第68話 救難技能記録
翌日、小日向が昨日作った画面を開いて最初に言った。
「これ、このままじゃ使いづらいです」
昨日はかなり時間をかけて作っていたはずなのに、朝からいきなり否定された。
「もう駄目なの?」
俺が聞く。
「駄目っていうより、試しに何人か入れたら問題が見えてきました」
画面には、昨日仮で名前をつけた『救難技能記録』が表示されている。俺と瀬川、それに何人かの救難員の名前が並んでいた。
「何が問題なんです?」
瀬川が小日向の隣へ座る。
「例えばこれです」
小日向が俺の記録を開いた。
『捜索経験あり』
『搬送経験あり』
『危険回避経験あり』
『経路確認経験あり』
文字だけを見ると、何となくいろいろできる人に見える。
「結構優秀じゃない?」
俺が言う。
「だから問題なんです」
「何で?」
「久世さん、この書き方だと何でもできる人に見えます」
「いいじゃん」
「よくないです」
即答された。
瀬川も画面を見ながら言う。
「確かに、捜索経験ありってだけだと、昨日の救難班の人と久世さんの違いが分からないですね」
「瀬川君まで」
「でも久世さん、自分でも捜索は得意じゃないって言ってましたよね」
「言ったけど」
「じゃあ合ってます」
最近、瀬川が遠慮しなくなってきた。
相馬さんも話を聞きながら俺の記録を見る。
「経験したことと、任せられることを分けろ」
小日向が顔を上げた。
「別項目にするってことですか?」
「ああ。参加した経験があるだけで、単独で任せられるとは限らない」
「なるほど」
小日向が画面を修正していく。
経験した内容、対応可能な範囲、最後に実施した時期、必要な資格、注意事項。少しずつ項目が増えていった。
俺はそれを見て不安になる。
「また長くならない?」
「表示を分けます。最初の画面では概要だけにして、必要なら詳細を開けるようにすればいいと思います」
「便利になってる」
「まだ作ってる途中ですけどね」
瀬川が俺の記録を見る。
「じゃあ、久世さんの捜索はどうします?」
「参加経験あり。ただし、単独での位置特定能力はなし、でいいんじゃないですか」
小日向が入力する。
「《帰り道》は捜索には使えないことも、注意事項に残します」
「また注意書き増えた」
「大事ですから」
俺の記録だけ説明が多い気がする。
そこへ入口のドアが開いた。
「おはようございます」
神代さんだった。
俺はすぐに手を上げる。
「ちょうどよかった」
「何がですか?」
「神代さんの記録作るって」
神代さんが小日向を見る。
「記録?」
「昨日から試してるんです」
小日向が簡単に説明する。
探索者ランクとは別に、その人が救難で何を経験し、どんな役割を担当できるのかを残しておく。救難に関わる人が増えた時、現場ごとに必要な人を選びやすくするための記録だ。
神代さんは画面を見た。
「面白いですね」
「本人に確認しながら作りたいので、少し付き合ってもらえます?」
「もちろんです」
神代さんが俺の隣へ座る。
小日向が新しい記録を作った。
神代美波。
探索者ランクS級。
そこまでは早かった。
「まず危険対応ですね。これはかなり多いです」
小日向が過去の救難記録を開く。
魔物の誘導、救難対象との間に入っての防御、必要な場合の討伐、撤退時の後衛、狭い場所での危険排除。次々に記録が出てくる。
「何か俺の時と量が違わない?」
「神代さんですから」
瀬川が言う。
「そこは分かってるけど」
神代さんは画面を見ながら言った。
「ただ、“危険対応可能”だけだと広すぎませんか?」
小日向が手を止める。
「どういう意味です?」
「救難中の戦闘と、通常の探索での戦闘は違いますよね」
神代さんは過去の記録を指した。
「救難対象がいる状態で戦った経験なのか、先行して危険を排除した経験なのか、それとも戦わずに回避した経験なのか。その違いは残したほうがいいと思います」
瀬川が頷く。
「同じ“魔物に対応できる”でも、やったことが違う」
「そうですね」
小日向が項目を分けた。
『救難対象を伴う危険対応』
『先行危険確認』
『戦闘回避判断』
「神代さん、全部ありますね」
俺が言う。
「ありますね」
本人も普通に答えた。
「ずるい」
「何がですか?」
「俺、こういう欄ほとんど空いてたのに」
「探索者ランクが違いますから」
正論だった。
瀬川が笑う。
小日向は次に搬送記録を開いた。
神代さんは何度も搬送に参加している。ただし、救難に参加し始めた頃と最近では内容が違っていた。
「これ、残します?」
小日向が聞く。
「何を?」
俺も画面を見る。
初期の記録には、
『搬送時、速度調整について指示あり』
と書かれている。
