ルドとエリー
時系列的には39話の成績表。の後です。
エリーって誰だっけ、という方は28話のエリザベス・コートの話を読んだ後の方が分かりやすいかもしれません。
(エリー視点)
夏休みになり、領地の家でゆっくり本を読んでいると兄のヴィンスが声をかけてきた。
「エリー、今日から俺の友人が1週間程家に泊まるから。」
「?…何回も聞いたし分かってるけど?」
「そうだよな、でも楽しみでさ!」
なんだか兄の様子がおかしい。明るく陽気な兄は友人も多い。だから長期休暇はよく友人の家に行ったり、連れて来たりしているのだけど、今回は何回も確認してきたり、少し浮ついた雰囲気を感じる。
「…お兄様?何か隠してる事でもあります?」
ジト目で聞いてやると、嬉しそうにニヤつく。
「いいや?別に隠してる事はない。ついに今日だと思うと色々楽しみなんだ。」
「……今回はお父様もいるけど、大丈夫なの?あまり浮ついた方だと追い出されるわよ。」
「その辺はバッチリだ。多分親父も気にいると思うぞ!」
「ふうん?…お父様の機嫌を損なわせないでね。」
「分かってるって!大事な可愛い妹の為に、お兄ちゃんが親父の機嫌をとってやるから!」
兄がそう言って肩を叩いてくる。その言葉に何度振り回されたことか。はぁ、とため息をつく。
しばらくして玄関から兄と男性の声が聞こえたので、兄の友人が来たのだと思い、一応挨拶に伺うと…見慣れ過ぎた顔が居た。
「よ、エリー。少しぶり。」
「え?え?っ!ルド!?どうして!?」
「おいおい、俺の友人が来るって言ったろ?」
「ツレって!後輩でしょう!?」
兄もルドも悪戯が成功したような顔をしていて小憎たらしい!
「エリー、会いたかった。元気だったか?」
そう言って、優しい笑顔でいつもと変わらず頭をくしゃりと撫でてくるルドに対して胸がキュンと高鳴る。最初の頃は気恥ずかしかっただけなのに、最近は胸の奥が甘く疼くようなどきどきまで追加されて心臓に悪い。ルドに撫でられるのは好きだけど、兄の前でされると恥ずかしいものがあって、ついツンケンした態度をとってしまう。
「だから子供扱いをしないでってば。」
「ふうん?」
ルドがニヤリと笑って、じゃぁ、恋人扱いにする?なんて耳元で甘く囁く。
「――っ!?も、もう!からかうのはやめてってば!!」
視界いっぱいにあるルドのしっかりとした首筋とか鎖骨とかにキュンキュンして、ルドが口にした内容に心臓がどきどきして、顔にぐんぐん血がのぼる。
ある日から突然ルドは今みたいに私を揶揄ってくるようになった。最初はよく分からなくて、ただ恥ずかしかっただけだけど、いつからか異性として好きになってしまっていた。ルドは男前だし、優しくて温かくてとても魅力的な人だから、揶揄われてるだけだとしても、うっかり好きになってしまった私は悪くないと思う。
ルドは満足そうに微笑んで、深緑色の目が優しく私を見つめる。なんだか、落ち着かなくなってあわあわと視線をそらすことしかできない。
「そろそろいいか?その甘ったるい空気に耐えられなくなってきたんだけど。」
兄が頬を引きつらせている。
「じゃあ、またなエリー。ご両親に挨拶に行ってくるから。」
ルドは挨拶に行ったきり、ディナーの時間まで戻ってこなかった。
その日の夜は、お客様のルドを交えて家族とディナーを食べた。終始和やかなのはいいことなのだけど・・・おかしい。何がおかしいって、あの一緒にいるだけで息苦しくなるくらいピリピリした父の眉間のしわが取れている。兄の友人が来ても一応の会話とかはするけれど、こんなに穏やかな事は無かった。一体どんな話題を振れば、父があんな風になるのか…。私はまじまじとルドを見る。
短く切りそろえた鳶色の髪に、長身で肩幅もあり頑丈そうな体つき、つり気味の形のいい眉 、高くしっかりとした鼻と顎、全体的にすごく男らしいのに…目だけは人がよさそうに少しだけ垂れている。
