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追放された英雄――戦神の加護を得た底辺騎士は王国と決別する。「お前のおぞましい愛などいらない!」  作者: 猫野 にくきゅう


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第4話 決別の宴

 王宮の大広間は、これ以上ないほどの煌びやかさに包まれていた。


 天井のシャンデリアからは魔法の光が降り注ぎ、最高級のワインと料理の香りが漂う。招待された貴族たちは皆、着飾って談笑し、表面上は「国の危機を乗り越えた喜び」を分かち合っているように見えた。


 だが、その華やかさの裏側には、どろりとした悪意が満ちていた。


 壁際に立つレオンハルトの周りだけ、ぽっかりと空白の地帯ができている。

 彼はあの日からずっと、ゴミ捨て場の警備という屈辱的な任務をこなしていたが、今夜は「魔獣討伐の主役」として無理やりこの場に引き出されていた。


「……見ろよ、あの鉄面皮を」

「よくもまあ、あんな破廉恥なことをしておいて、堂々とこの場にいられるものだ」


 聞こえよがしな嘲笑。


 レオンハルトはそれらをすべて聞き流し、ただ静かに前を見据えていた。

 

 彼の手のひらには、あの日、国を救うために握りしめた聖剣の感触がまだ残っている。――しかし、今の彼が腰に下げているのは、式典用のなまくらな飾り剣に過ぎなかった。


「静粛に!」


 玉座の前で、王宰相が声を張り上げた。

 会場が静まり返ると、国王が重々しく口を開く。


「レオンハルト・ヴァン・アシュバート。前へ出よ」


 レオンハルトは指示に従い、大広間の中央へと歩み出た。

 数百の貴族たちの視線が、針のように彼の背中に突き刺さる。


「レオンハルト。お前は魔獣を討伐し、一時的にこの国を救った。その功績は認めよう。……しかし」


 国王の言葉が冷たく変質する。


「その後、お前が犯した数々の非道は、騎士としての誇りを著しく汚すものだ。淑女への暴言、暴力、そして己の地位を利用した卑劣な恫喝……。被害を訴える令嬢たちの声は、もはや無視できぬほどに積み重なっている」


 会場の端で、イザベラ・ド・ヴァロアがハンカチで目元を抑え、震える肩を仲間の令嬢に支えられていた。


 その姿は、痛ましい被害者にしか見えない。


 だが、彼女が伏せた瞳の奥で、歓喜に歪んだ微笑を浮かべていることをレオンハルトは見逃さなかった。


「レオンハルトよ。何か弁明はあるか? 跪き、彼女たちに許しを請うならば、温情をもって処罰を軽減してやらんでもないぞ」


 国王の言葉に、周囲から野次が飛ぶ。


「跪け!」

「謝罪しろ!」

「英雄のツラをした犯罪者め!」


 怒号が渦巻く。

 それは、命を懸けて守ったはずの人々からの、剥き出しの憎悪だった。


 レオンハルトは、ゆっくりと顔を上げた。


 彼の瞳には、怒りも、悲しみもなかった。

 ただ、深い「諦念」だけが宿っていた。


 ――ああ、そうか。


 彼は気づいた。

 自分が守ろうとしたのは、この腐り果てた社会だったのか。


 身分の低い者が力を得れば、それは秩序を乱す毒とされる。

 誠実に生きれば生きるほど、嘘の泥を塗られて利用される。


 自分が振るった聖剣は、こんな者たちの「贅沢な暮らし」を守るための道具に成り下がっていたのだ。


「……弁明は、ありません」


 レオンハルトの静かな声が、不思議と会場全体によく通った。


「何だと? では、罪を認めるのだな?」


 王が勝ち誇ったように身を乗り出す。


「認めるとか、認めないとか……そんなことは、もうどうでもいいのです」


 レオンハルトは左手を胸元にやった。

 そこには、魔獣討伐の直後に授与されたばかりの、救国英雄の証たる「黄金の騎士勲章」が輝いていた。


 彼はそれを、指先に力を込めて無理やり引きちぎった。


 ブチリ、と絹の裂ける音が響く。


「……貴様、何をしている!?」


 国王が絶句する中、レオンハルトは手の中の勲章を、まるで道端の石ころでも捨てるかのように、大理石の床へ放り捨てた。


 カラン、カラン……。


 乾いた音が会場に響き渡り、勲章はイザベラの足元まで転がっていった。


「私は、本日限りで騎士の地位を返上します。英雄の名も、家名も、すべてお返ししましょう。……これ以上、皆さんの大切な『高貴な空気』を汚したくはありませんから」


 会場が、凍りついたような静寂に支配された。


 誰もが、レオンハルトが泣いて許しを請うか、激昂して暴れ出すのを期待していた。しかし、彼はあまりにも淡々と、自分たちを「拒絶」したのだ。


「……お別れです。皆さんの望む通り、私は消えましょう」


 レオンハルトは一度も振り返ることなく、大広間の大扉へと歩き出した。


「待て! 誰が去っていいと言った! 捕らえろ、この不敬者が!」


 カシウス副団長が叫び、数人の騎士が剣を抜こうとした。


 だが、その瞬間。

 レオンハルトから放たれた、鋭い威圧感が会場を圧した。


 聖剣を顕現させる際に漏れ出す、神聖かつ圧倒的な加護の片鱗。

 剣を抜こうとした騎士たちの手が震え、一歩も動けなくなる。本能が、彼に触れてはならないと警告していた。


 レオンハルトはそのまま、静かに王宮を後にした。

 

 深夜。

 宿舎に戻った彼は、身の回りのものを小さな革袋一つに詰め込んだ。


 贅沢な品は何一つない。

 愛用の、手入れだけは完璧な鉄剣を背負い、彼は王都の北門へと向かった。


 門番たちは寝入っており、英雄が去るのを止める者は誰もいない。


 門の外に広がるのは、暗い森と月明かりに照らされた街道。


 振り返れば、王宮はまだ祝勝会の明かりで赤々と燃えるように輝いている。

 あの中では今頃、主役を失った貴族たちが、レオンハルトの「逃亡」を嘲笑い、次なる私利私欲の計算を始めていることだろう。


「……これで満足なんだろ?」


 レオンハルトは小さく呟くと、二度と振り返ることなく歩き出した。


 夜風が、驚くほど心地よかった。

 背負った鉄剣は、あの日よりもずっと軽く感じられた。


 同じ頃、王宮のテラスではイザベラが床に落ちた勲章を拾い上げ、狂おしいほどに強く握りしめていた。


「逃がさないわ……レオンハルト。あなたがどこへ行こうと、最後には必ず私の元へ這いつくばらせてあげる……!」


 彼女の歪んだ愛の炎は、レオンハルトがいなくなったことで、さらに激しく燃え上がろうとしていた。


 それが、大国グラン・メリアを内側から焼き尽くす「崩壊」の火種になるとは、まだ誰も知る由もなかった。

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