第71話 閉鎖予定のダンジョン
「はい、救難受付です」
瀬川たちが帰った直後、小日向が取った電話は、いつもの救難要請とは少し違っていた。
最初はそう思わなかった。
小日向が人数や場所を確認している間、俺は自分の席で荷物を片づけていた。
「ダンジョン名をお願いします。……はい。現在、内部に残っている人数は?」
そこで、小日向の手が止まる。
「六名?」
俺も顔を上げた。
相馬さんは、すでに席を立っている。
「探索者ですか?」
小日向が聞く。
少し間があった。
「設備点検員……分かりました。護衛は?」
今度は相馬さんが近くまで来る。
俺も片づけていた荷物を机へ戻した。
「護衛探索者が二名。現在、その二名とも連絡が取れない?」
小日向の声が変わった。
さっきまで救難技能記録の話をしていた空気が一気に消え、入口近くにいた神代さんも足を止める。
「まず、六名の設備員は全員一緒ですか?」
小日向が確認する。
「……はい。分かりました。そこから移動しないでください。現在地について分かる情報を順番に確認します」
相馬さんが地図端末を開いた。
俺はその横へ移動する。
「どこです?」
「旧八千代第三ダンジョン」
聞き覚えのある名前だった。
「閉鎖するところですよね?」
「ああ」
旧八千代第三ダンジョン。
規模はそれほど大きくない。数年前から魔石の採取量が落ち、利用する探索者も減っていた。施設の老朽化も進んでいるため、近いうちに一般探索を終了し、内部設備を整理したあと閉鎖する予定だと聞いている。
俺も昔、一度だけ入ったことがあった。ただ、その頃はまだ普通に探索者が出入りしていた。
「何で設備員が中に?」
「閉鎖前の点検だろ」
相馬さんが答えた。
小日向が通話を続ける。
「六名のうち、怪我をしている方は?」
『大きな怪我はありません。ただ、一人が足をぶつけていて……歩けます』
電話の向こうから男性の声が聞こえた。通信はまだ生きている。
「現在地は分かりますか?」
『第四層の西側です。旧管理通路の……』
音声が少し乱れた。
『……第二点検室の近くだと思います』
「思います?」
『はい。途中で通路が塞がっていて、別の道へ回ったんです。そこから位置が分からなくなりました』
小日向が地図へ情報を書き込んでいく。
「護衛のお二人とは、いつ別れました?」
『第三層から第四層へ下りたあとです』
男性の声が少し詰まった。
『通路の奥で崩れる音がして……二人が様子を見に行きました。そのあと通信が途切れました』
相馬さんが言う。
「小日向、代われ」
「はい」
相馬さんが受話器を取った。
「救難責任者の相馬です。確認します。設備員六名は現在全員一緒。護衛探索者二名とは第四層で別れた。間違いないですか」
『はい』
「護衛二名の名前とランクは」
『片桐さんと石倉さんです。二人ともC級です』
「怪我の状態は」
『僕たちは大丈夫です。足をぶつけた者も歩けます』
「食料と水は」
『あります』
「照明は」
『まだ問題ありません』
「魔物は」
『さっき一体見ました。でも、離れていきました』
「なら動かないでください。こちらから迎えを出します」
『……お願いします』
相馬さんが通話を小日向へ戻す。
「通信を維持しろ。必要な時以外は話させなくていい」
「了解です」
相馬さんはすぐに地図へ目を戻した。
「久世」
「はい」
「行くぞ」
俺は少しだけ驚いた。
「もう?」
「六人の場所はある程度絞れてる。怪我も軽い。お前がいれば、見つけたあとの帰還は早い」
「護衛の二人は?」
「後だ。まず六人を確保する」
相馬さんは迷わなかった。
俺も頷く。
《帰り道》は護衛二人を探してくれない。場所の分からない人間を見つけるには、いつも通り自分たちで捜索するしかない。
「神代さん」
相馬さんが呼ぶ。
「はい」
「一緒にお願いします」
「分かりました」
神代さんもすぐに荷物を取りに向かった。
小日向が現地の救難所へ協力要請を出しながら言う。
「閉鎖準備の担当者にも連絡します。設備図も出してもらいます」
俺は地図を見た。
