第95話 止まった列
第五層に残っていた最後の班が予備退避路へ入った。
神代さんたち後方班も戦闘を切り上げ、少し距離を取って追いかけている。
ここまでは予定通りだった。
予定と違うのは、そのさらに後ろに魔物の群れがいることだ。
『後方、移動中です』
神代さんの声が通信から聞こえる。
班長が聞く。
「距離は取れてますか?」
『取れています。ただ、何体かはこちらを追っています』
「無理に止めなくていい。その距離を維持してください」
『了解』
俺たち第一班は、すでに第四層まで半分ほど来ていた。
この先にもう一つ狭い通路があり、そこを抜ければ第四層西側の管理通路へ出る。
地図でもそうなっているし、《帰り道》も同じ方向へ伸びていた。
班長が各班の位置を確認する。
「第一、第三待避地点。第二、第二と第三の間。第三、第二待避地点。第四、第一と第二の間。第五、第一待避地点。第六、第五層側から移動中」
順番は崩れていない。
「後方班は?」
『第六班の後ろです』
神代さんが答える。
班長が頷く。
「そのままで」
俺たちは再び動き始めた。
ここから先は少し狭くなる。
壁の両側が岩で、ところどころ床も濡れていた。
俺は足元の光だけでなく、実際の足場を見る。
「ここ滑ります」
後ろへ伝える。
「右側の方が歩きやすいです」
班長が無線に流した。
「全班へ。第三待避地点から先、床面濡れあり。右寄りを通行」
各班から返事がある。
最初の五人は問題なく通った。
少し先に広い場所が見える。
「あそこまで行きます?」
俺が聞く。
「はい。第一班は抜けて、第四層側で待機」
狭い区間を通り抜けた。
第四層側へ出ると、空気が少し変わる。
広い。
ここなら二十人ほど集まっても大丈夫そうだ。
壁には管理用の照明もある。
俺が通信する。
「第一班、狭いところ抜けました」
班長が人数を確認する。
「五名全員」
続いて第二班へ進行指示が出る。
俺たちは端へ寄って待つ。
少しして、第二班が到着する。
「五名確認」
次は第三班。
順調だった。
第四班も入る。
ここまでで半分以上が第四層側へ抜けた。
後ろから神代さんの声が届く。
『魔物との距離、少し詰まっています』
班長が聞く。
「接触は?」
『まだです。最後尾から目視できる距離です』
「第六班は?」
『第二待避地点を通過しました』
まだ時間はある。
俺はそう思った。
第五班が狭い区間へ入るまでは。
通信に、急に声が重なった。
『止まって!』
『大丈夫か?』
『動かすな、足見せて!』
班長がすぐに通信機を取る。
「何があった?」
返事をしたのは第五班についている救難員だった。
『一名転倒。右足をひねった可能性があります』
俺と班長が顔を見合わせる。
「意識は?」
『あります。頭は打ってません』
「歩ける?」
少し間があった。
『今確認します』
俺は来た道を見る。
ここから事故の場所は見えない。
第五班は狭い区間の途中にいて、前方は第四層へ続き、後ろには第六班、そのさらに後方には魔物が迫っている。
班長が通信する。
「第四班、第五班との間隔は?」
『第四班は通過済み。第四層側です』
「了解。第四班はそのまま待機。戻らないでください」
次に第五班へ。
「負傷者の状態を報告」
『右足首に痛み。自力で立てます』
別の声が聞こえた。
『立てる、歩けるって』
おそらく本人だ。
直後、救難員が止める。
『無理に乗せないでください』
しばらくして報告が戻った。
『荷重で痛みが強くなります。普通に歩かせるのは厳しいです』
班長が地図を見る。
「そこで担架は開ける?」
『幅が足りません。簡易搬送シートなら使えます』
「使ってください」
『了解』
班長は次に後ろへ連絡を入れる。
「第六班、現在位置で止まってください」
『了解』
神代さんにも伝える。
「後方、前が止まりました。一名負傷」
『分かりました』
「魔物との距離は?」
『まだあります。ただ、こちらも止まれば詰まります』
それが問題だった。
前で一人が動けなくなる。
後ろ全体が止まる。
二十九人を一列にしなかったから全員が詰まっているわけではない。それでも、狭い場所で事故が起きれば、その後ろは進めなくなる。
《帰り道》は何事もないように俺の足元から先へ続いていた。
行く方向は分かっている。
でも、第五班は進めない。
俺は光を見る。
二日前なら、また何か見落としているのかと考えたかもしれない。
今は違う。
「久世さん?」
班長がこちらを見る。
「光はそのままです」
「分かりました」
それだけで話は終わった。
光がそのままでも、人が歩けなければ列は動かない。
俺は通信を聞く。
『搬送シート出します』
第五班の救難員が指示している。
『右足はできるだけ動かさないで。二人、手を貸してください』
探索者たちの返事が重なる。
簡易搬送シートは、担架ほど幅を取らない布製の器具らしい。
座らせるような形で身体を支え、複数人で持ち上げられる。
班長が聞く。
「通せそう?」
