第11話 泥を啜る花々
扇子を持つ手が、止まらない震えを隠しきれずにいた。
王宮の小ホールに集まったのは、レオンハルトを「追放の宴」で共に笑い飛ばした、選りすぐりの令嬢たちだ。
だが、今の私たちの顔に、あの時の余裕など微塵もない。
私の名はマリアンヌ。
伯爵家の長女であり、あの日、レオンハルトに「無理やり手を握られ、卑猥な言葉を囁かれた」と涙ながらに訴えた、あの『悲劇のヒロイン』の一人だ。
「……あなたのせいよ、マリアンヌ。あなたがあんな大袈裟な嘘を吐くから、レオンハルト様は本当に戻ってこなくなったのよ!」
不意に、隣にいた子爵令嬢のエルザが、裏返った声で私を指差した。
「何を言っているの? あの方に、『乱暴された』と叫び声を上げたのはあなたでしょう!? 私を巻き込まないでちょうだい!」
私はヒステリックに言い返した。
会場の至る所で、同じような醜い言い争いが起きていた。
なぜ、こんなことになったのか。
あの日、私たちは確かに勝利したはずだった。
身分不相応な力を持つ下級貴族上がりの男を、私たちの言葉一つで社会の底辺へ叩き落とした。
その万能感、支配欲。
私たちは自分たちが世界の中心だと信じて疑わなかった。
だが、そのツケはあまりにも早く、そして無慈悲に回ってきた。
レオンハルトがいなくなってから、我が家の領地は最悪の事態を迎えた。
あいつが定期的に間引いていたはずの魔獣が溢れ出し、小麦の畑は荒らされ、村は焼かれた。
税収は途絶え、父は借金に追われ、自慢だった私のドレスも、宝石も、もはやこれ以上増えることはない。
そして、怒り狂った民衆や、同じように領地を失った有力貴族たちの矛先は、真っ先に私たちへと向かった。
『英雄を追い出した嘘つきの女どもを引き渡せ』
その怒号は、今や王宮の門の外まで届いている。
「静粛にッ!」
扉が乱暴に開かれ、近衛騎士団が踏み込んできた。
先頭に立つのは、以前から私に求婚していた若手騎士だ。だが、今の彼の瞳には愛欲など欠片もなく、冷酷な義務感だけが宿っていた。
「……伯爵令嬢マリアンヌ、ならびに子爵令嬢エルザ。貴殿らを含む十二名に対し、国家反逆罪および国防阻害罪の容疑で逮捕状が出ている。連行しろ」
「な、何を言ってるのよ……! 私は被害者なのよ! あの方に乱暴されかけて……!」
「黙れ、この嘘吐き共が」
騎士の平手が、私の頬を激しく打った。
真珠のイヤリングが弾け飛び、私は床に這いつくばった。
「貴様らのくだらない虚栄心のために、この国がどれほどの被害を受けたと思っている。前線の村では、子供たちが魔獣に食い殺されているのだぞ!」
ズルズルと引きずり出される私の視界の端に、一段高いテラスから私たちを見下ろす人影が見えた。
イザベラ様だ。
この計画の首謀者であり、私たちに「レオンを孤立させれば、私の家で独占できる。あなたたちにも利益を分ける」と唆した、あの女。
彼女は、まるでゴミを見るような冷めた目で、私たちが騎士に組み伏せられる様を見つめていた。
(……助けてください、イザベラ様。追い詰めろと仰ったのは――あなたのはずでしょう!)
私は叫ぼうとした。
だが、騎士に口を塞がれ、声にはならなかった。
彼女は薄く笑い、私たちを見捨てるように背を向けて歩き去った。
……あの女だけは、罰を逃れるつもりなのだ。
翌朝、私たちは広場へ連れ出された。
そこには、「英雄」に投げられたものよりも、遥かに多くの、そして遥かに重い「石」が準備されていた。
「嘘つき女!」「お前たちのせいで息子は死んだんだ!」「泥棒猫め!」
罵声の嵐。
投げつけられる汚物。
自慢だった金髪は泥に汚れ、引き裂かれたドレスの間から、白い肌が冷たい風に晒される。
レオンハルトを「汚らわしい」と蔑み、彼が跪く姿を見て悦に浸っていた自分が、今、それ以上の屈辱の中で泥を啜っている。
「……処刑を執行せよ」
審判官の冷徹な声。
断頭台に首を固定されたとき、私は思い出した。
あの日、レオンハルトが勲章を捨てて去った時の、あの清々しいまでの背中を。
彼は、この地獄が来ることを予見していたのではないか。私たちが、自分たちの放った毒で自滅することを分かっていたのではないか。
「いや……嫌……っ!!」
絶叫は、鋭い刃の音にかき消された。
グラン・メリアの花々は、自らが生み出した腐敗の沼へと沈み、跡形もなく消えていった。
だが、これはまだ序章に過ぎない。
英雄という名の「安全」を失った――いや、捨てた大国が、本当の恐怖を知るのはこれからなのだ。
王宮を揺るがせた、大規模な内乱は鎮圧された。
しかし、粛清を重ねるたびに、人々の怨嗟は増していく。
争いの火種は――
こうして新たに生まれていく。




