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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


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第9話 おかえり

救難所へ戻ると、相馬さんが腕を組んで待っていた。


嫌な予感しかしない。


「久世」


「はい」


「報告」


「今から書きます」


「十分前にも聞いた」


「十分前はまだ現場にいましたよ」


「なら早く書け」


相変わらず無茶を言う。


俺は自分の席へ座り、端末を起動した。


隣では小日向がすでに今回の救難記録を整理している。


未帰還者二名。


父親四十八歳、娘二十歳。


第五層東区画から旧採掘路へ進入。


父親が魔物から逃げる途中で右足を負傷。


午後三時十四分、発見。


午後四時二十二分、地上帰還。


「久世さん、発見地点ここで合ってます?」


小日向が地図をこちらへ向ける。


「もう少し東」


「この辺?」


「その分岐を一つ越えたところ」


「了解です」


小日向が手早く修正する。


俺も文章を入力し始めた。


――旧採掘路内で対象者二名を発見。


――父親に右足首の負傷を確認。


――自力歩行困難。


そこまで打ったところで手が止まる。


同行者。


神代美波。


どう書けばいいんだろう。


『S級探索者が父親を背負って運んだ』


そのままでいいのだろうか。


「何止まってる」


相馬さんが後ろから画面を覗き込んだ。


「神代さんのところ、どう書こうかなって」


「事実を書け」


「対象者を背負って搬送、でいいですか?」


「いい」


「S級って書きます?」


「いらん」


「ですよね」


再び入力する。


何だか不思議だ。


昨日までは救難される側だった神代さんが、今日は完全に救難側の記録に入っている。


本人はというと、少し離れたところで別のスタッフから今回の活動について聞き取りを受けていた。


探索者として事故報告を受けることはあっても、救助側として書類を作るのは初めてらしい。


「えっと……ここ、全部ですか?」


困った声が聞こえる。


スタッフが頷いた。


「全部です」


「三枚ありますけど」


「三枚です」


「探索報告より多くないですか?」


「救難なので」


神代さんが紙を見つめたまま固まっている。


俺は少し笑った。


小日向も気づいたらしく、こちらへ顔を寄せる。


「神代さん、すごい顔してますね」


「ダンジョンウルフ四匹倒した時より苦戦してるな」


「助けましょうか?」


「最初だから自分でやったほうがいいだろ」


「厳しい」


「俺も毎回書いてる」


「久世さん、いつも文句言ってるじゃないですか」


「文句言いながら書くのが仕事なんだよ」


そんな話をしていると、神代さんがこちらを見た。


目が合う。


紙を持ち上げる。


口だけが動いた。


――助けて。


たぶんそう言っている。


俺は目を逸らした。


「久世さん」


「聞こえない」


「まだ何も言ってません!」


普通に声が飛んできた。


小日向が笑う。


結局、報告書を書き終えたあと、神代さんの書類も少し手伝うことになった。



すべての処理が終わった頃には、外はもう暗くなっていた。


「疲れた……」


小日向が机に突っ伏している。


「お前、現場行ってないだろ」


「地上側も忙しいんですよ」


「何してた?」


「ご家族への連絡、救急との調整、入退場記録、それから久世さんに頼まれた資料」


「最後のは仕事だろ」


「全部仕事です」


もっともだった。


俺も椅子にもたれかかる。


今日は朝から問い合わせの対応をして、その後すぐ救難。


体力的には昨日より楽だったはずなのに、妙に疲れた。


「飯どうする?」


相馬さんが言った。


時計を見る。


もう十九時を回っている。


「帰って食べます」


「今から帰って作るのか」


「コンビニでも」


相馬さんが呆れたような顔をした。


「休憩室にカップ麺あるぞ」


小日向が顔を上げる。


「僕、食べます」


「お前に聞いてない」


「でも食べます」


「勝手にしろ」


俺も立ち上がった。


今から店を探すのも面倒だ。


「俺もそれでいいです」


「久世さん、醤油と味噌どっちにします?」


「醤油」


「了解です」


小日向が急に元気になる。


若いな。


休憩室へ向かおうとすると、後ろから声がした。


「あの」


振り返る。


神代さんが立っていた。