ふと、前触れもなくルドと目が合って胸がドキンと跳ねる。そのままルドが蕩けるように微笑むので胸が甘いドキドキでいっぱいになって顔に熱が集まる。
「明日ヴィンス先輩と狩りに行くんだけど、エリーは何のジビエ料理が好きなんだ?」
私ばかりドキドキするのが悔しくて、にこり、と笑って意地悪を言ってみる。
「そうね、7種のジビエのパイ包み焼きが好きだわ。」
「ははっ。7種か、エリーの期待には応えなきゃな。鹿肉のソテーも食わせてやるから楽しみにしておけよ。」
2人で7種なんて無理難題の意地悪を言ったのに、気にも留めずにあっけらかんと返されてしまう。
私はルドのこういうところがたまらなく好き。器が大きくて、ちっぽけな性格の私をすっぽり包んでくれて…本当に素敵だと思う。何かにつけて甘えさせようとしてくれるところとか、実はすごくキュンとしてしまっている。
でも、自分から動く勇気は無くて…。
1人で片思いの気持ちばかり育ててしまっている。
* * * * *
「おはようエリー、よく眠れたか?」
ルドがそう言って爽やかに笑って、いつものように頭をポンポンとする。
「ぅ。」
あまりの格好良さに心臓がぎゅっとなる。狩りに行く為のブラウンのパンツに白いシャツというシンプルな格好が、無駄のない筋肉のついた体のラインとか男らしく腕から浮き出た血管とかを引き立てていて、男性的な魅力にちょっとクラクラする。
「お、おはようルド。私は、自分の家だから・・。ルドは大丈夫?眠れてる?」
「俺はどこでも寝れる派だし、エリーの家は居心地がいいからぐっすりだよ。」
「そう、よかった。何かあったら遠慮なく言ってね?」
「おいお前ら朝から新婚ごっこはヤメロ。」
「なっ!ばっ・・!!新・・・っ!!!」
「はははっ!エリー動揺しすぎだ。」
ルドが爆笑する。
「お兄様、変な冗談はやめて下さい!」
変なことを言わないでほしい。ルドと気まずくなって一緒にいられなくなったら嫌なのに。今のままの関係で居たい。そして、できたら今みたいに揶揄い続けてもらえたら嬉しい。ドキドキして、ふわふわする、夢みたいな想い出として処理するから、もっと一緒にいたい。
そのあと少し3人で話をして、狩りに出かける2人を見送った。
「エリー、ただいま。」
狩りに出かけた兄とルドが3時過ぎに戻って来た。ルドの温かい笑顔に、自然と自分も笑みが溢れる。
「お帰りなさい。どうだった?」
「エリー、ルドはすごいぞ。なぁ?」
「雷鳥、ホロホロ鳥、キジ、青首、ヤマウズラ…五種の野鳥と2種のウサギ。それから鹿。これで如何でしょうか?お姫様?」
ルドがいたずらっ子のような笑顔で騎士の礼をとる。
「うそ…。すごい、すごいわ!本当にこんなに捕まえてくるだなんて。」
「ウサギ2羽はヴィンス先輩だけどな。」
「それでも凄いわ!!ルドは狩猟が得意なのね!直ぐに料理長にお願いして来るからお兄様とルドは着替えて来て?」
「ありがとう、エリー。じゃぁ、俺たちは着替えて来るから。」
「うん!後は任せて!夕飯がすごく楽しみだわ。」
その日のディナーは、ルドと兄のおかげで本当に豪勢な食卓になって、食べることが大好きな私にとっては本当に嬉しい。コースのメインがシカ肉のソテー、その後にプラスしてうちのシェフのスペシャリテである7種類のジビエを使用したパイ包み焼きが出てきた。
「おいしい・・・パイ生地もパリッと美しい黄金色に焼き上げられていて、その中にある一つ一つのお肉がしっかりとその味を主張しながらも、絶妙に調和して一つの味を生み出しているわ。かかっているクリームソースも絶品ね。
ジビエのうまみを濃縮した出し汁を使い、更にお皿の完成度を上げているんだわ!
