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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


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第94話 下から来る

『第七層監視班から更新。魔物の群れ、上昇を継続しています』


現地救難班長の通信機から聞こえた声に、第五層の管理区画が静かになった。


「現在位置は?」


『第六層へ入った反応あり。複数です』


さっきまで俺たちがいた階層だった。


班長が地図を開く。


「第六層のどこです?」


『南側主通路付近です。監視用の魔石が二つ死んでるので、そこから先は追えてません』


「数は?」


『確認できた範囲で八。まだ後ろにいる可能性があります』


確認できているだけで八体。ここにいる探索者は二十九人だから、戦える人数だけを比べればこちらの方が多い。


ただ、今やるべきことは魔物との戦闘ではない。


二十九人を地上へ帰すことだ。


班長も同じ考えだったらしい。


「全員、そのまま聞いてください」


管理区画に集まった探索者たちへ声をかける。


「第六層まで魔物が上がってきています。ここから第五層の退避を開始します。ただし、全員で固まって動きません。さっきと同じように班を分けます」


一人の男性が聞いた。


「ここで迎え撃たないんですか?」


装備を見る限り、かなり慣れた探索者だと思う。


班長は迷わず答えた。


「必要ありません」


「でも、下から来るんですよね?」


「来たら対応します。こっちから下りて倒しには行きません」


男性は少し考えてから頷いた。


その隣にいた大柄な探索者が腕を組む。


「俺たちも戦えます。A級が三人、B級もいる」


「分かってます。必要なら協力をお願いします。ただ、最初から戦闘班を作るつもりはありません」


班長はそこで一度全員を見回した。


「全員退避が目的です」


神代さんも何も言わない。剣には手を触れているが、第六層へ向かおうとする様子はなかった。


少し前までの神代さんならどうしていただろう、と一瞬考える。


たぶん、今と同じではなかった。


誰かから聞いた話ではない。俺自身が一緒に救難へ入る中で、何度も見てきた。


強いから前へ出るのではなく、必要な場所にいる。


今の神代さんは、そういう動き方をする。


班長が俺を見る。


「久世さん、《帰り道》は?」


俺は足元を確認した。


淡い光は第五層の管理区画から北側の扉へ伸びている。


「北です」


班長が地図を見る。


「第四層へ上がる予備退避路と一致します。主経路じゃないですね」


「光はこっちです」


「分かりました。安全確認を取ります」


班長が通信機を操作する。


「第五層から第四層、北側予備退避路の状況を確認」


すぐに返事があった。


『第四層側から途中まで確認済み。崩落なし。魔物反応なし。ただし中央部の監視設備が停止しています』


「人を通す幅は?」


『問題ありません。一部狭いですが、二人並ぶ程度はあります』


「了解」


班長が地図へ視線を落とし、俺も横から確認する。


予備退避路は第五層北側から第四層西側へつながっている。途中にいくつか待避スペースがあり、第六層から使った道よりは長い。


「こっちで行きます?」


俺が聞くと、班長が頷いた。


「行きます。ただし、久世さんの光が出てるからじゃありません」


「はい」


「光と現地確認が一致したからです」


わざわざ言われなくても分かっている。


それでも、こういうことは言葉にしておいた方がいいのだろう。


班長は通信を切り替えた。


「第三層待機班、聞こえますか?」


『聞こえています』


「そちら八名は地上退避を再開。上層経路は確認済みです。救難員の指示に従って移動してください」


『了解』


これで上側の八人が先に動く。


地下にいる三十七人全員を一か所へ集める必要はない。帰れる人から帰していけばいい。


俺たちが第五層の二十九人を上げている間に、第三層側の八人は地上を目指す。


班長は次に、第五層に集まった二十九人の組み分けを始めた。


第六層から上げてきた十四人は、さっき使った三班を基本にする。第五層にいた十五人についても、元のパーティをなるべく崩さないよう三班に分け、ひとまず全部で六班を作ることになった。


