第93話 一列では帰れない
「俺が道を見ても、後ろまで届かないです」
そう言うと、現地救難班長は列の後ろを確認した。
「確かに、この人数で伝言は駄目ですね」
俺たちの前には退避路が続いている。
後ろには十四人の探索者と救難員。
まだ移動を始めて十メートルほどなのに、最初の曲がり角だけで指示が途切れかけていた。
班長が通信機を取る。
「いったん広場へ戻ります」
俺が聞き返す。
「戻るんですか?」
「今なら戻った方が早いです。このままやって、もっと狭い場所で列が止まる方が面倒です」
その通りだった。
全員へ指示が伝わり、順番に広場へ戻る。
さっきまでなら、戻ることに少し焦ったかもしれない。
でも今は、光が示しているからといって急いで進む必要はないと分かっている。
安全に使えないなら、使える形にする。
二日前にも似たようなことをやったばかりだ。
広場へ戻ると、何人かの探索者が不安そうな顔をした。
「道が違ったんですか?」
「いえ、道は合ってます」
俺が答える。
「人数が多すぎました」
相手が少し困った顔をする。
「人数?」
班長が説明を引き取った。
「久世さんにだけ見える経路を、全員へどう伝えるかの問題です。今から移動方法を変えます」
地図を床の台へ置く。
退避路は一本道ではない。
途中に小さな分岐が二か所あり、その先で第五層へ上がる階段につながっている。
俺一人が先頭を歩いて、後ろ全員がついてくる形では指示が遅れる。
神代さんが地図を見る。
「班に分けた方がいいですね」
班長が頷く。
「そうします」
救難員が人数を確認する。
「十四人なら、三班ですか?」
「五、五、四に分ける」
班長は探索者たちを見る。
「それぞれのパーティをなるべく崩さずにまとめます。各班の先頭には、状況判断ができる人を一人置きます」
十四人のうち、もともとは七人ずつの二つの集団だったらしい。
第六層にいた七人と、第七層から上がってきた七人。
完全にばらばらにする必要はない。
班長はそれぞれのリーダーらしい探索者と短く話し、さらに人数を調整する。
俺は横から聞く。
「俺はどこです?」
「第一班の先頭です」
「やっぱり」
「久世さんがいないと始まらないので」
神代さんが言う。
「私は最後尾に行きます」
班長が確認する。
「第三班の後ろ?」
「はい。後方警戒もできます」
「お願いします」
救難員一人が第二班へ入り、班長自身は第一班と第二班の間を動く。
もう一人の救難員は第三班の前。
それぞれに通信機を持たせる。
探索者側にも通信機を持っている人がいたため、各班の先頭と最後尾で連絡が取れる形にした。
班長が俺を見る。
「久世さんが方向を言ったら、まず俺に伝えてください。俺から全班へ回します」
「直接叫ばなくていい?」
「叫んでもいいですけど、最後尾まで届くと思わないでください」
「さっき学びました」
神代さんが少し笑う。
班長は地図上の二か所を指した。
「それと、全員を詰めて歩かせません。ここ、最初の分岐の先に少し広い場所があります。第一班がそこまで到着したら第二班を動かします」
「順番に?」
「はい。全員が一列につながったままだと、前で止まった時に後ろまで全部止まります」
救難員が続ける。
「間隔を空ければ、前で何かあっても後ろの班を安全な場所で止められます」
なるほど。
同じ道を帰るからといって、全員がぴったり並んで歩く必要はない。
俺が《帰り道》を確認する。
光はまだ広場から左の退避路へ伸びている。
班分けをしたからといって、消えたり方向が変わったりはしていない。
一時的に距離が開いても、全員で帰るつもりなのは変わらない。
「光は?」
班長が聞く。
「同じです」
「じゃあ行きましょう」
今度は五人の探索者と俺が先に動く。
班長も少し後ろについた。
退避路へ入り、最初の曲がり角まで進む。
俺は通信機を使う。
「最初の分岐、右です」
班長がすぐに繰り返す。
「全班へ。最初の分岐は右。第一班通過中」
今度は後ろから「何?」とは聞こえない。
数十メートル進むと、通路が二つに分かれた。
光は左側へ伸びている。
右は現在の地図では行き止まりになっているはずだ。
「二つ目、左です」
「二つ目分岐、左。第一班そのまま進行」
班長の声が通信に流れる。
第一班の最後尾から返事。
『第一班、全員通過』
続いて第二班。
『第二班、最初の分岐へ入ります』
少し遅れて第三班からも声が入る。
『第三班、広場で待機中です』
神代さんの声だった。
さっきより、ずっと状況が分かる。
俺は前を見るだけでいい。
