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追放された英雄――戦神の加護を得た底辺騎士は王国と決別する。「お前のおぞましい愛などいらない!」  作者: 猫野 にくきゅう
第二章

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第14話 鋼の意思、神の加護

 土埃が風に流され、広大な平原に異様な静寂が訪れていた。


 先ほどまで大地を揺らしていた一万の軍勢は、ただ一人を除き全員が地に伏し、呻き声を上げている。


 彼らは殺されてはいない。

 だが、本能が「これ以上あの男に逆らえば死ぬ」と警鐘を鳴らし、立ち上がる気力すら奪い去っていた。


 その光景の中心で、カシウスだけがポツンと取り残されていた。


「さあ、カシウス」


 レオンハルトの声が、静かな平原に響く。

 彼の手にあるのは、先ほどまで世界を黄金色に染め上げていた『聖剣』ではない。


 戦の神の光は完全に消え失せ――

 あちこちに刃こぼれが見える、安物の鈍色の鉄剣だった。


「君がずっと口にしていたことだ。『神の加護さえなければ、自分の方が上だ』と。……今、俺の剣に加護はない。ただの鉄の棒だ。君のその剣で、俺を討ち取ってみろ」


 その言葉は、挑発でも嘲笑でもなく、ただの事実の提示だった。


 しかし、カシウスにとってそれは、どんな罵倒よりも深くプライドを抉るものだった。


「舐めるな……舐めるなァッ!!」


 カシウスは血走った眼で咆哮し、腰の鞘から己の武器を抜き放った。


 シャンッ、と澄んだ音が鳴る。

 それは、グラン・メリア王家から近衛騎士団副団長の証として下賜された、魔法銀ミスリルで鍛えられた国宝級の名剣だった。


 一方は国宝、一方は村の鍛冶屋が打った安物。

 加護がない状態であれば、武器の性能差は圧倒的だ。


「俺は幼い頃から王宮の指南役に鍛え上げられてきた! 貴様のような、たまたま神に選ばれただけの下級貴族とは、基礎からして違うのだ!」


 カシウスが大地を蹴り、レオンハルトへと襲いかかる。

 エリート騎士としての矜持が込められた突きは、風を裂き、一直線にレオンの心臓を狙った。


 彼が幼い頃より鍛錬を積んできたことは事実――

 カシウスの剣速は間違いなく一流のそれだった。

 

 ――だが、当たらない。


「……っ!?」


 カシウスの剣が貫いたのは、レオンハルトの残像だった。

 レオンは半歩だけ右へ身をこなし、すれ違いざまにカシウスの腕を鉄剣の「腹」で軽く打ち据えた。


「ぐあッ!」


 骨に響く鈍痛。

 カシウスは体勢を崩しながらも、怒りに任せて横薙ぎの一撃を放つ。


 レオンハルトは後退することなく、自ら前へ踏み込んだ。


 ガキンッ!


 魔法銀の刃と鈍色の鉄剣が激突する。

 本来なら、粗悪な鉄剣など一撃で両断されるはずだった。


 しかし、レオンハルトはカシウスの刃に対して直角に受けるのではなく、絶妙な角度で「しのぎ」を滑らせ、力のベクトルを完全に逸らしていたのだ。


「なぜだ! なぜ斬れない! なぜ当たらない!」


 カシウスは狂乱し、袈裟斬り、逆袈裟、刺突と、怒涛の連続攻撃を繰り出す。


 だが、レオンハルトはそのすべてを、まるで舞を踊るような滑らかな足運びで躱し、弾き落としていく。


 彼の息は全く乱れていない。


「君の剣は、早くて重い。王宮でどれほど質の高い訓練を受けてきたかよく分かる」


 レオンハルトが、冷徹な声で告げる。


「でも、それだけだ。君の剣には『生きるか死ぬか』の泥臭さがない。綺麗な道場で、手加減された相手としか戦ってこなかった者の剣だ」


 レオンハルトの脳裏に浮かぶのは、グラン・メリアの国境付近で、たった一人で数多の魔獣と死闘を繰り広げた日々だった。


 神の加護があろうと、一瞬の油断が死に直結する戦場。

 そこで彼は、敵の筋肉の動き、視線、呼吸、風の音までを読み取る「死線を見極める眼」を養ってきたのだ。


 安全な後方で、他人の手柄を嫉妬していただけのカシウスに、そんな極限の技術が破れるはずがなかった。


「黙れェェェェェッ!!」


 カシウスが名剣を大上段に構え、己の全体重と殺意を乗せた渾身の一撃を振り下ろす。


 レオンハルトの瞳が、静かに細められた。


 彼が選んだのは、回避ではない。

 下から擦り上げるように、手首の返しだけで鉄剣を跳ね上げた。

 

 キィィィィンッ!!

 

 甲高い金属音が平原に響き渡った。

 レオンの放った完璧なカウンターが、カシウスの剣の最も脆い部分を正確に打ち据えたのだ。


 カシウスの手から魔法銀の名剣が弾き飛ばされ、クルクルと宙を舞って、遠くの地面に突き刺さった。


「あ……」


 両手が空になったカシウスの喉元に、ひんやりとした鉄の感触が添えられた。

 刃こぼれだらけの、安物の鉄剣。


 だが、カシウスの目には、それがどんな名剣よりも恐ろしい「死神の鎌」に見えた。


「勝負ありだ、カシウス」


 レオンハルトが見下ろす瞳には、怒りも、憐れみもなかった。

 ただ、道端の石ころを見るような、完全な「無関心」があった。


 カシウスは膝から崩れ落ちた。


 自分が憎んでいたのは「神の加護」という不公平な力ではなかった。

 加護などなくても、レオンハルトは自分より遥かに強く、気高く、努力を重ねていた。自分が勝っていたのは「家柄」というくだらないものだけだったのだ。


 その絶対的な事実が、カシウスの矮小なプライドを粉々に打ち砕いた。


「ひ……あ、ああぁぁ……」


 カシウスは地に這いつくばり、嗚咽を漏らした。

 周囲で倒れていた一万の兵士たちも、その一部始終を絶望の中で見つめていた。


 彼らは理解したのだ。

 自分たちが追い出し、そして今、牙を剥いた相手が、どれほど偉大な「本物の騎士」であったかを。


 そして、そんな英雄を失った自分たちの国が、いかに取り返しのつかない過ちを犯したかを。


 レオンハルトは鉄剣を鞘に収めると、背を向けた。


「帰れ。そして、イザベラに伝えろ。……二度と、俺に関わるな、と」


 その背中は、グラン・メリアの王宮で見せたどの姿よりも、大きく、そして揺るぎないものだった。

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