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追放された英雄――戦神の加護を得た底辺騎士は王国と決別する。「お前のおぞましい愛などいらない!」  作者: 猫野 にくきゅう
第二章

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第9話 偽りの英雄、真の騎士

 小国ラトニアの朝は、清々しい鳥の囀りと共に始まる。


 グラン・メリアのような豪奢な宮殿こそないが、緑豊かな山々に囲まれた王城は、素朴でありながらも堅牢な造りだった。


 この国に身を寄せてから数週間。

 レオンハルトはラトニアの客将として迎えられ、フィリア姫の厚遇を受けながら、国境付近の魔物討伐を請け負っていた。


 彼が剣を振るうたびに魔物の数は激減し、長年脅かされていた村々には笑顔が戻りつつあった。


「レオン様、今日も見事な太刀筋でしたわ。民たちも皆、あなたに深く感謝しております」


 討伐から戻ったレオンハルトに、フィリアが冷たい水が入った水筒を差し出す。

 彼女は王女でありながら、レオンハルトの帰還を城門で待つのが日課となっていた。


「もったいないお言葉です、フィリア様。ですが、俺一人では討ち漏らしも出ます。ロザリアの騎士団の皆さんの連携があってこそですよ」


 レオンハルトは照れくさそうに笑いながら水を受け取った。


 彼は決して自分の手柄を誇らず、常に周囲への感謝を忘れない。

 フィリアはそんな彼の誠実な姿にますます惹かれていたが、城内にいる全ての者が彼を歓迎しているわけではなかった。


「……随分と謙遜なさる。だが、その実態は神の加護にすがりついているだけではないのか?」


 不躾な声が、穏やかな空気を切り裂いた。


 現れたのは、ラトニア王国の若手騎士、ザックだった。

 名門貴族の出身であり、剣の腕も立つと自負している彼は、突然現れてフィリアの寵愛と騎士たちの尊敬をかっさらっていったレオンハルトを激しく憎悪していた。


「ザック! 無礼ですよ。レオン様は我が国の恩人です」


 フィリアが厳しく嗜めるが、ザックは鼻で笑った。


「姫様はお優しいから騙されているのです。考えてもみてください。彼は一振りで魔物の群れを吹き飛ばす剣を与えられているのですよ。そのような代物があれば、誰だって活躍できますよ」


 ザックはレオンハルトの腰にある鈍色の鉄剣を指差した。


「おい、レオンハルトとか言ったな。お前が強いんじゃない。お前が持つ『戦神アレース』の加護が、その剣を強力な兵器に変えているだけだ。ただ運良く神に選ばれただけの平民が、英雄ぶるな」


 周囲の空気が凍りつく。

 他の騎士たちもハラハラと見守っていた。


 だが、レオンハルト本人は怒るどころか、どこか悲しげに目を伏せた。

 グラン・メリアで散々ぶつけられた嫉妬の刃。場所が変わっても、人の心にある仄暗い感情は変わらないのだと思い知らされたからだ。


「……俺が加護の力に頼っているというのは、事実です。否定はしません」


「ならば、その剣を我が国に献上しろ! そしてお前は身を引くんだ。加護を宿したその剣さえあれば、俺たちラトニアの由緒ある騎士だけで国を守ってみせる! ……お前は必要ない」


 ザックの要求はあまりにも傲慢で、理不尽だった。

 神の加護は個人の魂に紐づくものであり、他者が剣だけ奪ったところで使いこなせるものではない。


「ザック、いい加減になさい! これ以上レオン様を侮辱するなら、私にも考えがあります!」


 激怒するフィリアを、レオンハルトは手で優しく制した。


「フィリア様、お気になさらず。……ザック殿と言いましたね。あなたの言い分も分かります。外部から来た素性の知れない男が、得体の知れない力を使えば、不安になるのは当然です」