・・恐ろしい。我が家のシェフの腕がひたすら恐ろしい。」
「俺は、お前の評論家のようなコメントに恐ろしさを感じてるよ。」
兄のぼやきが聞こえるけど、そんなの無視だ。
「おいしい!」
「ははっ。そんなに美味しそうに食べてもらえたら今日獲ってきたジビエたちも報われてるんじゃないか?」
ルドが嬉しそうに笑っている。笑うとさらに目じりが垂れて、そんなところもキュンとする。
「本当に7種類も獲ってきてくれるだなんて・・。ルドありがとう。」
「どういたしまして。」
「おい、妹。お兄ちゃんには無いのか。」
兄が恨めしそうに言うので、私はクスリと笑う。
「ウサギもこのパイ包みにはかかせないものね。感謝しないこともないわ。まあよくやった、と言っておこうかしら。」
「なんで素直にありがとうと言えないんだお前は!」
3人でくすくす笑っていると、父が自らルドに話かけた。
「ルーデウス君はよく狩りをするのか?」
私と兄は、珍しい出来事に驚きで目を見開く。
「ええ、うちの領は自然豊かですから、シーズンになるとよく父と弟と狩りをしますね。」
その後も昨日以上に和やかな会食の場になって、すっかり我が家にルドが馴染みつつある。そんなことを思いながらルドを見ていると、ルドが視線に気づいて微笑んでくれた。嬉しくてつい口許が少し緩くなってしまう。
ルドにはできるだけ長く独り身でいて欲しい。
少しでも長く一緒にいられたらいいな、と考えてチクリ、と胸が痛んだ。
* * * * *
ルドと一緒に宿題をしたり、兄と3人でボードゲームをしたりと楽しく過ごしてあっという間に3日目は過ぎた。ディナーの席ではとうとうあの堅物の父が笑った。もうルドは完全に私の家に溶け込んでいて、母なんて完全に篭絡されている。「ルーデウス君は本当に素敵な子ね」なんて言って顔が緩みっぱなしだ。
そんな穏やかな空気を切り裂いたのはやっぱり父だった。
「ルーデウス君とエリザベスのサロンは随分とにぎわっているそうだね?
それに比べヴィンス・・お前は何の成果もあげられず、ヘラヘラとしてばかりで、本当に何をやらせても駄目な奴だな。
そんなのでやっていけると思ってるのか?何故もっと努力をしない。
お前のような奴が世の中を駄目にしていくんだ。自分の息子だと思うと実に嘆かわしい。」
「…申し訳ありません、父さん。」
父の言葉に私も兄も視線を落とす。折角の食事の味が一気にしなくなってしまった。
お客さんもいるのにやめて欲しい。
たまに・・父さえいなければ家族は平和なのに、と思ってしまう事がある。
兄がだんだんと委縮して能力を発揮できなくなってしまったのは、父が兄の自尊心を破壊し尽くすかのように怒るからだ。
確かに兄は頼りないところがある。
でも、ヘラヘラしているのは…たぶん私と母のためだ。
父によって作られたピリピリと重苦しく張り詰めた家の空気を壊すかのように、いつだって私と母を笑わせてくれていたのは兄だった。
そんな幼い頃の兄の優しさが兄を陽気な性格にしたのだと思う。
だから、父が兄を責めるとすごく苦しくて悔しい。
気まずい空気を感じているだろうに、ルドが何事もないかのように穏やかに会話を続ける。
「僕らのサロンも7月の段階で学内で2番目の規模となれましたが、それは他のメンバーと一緒に毎週打合せたりして頑張っている成果もあるでしょう。でも、1番はヴィンス先輩がいてくれたからだと思いますよ。」
父の機嫌は最悪で表情は厳めしいままなのに、ルドが人好きのする笑顔で続ける。
「王族でもなんでもない僕達が、異例のスピードでここまで順調にサロンを大きくしていけたのはヴィンス先輩が上級生とのパイプ役になってくださったからです。先輩が3年間かけて学園で築いた人脈と信頼を僕たちのサロンがそっくり受け継げたので、この短期間でこれだけの成果を出せました。来てくれた先輩たちが口コミを広げてくれたのも、確かに僕らのサロンを気に入ってくれた点もあるでしょうが、ヴィンス先輩の人柄のおかげだと僕は思っていますよ。」
