2、予兆はデジャブから 《雲乃》
放課後は雨になった。
ただ、雨とはいっても、東京オリンポスの天気は完全にコントロールされている。ゆえにこの雨も事前に降ることはわかっていたし、私とヒカルはお気に入りの傘を差して歩く。
東京オリンポス第五層「アテナ」。その中央には巨大な球体が浮かんでいる。そして、その球体からは全方位に向けて数多の管が伸びている。この東京オリンポスのありとあらゆる場所からアクセスできるように、各インフラの路線がここへと繋がっているのだ。
かつて、すべての道がローマへと通じたように、この東京オリンポスではすべての道がこの球体へと繋がる。
それはこの日本が、東京オリンポスが誇る世界最大の図書館、日本中央図書館。
世界中のありとあらゆる情報がここに集約される、まさに人類の智慧の宝物庫だ。東京オリンポスが建設される際に、この超巨大建造物こそが全人類の叡智の結晶である事の象徴として、これまでの全人類のありとあらゆる歴史や智慧、情報を貯蔵するこの図書館を東京オリンポスの中央部にあたるこの第五層のド真ん中に設置するのだと決定されたらしい。
これから、未知の存在である魔女と接触するにあたって、すべての情報が集約するこの図書館で情報収集をする、というのは至極当然のことだろう。もちろん、手持ちの情報デバイスでもある程度の情報収集は可能だけれども、図書館ならではの情報の集め方もある。
魔女の館へと行くことを決めた私とヒカルは、下校時刻になると、すぐにこの図書館へと向かった。
その道中。
アテナへと向かうバスの中で“それ”は来た。
「あ……」
と、漏れ出たのは自分の声。思ったよりもしゃがれた声で、瞬時には自分の発した声だとは認識できなかった。
けれどもそれは、そんな私の困惑なんて意にも介さず、問答無用で……
――来る。
確信と共に視界がコーヒーに注がれたミルクのように滲む。
景色が変わる。
周囲の光景が加速し、後方へと流れていく。次の瞬間、私は古びた街中を歩いていた。
それは、この東京オリンポスにあるはずのない光景。
隣には楽しそうに歩を進めるヒカルの姿。
この場所に覚えはないけれども、予測はつく。きっと、ここはオリンポスの外。魔女の館へと向かう道なのだろう。
私とヒカルは、魔女の住まうと噂になっている魔女の館へと行くことに決めたのだ。
そう確信を得て、ほんの数回まばたきをした私の視界は再び雨の中を走るバスの中へと戻っていた。
隣へと目を向けると、ヒカルが小首を傾げて私の顔を覗き込んでいる。
「また?」
と、慣れたふうに彼女は尋ねる。
「うん、そうだね」
少し、乱れた息を整えながら私は答えた。
「ふうん。今回はなにが見えたの?」
「たぶん、これから私たちが向かうところだよ。今回はぜんぜん大したものは見ていないよ」
「そっか」
そう言って、ヒカルは前を向いて「図書館まだかなー」なんて呟く。
彼女は私のことを知ってくれているから、きっとまたいつものアレか、くらいの反応で流してくれる。私もあんまり心配されたりすると困ってしまうので、彼女のその反応はとても助かるし、嬉しい。
* * *
――私には、未来が見える。
* * *
それは予言なんて大それたものなんかじゃないけれど。
ほんの少し、ちょっと先のことがわかる、といった程度の未来予知というよりは未来予測のようなものなささやかなものだけれど。
けれども、見えてしまう。
予兆はデジャブから。
“あ、この光景は見たことある”と感じて。
“この先を知っている”と予感して。
“ああ、やっぱり”と確信を得る。
そして、映像は現在を追い抜いて、未来へと至る。
その見えてしまう未来はとても鮮明で、まるで最新の設備を取りそろえた映画館のスクリーンように精緻に再生される。
そうして圧縮された情報を一気に脳内に流し込まれるような不快感に眩暈を覚え、浮遊感に意識を失いそうになるのを必死に堪えて、ようやく私は未来の情報を得ることができるのだけれども、具体的にそれが私の人生において何かの役に立ったことはほとんどない。
まあ、試験の結果が見えてくれる、という幸運も時にはあるけれども。それには私の実力ではないのに、という罪悪感もつきまとう。
それに、未来が見えたからと言って、行動を変えるようなこともほとんどない。
だって、平々凡々とした毎日を過ごす私にとって、日々は変わらないもので、いつだって同じものなのだから。
再生される映像も、いつもと変わらない光景が見えるだけ。
だから、私は見えた未来の映像をなぞるようにして行動する。変わり映えのしない繰り返しを続けてきた。
この未来を見る瞬間に、ほんの少し私の挙動が不審になるのを不審がったヒカルが私に訊ねてきたときにはじめて打ち明けたのだけれども、彼女はそれ以降もこれまでと変わらず接してくれて、それを変に茶化したりしなかったのがとても安心できた。
『日本中央図書館、日本中央図書館、お降りの方は……』
バスの案内が聞こえて、目的地の図書館が現れた。




