方が圧倒的に多いでしょう。まあ、存在自体は知っていても、実際に目のする機会はないもの、というのは存外にこの世界にありふれているものですしね。オーロラやユキヒョウ、ジンベエザメなんかは名前は知っていたり画像を見たことはあっても、実物は見たことがない、なんて人も珍しくはないでしょう』
「まあ、そうかもね」
『そして魔法というものはほぼ解明されてはいるものの、“魔女”という存在にはまだわからないことが多い』
「え、そうなんだ」
ヒカルが手のひらを口元に当てて、小さくつぶやく。
彼女同様に、私も驚いた。魔法が解明されたということは、魔女という存在も同時に解明できたということではないのだろうか。
ザ・ブックは小さく肩を竦めて続ける。
『魔法というものの仕組みは解明されました。魔法を科学の力で再現することは可能です。が、なぜ魔女だけが他の人間と違い、その力をその体内で生成することが可能なのか、は未だわかりません。それに、魔女には魔法を行使するだけでなく、その力を保有する間は不死である、という特徴もありますが、その“不死”のほうのメカニズムもまだ解明されていませんしね』
「へえ、なるほどね。大昔には理由は分からないけど、効果がある、っていう経験則で薬草を煎じていたのと同じようなものか。あとから科学的にその成分が分かるようになってようやくその効果が発揮される理屈が分かった、みたいな」
『そういうことです。魔法に関しては、あくまで人類は薬草の煎じ方、活用法を理解できただけに過ぎず、その薬草に含まれる成分や、その薬草自体の生態系は分析しきれていない状況、ということですね』
「ふむふむ」
というヒカルの相槌に、ザ・ブックは続ける。
『そして、この洋館に住まう魔女は魔法研究の研究対象として国に登録されている、というわけです』
「研究対象?」
その言葉の響きが、少し不穏だった。
人間が研究対象として国に管理されている、なんていうのはあまり好ましい印象じゃない。しかも、さっきザ・ブックが言ったように、魔女というものは不死という特性もある。ならば、その研究も行われているのだろう。
始皇帝も追い求めた不死。現代の人間だって、きっとそれを求める。
そして、不死の研究というものを想像すると、やっぱり嫌な想像をしてしまう。もしかして、そこに住む魔女は、苦しみ続けているのではないだろうか。
けれども、そんな私の妄想を汲み取ったかのようにザ・ブックは語る。
『大丈夫ですよ。彼女は手厚く扱われています。今のこの時代にそんな非人道的な研究が行われているはずがないじゃないですか。それよりも……』
と、ザ・ブックの声のトーンが変わる。まるで囁くように。
『……気を付けるべきはあなたたちですよ』
「私たち?」
『そこに住むのは柏木アリサ。かつて、死を司る魔女と恐れられ、世界中を混乱の渦に巻き込んだ史上最悪と呼ばれた純血の魔女です』




