表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/57

第8話 道が変わった

「少し、遠回りになりそうです」


俺がそう言うと、娘さんの表情が強張った。


「遠回りって、どれくらいですか?」


「今の時点では何とも」


「またそれですか」


神代さんが横から言う。


声は少し呆れているが、もう本気で不安がってはいないらしい。


俺も苦笑する。


「先の全部が見えるわけじゃないので」


足元の光は、さっきまで進んでいた通路から完全に外れていた。


左へ折れ、その先の緩やかな下り坂へ続いている。


地上を目指しているのに下る。


普通なら少し不安になる道だ。


でも、《帰り道》が示している。


なら、今はこっちなのだろう。


「行きましょう」


俺が歩き出す。


神代さんも父親を背負ったまま続いた。


娘さんはその隣だ。


「お父さん、痛みは?」


「大丈夫だ」


「絶対嘘」


「いや、本当に――」


「さっきもそれで黙ってたでしょ」


男性が言葉に詰まる。


どうやらこの親子、普段からこんな感じらしい。


俺は歩きながら振り返った。


「痛いなら痛いって言ってくださいね」


「いや、でも」


「遠慮されるほうが困ります」


男性が目を瞬いた。


「困る?」


「状態が変わると道も変わるみたいなので」


今回、それがかなりはっきりした。


男性の足が悪化した直後、《帰り道》は別のルートへ切り替わった。


おそらく、さっきまでの道ではもう安全に帰れなくなったのだろう。


「だから、無理して大丈夫って言われると判断が遅れます」


「……なるほど」


男性は少し気まずそうに頷いた。


娘さんがすかさず言う。


「聞いた?」


「聞いたよ」


「じゃあ次からちゃんと言って」


「はいはい」


「はいは一回」


「……はい」


神代さんが小さく笑った。


「仲いいですね」


「どこがですか」


娘さんは即答だった。


でも、その顔も少し笑っている。


父親も何も言わず、神代さんの背中で苦笑していた。


たぶん、本当に仲はいい。


それならなおさら、全員で帰したい。


俺は前へ向き直った。



新しいルートは、思っていた以上に歩きやすかった。


道幅が広い。


段差もほとんどない。


急な上り下りもない。


その代わり、かなり大きく迂回している。


地図を見れば、間違いなく「遠い道」だ。


それでも、今の男性の足を考えれば、こっちのほうがいい。


神代さんも気づいたらしい。


「本当に、怪我人に合わせてるんですね」


「そうみたいです」


「昨日も榊原さんが怪我を悪化させた時、道が変わりましたよね」


十八層でS級パーティを案内した時のことだ。


榊原さんの足の状態が悪くなった途端、それまでの近道が消え、段差の少ないルートへ切り替わった。


あの時は、俺も初めてはっきり意識した。


「今までも似たことはあったんですけどね」


「気づいてなかったんですか?」


「深く考えてませんでした」


神代さんが少し間を置く。


「久世さんって、自分のスキルにあまり興味ないんですか」


「ありますよ」


「本当に?」


「便利だなとは思ってます」


「それは興味とはちょっと違う気がします」


そうだろうか。


俺にとって《帰り道》は、ずっと使ってきた道具みたいなものだ。


どうして見えるのか。


どういう仕組みなのか。


そんなことより、ちゃんと帰れるかどうかのほうが重要だった。


「神代さんは自分のスキル、全部調べたんですか?」


「もちろんです」


「何ができるかとか?」


「限界値も、相性も、連続使用時間も。訓練所でかなり試しました」


「真面目ですね」


「探索者なら普通です」


そう言われると、俺のほうがおかしい気がしてくる。


後ろから娘さんが遠慮がちに声をかけてきた。


「あの」


「はい?」


「久世さんのスキルって、どこでも帰れるんですか?」


「どこでも?」


「例えば、すごく深いところからでも」


「道が出れば」


「出ないこともあるんですか?」


少し考える。


今まで、完全に光が出なかったことはほとんどない。


ただし、いつでも必ず出るとは限らない。


崩落の直後や、周囲の状況が大きく変わっている時、一瞬だけ光が消えることはあった。


「絶対とは言えないですね」


娘さんの顔に不安が浮かぶ。


俺は続けた。


「でも今は出てます」


足元を指す。


もちろん彼女には見えない。


「だから大丈夫です」


少し間があって、娘さんは頷いた。


「はい」


その返事を聞いてから、また前へ進む。


こういう時、根拠のない「絶対大丈夫」は言わない。


でも、今分かっている範囲で安心できることなら、ちゃんと伝えたほうがいい。