後ろの人数や位置は、他の人が確認してくれる。
少し進んだところで、前を歩く探索者が振り返った。
「こういうの、いつもやってるんですか?」
「この人数は初めてです」
「もっと慣れてるのかと思った」
「十メートルで一回戻りましたけど」
「あれ、そういう理由だったんですね」
「そういう理由です」
相手が笑った。
そのくらいの余裕がある方がいい。
まだ誰も怪我をしていない。
魔物も近くにはいない。
だから今のうちに、安全に帰れる形を作っておく。
最初の待機地点へ着く。
十数人が入れる程度の広さがある場所だった。
「第一班到着」
俺が伝える。
班長が周囲を確認する。
「第一班、五名確認。第二班を進める」
通信が返ってくる。
『第二班、移動開始』
俺は壁際へ寄った。
後ろから来る班を待つ間も、《帰り道》は先へ伸びている。
光だけを見るなら、このまま進んでもいい。
でも、今は待つ。
全員で帰るためには、先頭だけが速く進んでも意味がない。
しばらくすると第二班が到着した。
救難員が人数を数える。
「五名、全員います」
班長が通信する。
「第三班、移動開始」
『了解』
最後の四人が広場を出る。
神代さんもその後ろについている。
俺は通信機から聞こえる報告を聞きながら、少し不思議な気分になった。
光が見えるのは俺だけだ。
それは変わっていない。
でも、俺が十四人全員を直接見なくても、今どこに何人いるのか分かる。
道を伝える人がいて、人数を見る人がいて、後ろを守る人もいる。
それぞれが役割を持てば、俺一人にしか見えないものでも、大勢で使うことができる。
第三班が到着すると、神代さんがこちらへ来た。
「どうです?」
「さっきよりかなり楽です」
「叫ばなくて済むから?」
「それもあります」
俺は十四人を見る。
「全部、自分で見なくていいんですね」
神代さんが首を傾げる。
「今さらですか?」
「最近そういうこと多いですね」
第二森下ダンジョンでも、自分だけでは何もできなかった。
地形を知っている人がいて、搬送を考える人がいて、岩を確認する人がいて、それぞれができることをやった。
今回も同じらしい。
人数が増えたから、必要な人も増えただけだ。
班長が地図を見る。
「ここから第五層まで、あと一か所狭いところがあります。そこを抜けたら管理区画の近くに出ます」
俺が聞く。
「十五人が待ってるところですよね」
「はい」
十四人を連れていけば、そこには二十九人の探索者が集まる。
さらに第三層側には八人。
三十七人という数字が、急に現実味を帯びてきた。
「第五層でまた組み直します?」
「必要になるでしょうね」
班長が答える。
「二十九人を一列で動かす気はありません」
「俺も嫌です」
「安心しました」
移動を再開する。
今度は第一班が先へ進み、狭い箇所を抜けたところで待つ。第二班、第三班も同じように順番に通す。
途中、一人の探索者の荷物が岩に引っかかったが、すぐに止めて位置を直しただけで済んだ。
誰も慌てない。
光も変わらず第五層へ続いている。
やがて階段が見えた。
班長が通信を入れる。
「第六層十四名、第五層へ上がります。そちらの状況は?」
少し雑音が入り、第五層から返事が来る。
『十五名全員待機中。負傷者なし』
「魔物は?」
『こちらではまだ確認なし』
「了解」
十四人を順番に階段へ上げる。
俺が最後に第五層へ入り、《帰り道》を確認する。
光は管理区画の方へ続いていた。
そこにはすでに十五人が待っている。
合流すれば二十九人。
俺は思わず息を吐いた。
「また増えますね」
神代さんが隣で言う。
「まだ八人いますよ」
「忘れさせてください」
「無理です」
管理区画へ入ると、待っていた探索者たちが一斉にこちらを見る。
さっきの十四人だけでも多いと思ったのに、二十九人になると景色がまるで違った。
班長がすぐに人数確認を始める。
「第六層から十四名。第五層十五名。合計二十九名」
救難員が復唱する。
「二十九名、確認」
俺は人の集まりを見ながら、足元の光を確かめた。
まだ先へ伸びている。
問題は、これをどうやって二十九人で使うかだ。
その時、班長の通信機が鳴った。
『第七層監視班から更新。魔物の群れ、上昇を継続しています』
班長の表情が変わる。
「現在位置は?」
『第六層へ入った反応あり。複数です』
さっきまで俺たちがいた階層だった。
班長がすぐに地図を見る。
神代さんも通信へ意識を向ける。
俺は足元の光から、第六層へ続く階段を見た。
今度はもう、人数の多さだけを考えていればいい状況ではなかった。




