第89話 できた帰り道
「はい。七人で帰れます」
そう答えると、張りつめていた空気が少しだけ緩んだ。
藤崎さんが担架の上から俺を見る。
「本当に出たんですね」
「出ました」
「今までと同じ?」
俺は足元から旧側道の先へ伸びる淡い光を確認する。
「見え方は同じです」
大橋さんが聞く。
「方向は?」
「このまま旧側道を進んで、西側の本ルートへ合流します」
「今確認した道と同じか」
「はい」
大橋さんは頷いたが、それ以上《帰り道》について考え込むことはなかった。
「じゃあ帰ります。藤崎さんの状態をもう一回確認してから出る」
救難員が右脚を見る。
「痛み、今はいくつくらいです?」
「動かさなければ四くらいです。さっき下ろしてる時は六くらいまで上がりました」
「しびれは?」
「ないです」
「足先も動きます?」
藤崎さんが足先を動かす。
「大丈夫です」
「分かりました。途中で痛みが増えたらすぐ言ってください」
藤崎さんが頷く。
俺たちも水分を取り、装備を確認した。
《帰り道》は見えている。
でも、それだけで急いでいい理由にはならない。ここまで自分たちで確認してきた道を、同じように慎重に使って帰る。
大橋さんが役割を決める。
「担架は救難員二人が前後。管理会社の方は荷物。久世さんは進路確認。神代さんは後方警戒。俺は全体を見ます」
「了解」
俺も返事をした。
藤崎さんを乗せた担架が持ち上がり、旧側道の先へ進み始める。
淡い光は、さっきまで自分たちで確認していた道の上をそのまま伸びていた。
少し不思議だった。
今までなら光を見てから、その先をどう通るか考えていた。今回は逆だ。
先に人間が通れる状態を作って、そのあとで光が現れた。
そんなことを考えていると、後ろから神代さんに声をかけられた。
「久世さん、足元」
「見てます」
「本当ですか?」
「今日はもう一回注意されてるので」
「二回目です」
「数えてたんですか」
「必要なので」
どういう必要だろう。
大橋さんが前から言う。
「会話できる余裕あるなら、そのまま行きましょう」
「はい」
旧側道は入口付近ほど狭くない。
それでも担架を持って進む以上、岩に近づくたびに声を掛け合う。
「右、少し狭くなります」
俺が言うと、前側の救難員が速度を落とした。
「右確認」
「左は余裕あります」
後ろ側も位置を調整し、担架は壁に当たらず通過する。
藤崎さんが小さく息を吐いた。
「さっきから、私が一番偉そうに運ばれてますね」
「怪我人なので、それでいいです」
大橋さんが答える。
「歩けって言われるよりいいでしょう」
「それは嫌ですね」
少しだけ笑いが起きる。
進んで十分ほどで、旧側道と西側本ルートの合流地点へ出た。
藤崎さんが端末を見る。
「ここです。ここから第四層へ上がれます」
俺も《帰り道》を確認する。
「光も右です」
大橋さんが頷いた。
「現地確認も取る」
救難員一人が少し先へ進み、通路の状態を確認する。
数分後、戻ってきた。
「問題ありません。崩れた跡もなし」
「よし」
俺たちは再び全員で進む。
西側本ルートは、旧側道よりずっと広かった。
担架を持ったままでも左右に余裕があり、その分、足取りも少し速くなる。
ただ、大橋さんは急がせない。
藤崎さんの痛みを確認しながら、一定の間隔で休憩を入れた。
二度目の休憩で、地上から通信が入る。
『こちら救難班。第四層西側まで到達。第五層への下降口付近で待機します』
大橋さんが応答した。
「こちら七名。旧側道を抜け、西側本ルート上。負傷者は担架搬送継続中」
『了解。そちらから上がってきてください。こちらから無理に下りません』
「了解」
通信を切る。
俺が聞いた。
「迎えに来てくれてるんですね」
「そりゃ来ますよ」
大橋さんが答える。
「今日は俺たちが救難対象ですから」
その言葉は、まだ少し変な感じがした。
普段は迎えに行く側だ。
「帰る側って、結構落ち着かないですね」
俺が言うと、神代さんが答えた。
「久世さん、今まで迎えに行きすぎなんですよ」
「仕事なので」
「今日は迎えられてください」
「そうします」
再び進む。
第四層へ上がる通路が近づくにつれて、地上との通信も安定してきた。
やがて前方に、こちらとは違う装備のライトが見える。
地上から降りてきた救難班だった。
先頭の救難員が手を上げる。
「大橋班長!」
「七名全員います!」
大橋さんが返した。
救難班がこちらまで来ると、まず藤崎さんの状態を確認した。
「右脚負傷。歩行困難。しびれなし、足先運動あり。搬送時に痛み増加あり」
こちらの救難員が状態を伝える。
「了解。固定を確認します」