着替えは済ませている。


昼間と同じ白いシャツに細身のパンツ。


手にはバッグ。


帰るところだと思っていた。


「今日はありがとうございました」


神代さんが頭を下げる。


「こっちこそ助かりました」


父親を背負って歩き、途中に出た魔物にも対応してくれた。


彼女がいなければ、救助にはもっと時間がかかっていたはずだ。


「初めてだったのに、かなり助かりました」


「本当ですか?」


「はい」


「よかった」


素直に嬉しそうな顔をする。


昨日、名前を知っているだけだったS級探索者と救難所でこんな話をしている。


変な感じだ。


「じゃあ、私はこれで――」


神代さんが言いかける。


その時、小日向が休憩室から顔を出した。


「神代さんも食べます?」


「え?」


「カップ麺」


俺と相馬さんが同時に小日向を見る。


「お前、急に何誘ってるんだ」


「だってもうこんな時間ですよ」


「神代さんは帰るところだろ」


俺が言うと、神代さんが時計を見る。


少し迷った。


「……食べてもいいんですか?」


小日向の顔が明るくなる。


「もちろんです!」


「お前の救難所じゃないぞ」


相馬さんが呟く。


でも止めはしなかった。


神代さんが俺を見る。


「迷惑じゃないですか?」


「カップ麺一個くらいなら」


「そこを聞いたんじゃないんですけど」


「じゃあ何を」


神代さんが笑う。


「いえ。いただきます」


こうして、なぜかS級探索者を交えて夕食を食べることになった。



休憩室のテーブルに、四つのカップ麺が並んだ。


俺は醤油。


小日向は豚骨。


相馬さんは味噌。


神代さんは塩。


なぜか全員違う。


「三分です」


小日向がスマートフォンのタイマーを押す。


「分かってる」


「久世さん、先に開けそうなので」


「子供じゃないんだから待てるよ」


神代さんが笑っている。


「こういうの久しぶりです」


「カップ麺が?」


俺が聞く。


「みんなで食べるのが、です」


「探索者仲間と食べないんですか?」


「遠征中は食べます。でも大体、栄養食とか保存食なので」


「S級でもそんな感じなんですね」


「S級だからって毎日高級料理を食べてるわけじゃないですよ」


小日向が会話に入ってくる。


「でも神代さん、昨日ネットで調べたらすごいところ住んで――」


「小日向」


相馬さんの一言。


小日向が黙る。


「人の住所調べんな」


「住所までは調べてませんよ! 紹介記事に出てたんです」


「どっちでもいい。飯食え」


ちょうどタイマーが鳴った。


蓋を開ける。


湯気と一緒に醤油の匂いが広がる。


空腹だったせいか、かなり美味そうに感じた。


「いただきます」


神代さんが箸を割る。


俺も食べ始めた。


数分間、急に全員静かになった。


人間、腹が減っている時はこんなものだ。


半分ほど食べたところで、小日向が口を開く。


「今日の親子、よかったですね」


俺は麺を飲み込む。


「ああ」


「奥さん、めちゃくちゃ怒ってましたけど」


「心配してたからな」


「娘さんも怒ってましたよね」


神代さんが頷く。


「ダンジョンの中でもずっと怒ってました」


「お父さん、大変ですね」


「自業自得だろ」


相馬さんが言う。


正論だった。


でも。


入口で三人が抱き合っていた姿を思い出す。


助かったから、怒ることもできる。


帰れたから、次の話ができる。


そういうことなんだろう。


「久世さん」


神代さんに呼ばれた。


「はい?」


「今日、分かった気がします」


「何がです?」


「昨日聞いたことです」


救難所で二人で話した時のことだ。


どうして戦えないのに助けに来られるのか。


どうして救難の仕事を続けているのか。


俺は地上へ戻った人の顔を見るのが好きだと答えた。


正確には、好きという言葉すら使わなかった気がする。


ただ、やっていてよかったと思う、と。


神代さんは箸を置いた。


「いい仕事ですね」


第五層から戻った時にも同じ言葉を聞いた。


今度は、少し違って聞こえた。


助けてもらった人からではない。


一緒に助けた人から出た言葉だからだろうか。


「そうですね」


俺も答える。


それだけで十分だった。


「神代さん」


小日向が言う。


「また来るんですか?」


「おい」


俺が止める。


「何ですか。気になるじゃないですか」


「本人が決めることだろ」


神代さんは少し考えた。


「迷惑ですか?」


「誰もそんなこと言ってないですよ」


「久世さんに聞いてます」