旧八千代第三ダンジョンの第四層には、昔使われていた管理通路が何本もある。普通の探索者向け地図には載っていない場所も多いらしい。
「これ、結構ややこしくないですか?」
俺が聞く。
「閉鎖前だからな」
相馬さんが答えた。
「使わなくなった設備もある。止めた通路もある。地図が新しくても、昨日まで通れた場所が今日も通れるとは限らん」
嫌な言葉だった。
俺の《帰り道》は、その時の俺たちが地上へ戻れる可能性の高い道を示す。
だから地図が古いこと自体は問題ではない。
ただ、道の途中に何があるのかまで全部教えてくれるわけではない。扉が閉まっているのか、設備が止まっているのか、搬送できる幅があるのか。実際に通るために必要なことは、自分たちで確かめるしかない。
「閉鎖準備って、具体的に何してたんです?」
俺が聞く。
小日向が通話の合間に答えた。
「内部の固定設備を確認して、使えるものと撤去するものを分けていたみたいです。照明、通信中継器、非常扉、搬送設備とか」
「六人は探索者じゃないんですよね」
「設備管理会社の作業員です」
俺は少し考える。
これまで救難に行った相手は、ほとんどが探索者だった。強いか弱いかは別として、ダンジョンへ入ること自体には慣れている人たちだ。
今回は違う。
設備員も仕事で中へ入っている以上、基本的な安全講習は受けているだろう。それでも魔物と戦う仕事ではない。
「護衛二人がいない状態で、六人だけなんですね」
「そうです。だから、その場にいてもらってます」
神代さんが戻ってきた。
腰にはいつもの剣がある。
「久世さん、準備できました?」
「今からです」
「では、私も確認します」
「教育係じゃないですよ?」
「知っています」
少し前まで瀬川に言っていたせいで、つい口から出た。
神代さんが俺を見る。
「何ですか?」
「いや、瀬川君が帰ったばかりだなと思って」
「そうですね」
「静かになったと思ったら、すぐ救難ですね」
「救難所ですから」
その通りだった。
瀬川の研修が終わっても、仕事まで終わるわけじゃない。
俺は自分の救難用バッグを開き、通信機、水、ライト、簡易医療用品、ロープと順番に確認する。
以前より時間はかからなくなった。
瀬川に教えていたことを、自分で間違えたら笑えない。
「久世さん」
神代さんが言う。
「何?」
「バッグの中身、全部出さないんですね」
「俺も成長してるので」
「瀬川さんに教えたおかげですか?」
「逆じゃない?」
少し笑ってから、バッグを閉じた。
現地の救難員三名と合流し、今回の救難班は俺と神代さんを含めた五名で入ることになった。相馬さんは救難所に残り、こちらと現地側の情報をまとめる。
出発直前、小日向から追加情報が入った。
「久世さん。設備員六名の位置、もう少し絞れました」
小日向が地図を示す。
「第四層西側の旧管理区画です。現在いる場所から、赤い制御盤と非常用の黄色い手すりが見えるそうです」
「この辺?」
「候補は二か所です。ただ、どちらも一般通路から外れています」
現地の救難員が地図を見る。
「こっちなら第三点検通路から入れる。ただ、この扉は閉鎖準備で止めてるかもしれない」
「止めてる?」
「通常は使わない区画だからな。開放状態かどうかは現地で確認するしかない」
やっぱり設備の問題が出てくる。
神代さんが聞いた。
「別の入口は?」
「東から回れる。ただ、かなり遠い」
相馬さんが通信越しに言う。
『まず近い方を確認しろ。駄目なら回れ』
「了解」
俺たちは入口へ向かった。
旧八千代第三ダンジョンは、思っていた以上に静かだった。
閉鎖予定だからか、一般探索者の姿はほとんどない。普段なら入口付近にいるはずの人たちも少なく、代わりに作業服を着た管理会社の人間が何人か立っていた。
そのうちの一人が、俺たちを見ると深く頭を下げる。
「お願いします」
「六人のことですか?」
俺が聞く。
「はい。それと……護衛の二人も」
男性の顔が曇る。
「もちろんです」
俺は答えた。
ただし、順番はある。
まず、場所がある程度分かっている六人を確保する。そのあとで、まだ位置の分からない二人を探す。
