2-11 安心してください、隠れてますよ
時を戻そうッ! そして現在ィッ!
ゾンビよりも恐ろしい存在が今すぐそこにいるッ! いや待てすぐに出ればッ!
「わー、いい感じのお風呂だねー」
「評価の高いホテルっすからねー」
でしょうねッ! そんなチャンス神様が与えてくれるはずありませんものねッ!
おいクソッたれな神様よぉッ! どこまでテメェは理不尽なんだァッ!
だが今見つかるわけにはいかないッ! 生命的には無事でも立場が死んでしまうッ!
俺はとっさに風呂の隅にあるオブジェの岩陰に走り滑り込むように隠れる。その瞬間彼女たちを一瞬視界に入れてしまう。
その健全な青少年には過激な姿を見て俺はうめき声をあげそうになったが、息を殺し隠れる事に専念する。かけ湯の音と風呂に入る音が聞こえたので入浴してしまったのだろう。
しかも場所取りが最悪だ。全員風呂の手前の部分に入っているからいいものの入浴する場所がもう少し奥になればもろに見えてガッツリ岩に隠れている俺の姿を認識してしまうだろう。こちらからでもわずかではあるが彼女たちの姿が見えてしまうのだから。そのため隠れてやり過ごすというのは見つかる可能性が高く非常にリスクがある。
「うむむ……丸腰はやはり」
これはマルクスの声だ。素顔を晒すのが嫌いな彼女もさすがにすべて脱がなければ風呂には入れないのでありのままの姿だ。いや、見たくて見てるわけじゃないぞ!?
しかも……いや、本当にええ身体しとるのう……って、見るな久世透ゥア!
「剣を持って風呂に入るやつがどこにいるの。それにしてもマルちゃんエロい身体してまんなあ。わきわき」
「では自分も。ぱふぱふっす~」
「ひゃめてぇっ!?」
ゴンとキャシーの声が聞こえたあとマルクスは悲鳴を上げる。風呂場では男が絶対に見てはいけない光景が広がっていた。しかしキャシーも地味にスタイルが……いやだから俺はそういうつもりで見てるんじゃないからなァッ! 逃げる機会をうかがっているだけだかんなァッ!
「風呂場ではしゃぐなよ、ケガするから」
ともちゃんの諫める声が聞こえて俺は一瞬彼女の姿を見てしまい、すぐに目を閉じる。
というか一瞬見えましたけど……先生、本当に成人してますか? 勇気を出せば前の世界でも男湯に入れますよ。
「ふーむ、けどお風呂っすか。これを動画サイトに投稿したら閲覧回数はうなぎのぼりなんすけど」
「もう、なに言ってるのキャシーちゃん。うう、でもやっぱり見られるのはなんか恥ずかしいよ」
今度はピーコか。彼女だけには見られてはいけない。その瞬間俺は彼女と長年にわたって築いた信頼関係が一瞬にして崩壊してしまうのだッ! あと乙女のサイズもアレだがまだ頑張れば希望はあるぞ!
「ああ、ピーちゃん、心配しなくても平気だよ」
「平気って?」
ゴンはおもむろに立ち上がる。そしてその瞬間彼女のナイスバディが……ってうぉいッ!? なんだあれはッ!?
「湯気バリアーッ!」
「うお、なんだこれはッ!? 大事なところが湯気で隠れているッ!?」
突如として湯気が発生しゴンの胸と股間を隠した。そのあり得ない光景にともちゃんが叫び彼女は自慢げに解説する。
「ほら、こんなふうに見えざる力が働いて絶対に見えないからさ」
「摩訶不思議なり……!」
「す、すごいね、どういう原理なの?」
「あ、でも円盤になれば無くなるので注意したほうがいいっすよ」
わけのわからない事をキャシーは言ってククク、と笑い声をあげる。これも彼女のギャグマンガ補正という奴か。いやむしろ倫理規制か?
「だからねヘイ、ヘイ、ヘイッ! 安心してください、隠れてますよ!」
ゴンはそう言って力士のポーズやフリーキックのポーズをしたあとどこぞのパンイチの芸人の決めポーズをするが、そのどれもが大事な部分が湯気で隠されていた。
なぜだろう彼女は結構エロい身体のはずなのに微塵もエロさを感じないのは。
いや、今はそんな事どうでもいい。この窮地を脱出する方法を考えなければ!
ありとあらゆる可能性を計算しろ、すべての選択肢を分析しろ、そして掴み取れ、最善の未来をッ! 俺にならばその答えが導き出せるッ! 困難を突破する、最適解を導き出せッ!
そして俺は導き出す、最適の選択肢をッ!
(聞こえるか、がんめんちゃんッ!)
(グワァ?)
俺は先ほど助けたがんめんちゃんに念を送る。いわゆるテレパシーという奴だ。思い付きの異能力で世界観ァンを壊すな!? ハハッ、知らんよッ!!
実は俺にはそんな力があった……というわけではない。だがピーコと意識の共有をした経験から試す価値はあると考えたのだ。
一発勝負だがこの可能性に賭けるしかないッ!
(恩をしっかり返せよ、注意を引き付けてくれッ!)