なぜ俺なんだ。


相馬さんも小日向もこちらを見ている。


俺はカップ麺を一口食べた。


時間稼ぎをしていると思われたのか、神代さんが少し笑う。


「久世さん?」


「来たいなら、いいんじゃないですか」


「本当に?」


「相馬さんが許可するなら」


すぐ責任者へ投げる。


相馬さんは面倒そうに俺を見た。


「正式な協力手続きは進める。活動日程さえ合えば問題ない」


「ありがとうございます」


神代さんが頭を下げる。


そのあと、また俺を見る。


「じゃあ」


少しだけ言いにくそうにしてから聞いた。


「救難要請がなくても、来ていいですか?」


「救難所に?」


「はい」


小日向が明らかにこちらを見ている。


相馬さんは何も言わずカップ麺を食べている。


この二人、絶対に聞いている。


「別に、俺の救難所じゃないですから」


「それはそうなんですけど」


「来るのは自由じゃないですか」


神代さんは納得していないようだった。


「久世さんは?」


「俺?」


「私が来ても平気ですか?」


何を確認されているんだろう。


今日一日一緒に救難へ行って、特に困ったことはなかった。


むしろ助かった。


「平気ですけど」


「じゃあ、また来ます」


あっさり決まった。


神代さんは少し嬉しそうに残った麺を食べ始める。


向かいでは小日向が妙な顔をしている。


「何だよ」


「いえ、別に」


「言いたいことあるなら言え」


「久世さんって、こういう感じなんだなと思って」


「どういう感じだ」


「言わないでおきます」


腹が立つ。


相馬さんまで口元が少し笑っているように見えた。


「相馬さんまで何ですか」


「何でもない」


絶対何かある。


まあいい。


俺も残ったスープを飲む。


昨日までは、ここに神代さんはいなかった。


今日からずっといるとも限らない。


でも、四人でカップ麺を食べている光景は、不思議なくらい自然だった。


外では救難車両の音が聞こえる。


電話も鳴っている。


明日になれば、また誰かが迷うかもしれない。


怪我をするかもしれない。


助けを求める人が出るかもしれない。


その時は、また迎えに行けばいい。


俺には、それくらいしかできない。


「ごちそうさまでした」


神代さんが空になった容器を片づける。


小日向も立ち上がった。


「僕、捨ててきますよ」


「ありがとう」


「久世さんのも」


「頼む」


「相馬さんのも」


「頼む」


小日向が三人分の容器を抱える。


「僕、新人じゃなくて雑用係になってません?」


「新人は大体そんなもんだ」


相馬さんが言う。


「久世さんもやったんですか?」


「俺は救難員として入ったから」


「裏切り者」


意味が分からない。


神代さんが笑いながらバッグを持った。


「じゃあ、今度こそ帰ります」


「はい。お疲れさまでした」


「お疲れさまでした」


入口まで見送る必要もないと思ったが、ちょうど俺も帰るところだったので一緒に廊下へ出た。


玄関で神代さんが振り返る。


「久世さん」


「はい?」


「今日はありがとうございました」


「だから、こっちが助かったんですって」


「それも含めてです」


「そうですか」


神代さんは少し笑った。


「また来ます」


「どうぞ」


外へ出ていく。


自動ドアが閉まった。


俺はその背中が見えなくなるまで何となく立っていた。


「久世さん」


後ろから小日向の声。


「何だ」


「帰らないんですか?」


「帰るよ」


振り返る。


小日向がにやにやしている。


「何だよ、その顔」


「別に」


「最近そればっかりだな」


「久世さん」


「今度は何だ」


小日向は笑いながら言った。


「神代さん、また来るそうですよ」


「さっき聞いてただろ」


「楽しみですね」


「お前が?」


「久世さんが」


「何で俺なんだよ」


小日向は答えず、先に歩いていった。


本当に意味が分からない。


俺もロッカーへ向かう。


今日はもう帰ろう。


明日はたぶん、いつもの救難所に戻る。


そのくらいの気持ちで、その日は家に帰った。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

明日以降も可能な限り、午前・午後の2回更新予定です。


ここから物語が動き始めますので、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。


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