第67話 探索者ランクでは測れない
小日向が端末から、いくつかの記録を呼び出した。
救難所に登録されている救難員の名前と、これまで参加した救難の履歴らしい。
「今あるのは、だいたいこの辺ですね」
俺も瀬川の隣から画面を見る。
名前の横には、探索者ランクや取得している資格、救難への参加回数などが並んでいた。
「結構ありますね」
瀬川が言う。
「長くやってる人もいますから」
小日向が答えた。
相馬さんは、その中から一人分の記録を開く。
画面に出たのは、昨日第五層へ向かった救難員の一人だった。探索者ランクはC級で、救難への参加歴はかなり長い。
「昨日、先頭で捜索してた人ですよね」
瀬川が言う。
「ああ」
「捜索が得意っていうのは、どこを見れば分かるんですか?」
相馬さんは画面を指した。
「今の記録だけなら、過去の参加歴を見るしかない」
「参加回数が多ければ上手い?」
「そうとも限らん」
「ですよね」
瀬川が少し考える。
相馬さんは別の記録を開いた。
今度はB級探索者で、救難への参加回数はこちらのほうが多い。
「こいつは搬送が上手い。負傷者を連れて動く現場なら入れたい。ただ、捜索で先頭に置くなら昨日の奴のほうを選ぶ」
「B級なのに?」
「探索者としてのランクはな」
瀬川が二人の記録を見比べる。
「じゃあ、探索者ランクだけでは分からない」
「最初からそう言ってる」
「でも、今まで救難班を作る時には、それで困らなかったんですか?」
相馬さんは少し考えてから答えた。
「人数が少なかったからな」
救難に関わる人間が限られていれば、誰が何を得意としているのかは責任者や古くからいる救難員が把握できる。
あいつは搬送が得意。あいつは捜索。こいつは医療対応。
人数が少ないうちは、それで班を組めていたらしい。
「でも、最近は少し変わってきてます」
小日向が言った。
「合同訓練も増えてますし、別地域から協力の話も来ています。救難に興味を持って、関わりたいっていう探索者も少しずつ増えてます」
瀬川が自分を指した。
「僕みたいな?」
「そうですね」
「じゃあ、相馬さんが全員覚えるのは無理になる?」
「俺を何だと思ってる」
相馬さんが言う。
「人間です」
「なら無理だ」
素直だった。
俺は画面を見る。
「でも、探索者ランクみたいに、救難にもランクを作れば早いんじゃないですか?」
瀬川も同じことを考えていたらしい。
「救難S級とか?」
「そうそう」
相馬さんはすぐに首を振った。
「いらん」
「早いですね」
「探索者ランクと同じものを、もう一個作ってどうする」
瀬川が聞く。
「駄目なんですか?」
「ランクを作れば、上と下ができる。それ自体が悪いわけじゃないが、救難で知りたいのは強い順番じゃない」
相馬さんは二人分の記録を並べた。
C級の捜索経験者と、B級の搬送経験者。
「どっちが上だ?」
瀬川が困った顔をする。
「救難では、ってことですか?」
「ああ」
「現場によるんじゃないですか?」
「そういうことだ」
相馬さんが答えた。
「行方不明者を探すなら捜索経験が欲しい。歩けない人間が複数いるなら搬送経験が欲しい。水が出てるなら水場に慣れてる奴が欲しい。現場によって必要なものが違う」
俺も納得する。
神代さんはS級だけれど、だからといって、どんな救難でも一番役に立つわけではない。
戦闘が必要なら圧倒的に頼れるし、搬送でも力は大きな助けになる。でも、医療判断は専門の救難員に任せるし、設備のことなら城戸さんたちのほうが詳しかった。
俺はF級だ。
《帰り道》はある。
それでも人を探すことはできないし、怪我も治せない。魔物だって、ほとんど倒せない。
「確かに、順番にはしづらいですね」
俺が言う。
相馬さんがこちらを見る。
「珍しく早いな」
「最近ちょっと成長してるので」
「自分で言うな」
瀬川が笑った。
小日向が別の画面を開く。
「じゃあ、ランクじゃなくて“できること”を残すのはどうです?」
「できること?」
瀬川が見る。
「さっき相馬さんが言ってたみたいに、捜索、搬送、応急対応とかです」
小日向は仮の項目を入力していく。
捜索、通信、応急対応、搬送、経路確認、危険対応、現場指揮。
画面に並んだ文字を、俺たちで見た。
「結構ありますね」
瀬川が言う。
「まだ増えると思います」
小日向が答える。
俺は一つ気になった。
「これ、点数つけるの?」