(グワァー?)
がんめんちゃんのすっとぼけた声が聞こえた気がした。上手くいったのだろうか。だがその答えはすぐに出る。
「グワァ」
「あれ? がんめんちゃんだ!」
がんめんちゃんは俺の指示どおりピーコたちに近付いて彼女たちの視線はすべて奴に注がれる。上手くいったようだッ!
「なんでまたこんなところに。ってかどうやって入ったんだ?」
「いーじゃん、もふもふしようよ」
「こ、今度こそは我も……!」
女性陣はみんな顔面ちゃんに近寄った。俺は風呂場の隅の窓際を足音を立てないように、忍者のようにつま先立ちで素早く移動する。
もう少し、もう少しだッ! がんめんちゃん、頑張ってくれッ! お前を信じているぞッ!
だが。
俺の願いを無視して。
触れ合いに速攻で飽きたがんめんちゃんは、
「グワァ」
と鳴いて、その場を去るのだった。
(恩を仇で返すか、こんの、鳥頭ァァァッッッ!!)
俺は心の中で慟哭の雄たけびを上げた。
というかそうだよね、冷静になればテレパシーとか使えるわけないよね、俺のぼせてたのかな。それは風呂の熱? それとも興奮してたのかなァ?
はは、もうどうでもいいや、キャラ崩壊してるけどしらないやい。
そして。
俺の強い激怒の感情に反応したのか、それともわずかな音から気配を察知したのかマルクスがこちらに振り向いて認識する。
ちなみに俺のセクシーゾーンはしっかり湯気バリアで隠れていました。安心してください。
「ん、マルちゃんどうし、」
「んあ?」
「へ?」
「うひょ、期待を裏切らないっすねぇ」
そして女性陣の眼が一斉にこちらに注がれる。彼女たちは呆然として事実を受け入れられずにいたのだが、マルクスがすぐに風呂桶を掴んで、
「オギョバンソンウオヌモソワカァァッッ!!」
と、マントラのような謎の奇声を上げ剛速球で俺のセクシーゾーンに投げつけたのだった。
そのあとの記憶はございませんでした、はい。
んで。フロントに全員集合して。これがコメディものならここで何事もなく次の話題に行っていたかもしれないのだがお待ちかねの粛清タイムが始まる。
一応最低限の人権への配慮としてボクサーパンツほどははかせてもらい、俺は正座の姿勢から、
「このたびは」
謝罪、
「誠に申しわけございませんでした」
そして、
「どうか命だけは勘弁をッ!」
即座に土下座ッ! プライドなんか知るかッ!
「えーと、トオル君は私たちのために隠れたゾンビを探しに……がんめんちゃんだったけど悪気はなかったんだから」
「グワァ」
ピーコは恥ずかしそうにフォローする。彼女はがんめんちゃんを両手で抱えるように持ち、その裏切り者は俺の怒りも知らずに能天気な声を上げる。
「だがもうちょっとほかにやりようはあっただろうに。まあ、見られたものは仕方ないし……」
「ぶーぶー、許すもんか、女の敵だー」
ともちゃんはそこまで怒っておらず、ゴンも同様ではあったがこの状況を楽しんでいた。シバきたいが今回ばかりは俺が悪いので仕方がない。
「ええ。特にともちゃんのロリロリボディは法律的にアウトっすからね」
「殴るぞ?」
「あはは、なんかゴメンね、トオル」
幸いな事にぶっちゃけマルクス以外はそこまで怒ってはいないようだ。
だが、へらへらと笑う銀二を見て激しい憎悪の感情に襲われる。先ほど獲得した好感度が一瞬にしてマイナスまで下がっていくほどに。
「貴様の土下座を見るのは二回目だな。最初は誠意のある人間だと思ったが」
「すんません」
マルクスは出会った時の事を思い出したあと害虫を見る目をした。うう、頼む、そんな目で俺を見ないでくれ。
「もうさー、こいつのナニを切っちゃいなよ。そうすれば少しはたぎる性欲も収まるんじゃない?」
「ゴン、お前は黙っていろッ! いや俺が悪いんだがな、俺が悪いんだがなァッ! 大事な事だから二回言ったぞィッ!」
「本気で謝ってるのか、お前?」
呆れた顔のともちゃんは得物のネイルガンを取り出し、それを見つめて、
「うん、アレに釘打ち込むか?」
「ドレにですかッ!?」
と、そんな恐ろしい事言った。今しがたのキャシーの発言でちょっと機嫌が悪くなったらしい。
「うむ、我も同感だ、こ、こやつは、こやつは、こやつはァ!!」
俺を目撃してしまった時の事を思い出したマルクスは殺意の波動を放ちながら大剣を構える。俺の命は風前の灯火だった。
「で、トオルちゃん、確認なんすけど」
「な、なんだ?」
「マルちゃん、エロかったでしょう?」
俺はニマニマするキャシーの問いのあと、しばらく沈黙してから、
「……はい」
と言った直後、マルクスがまたしても奇声を上げて大剣を振りかぶり俺の記憶はそこで途切れたのだった。