父が薄く息を吐き、家族にしか分からないくらい少しだけ目元を緩める。
「・・・そうか、お前も少しは頑張っているんだな、ヴィンス。」
父にばれないようにそっと深く息を吐き出す。
泣きたいくらい嬉しかった。父が兄を少しでも認めてくれたのはこれがたぶん初めてだった。
ルド…ありがとう。
ディナーの後、ルドに会いに行った。
「ルド・・その、今日のディナーの時はありがとう。」
「そんなにかしこまって言われるようなことは何もしていないけどな?」
ルドが気にすんな、とばかりにしっかりとした大きな手で私の頭をポンポンとする。それが、嬉しくて目を細めながらも、首をふる。
「ううん、ルドにとっては何でもないことでもすごく嬉しかったからお礼が言いたかったの。だから、ありがとう。」
「なら、エリーこそわざわざそれを伝えに来てくれてありがとな。」
ルドが優しく微笑む。ルドの声は優しくって、温かくて、そっと柔らかに抱かれているような心地がする。不思議と落ち着いて口が軽くなってしまう。
「うちの家族はちょっと歪でしょ?」
ルドが、眉をあげて続きを促す。
「うちの父…頑固で厳しいでしょ?息がつまるというか、凄くピリピリしてて、ちょっと苦手で。」
「そうか。」
ルドが優しく撫でてくれて胸の強張りが段々と取れていく。
「本当は、あまり、好きじゃないの。威圧的で、完璧主義者で、少しでも思った通りにいかないと癇癪を起こして、私達の気持ちを顧みてくれなくて。・・・・ゴメン、愚痴っちゃった。」
「エリー、そういう時は視点を上にしてみるといい。エリーは今、家族4人で物事を視てるだろ?それを広げるんだ。」
「ひろげる?」
「ああ。親子間の人間関係は脈々と繋がっているんだ。
エリーのお祖父さんとお祖母さんはどんな人だった?」
「お祖母様は私が小さい頃に亡くなっちゃったけど、お母様と似た雰囲気だったかも。お祖父様の話は・・聞いたことないな。」
「一度聞いてみるといい。」
「・・やだ。あまり父と話したくない。」
「そんな風に言ってやるなよ。エリーのお父さんは多少拗らせてるけど、家族想いのいい人だと思う。」
「家族想い!?」
「ああ。」
「・・嘘よ。」
「嘘じゃない。」
ルドの温かい目は真剣そのもので、嘘じゃないのは分かっていたけど認めたく無かった。父のせいで、母と兄と私がどれだけ傷ついてきた事か。あんな奴が家族想いだなんて・・ルドには悪いけど信じたくない。
「エリー、親だって人間なんだ。強いところもあれば弱いところもある。いいところもあればダメなところも、不器用なところもある。歩み寄ってやれ。」
「それは、そうだけど。でも父は家族の事なんて自分の駒のようにしか思ってないもの。
歩み寄るも何もないわ。」
不意にルドが私の眉間を親指で軽くぐりぐりとする。
「え、ちょっ…なになに?!」
ルドが満足そうにニヤリ、と笑う。…いつの間にか眉間にしわが寄っていたらしい。
ルドの余裕そうな顔を見たら、強張っていた体から余分な力が抜けた。
「信じて歩み寄ってやれよ。エリーならできるから。・・本当はこういうのは、本人から聞くべきだと思うけど。」
そう言って、ルドが私の両手を取る。ルドの大きな手から伝わる熱に、私のささくれ立った心が溶かされていく。ルドがゆっくりと瞬きをして、真剣な翠の目が私を見つめる。
「エリーの中で、色々複雑な感情がわだかまってると思う。でも、一旦その気持ちを置いて聞いて欲しい。
なぁ、もしエリーのお父さんがある日、沢山の借金を抱えたまま亡くなったらどう思う?
