第86話 塞がれた側道
旧側道の入口を確認した俺たちは、崩れた石には触れずに待機地点へ戻った。
大橋さんが藤崎さんへ状況を説明する。
「入口は残ってました。完全には塞がってません。ただ、今の幅だと担架は通せないです」
「奥は見えました?」
「数メートルくらいまでです。その先は曲がってて確認できません」
藤崎さんは端末を開き、古い図面を表示した。
「入口が残ってるなら、可能性はあります」
神代さんが聞く。
「崩れた石をどければ広げられますか?」
「石によります」
藤崎さんは即答した。
「側道自体が自然洞窟なので、積もってる石が全部ただの落石とは限りません。上を支えてる状態になってるものを抜くと、余計に崩れる可能性があります」
「見れば分かります?」
大橋さんが聞く。
「ある程度は。ただ、写真だけだと厳しいですね」
俺たちは入口の様子を何枚か撮ってきていた。
藤崎さんは画面を拡大し、しばらく写真を見る。
「この手前の小さいのは動かしても問題なさそうです。でも、奥の大きい二つは触らない方がいい」
「理由は?」
現地救難員が聞く。
「右側の岩は上の壁と噛んでます。左もその下に入ってる。少なくとも、今の写真だけで『取れる』とは言えません」
大橋さんが頷いた。
「なら、先に小さい石だけ除けて、中を見えるようにする」
「それなら大丈夫だと思います」
「思います、で作業していい?」
「そこまでなら」
藤崎さんは少し考えてから付け加えた。
「ただ、大きい岩を触るなら私も現地で見たいです」
救難員が藤崎さんの右脚を見る。
「担架で入口まで運ぶこと自体はできます」
「距離は?」
大橋さんが俺たちを見る。
「ここからなら十分もかからないです」
俺が答えた。
西側の亀裂まで行くより手前にあり、途中の足場も藤崎さんを担架で運べないほど悪くはない。
大橋さんは少し考えてから言った。
「先に四人で小さい石だけ除去します。中の状態が確認できてから、藤崎さんを動かすか決める」
「分かりました」
藤崎さんも納得した。
今度も四人で旧側道へ向かう。
大橋さん、神代さん、俺、現地救難員一人。待機側には藤崎さん、管理会社の職員、もう一人の救難員が残る。
入口へ戻ると、救難員が改めて崩れた石を確認した。
「手前だけですね」
「はい。奥の二つは触らない」
大橋さんが全員に確認する。
俺も手袋を締め直した。
「俺もやっていいです?」
「小さいの運ぶならお願いします」
「それならできます」
神代さんが隣から言う。
「無理に大きいの持たないでくださいね」
「俺を何だと思ってるんです?」
「F級探索者です」
「合ってるから何も言えない」
神代さんの口元が少し緩んだ。
作業を始める。
拳より小さな石から一つずつ外へ出し、大きめのものは二人で持つ。
ただ片付ければいいわけではない。一つ取るたびに救難員が上と奥を確認し、砂が落ちてこないか、別の岩が動いていないか、異音がしないかを見る。何も変化がなければ、次の石を動かした。
時間はかかるが、入口は少しずつ広がっていった。
「一回止めます」
救難員が手を上げる。
俺たちは作業を止めた。
入口の奥が、さっきよりよく見えるようになっている。ライトを向けると、人一人なら身体を横にして入れそうな隙間があった。
大橋さんが覗き込む。
「奥、続いてるな」
「俺、入ります?」
聞いてみたが、神代さんがすぐに首を横に振った。
「私が行きます」
「ですよね」
大橋さんも迷わなかった。
「神代さん、五メートルだけ。壁と天井を確認しながら。危ないと思ったらすぐ戻ってください」
「分かりました」
神代さんは剣が引っかからないよう位置を調整し、身体を横にして隙間へ入った。
数歩進んだところで、ライトが奥へ動いていく。
「中は少し広がってます」
声が聞こえた。
「床は?」
大橋さんが聞く。
「歩けます。ただ、入口から二メートルくらい先に大きい岩があります」
「通れる?」
「人なら横を抜けられます。担架は無理です」
やっぱり簡単にはいかない。
神代さんはそこで止まり、周囲を確認してから戻ってきた。
「その先も通路は続いてます。少なくとも見える範囲では完全には塞がってません」
「それだけ分かれば十分です」
大橋さんが答えた。
完全な行き止まりではない。
問題は、担架が通れる幅を作れるかどうかだった。
俺は何となく足元を見る。
光はない。
大橋さんが気づく。
「まだです?」
「はい」
「入口が見つかっただけじゃ駄目か」
「みたいですね」
もし俺の考えが合っているなら、今はまだ七人で帰れる状態ではない。
人一人が入れるだけでは、藤崎さんを運べない。
俺たちは待機地点へ戻った。
「奥は続いてます」
大橋さんが藤崎さんへ報告する。
「神代さんが五メートルほど入って確認しました。人は通れる。ただ、担架は無理です」
藤崎さんが端末を見る。
「入口の大きい岩と、中の岩ですね」
「そうです」
救難員が撮ってきた写真を見せる。
藤崎さんは何枚か確認したあと、画面を止めた。
「これ……中の岩、たぶん昔の記録にあります」
端末を操作し、古い写真を開く。
七年前の側道らしい。現在より入口は広いが、奥に見える岩の形はよく似ていた。
「同じですか?」
俺が聞く。
「たぶん。この大きい岩は昔からあります」
「じゃあ、崩れてきたものじゃない?」
「少なくとも今回落ちた岩ではないと思います」
藤崎さんは画面を拡大した。