救助される側は、それだけで少し歩きやすくなる。


俺はそう思っている。



十分ほど進んだところで、男性が神代さんの背中から声を上げた。


「神代さん」


「はい?」


「少し休んだほうがよくないですか」


「私は平気です」


「いや、でもずっと俺を背負ってるし」


「このくらいなら問題ありません」


「本当に?」


「本当にです」


男性は納得していない顔をしている。


神代さんはたぶん、俺を背負って走るくらいなら普通にできる。


S級というのはそういう人たちだ。


でも。


「一度休みましょうか」


俺が言うと、神代さんが振り返る。


「久世さん、疲れました?」


「俺はちょっと」


「正直ですね」


「戦闘能力F級なので」


娘さんが笑った。


空気が少し和らぐ。


ちょうど広くなった場所があったので、そこで休憩を取ることにした。


神代さんがゆっくり男性を下ろす。


娘さんがすぐ父親の足を見る。


「腫れ、ひどくなってない?」


「さっきよりはマシだと思う」


「本当に?」


「今度は本当に」


「信用ないなあ」


俺は水を一口飲みながら、その様子を見る。


娘さんは父親の足を心配しながらも、かなり落ち着いてきた。


見つけた時とは顔つきが違う。


神代さんも水を飲んでいる。


額に少し汗はあるものの、本当に疲れている様子はない。


「S級って便利ですね」


思わず言うと、神代さんがこちらを見る。


「人を荷物みたいに言わないでください」


「褒めたつもりなんですけど」


「褒め方が雑です」


また笑われた。


その時、男性が少し離れたところから俺を見ていた。


「久世さん」


「はい?」


「一つ聞いてもいいですか」


「どうぞ」


男性は少し迷ってから言った。


「どうして、俺を置いていかなかったんですか」


娘さんがすぐ顔を上げる。


「お父さん、またその話?」


「いや、そうじゃなくて」


男性は娘さんを見てから、俺へ視線を戻した。


「本当に聞きたいだけだ」


俺は水のボトルを閉める。


「昨日も似たようなことがあって」


「昨日?」


「S級パーティの一人が足を怪我してたんです」


神代さんがこちらを見る。


昨日の十八層。


榊原さんが、負傷した自分を置いていけば早く帰れるのではないかと気にしていた。


「その人を置いていけば、もっと早く帰れたかもしれない」


俺は続ける。


「今日も同じです。たぶん、あなたを置いていけば別の道が出ると思います」


男性は黙って聞いている。


「でも、だからって置いていく理由にはならないでしょう」


「でも、他の人まで危険になるかもしれない」


「その時は考えます」


「今は?」


俺は足元を見る。


淡い光は、休憩している間も消えずに続いている。


「全員で帰れる道がある」


男性を見る。


「だったら、全員で帰ればいいだけです」


少しの沈黙。


男性が小さく息を吐いた。


「……簡単に言いますね」


「難しく考えてないので」


本当にそれだけだった。


道がある。


全員通れる。


なら、置いていく必要はない。


男性はしばらく俺を見ていたが、やがて苦笑した。


「娘に、ずっと怒られてたんですよ」


「何をです?」


「今回ダンジョンに入ったのも、俺が格好つけたからです」


娘さんが腕を組む。


「本当にね」


男性が困った顔をする。


「娘が初めてだったから、ちょっといいところ見せたくて」


「立入禁止の旧採掘路に入るのが?」


「近道だったんだよ、昔は」


「昔は、でしょ」


「だから悪かったって」


また始まった。


でも今度は、さっきより明るい。


男性が俺を見る。


「帰ったら、妻にも怒られますよね」


「たぶん」


「ですよねえ」


「入口で待ってましたから」


男性の顔が止まった。


「妻、来てるんですか」


「はい」


娘さんも驚く。


「お母さん、待ってるの?」


「ずっと入口見てましたよ」


男性が目を閉じた。


「あー……」


神代さんが首を傾げる。


「嫌なんですか?」


「いや」


男性は顔を覆った。


「帰りたいけど帰りたくなくなってきた」


娘さんが吹き出す。


「自業自得でしょ」


「絶対怒られる」


「当たり前」


「久世さん、もうちょっとゆっくり帰りません?」


「却下です」


全員が笑った。


このくらい元気なら大丈夫だろう。


俺は立ち上がる。


「そろそろ行きましょう」


神代さんも立ち上がった。


「はい」


男性が諦めたように背中へ乗る。


娘さんも荷物を持ち直す。


再び歩き出した。



そこから先は大きな問題もなかった。


弱い魔物が一度出たが、神代さんが剣を抜く前に逃げていった。


それを見て、娘さんが驚く。


「魔物って逃げるんですね」