突然周りの貴族からも距離を置かれて、支援してくれる人もなく、お母さんと2人で取り残されたらどう思う?
エリーのお祖父さんは、エリーのお父さんが17歳の時に多額の負債を抱えて亡くなって、エリーのお父さんは若いながらも必死にコート子爵家を1人で建て直したんだ。
今やコート家は裕福で、エリーのお父さんは実業家としても名を馳せている。成功の裏で一体どれほど苦労したんだろうな。」
「そんな…。でも、そんな話一度も!」
「エリーだって聞かなかっただろ?
エリーのお父さんは頑張って頑張って、自分に鞭打ってまた頑張って、その繰り返しのうちに自分の犠牲がこの幸せを支えているって思うようになってしまった。自分だけが頑張って皆の幸せを守っている、てな。
だから、他の人間が無責任に見えてしまった。その結果、全てを自分がコントロールしなくてはいけないという強迫観念に囚われてしまったんだ。
エリーのお父さんは実業家としての重圧とこれまで頑張りすぎたせいで、もう心がボロボロなんだ。家族までコントロールしようとするほどに。」
「だとしても…!」
…父は、一度も苦労話を私たちに話したことは無かった。
本当にそうなのだろうか? そんなことがあるのだろうか?
父が傷ついている?
「エリー。本当にお父さんとずっと今のままの関係でいいのか?
・・エリーは本当はどんな家族になりたいんだ?」
喉の奥がきゅっと熱くなる。
「エリー。真実、人が人間関係を変えたいと望むのなら、相手がどんな痛みを持っているか想像しなきゃダメだ。
そして、自分がどんな痛みを持っているかも、ちゃんと向き合うんだ。」
ルドが必死な顔で私を見つめる。
「真実…」
今迄の色々な出来事が頭をよぎる。
「私は、」
怒った顔の父。
辛そうな顔をした兄。
項垂れる母。
本当はいつも不安な私。
「…かわりたい、変えたい。 真実、変えたいっ。」
ルドがしっかりと頷く。
「なぁ、自分以外の全員が無責任に見えて、取りこぼしが無いように、全てを自分がコントロールするってどんな気持ちだと思う?・・・心に平穏なんて無いだろ?」
私は頷く。
頭の固い父だ。
本当に唯独りで全て完璧にやろうとしてきたんだろう。
領地の運営も事業経営も。
そんな無理を続けたのだろう。
「エリーのお父さんは、毎日、焼け野原を歩いているような気持ちのはずだ。
それでも、また、家族の為に、次の日も頑張ってきたんだ。 それも17歳からずっと。
親ってさ、身を呈してでも子供を守るって言うだろ?
俺、エリーのお父さんを見てるとそれを実感するよ。
エリーのお父さんはもうボロボロなのに、我が身を犠牲にしてでも、自分に鞭を打っても、お前達に自分のような苦労をさせまいと、頑張ってしまっているんだ。・・・これが愛じゃ無かったら何だって言うんだ。」
ただ頷く。ルドの言葉がちゃんと胸に届く。
お父さん。
知らなかった。
知ろうともしなかった。
視界が滲んで温かい涙が頬を伝う。
知らなくて、ごめんね。
余裕もないくらい、ボロボロだったんだね。
それなのに、私は心の中でお父さんのことを責めていた。
家族の為にボロボロになっている、お父さんのことを責めていた。
知ろうとしなくて、ごめんね。
お父さんが傷ついているだなんて考えもしなかった。
知ろうともせずに、考えもせずに、心の中で、家族に厳しい事を言うお父さんの事を唯責めていた。
どうしてお父さんがそうなったかなんて、考えなかった。
気づかなくて、ごめんね。
自分を犠牲にするくらい、私達のこと好きで居てくれたんだね。
私…親不孝者だった。
ごめんね、お父さん。
今まで、家族のためにありがとう。
「エリーのお父さんは若い時に深く傷ついたまま、ずっとここまで来てしまっているんだ。本人は心に蓋をして無自覚なんだろうけれど。 ――そして、ずっとお前達に屈折した愛情表現をしていた。 この3日間、お前のお父さんと話し続けた俺が保証する。 間違いなく、お前は愛されてるよ、エリー。」
なんて下手過ぎる愛情表現なんだろう。
あの理不尽な怒りも、
私達をコントロールしようとしていたのも
私達を守りたかったからだなんて。
でも、嬉しい。
お父さんも、家族のことをちゃんと大切に思ってくれていたことが。
こんなにも嬉しい。
どうしてこんなにも嬉しいのかな。
なんでだろう。
ただ胸が熱くて、涙がぽろぽろとひとりでにこぼれ落ちる。
「エリー、お前の痛みは?今ならお父さんになんて言いたいんだ?」
今なら。私の本当の気持ちは
「お、父さん…っ。
私ね、ずっとコントロールされてきたから、未だにお父さんの承認がないと、これでいいのか怖くて不安で仕方ないんだよ。
それを考えないように、がむしゃらにやってるだけなんだよ。
私ね、本当は、ずっとお父さんに〝よくやった〟って言ってほしかったんだよ。
〝お前達はいい子供達だ〟って言ってほしかった…っ。
〝愛してる〟って言って欲しかった!