「点数?」
「搬送八十点とか、捜索六十点とか」
「久世さんは何点なんです?」
瀬川が聞く。
「戦闘五点くらい?」
「自分で低く言う必要あります?」
「だって低いし」
小日向は少し考えてから首を振った。
「点数はやめたほうがいいかもしれませんね」
「何で?」
「基準を作るのが難しいからです。搬送を十回経験した人と、重傷者の搬送を三回経験した人のどちらが上か、簡単には決められないですよ」
瀬川が頷く。
「同じ搬送でも状況が違う」
「そうです」
相馬さんも口を挟んだ。
「点数にすると、その数字だけ見る奴が出る」
「探索者ランクみたいに?」
俺が聞く。
「ああ」
それは少し分かる。
F級というだけで、俺の《帰り道》まで役に立たないと思われていた時期があった。
数字や文字は便利だ。
でも、便利だからこそ、それだけで人を判断されることもある。
「じゃあ、何を残すんです?」
瀬川が聞いた。
小日向は一度入力を止める。
「経験?」
「それだけじゃ足りない」
相馬さんが言う。
「何を経験したかだ」
「例えば?」
「昨日の班なら、第五層で位置不明の三名を捜索した。通報情報と現場確認を照合しながら場所を絞って、発見までつなげた。そういう内容を残す」
瀬川が少し考える。
「参加した回数じゃなくて、どういうことをやったか」
「そうだ」
「でも、それを全部文章にしたら長くなりません?」
小日向が笑った。
「そこが僕の仕事になりそうですね」
嫌そうではなかった。
むしろ少し楽しそうに見える。
「項目と履歴を組み合わせればいいかもしれません」
小日向が画面を操作する。
例えば「捜索」の欄には、単に経験ありと書くのではなく、過去にどんな捜索へ参加したかを簡単に紐づける。
『第五層・位置不明者捜索』
『濃霧環境での捜索』
『水没区画での探索補助』
そういった履歴が残っていれば、救難の内容に合わせて必要な人を探しやすくなる。
「資格みたいに、合格とか不合格じゃないんですね」
瀬川が言う。
「今のところは、そのほうがいいと思います」
小日向が答えた。
「できると書いてあっても、しばらくやってなければ訓練が必要かもしれませんし」
相馬さんが頷く。
「経験した内容と、最後にやった時期も残せ」
「了解です」
話がどんどん具体的になっていく。
俺は少し不安になった。
「これ、今日終わる?」
「終わらないですよ」
小日向が普通に答える。
「ですよね」
「まずは試しに何人か作ってみます」
その視線がこっちへ向いた。
嫌な予感がする。
「何?」
「久世さんからやりましょう」
「何で俺?」
「分かりやすいので」
「何が?」
「できることと、できないことが」
相馬さんが少し笑った気がした。
ひどい。
小日向が俺の名前を入力する。
久世直人。
探索者ランクF級。
「まず捜索」
「苦手」
「苦手って書けないですよ」
「じゃあ経験少なめ」
「救難対象を探したことはありますよね」
小日向が過去の記録を見る。
「位置不明者の捜索にも参加しています」
「でも、《帰り道》で探したわけじゃないよ」
「そこは大事ですね」
瀬川が言う。
「《帰り道》は捜索には使えない」
「そう」
小日向が入力する。
「捜索経験あり。《帰り道》による位置特定は不可」
「何か注意書きみたいになってない?」
「重要です」
次は搬送だった。
「担架は?」
「やった」
「どのくらい?」
「何回か」
「記録見ます」
全部残っている。
逃げられない。
「応急対応は?」
「できない」
「基本講習は?」
「受けてます」
「じゃあ基本対応のみ」
小日向が次の項目へ進む。
「危険対応は?」
魔物への対応なら、神代さんがいる時は任せる。いない時は避けるか、逃げるか、必要なら待つ。
倒せなくても、それで帰せた現場はいくつもあった。
「危険回避の経験は結構ありますね」
瀬川が言った。
「逃げてただけだけど」
相馬さんが口を開く。
「救難なら、それでいい時もある」
「お」
「褒めてない」
「まだ何も言ってないですよ」
少しだけ先回りされた。
小日向が最後に「経路確認」の項目を開く。
そこで全員が止まった。
「これは久世さんですね」
瀬川が言う。
「まあ、《帰り道》あるからね」
「でも、《帰り道》だけで書くのは違いません?」
瀬川が聞いた。
俺はそちらを見る。
「何で?」
「久世さん、道が見えても現地の人に確認してもらってますよね」
