第12話 女王の狂気と悪魔の書
「……次。その男も、役立たずよ。広場へ連れて行きなさい」
私の言葉一つで、また一人、銀の甲冑を纏った「王国のエリート騎士」が絶望の表情で引きずり出されていく。
グラン・メリア近衛騎士団。
誇り高き王国の盾――?
笑わせてくれるわ。
レオンがいなくなった途端、一匹の魔獣に怯え、数に任せて突撃しては傷を負って逃げ帰ってくる。そんな無能な家畜を養うほど、ヴァロア公爵家に余裕はないの。
窓の外からは、今日も汚らわしい民衆の叫び声が聞こえる。
魔獣が村を焼いただの、食料が尽きただの。
うるさいわね。
そんなに怖いなら、自分たちで戦えばいいじゃない。
彼らも、騎士たちも、マリアンヌたちのような低俗な女たちも……誰も分かっていない。この国がこれほどまでに平穏だったのは、たった一人の「神に愛された男」が、文字通りすべてを薙ぎ払っていたからなのに。
「ああ、レオン……。あなたは今、どこで何をしているのかしら」
胸の奥が、焼けるように熱い。
あの日、彼を追い詰めたのは、彼を私の足元に跪かせるためだった。
翼を折り、泥を塗り、私という止まり木以外に居場所がないと思い知らせるためだった。
それなのに、あの人はあんなにもあっさりとすべてを捨てて消えてしまった。
私の計算を狂わせたのは、あの無能な取り巻きたちね。
あの子たちが余計な真似をして彼を傷つけすぎたから、彼は「愛」に気づく前に逃げ出してしまった。
……だから、あの子たちは全員殺してあげたわ。
当然の報いよね。
私は、吸い寄せられるように城の地下へと続く隠し階段を降りていった。
カビ臭い湿気と、肌を刺すような冷気。そこは、建国以来の禁忌が眠る「禁書庫」。
神の加護などと言う便利な力は、誰にでも与えられるものではない。
――けれど、もっと手軽に手に入る「契約」の力なら、この埃を被った書物の中に眠っているはず。
我がヴァロア公爵家が先の内乱を鎮圧したことで、これまで王家が独占していた「この部屋」への立ち入りが叶った。
『……こちらへ、美しい人よ』
闇の中から、這いずるような声が聞こえた。
棚の隅、魔獣の皮で装丁されたかのような、禍々しい一冊の書物が脈打っている。
私は迷わずその本を開いた。
溢れ出す黒い霧。
それは私の影を侵食し、耳元で甘く囁く。
『我が名はレヴィアタン。嫉妬を糧とし、望みを形にする者。……女よ、お前の魂の半分を代償に、何を望む?』
恐怖なんてなかった。
今の私にとって、レオンのいないこの世界こそが地獄なのだから。
「レオン。レオンハルトよ。あの方が私の元へ、自ら訪れるようにしなさい。どんな手段を使っても、この国がどうなっても構わない。あの方が私の瞳を見つめ、私の手を取らざるを得ない状況を作りなさい」
『くくく……承った。お前の怨嗟と執着は、上質な蜜のようだ。……契約は完了した』
頭の中に、鋭い痛みが走る。
それと同時に、自分の中の何かが欠け、代わりに冷たくドロドロとした「何か」が流れ込んでくるのを感じた。
「うふっ……、うふふっ」
いいわ。
これでいい。
魂なんて、あの方を手に入れるためなら安い買い物よ。
翌朝。
王宮のサロンで虚空を見つめていた私の元へ、一人の男が運び込まれてきた。
ラトニア王国の紋章がついた、ボロボロの騎士服。
ザックとかいうその男は、私の前に這いつくばり、狂ったように叫んだ。
「あ、あいつを見つけた! お前が探しているという男だ。――レオンハルトは隣国ラトニアにいる! あいつは姫を誑かし、俺を侮辱した……! 頼む、グラン・メリアの軍を出してくれ! あいつを、あの化け物を殺してくれ!」
……ああ。
思わず、笑いが漏れた。
悪魔との契約は、これほどまでに早く「道」を示すのね。
「カシウスを呼びなさい。それと、まだ息をしている騎士たちをすべて集めて」
私は、窓の外の荒れ果てた王都を見つめる。
レオン、待っていて。
あなたが愛そうとしたこの国を、私が木っ端微塵にしてあげる。
そうすれば……あなたは私を放っておけなくなる。
優しいあなたは、きっと――
私を救いに、この城へ戻ってきてくれるのでしょう?
「……ああ」
思わずため息が漏れた。
再会が、待ち遠しくてたまらないわ。