最初から八人全員を同時に助けようとして、誰にも届かなくなったら意味がない。
受付を抜け、第一層から第二層へ進む。
人が少ないせいか、いつものダンジョンより広く感じた。
途中には撤去予定と書かれた設備や、使用停止の札がついた扉もある。
「本当に閉じるんですね」
俺が言う。
現地の救難員が頷いた。
「来月には一般立ち入りが終わる予定だった」
「じゃあ今回の六人は、そのための点検?」
「そうだ。危険設備の確認と、最後まで残す避難設備の点検らしい」
皮肉な話だった。
人が安全に地上へ戻るための設備を調べていた人たちが、自分たちで帰れなくなっている。
第三層へ下りたところで通信が入った。
『こちら地上。救難対象六名、状態変化なし。護衛二名からの通信はまだ復旧していない』
相馬さんの声だった。
班長が返す。
「了解。第四層へ下ります」
俺たちは階段を進んだ。
第四層に入ると、使われていない場所が多いせいか照明が暗い。一部では天井灯が消され、仮設ライトだけが残されている。壁には撤去予定を示す札が何枚も貼られていた。
「こっちです」
現地の救難員を先頭に一般通路を離れ、第三点検通路へ向かう。
しばらくして、厚い金属扉が見えた。
救難員が立ち止まる。
「やっぱりか」
扉には大きく『使用停止』と書かれている。
「開かない?」
俺が聞く。
「確認する」
救難員が操作盤を触ったが、反応はない。
「電源が落ちてる」
神代さんが扉を見る。
「壊せますか?」
「待って」
救難員がすぐに止めた。
「この扉、非常区画の隔壁だ。中の固定状態が分からないまま壊すのはまずい」
神代さんは素直に手を離した。
「分かりました」
強ければ開けられる。
でも、開けていいとは限らない。
以前、閉じた設備を前にした時にも似たことがあった。救難では、壊せることと壊していいことは別だ。
相馬さんへ状況を伝えると、返事は早かった。
『東へ回れ。設備員の状態は安定してる。急いで余計な事故を増やすな』
「了解」
俺たちは来た道を戻り、遠回りになる東側へ向かった。
まだ救難対象を見つけていない。当然、《帰り道》も出ていない。
今は自分たちの足と地図で探すしかない。
二十分ほど余計にかかったが、東側の旧連絡通路は通ることができた。
さらに奥へ進むと、地上から聞いていた特徴が見えてくる。
赤い制御盤と、黄色い手すり。
現地の救難員が声を上げる。
「救難です! 聞こえますか!」
少し間があった。
「こっちです!」
男の声が返ってきた。
角を曲がる。
そこには作業服を着た六人がいた。
壁際に座っていた人たちが一斉にこちらを見る。そのうちの一人が立ち上がった。
「来てくれた……」
俺は六人を順番に確認する。
一人、二人、三人、四人、五人、六人。
全員いる。
六人を救難対象として確認したところで、俺たち五人を含めた十一人で地上へ戻るための《帰り道》が足元に現れた。
淡い光が、今来た方向とは別の通路へ伸びている。
「大丈夫です」
俺が言う。
「帰れますよ」
六人の表情が少し緩んだ。
でも、一人だけこちらを見たまま動かなかった。
最初に電話をしていた男性だと思う。
「……あの」
「はい」
「片桐さんと石倉さんは?」
護衛探索者の二人。
俺は答えられなかった。
まだ見つかっていない。
男性が立ち上がる。
「二人は、俺たちのために残ったんです」
後ろにいた別の設備員も口を開いた。
「崩れた通路を確認して、危なかったら戻れって言って……それから連絡がなくなって」
六人の顔から、さっきまでの安心が消えていく。
俺は足元を見る。
《帰り道》は、今ここにいる十一人を地上へ帰す方向へ伸びている。
でも、このダンジョンにはまだ二人残っている。
「まず皆さんの状態を確認します」
班長が設備員たちへ声をかけた。
俺はもう一度、奥の暗い通路を見る。
護衛の二人がどこにいるのか、《帰り道》は教えてくれない。
だから、見つけるしかない。
いつも通り、自分たちで。
六人を迎えに来た救難は、まだ終わっていなかった。