本当は、ちゃんと、4人仲のいい家族になりたい!
絵に描いたような家族になりたかった!!
私は優秀であろうとした。強くあろうとした。
お父さんが怒らなくて済むように。
お父さんに認めてもらえられるように。
お母さんが叱られないように!
お兄ちゃんが傷つかないように!!
でも、それは、本当は、お父さんの事、好きだったから。
頑張ってきたのも、本当は!
お父さんの事が好きで、お父さんに愛してほしかったから!!」
馬鹿みたいに涙が溢れて、子供みたいに泣いてしまった。
心から出る言葉が、体裁も仮面も見栄もすべて押し流す感情の濁流となって涙に変わっていく。
「エリーも傷ついている。そして、ヴィンス先輩も。
先輩は、未だにお父さんの影がちらついて大切な場面で萎縮してしまう所がある。でも今の状態の元凶になったお祖父さんも、きっと何かに傷ついて拗らせてそんな風になったんだ。家族ってそうやって綿々と複雑に繋がってる。
でも、お父さんの心の傷に気がついて、認めて、許してやれたお前なら、ここでその負の流れを断ち切れる。エリー。」
ルドの真剣な顔が〝お前ならできる〟と雄弁に物語っていた。胸に温かいものがいっぱいになって涙になって溢れる。ルドがそっと抱き寄せてくれて、ルドの厚い胸に顔を埋める。
「うっ…。ぐすっ…。」
あんなにも恐ろしく大きく見えていた父が、今は人生に疲れた一人の男の人に見える。
前にリアが私に言ってくれたみたいに、
今度は私がお父さんに言ってあげよう。
1人じゃないよって。
私達もいるんだって。
甘えたっていいんだって。
それから、愛してるよって。
「今度、ちゃんとお父さんの話を家族全員で聞いてやれ。お父さんの心の傷を癒してあげられるのは家族だけなんだから。」
「・・うん。うん、ルド。」
ルドがいてくれなかったら、たぶんずっとお父さんとはすれ違ったまま生きていく事になったと思う。
お父さんの想いも知らずに、ずっと嫌ったままだったと思う。
ルドから話を聞かなかったら、歩み寄ろうだなんて、とても思えなかった。
ルドからじゃなかったらこんなに素直に聞けなかった。
ルドの服をぎゅっと掴む。
胸いっぱいに熱い想いが溢れる。
「るど・・るど、ありがとう、ごめ、取り乱して。ごめん。」
ルドが私の頭を何度も撫でてくれながら優しく微笑む。
「いい。俺はエリーに頼ってもらえて、実はすごく嬉しいんだ。
それにエリーの隠しがちな弱さは、いじらしくて可愛いしな。」
今の関係を失う怖さよりも、込み上がる気持ちが強すぎて…言葉に自然と変わって口から溢れる。
「るど、・・るど、すき…。わたし、ルドがすき。…ルド、ずるいよ、かっこよすぎるよ。」
涙が溢れる。この陽だまりのような人が大好き。世界で一番かっこいいと思う。もし振られても、この人だけは簡単に諦めたりできない。
背中にしっかりとしたルドの腕がまわって、ぎゅっとされる。
嬉しくて。 ドキドキして。 温かくて。 大きくて。
この温もりを独り占めしたい。
「るど、お願い。私だけのものになって。」
ルドの胸から顔を上げて懇願する様に覗くと、ルドの翠の瞳にトロリとした熱が籠っていた。目の下が薄っすらと紅く染まって、見たことのない男の表情をしていた。甘く低い声が上から降ってくる。