俺は覚えていた。
神代さんが力の強さに任せて、一人で持ち上げようとしていた頃だ。
「消します?」
俺が聞く。
「消さなくていいです」
神代さんはすぐに答えた。
「今できることだけを書く記録ではないんですよね?」
小日向が頷く。
「そうですね。経験も残します」
「なら、そのままで。今は改善していることも分かるなら、それでいいと思います」
小日向が現在の欄に、『搬送時の速度調整・複数人搬送経験あり』と追加した。
瀬川が画面を見ながら言う。
「できなかったことも残すんですね」
「できなかったことだけを残すわけではありませんけどね」
神代さんが答える。
「最初はできなくて、今できるようになったなら、それも経験だと思います」
瀬川は少し考えた。
「じゃあ、この記録って評価表じゃないんですね」
相馬さんが口を開く。
「最初からそう言ってる」
「分かってはいたんですけど」
瀬川が画面を見る。
「何点取ったかを見るんじゃなくて、今どんな仕事を任せられるかを見るためのものなんだなって」
「それでいい」
相馬さんが答えた。
「現場で欲しいのは、一番偉い奴じゃない。必要な仕事を任せられる奴だ」
昨日の話が、さらに分かりやすくなった気がした。
次に小日向が「応急対応」の欄を開く。
神代さんは基本的な講習を受けているものの、医療の専門家ではない。
「これは基本対応までですね」
神代さん自身が言った。
「負傷状態の判断は、医療担当に任せます」
「S級でも?」
瀬川が聞く。
「S級は、怪我を診断する資格ではありませんから」
「確かに」
瀬川が納得する。
俺も聞きながら考えた。
探索者ランクだけなら、神代さんは俺よりずっと上だ。
でも、医療が必要なら専門の救難員の判断に従う。逆に危険な魔物が出れば、今度は神代さんが前へ出る。
誰が上かではなく、その時に誰が必要なのか。
こうして記録にしてみると、その違いがよく分かる。
神代さんの記録を作り終える頃には、午前中の半分が過ぎていた。
「一人にこんな時間かかるの?」
俺が聞く。
「最初だけですよ」
小日向が答える。
「項目が固まれば、既存の救難記録からある程度は拾えます」
「全部一人ずつ聞くのかと思った」
「それをやったら、いつ終わるか分かりません」
瀬川が画面を見る。
「でも、本人に確認したほうがいいところもありますよね」
「そうですね。特に“今どこまでできるか”は、昔の記録だけでは分かりませんから」
小日向は仮の運用方法も整理し始めた。
過去の救難記録から経験を拾い、本人に現在の対応可能範囲を確認する。資格や訓練履歴を加え、長く使っていない技能については必要に応じて再訓練する。そして実際の救難へ参加したあとは、新しい経験を追加していく。
「これ、本当に仕事増えてません?」
俺が聞く。
小日向が少し止まった。
「増えてますね」
「やっぱり」
「でも、全部僕がやる必要はないです」
「誰がやるの?」
小日向の視線が瀬川へ向いた。
瀬川も気づく。
「僕?」
「研修ですよ」
「そういう使い方あります?」
「記録好きなんですよね?」
昨日まで俺が言っていたことを、そのまま返されている。
瀬川は少し迷ったあと、笑った。
「やります」
「本当に好きなんだ」
俺が言う。
午後からは、瀬川が過去の救難記録を見ながら、数人分の技能記録を試しに作ることになった。
もちろん、瀬川だけで内容を確定するわけではない。記録から拾った情報を小日向が確認し、必要な部分は本人や相馬さんにも確認する。
最初に選んだのは、救難歴の長いC級探索者だった。
瀬川が過去の履歴を読む。
「搬送、多いですね」
「そうですね」
小日向が答える。
「負傷者の搬送が七件。うち二件は歩行不能者です」
「捜索は三件」
「ただし全部、ほかの救難員の補助として参加しています」
瀬川が少し考える。
「じゃあ、“捜索経験あり”だけだとまた広すぎる」
「そうですね」
「捜索補助経験あり?」
「それなら分かりやすいです」
一つずつ整理していく。
次の救難員は水場での経験が多かった。
その次は通信担当で、ダンジョン内部へ入った回数は少ないが、地上側での情報整理を何度も担当している。
「この人、現場にあまり出てないのに救難歴長いですね」
瀬川が言う。
「地上担当です」
小日向が答えた。
瀬川の手が止まる。
「これも入れるんですよね?」
「もちろんです」
「救難員っていうと、中へ入る人ばかり考えてました」
「少し前の瀬川君だね」
俺が言う。
「そうですね」
本人も素直に頷いた。
今は少し違う。
地上で通信を受け、地図を調べ、情報を整理する。そうした仕事も救難技能として記録されていく。