「知った口を……っ!」


「ですから、証明しましょう。神の加護に頼らない、俺の実力を――」


 レオンハルトは腰の鉄剣を鞘ごと外し、近くの切り株にそっと立てかけた。

 そして、訓練用の武具掛けから、使い古された一本の「木剣」を手に取った。


「戦神アレースの加護を使わないとお約束します。……これで、僕と立ち合ってもらえませんか?」


 その申し出に、ザックは一瞬呆気にとられた後、醜悪な笑みを浮かべた。


「ほほう。加護なしでこの俺とやろうというのか。いいだろう、自分の分を弁えさせてやる!」


 ザックは真剣を抜き放ち、上段に構えた。


 木剣を相手に真剣を使うこと自体が騎士道に反する行為だったが、彼の頭の中にはレオンハルトを叩き伏せ、姫の前で恥をかかせることしかなかった。


 訓練場に円が描かれ、二人が向かい合う。

 レオンハルトは木剣をだらりと下げ、全く構えをとっていなかった。その自然体すぎる姿は、隙だらけに見える。


「死なない程度に手加減してやるよ! ハァッ!」


 ザックが地を蹴り、鋭い踏み込みから袈裟斬りを放つ。

 ラトニアの騎士団でも上位に入るその太刀筋は、風を切り裂き、正確にレオンハルトの肩口を捉えるかに見えた。


 ――しかし。


「……え?」


 ザックの剣は、空を切った。


 レオンハルトは半歩だけ右へズレていた。

 いや、ザックが踏み込んだ瞬間にはすでにそこにおらず、まるで最初から空振りが約束されていたかのような、不気味なほどの先読みだった。


「くそっ!」


 ザックは即座に体勢を立て直し、横薙ぎ、突き、斬り上げと、怒涛の連続攻撃を繰り出す。


 だが、そのすべてが、紙一重のところで躱される。レオンハルトの足運びは、流れる水のように滑らかで、一切の無駄がなかった。


「ちょこまかと……! 逃げてばかりいないで剣を振れ!」


「……分かりました」


 レオンハルトの瞳の奥で、静かな闘気が揺らぐ。


 ザックが大上段から渾身の一撃を振り下ろした瞬間。

 レオンハルトは逃げなかった。逆に、ザックの懐へと深く踏み込んだ。


 トンッ、と乾いた音が響く。


 レオンハルトが下から軽く擦り上げるように振るった木剣が、ザックの真剣の「しのぎ」を正確に捉えていた。


 力の向きがわずかに逸らされ、ザックの体勢が大きく崩れる。


「なっ……!?」


 驚愕するザックの視界が反転した。

 レオンハルトは剣を弾いた勢いをそのまま利用し、身を沈めながらザックの軸足を払ったのだ。


 ドサァッ!


 盛大な音を立てて、ザックが地面に仰向けに倒れ込む。

 肺から空気が抜け、まともに呼吸ができない。


 その喉元には、ピタリと木剣の切っ先が突きつけられていた。


「……勝負あり、ですね」


 レオンハルトは息一つ乱していなかった。


 周囲で見ていた騎士たちは、水を打ったように静まり返っていた。

 これほどまでに洗練された「純粋な剣術」は見たことがなかったからだ。


 神の加護がなくても、レオンハルトは規格外に強かった。


 彼は度重なる魔物との戦闘経験によって――

 相手の重心の移動、筋肉の収縮、呼吸の乱れ、そのすべてを瞬時に読み取る眼と、それに反応する肉体を造り上げていたのだ。


「ぐっ……あ……」


 ザックは地面に這いつくばったまま、屈辱に顔を歪ませた。

 素性のしれない平民の男に、しかも自分は真剣で相手は木剣という圧倒的有利な状況で、かすり傷一つ負わせられずに敗北した。


 フィリア姫や同僚たちの冷ややかな視線が、彼の矮小なプライドをズタズタに引き裂いていく。


「……覚えていろよ。貴様のような得体の知れない悪魔を、俺は絶対に認めない!」


 ザックはフラフラと立ち上がると、捨て台詞を吐き、訓練場から逃げるように走り去っていった。


 誰も彼を追いかけようとはしなかった。


「レオン様、お怪我はありませんか?」


 フィリアが駆け寄り、心配そうに彼を覗き込む。


「ええ、大丈夫です。ただ……無駄な争いをしてしまいました。少し、彼を追い詰めすぎたかもしれません」


 レオンハルトは、ザックが去っていった方向を見つめながら、微かな不安を覚えていた。


 あの執念深い瞳。

 あれは、グラン・メリアで自分を貶めた者たちと同じ色をしていた。


 彼の予感は的中することになる。


 その夜、ザックは誰にも告げずに城を抜け出し、国境を越えた。

 彼が向かった先は、レオンハルトに濡れ衣を着せ、追放した因縁の国――大国グラン・メリアだった。


 己の嫉妬を満たすためだけに、小悪党は最悪の火種を運び出そうとしていた。

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