「相手を見てますからね」


俺が答える。


「私のせいですか?」


神代さんが聞く。


「たぶん」


「ちょっと嬉しいです」


「そうなんですか?」


「戦わなくて済むので」


昨日まで配信で派手に魔物を倒していた人とは思えない発言だった。


でも、救難ではそのほうがいい。


倒す必要がないなら、避ける。


相馬さんもそう言っていた。


通路を抜けると、前方が明るくなる。


人工照明。


案内板。


《第五層・中央区画》


整備区域へ戻ってきた。


娘さんが声を上げる。


「知ってる場所!」


男性も神代さんの背中から顔を上げる。


「ここ……朝通ったところだ」


俺は足元を見る。


光はそのまま地上方向へ続いている。


もう大きく迷うことはない。


「ここからなら、あと二十分くらいですね」


「二十分」


男性が呟く。


娘さんが笑う。


「お母さんに怒られるまで?」


「そういう数え方やめてくれ」


神代さんまで笑っている。


俺も少し笑った。


でも、すぐに男性の顔が変わる。


冗談を言っていた時とは違う。


「……早く帰りたいな」


小さな声だった。


娘さんも聞こえたらしい。


「うん」


それだけ答える。


俺は何も言わなかった。


言う必要もない。


足元には、ちゃんと道がある。



第三区画。


第二層。


第一層。


地上が近づくにつれて、娘さんの歩く速度が少しずつ上がっていった。


「走らないでくださいよ」


俺が言う。


「すみません」


そう答えながら、また少し速くなる。


神代さんが笑う。


「早く会いたいんでしょう」


「……まあ」


照れたような返事だった。


やがてゲートが見えた。


向こう側には救難スタッフが待っている。


そして、その少し後ろ。


女性が一人立っていた。


あの人だ。


ずっと入口を見ていた奥さん。


娘さんも気づいた。


「お母さん……」


女性の表情が変わる。


一歩。


二歩。


こちらへ走り出す。


娘さんも耐えられなくなったように駆け出した。


「お母さん!」


二人の距離が一気に縮まる。


俺は少し後ろで足を止めた。


神代さんも止まる。


背負われた男性が、妻の姿を見ながら小さく呟いた。


「……怒ってるな」


「たぶん」


俺が答える。


「ですよね」


「でも」


俺は、娘を抱きしめている女性を見る。


泣きながら何か言っている。


娘さんも泣いていた。


「怒られるだけで済みそうですよ」


男性は少し黙った。


それから、静かに笑った。


「それなら安いですね」


神代さんが男性を下ろす。


救急スタッフがすぐに駆け寄ってくる。


その前に、女性がこちらへ来た。


まず夫の肩を叩く。


「何考えてるの!」


「ごめん」


「大丈夫大丈夫って、また!」


「ごめんなさい」


今度は素直だった。


「本当に……」


女性の声が震える。


そして、そのまま夫を抱きしめた。


娘さんも加わる。


三人。


俺は少し離れたところから、それを見ていた。


隣に神代さんが来る。


「久世さん」


「はい?」


「ああいう顔ですね」


「何がです?」


神代さんは家族を見たまま言う。


「地上に帰ってきた時、みんな同じ顔をするって言ってたでしょう」


救難所で話したことを思い出す。


帰ってきた人は、地上に出た瞬間に力が抜ける。


それを見ると、この仕事をしていてよかったと思う。


「……そうですね」


目の前では、母親が今度は娘を叱っている。


父親も横から何か言い、また怒られている。


さっきまでダンジョンの中にいたとは思えない。


ただの家族だった。


「いい仕事ですね」


神代さんが言った。


昨日までS級探索者として助けられる側だった人が、今日は俺の隣でそう言っている。


俺は少し考えてから頷いた。


「そうですね」


それ以上は何も言わなかった。


言葉にしなくても、目の前を見れば十分だった。


全員帰ってきた。


それでいい。


そう思っていたら、背後から小日向の声が飛んできた。


「久世さーん!」


振り返る。


小日向が端末を持って走ってくる。


「何だ?」


「救難報告、今のうちに確認お願いします!」


一気に現実へ戻された。


「今?」


「相馬さんが、忘れる前に書かせろって」


「帰った直後くらい休ませてくれよ」


「僕に言わないでください」


神代さんが笑う。


「久世さん」


「何ですか」


「いい仕事ですけど、大変ですね」


「今ちょっと評価下がりました」


笑いながら、俺たちは救難所へ戻った。


後ろからは、まだ親子三人の声が聞こえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