合同訓練の時もそうだった。
水のある場所では水深や足場を救難員が確認したし、閉じたゲートも反対側から安全を確かめてもらった。
瀬川が少し考えながら言う。
「《帰り道》で帰還方向を確認する。でも、実際に通れるかどうかは現場で確認する……みたいな?」
小日向が入力した。
「《帰り道》による帰還方向の提示。通行可否は現場確認と併用」
「急に専門家っぽくなったね」
「ここ数日ずっと見てたので」
少し得意そうだった。
俺一人の記録を作るだけでも、かなり時間がかかった。
画面を見ると、探索者ランクの「F」という文字は確かにある。
でも、その横には今までなかった項目がいくつも並んでいた。
捜索、搬送、危険回避、経路確認、救難対象への対応。
さらに、それぞれに経験した現場が紐づいている。
「変な感じ」
俺が言う。
「何がです?」
小日向が聞く。
「F級って書いてあるのに、ほかにもいっぱい書いてあるから」
「今までもあったものですよ」
「そうなんだけど」
文字にされていなかっただけだ。
俺が何度救難に行ったのか。そこで何をしてきたのか。何ができて、何ができないのか。
探索者ランクだけを見ても、そんなことは分からない。
「次、神代さんも作ります?」
瀬川が聞く。
「本人が来たら、確認しながら作ったほうがいいですね」
小日向が答える。
「勝手に作ったら怒られない?」
俺が言う。
「怒らないと思いますけど」
「じゃあ相馬さんは?」
「俺は後でいい」
「逃げた」
「仕事しろ」
結局その日は、俺と昨日の救難班数人分だけを試しに作ることになった。
瀬川も手伝う。
「この人、搬送経験多いですね」
「でも捜索は少ないです」
「資格はあるけど、実際に使ったのは二年前が最後ですね」
一人ずつ見ていくと、確かに違う。
同じC級でも経験していることはまったく同じではない。ランクが高いから救難で何でもできるわけではなく、逆にランクが低くても、その人にしか積んでいない経験がある。
瀬川が自分の名前を検索した。
当然、正式な救難履歴はまだほとんどない。
「僕、空っぽですね」
「研修中だからね」
俺が言う。
「記録は?」
小日向が聞く。
「何です?」
「通信内容の整理、地図照合、位置候補の抽出。研修中ですけど、実際の救難でやりましたよね」
瀬川が少し驚いた。
「それも入れるんですか?」
「実際にやったなら。ただし、研修中だと分かる形にします」
小日向が仮の記録として入力していく。
『情報整理補助』
『地図照合』
『通報内容からの位置候補抽出』
正式な救難員としての技能ではないため、横には「研修中」という表示もつけられた。
瀬川はしばらく画面を見ていた。
「E級ってことしかなかったのに」
「探索者としてはね」
俺が言う。
「救難では、これから増えるんじゃない?」
瀬川は少しだけ笑った。
「増やしたいです」
その言葉を聞いた相馬さんが顔を上げる。
「数を増やすことを目的にするな」
「はい」
瀬川がすぐに答えた。
「必要なことを覚えます」
「それならいい」
相馬さんはまた書類へ戻った。
夕方、小日向が今日作った試作画面を全員に見せた。
まだ項目も足りないし、書き方も揃っていない。正式に運用できるようなものではなく、まずは何を残せば使いやすいのかを確認するための試作品だ。
「名前、どうします?」
小日向が聞く。
「名前?」
俺が言う。
「一覧にするなら必要ですよ」
「救難ランク表」
「ランクにしないって話したばっかりじゃないですか」
「じゃあ、救難できること表」
「久世さんは黙っててください」
ひどい。
瀬川が画面を見ながら言った。
「救難技能記録、とかは?」
小日向が入力してみる。
『救難技能記録』
相馬さんが一度だけ画面を見る。
「仮でそれにしとけ」
「仮なんですね」
俺が言う。
「まだ試してる段階だろ」
「確かに」
小日向が仮名称として保存した。
探索者の強さを並べるものではない。
誰が上で誰が下かを決めるものでもない。
その人が何を経験し、どんな場面で何をしてきたのかを、次の救難で使える形に残しておく。
まだ試作品にすぎない。
それでも画面の中には、すでに何人かの名前が並んでいた。
俺の名前もある。
瀬川の名前もある。
救難で必要になるものは、探索者ランク一つでは測れない。
その違いを残すための最初の形が、この日できた。