人数は各班四人か五人を目安にする。


俺が思わず言った。


「増えましたね」


「人が増えたので」


「分かってます」


班長が少しだけ口元を緩める。


「久世さんは第一班。俺も前に行きます。救難員一人は第三班付近、もう一人は第五班。神代さんは最後尾をお願いします」


「分かりました」


神代さんが頷いた。


すると、さっき「A級が三人いる」と言っていた男性が手を上げた。


「最後尾、俺たちも残ります」


班長がそちらを見る。


「パーティごと?」


「三人です。全員A級。魔物が上がってきた時、神代さん一人に任せる理由もないでしょう」


言い方は少し強いが、張り合っている感じではなかった。


神代さんも男性を見る。


「助かります。ただ、追わないでください」


「分かってます」


「来たものだけ止めて、退避します」


「それでいいです」


短いやり取りで話が決まった。


班長はA級探索者三人を通常の退避班から外し、神代さんと一緒に後方支援へ回すことにした。これで、六つの班に分かれて先に退避する探索者は二十六人になる。


人数を改めて調整し、六班を五人、五人、四人、四人、四人、四人の構成に組み直す。


後方に残るのは神代さんとA級探索者三人。ただし、四人は魔物を倒すために残るわけではない。最後の第六班が予備退避路へ入るまで第五層側を守り、その後は四人も続いて退避する。


これで二十九人全員の動きが決まった。


班長が改めて全体へ説明する。


「第一班から順番に出ます。前の班が待避地点へ着いたら次を動かします。無線を持っている人は必ず聞ける状態にしてください。勝手に班を変えない。荷物を落としても、無断で戻らない。何かあればその場で救難員へ伝えてください」