「先に言うな。それは俺の台詞だ。本当はちゃんと場を整えて言いたかったんだけど。」
顔に手を優しく添えられて更に上を向けさせられると、ルドの真剣な翠色の瞳が熱く私を見つめていた。
「俺はエリーの事がどうしようもなく好きだ。他の奴に取られたくない。俺の手でお前を幸せにしたい。だから俺の婚約者になってくれないか?」
信じられないような歓びに心が震える。途方もない喜びと愛しさで胸がどきどきして苦しくて。でも、ルドの心臓も同じくらいドクドクしていてそれが嬉しかった。
「俺の家の許可はとってきた、ついさっきやっとコート子爵からも許可がもらえた。後はエリーの返事だけだ。」
翠色の瞳に縋るような色をのせながら、それでもルドのしっかりとした腕は逃さないと拘束するように更にしっかりと私を抱きしめる。それが嬉しくて、私もルドの広い背中に手を伸ばしてぎゅっとする。
「俺はエリーだけを大切にして甘やかしたい。お前が頼るのは俺だけであってほしいし、俺にだけ甘えてほしい。俺がお前を守りたい。俺のものになれ、エリー。」
「私だけ?」
「エリーだけだ。」
「うれしい、・・ルド、すき。すごく好き。」
想いが溢れて涙がまた零れる。ルドが蕩けるように笑む。
「エリーの涙は、やっぱりすごく綺麗で可愛いな。・・エリー、答えは出てるんだけど、はっきりと聞きたいんだ。俺の婚約者になってくれないか?」
なんてしあわせなんだろう。
「うん・・っ。うん、るど。私ルドの婚約者になりたい。ルドの1番になりたいの。」
私だけを見てくれる優しい目が嬉しかった。ツンケンしたって笑って受け入れてくれて。
私だけに伸ばされる大きくて温かい手が恥ずかしかったけど、大好きだった。
私に可愛いって沢山言ってくれて・・好きにならないなんて無理だった。
ルドの右手が私の頭を抑えてルドの胸に優しく押さえつけられる。
「エリー好きだ。愛してる。」
熱いため息のような声で囁かれ、おでこに、ちゅ、と柔らかな感触ががあった。
顔が真っ赤になっているのが自分で分かっていたけど、ルドの顔が見たくて顔を上げるとルドが蕩けそうな顔で笑っていた。もう一度ぎゅっとされて頭を宝物を扱うみたいに撫でられる。
「エリー、今度、うちの領地に来てくれないか?家族に紹介したい。」
「うん。…ルドの家族は素敵そうだね。」
「エリーの家族も充分素敵だ。俺が婚約の許可を得るのにどれだけ苦労したと思ってるんだ。初日なんて、着いてから夕飯までずっとお父さんと話してたんだぞ?それどころかこの3日間、エリーとヴィンス先輩と一緒に居ない時はずっとな。家族想いのお父さんだった。・・エリー、俺達も素敵な家族になろうな。」
ふっと笑うルドが愛しくて、胸に温かいものがいっぱいに溢れて、しあわせでしあわせで、温かい涙が止まらなかった。
その後、家族に報告して祝福されたり、残り2日を今まで以上にどきまぎして過ごしたり、後日家族で話し合った時に父が男泣きしたり、兄も母も私もボロボロ泣いて最後は笑いあったり…ルドのご家族と会ったりしたけど、それはまた別の話。
今回出てきたジビエの中には時期が違うものもありますが、異世界という事でご寛恕ください。
家族の押し売りすみません。次からはラブコメのはず。