「元々、左側に人が通れる幅だけ残してたんです。担架を通すことなんて考えてない道だったので」
大橋さんが聞く。
「削れます?」
「岩そのものは硬いです。ただ、右側は壁と一体に近い。無理に壊すより、左側の崩れた部分を広げた方がいい」
「現場で判断できます?」
「見れば、たぶん」
藤崎さんは自分の脚を見た。
「連れていってください」
救難員が大橋さんを見る。
「担架なら運べます」
「痛みは?」
藤崎さんに聞く。
「動かなければそこまで。運ばれる揺れは多少響くと思います」
救難員が状態を確認した。
腫れは増えているが、足先は動き、しびれもない。
「途中で痛みが強くなったら止めます」
「お願いします」
大橋さんが決めた。
「全員で側道入口まで移動します」
今度は七人全員が動く。
藤崎さんを担架へ乗せ、救難員二人が前後を持つ。管理会社の職員が荷物を持ち、俺は進行方向の足場を確認する。大橋さんが全体を見ながら進み、神代さんは後方を警戒した。
歩ける人間だけなら十分もかからない道でも、担架が入ると速さは変わる。
段差のたびに声を掛け合った。
「右、少し上がります」
俺が言う。
「了解」
前側の救難員が足を上げ、後ろもそれに合わせる。
藤崎さんが顔をしかめた。
大橋さんがすぐに聞く。
「痛みどうです?」
「大丈夫です。今のはちょっと響いただけで」
「無理なら言ってください」
「言います」
急がず進み、途中で一度休憩を入れた。全員の状態を確認してから再び動き、やがて旧側道の入口へ到着する。
藤崎さんの担架を安全な場所へ置き、本人が上体を起こした。
「もう少し近くで見せてもらえます?」
救難員が支えながら位置を調整する。
藤崎さんはライトを借り、入口の岩を順番に確認していった。
しばらくして、大きな岩を指す。
「これは触らないでください」
「やっぱり?」
大橋さんが聞く。
「上を支えてます。たぶん抜いたら、天井側が落ちます」
俺はその岩を見る。
さっきまで、ただ邪魔な石にしか見えていなかった。
知っている人が見れば、意味が違う。
藤崎さんが別の場所を指した。
「こっちです。入口の左下」
小さな岩が重なっている。
「ここは今回の揺れで崩れた部分だと思います。上の大岩とは噛んでない」
救難員が確認する。
「これを外せば?」
「入口の下側を広げられます。担架を少し傾ければ通せる幅になるかもしれません」
「中の大きい岩は?」
神代さんが聞く。
「そっちは現場で見ないと判断できません。ただ、入口を抜けられないと始まらない」
大橋さんが作業する範囲を確認した。
「藤崎さんが指定した石だけ。少しでも他が動いたら中止します」
「了解」
今度は藤崎さんも近くで見ている。
俺たちは左下の石から慎重に外し始めた。
作業の途中で、通路の奥から小さな音がした。
全員の手が止まる。
神代さんが剣へ手をかけた。
「何かいます」
石が転がる音とは違う。
岩の向こうから、何かが地面を擦るような音が聞こえる。
大橋さんがすぐに指示した。
「作業中止。藤崎さんの周りを空ける」
救難員二人が担架の横へ戻り、管理会社の職員も藤崎さんから離れない。俺は邪魔にならないよう横へ下がった。
神代さんが旧側道の入口を見る。
数秒後、暗がりの中に二つの目が光った。
現れたのは、岩の間を低く歩く四本脚の小型魔物だった。その後ろに、もう一匹いる。
神代さんが剣を抜く。
「ここで止めます」
「お願いします。ただし奥には追わないで」
大橋さんが言う。
「はい」
一匹目が入口から飛び出す。
神代さんは一歩だけ前へ出て、横から剣を振った。一撃で魔物が倒れる。
二匹目は入口の奥で止まり、こちらを窺っていた。
神代さんは入っていかない。
数秒向き合ったあと、魔物の方が奥へ下がった。
「追いません」
「それでいいです」
大橋さんが答える。
俺は倒れた魔物を見る。
救難所に来たばかりの頃なら、神代さんは二匹目まで追っていたかもしれない。
今は、藤崎さんと作業場所を守れればそれでいい。
「作業、再開できます?」
俺が聞く。
神代さんは入口の奥を見たまま答える。
「少し待ってください。もう一度気配を見ます」
しばらく警戒したが、魔物が戻ってくる様子はなかった。
大橋さんが頷く。
「再開。ただし神代さんは警戒に専念」
「分かりました」
俺たちは再び石を外し始めた。
藤崎さんが動かしていい石を指定し、救難員が周囲の状態を確認する。俺と管理会社の職員は外した石を入口から離れた場所へ運んだ。
少しずつ、入口の左側が広がっていく。
最後の一つを動かしたところで、救難員が幅を測った。
「これなら通るかもしれません」
担架を実際に入口へ寄せる。
もちろん、藤崎さんを乗せたままでは試さない。
空の担架を少し傾けて隙間へ入れると、左右にほとんど余裕はないものの、引っかからずに通すことができた。
「入口は通ります」
救難員が言う。
大橋さんが奥を見る。
「次は中か」
まだ終わってはいない。
それでも、一つ目の壁は越えた。
俺は足元を確認する。
淡い光は、まだ現れない。
でも今度は、それを見ても落ち込まなかった。
まだ七人で通れる状態になっていないのなら、次に通れない場所を直せばいい。
藤崎さんが旧側道の奥を見る。
「あの先の岩を確認できれば、通せるかどうか分かると思います」
大橋さんが頷いた。
「じゃあ、次はそこです」
《帰り道》はまだ見えない。
それでも俺たちは、一つずつ七人で帰れる形に近づいていた。