二十九人から返事が上がる。


俺は第一班の前へ出た。


足元の光は変わらず北側の扉へ続いている。


さっき十四人を動かした時より人数は多いが、もう全員を一列にして俺の後ろへ並べるつもりはない。


「第一班、行きます」


班長が通信に入れる。


俺たちは管理区画を出て、北側の予備退避路へ入った。


最初の百メートルほどは緩い上りになっている。途中に二つ分岐があったが、《帰り道》はいずれも地図上の予備退避路と一致していた。


「最初、左です」


俺が伝える。


班長がすぐ無線へ流した。


「全班、最初の分岐は左」


各班から返事が続く。


少しして第一待避地点へ着いた。


幅の広い横穴のような場所で、十人ほどなら余裕を持って立てる。


「第一班到着」


班長が人数を確認する。


「五名」


俺を含めれば六人だが、報告しているのは退避対象の探索者だけだ。


第一班の到着確認を受けて、第二班が動き始める。


俺は壁際で待ちながら、《帰り道》の先を見る。淡い光はさらに上へ続いていた。


「久世さん」


班長が小声で言う。


「はい?」


「光、変化あります?」


「ないです。ずっと先です」


「了解」


第二班が到着すると、第一班を次へ進める。


それを繰り返した。


一度に大勢を動かさない分だけ時間はかかるが、どこに誰がいるのかは分かる。


第一班は第二待避地点、第二班は第一待避地点、第三班はその間を移動中。残る班は第五層の管理区画で待っている。


通信を聞けば、全体の位置が見える。


《帰り道》とは別の意味で、道がつながっている感じがした。


第二待避地点へ着いた時、通信に神代さんの声が入った。


『第五層後方です。第六層への階段側から音を確認しました』


班長の足が止まる。


「魔物?」


『まだ姿は見えていません。ただ、複数だと思います』


班長はすぐ、第五層側の状況を確認する。


「残り何班?」


『第四班が今出ます。第五、第六が待機中』


まだ八人が通常退避班として管理区画に残っている。それに神代さんとA級探索者三人が後方を守っている。


「間隔を少し詰める。ただし、前の班には追いつかせるな。第四班を出して、第五班も準備」


『了解』


班長が俺を見る。


「第一班、次まで進めます」


「はい」


俺たちは歩き始めた。


後ろで何が起きているか、俺には見えない。


それでも先頭を止めるわけにはいかない。


数分後、通信から別の声がした。


『第五層、目視しました』


神代さんではない。


後方支援に残ったA級探索者の一人だ。


『四足型。五体……いや、七。後ろにもいます』


班長が即座に聞く。


「距離は?」


『管理区画から第六層側通路、百メートル弱』


「向かってきてる?」


『こっちに気づいてます』


続いて神代さんの声が入った。


『第四班は出ました。第五班も動かしてください』


班長が通信する。


「第五班、すぐ出る。第六班は入口で待機。神代さんたちは、接触を避けられるなら避けてください」


『分かりました』


俺の前には淡い光が伸びている。


第一班の探索者たちも、後ろから聞こえてくる通信を気にしていた。


一人が振り返る。


「俺たち、戻った方がいいんじゃないですか?」


「戻らないでください」


班長が答えた。


「後ろを空けるためにも、前は進んでください」


男は迷ったあと、前を向いた。


俺もそのまま歩く。


助けに戻る、という言葉は簡単だ。


でも、二十六人の退避班が勝手に戻り始めれば、それこそ救難にならない。神代さんたちが最後尾に残っているのも、前へ進む人たちを戻らせないためだ。


第三待避地点へ着いた。


「第一班到着」


報告と同時に、後ろから短い破裂音が聞こえた。


遠い。


それでも、何の音かは分かった。


戦闘が始まった。


通信に神代さんの声が入る。


『接触しました。二体だけ前へ出ています』


続いてA級探索者の声。


『右、一体行く!』


金属同士がぶつかったような音が響く。


俺は思わず後ろを見る。


当然、ここからは何も見えない。曲がり角の向こうに、俺たちが通ってきた道が続いているだけだ。


班長が通信機を握る。


「神代さん、状況は?」


少し遅れて返事が来た。


『問題ありません。一体処理しました。もう一体も止めています』


「残りは?」


『後ろにいます。今は距離があります』


班長が第五層側へ確認する。


「第五班は?」


『予備退避路に入りました』


「第六班」


『まだ管理区画です』


通常退避班で残っているのは、あと一班。


班長が俺を見る。


「第一班、進みます」


俺は一瞬だけ後ろを見たままになった。


すると通信から神代さんの声が来る。


『久世さん』


「はい」


『前、止まってませんよね?』


「止まってません」


『なら、そのままお願いします』


いつもの落ち着いた声だった。


「神代さんたちは?」


『最後の班が出たら、私たちも下がります』


「分かりました」


それ以上は聞かなかった。


俺にできるのは、後ろへ走ることじゃない。


前にいる人たちを止めないことだ。


「行きます」


第一班へ声をかけ、淡い光の上を進む。


その間にも、後方から戦闘音と報告が届いた。


『二体目、離れました』


『追わなくていい。そのまま下がる』


神代さんの声だった。


やがて別の通信が入る。


『第六班、移動開始!』


最後の通常退避班が第五層の管理区画を出た。


班長がすぐに指示する。


「後方班も退避。戦闘継続する必要なし」


『了解』


俺は前へ進みながら、無意識に息を吐いた。


まだ終わってはいない。


通常退避班の二十六人も、後方支援に残ったA級探索者三人も、まだ地下にいる。魔物もすぐ後ろまで来ている。


それでも、第五層の管理区画から退避対象は全員動き出した。


先に進む二十六人を、神代さんとA級探索者三人が最後尾から守っている。


俺たちは魔物を倒しに来たんじゃない。


人を帰しに来た。


そのためなら、戦うより先に進むことを選ぶ人もいれば、全員が進むための時間を後ろで作る人もいる。


俺は前を見る。


《帰り道》の光は、変わらず第四層へ向かって伸びていた。

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