瀬川が新しい項目を追加した。
『地上情報支援』
小日向が見る。
「いいですね」
「正式に入れます?」
「まずは仮で」
「全部まだ仮ですね」
「だから試作なんです」
夕方までに、十人ほどの記録ができた。
もちろん完成とは言えない。人によって項目の書き方も少し違い、まだ足りない分類もありそうだった。
それでも、最初よりかなり見やすくなっている。
俺は画面を眺めた。
「これで班を作れる?」
相馬さんが答える。
「試しには使える」
「試すんですか?」
瀬川が聞いた。
「ああ」
相馬さんが一つの救難訓練記録を出す。
救難対象二名。一名が脚を負傷。第三層で、位置は判明済み。周辺の危険度も低い。
「この条件なら誰を入れる」
「僕が選ぶんですか?」
「技能記録を使って考えてみろ」
急に試験が始まった。
瀬川は十人分の記録を確認する。
「まず、搬送経験がある人」
三人まで絞る。
「怪我人がいるから、応急対応ができる人も必要ですよね。この人なら両方できます」
「それだけか」
相馬さんが聞く。
瀬川が止まる。
「第三層で位置も分かってる……」
俺も横から考える。
危険度は低い。
大人数はいらない。
「通信できる人?」
瀬川が言う。
「救難班なら基本だ」
「じゃあ……班をまとめられる人」
相馬さんは何も言わない。
瀬川は記録を見直し、現場指揮経験のある一人を選んだ。
「この人を班長。搬送と応急対応ができる人を一人。それから搬送補助のできる人を一人。三名でどうですか?」
「理由は」
「位置が分かっているので、捜索経験の高い人を優先する必要はないと思います。危険度も低いので、戦闘が得意な人より、負傷者を安全に運べる人を入れたいです」
相馬さんが画面を見る。
「悪くない」
瀬川の顔が少し明るくなる。
「ただし、実際はその日の勤務状況と、ほかの救難への備えも見る」
「あ」
「記録だけで全部決めるな。道具だ。判断する代わりじゃない」
瀬川が頷いた。
「はい」
俺もその言葉は覚えておこうと思った。
《帰り道》と同じだ。
便利なものがあっても、それだけで救難が終わるわけではない。
その日の帰り支度をしていると、相馬さんが瀬川を呼んだ。
「瀬川」
「はい」
「研修、あと何日だ」
「明日までの予定です」
村瀬さんたちと、そういう話になっていたらしい。
俺は初めて知った。
「もう終わりなんだ」
「はい」
瀬川が少しだけ寂しそうに笑った。
相馬さんは机の上の記録を見る。
「地上でやることは一通り見たな」
「はい」
「なら最後に一回、現場へ出る」
瀬川の表情が変わった。
「救難ですか?」
「適当な案件があればな。なければ訓練で終わる」
「僕も救難班に入るんですか?」
「補助だ」
相馬さんははっきり言った。
「一人前として数えるつもりはない。現場の指示に従って、記録と人数確認をやれ」
「はい」
瀬川はすぐに答えたが、少し緊張しているのが分かった。
俺が聞く。
「俺も行く?」
「行け」
「教育係だから?」
「そうだ」
「最近それ、便利に使ってません?」
相馬さんは無視した。
神代さんが言う。
「私も必要ですか?」
「案件次第です。危険度が低ければ呼びません」
「分かりました」
神代さんは普通に頷いた。
瀬川が少し意外そうな顔をする。
たぶん、研修へ来る前は俺と神代さんが毎回一緒に救難へ行くと思っていたのだろう。
でも、ここ数日でそうではないことも見てきた。
救難技能記録の画面には、十人以上の名前が並んでいる。
戦える人、運べる人、探せる人、通信をつなぐ人、地図から場所を絞れる人。それぞれにできることがあり、俺には帰る方向が分かる。
その中から、現場に必要な人が選ばれる。
瀬川は自分の記録を開いた。
まだ書かれていることは少ない。
『情報整理補助』
『地図照合』
『位置候補抽出』
その横には、『研修中』と表示されている。
「明日、増えますかね」
瀬川が言った。
「何が?」
「ここです」
画面を指す。
俺は少し考えてから答えた。
「増やすために行くんじゃないでしょ」
瀬川が俺を見る。
少し前に相馬さんから言われた言葉を、そのまま返した。
瀬川は一瞬黙ったあと、苦笑する。
「久世さんに言われると悔しいですね」
「教育係だから」
「今度は自分から言った」
「一回くらい使わせてよ」
瀬川が笑った。
技能記録に何を書くことになるのかは、まだ分からない。
明日、本当に救難要請が入るかどうかも分からない。
それでも次は、救難所の地図を見ながら現場を想像するのではなく、自分の足でダンジョンの中を歩くことになる。
瀬川の研修は、いよいよ最後の一日を迎えようとしていた。