地上側の救難員が藤崎さんの脚を見る。
俺たちはその場で少し休憩を取った。
足元では、《帰り道》がまだ先へ続いている。
第四層まで来ても消えない。
まだ、ここまで一緒に来た七人全員が地上へ帰ったわけではない。
状態確認を終えた地上側の救難員が言った。
「固定はこのままで大丈夫です。第四層から上は確認済みですし、この先の救難用通路にも異常はありません」
大橋さんが聞く。
「担架はこのまま俺たちで?」
「はい。ここまで運べているなら、その方が引き継ぎも増えません。こちらは一足先に戻って、入口側の受け入れを整えます」
「分かりました」
地上側の救難班は、追加の水と必要な物だけこちらへ渡した。
「何かあれば通信を。第三層から上は安定してつながります」
「了解」
彼らは来た道を地上へ戻っていく。
俺たちは元の七人のままだ。
大橋さんが俺を見る。
「この先も同じ?」
「はい。地上まで続いてます」
「なら、俺たちも行きましょう」
もう一度役割を確認する。
俺、神代さん、大橋さん、現地救難員二人、管理会社の職員、藤崎さん。
七人。
藤崎さんの担架も、ここまで運んできた救難員二人がそのまま担当する。
俺たちは再び進み始めた。
第四層から先は、大きな問題なく進んだ。
途中、小型の魔物を遠くに一匹見かけたが、こちらへ寄ってくる様子はない。神代さんも剣へ手をかけただけで追わなかった。
第三層へ上がると通信がさらに安定し、そのまま第二層、第一層へ進む。
入口が近づくにつれて、人の声が聞こえてきた。
俺はそこで初めて、かなり疲れていたことに気づく。
「久世さん」
隣の神代さんが言った。
「何です?」
「歩き方、少し遅くなってます」
「気のせいじゃないですか?」
「さっきから私より半歩遅いです」
「S級基準で言わないでください」
「いつもはもう少しついてきます」
「じゃあ疲れてます」
素直に認めた。
神代さんが少し笑う。
「もうすぐです」
「はい」
入口の先に、ダンジョンの外の光が見える。
さっき先行した地上側の救難班が、受け入れの準備をしているのも見えた。
藤崎さんの担架が先に外へ出る。そのあとに管理会社の職員、大橋さん、現地救難員二人、神代さんと続き、最後に俺が外へ出た。
七人全員が地上へ出た瞬間、足元の淡い光が消えた。
俺は一度だけ振り返る。
いつもの消え方だった。
大橋さんが人数を確認する。
「七名全員地上」
入口で待っていた救難員も確認する。
「七名確認」
藤崎さんはここで地上側の救難班へ正式に引き継がれ、そのまま救急車両へ運ばれていく。
管理会社の職員も簡単な健康確認を受けることになった。
俺と神代さんも念のため確認を受ける。
「怪我は?」
「ありません」
「頭打ってません?」
「今日はそれ三回くらい聞かれてます」
救難員が笑った。
「大事なので」
「分かってます」
確認が終わると、大橋さんがこちらへ来た。
「久世さん」
「はい」
「さっきの《帰り道》の件、あとで詳しく聞かせてください」
「俺もよく分かってないですけど」
「分かってる範囲でいいです」
少し離れたところから藤崎さんの声がした。
「久世さん」
救急車両へ移される前だった。
俺は近くへ行く。
「大丈夫ですか?」
「病院で見てもらいます」
「それがいいです」
藤崎さんは少しだけ第二森下ダンジョンの入口を見る。
「久世さんのスキル、道を作るんじゃないんですね」
俺はすぐには答えなかった。
今日のことだけで決めつけていいのかは分からない。
ただ、少なくとも今回はそう見えた。
「たぶん、そうみたいです」
「帰れる道がある時に見える?」
「……そこまでは、まだ分かりません」
俺は足元を見る。
もう光はない。
「でも、今日は俺たちが通れるようにしてから出ました」
「じゃあ、記録しとかないとですね」
「藤崎さん、そういうの好きですね」
「仕事なので」
さっき自分が言ったのと同じ言葉だった。
救急車両のドアが閉まる。
藤崎さんが運ばれていくのを見送ると、神代さんが隣に来た。
「帰れましたね」
「はい」
俺はダンジョンの入口を見る。
最初に《帰り道》が出なかった時は、スキルがおかしくなったのかと思った。
でも、光がなくても俺たちは動けた。
地図を見て現場を確認し、使えない方法はやめて別の道を探した。藤崎さんの知識を借り、神代さんの力を借り、大橋さんたちが判断しながら、七人で通れる状態を作った。
そのあとで、《帰り道》は現れた。
それが何を意味するのかは、まだ分からない。
ただ一つだけ確かなのは、今日俺たちを地上まで帰したのは、光だけではなかったということだった。