『はい。ただ、狭い場所なので前後二人ずつは無理です。左右と前後で位置を変えながら行きます』
「急がなくていい。落とすな」
『了解』
俺は思わず後ろを見る。
「手伝いに行かなくていいですか?」
班長が首を横に振る。
「今戻ったら、狭いところに人が増えるだけです」
「ですよね」
「それより、この先確認してください。負傷者を抜いたあと、止まらず第四層へ入れたい」
「分かりました」
俺は第一班にいた探索者一人と、少しだけ先へ進んだ。
《帰り道》は第四層の管理通路を右へ曲がる。
現地地図では、その先に第二集結地点がある。
床を見る。
大きな段差はない。
通路幅も十分。
魔物の反応もない。
「ここなら大丈夫そうです」
班長も追いついて確認した。
「第一から第四班まで、もう少し奥へ動かします」
「第五班が来る場所を空ける?」
「そうです」
すでに第四層へ抜けた探索者たちを、さらに上側の集結地点へ移す。
こうすれば負傷者を運び込んでも休ませる場所ができる。
班長が無線を使う。
「第一から第四班、順番に第二集結地点へ移動。第一班から出ます」
俺はまた先頭へ戻った。
さっきまでなら「後ろで怪我人がいるのに」と思ったかもしれない。
でも、前を空けることも救難だ。
俺たちがいつまでもここにいれば、第五班の行き先がなくなる。
第一班を連れて進む。
光は右。
次の分岐を左。
第四層の管理通路は比較的広く、人を動かしやすかった。
数分で第二集結地点へ着く。
「第一班到着」
人数確認。
第二班を動かす。
その間にも、後方の報告が入る。
『第五班、搬送開始します』
『痛みどう?』
『動かさなければ大丈夫』
『ゆっくり上げます』
一歩ずつ進んでいるようだった。
神代さんからも報告が入る。
『後方、魔物を再確認。四足型三体が先行しています』
班長の表情が変わる。
「距離は?」
『第五層側の第三待避地点を越えました』
第五班はその先の狭い区間。
第六班はさらに後ろ。
近い。
「第六班、前へ詰められますか?」
『今、第二待避地点です。第五班が動けば詰められます』
「第五班、あとどれくらい?」
『半分です』
焦れば危ない。
遅すぎれば追いつかれる。
班長は時計を見たが、急げとは言わなかった。
「そのままの速度で」
『了解』
第二班が第二集結地点へ到着する。
第三班を動かす。
俺は自分にできることを探した。
「第四層側、何か準備します?」
「負傷者来たら状態を見ます。あと、その先のルートも確認したい」
「光は続いてます」
「分かってます。現地確認もします」
やっぱりそれだった。
光がある。
だから行ける、ではない。
行ける状態なのかを、人が確認する。
俺は班長と救難員一人に合流し、少し先を確認した。
第二集結地点から第三層へ向かう途中に、一か所だけ階段がある。
幅は十分。
負傷者も運べる。
「大丈夫です」
戻ったところで、通信に大きな音が入った。
『接触!』
神代さんの声ではなかった。
後方に残っているA級探索者だ。
すぐに神代さんが続ける。
『一体だけです。第六班はそのまま前へ』
金属音。
獣の低い鳴き声。
『二体目来ます』
班長が第五班へ聞く。
「あと?」
『もう少しです。出口見えてます』
「第六班、詰めて」
『了解!』
俺たちのいる第四層側からも、ようやく足音が聞こえてきた。
最初に第五班の先頭が見える。
その後ろから、四人に支えられた男が来た。
簡易搬送シートに身体を預けている。
顔には汗が浮かんでいた。
「あと少しです」
救難員が声をかける。
男は頷いた。
「すみません」
「謝らなくていいです」
狭い区間を抜け、第四層へ入る。
俺たちが場所を空ける。
「ここ、一回下ろします」
救難員たちが搬送シートをゆっくり床へ置いた。
負傷した男が息を吐く。
「右足、どうです?」
「動かすとかなり痛いです」
救難員が状態を見る。
「腫れてきてますね。地上まで歩くのはやめましょう」
男は後ろを見る。
「でも、まだみんな来てないんですよね」
「来ます」
班長が答えた。
第五班の残りも第四層へ入った。
人数確認。
全員いる。
次は第六班。
通信から戦闘音が続いている。
『第六班、狭い区間へ入ります!』
神代さんの声。
『私たちは後ろにつきます』
班長が言う。
「無理に倒し切らなくていい。第六班が抜けたら離れてください」
『分かっています』
負傷した男がそのやり取りを聞いていた。
俺も彼の横にしゃがむ。
「もう少ししたら上へ動きます」
そう言うと、男は自分の右足を見た。
「これ、俺がいると遅くなりますよね」
「搬送するので、歩かなくて大丈夫です」
「そうじゃなくて」
男は後方の通路を見る。
戦闘音は、さっきより近い。
「俺のせいで全部止まってるじゃないですか」
「今は動いてますよ」
「でも、また同じことになる」
男は少し黙ったあと、俺を見る。
「久世さん」
「はい」
「俺を置いて、先に行ってもらえませんか」
周りにいた何人かが振り返った。
俺はすぐには答えなかった。
それを決めるのは、俺ではない。




