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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


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第63話 地図に残す

翌日、救難所へ行くと、瀬川はすでに小日向の隣に座っていた。


昨日まで俺の横で研修していたので、少しだけ変な感じがする。


「もう始めてるの?」


「おはようございます」


瀬川が振り返る。


二人の前には、何枚もの地図と救難記録が広げられていた。


小日向は端末を操作しながら答える。


「久世さんが来るの遅いんですよ」


「まだ始業前なんだけど」


「瀬川さんは三十分前に来ました」


「比較対象がおかしくない?」


瀬川が少し申し訳なさそうに笑う。


「昨日、記録を見せてもらえるって聞いたので」


「そんなに楽しみだった?」


「はい」


即答だった。


やっぱり記録には興味があるらしい。


俺は荷物を置いて、二人のところへ行った。


「何見てるの?」


「過去の救難記録です」


小日向が一枚の地図をこちらへ向ける。


中規模ダンジョンの第五層で、いくつかの通路に印がついていた。


「同じ区画で起きた救難を三件並べてるんです」


「何で?」


「瀬川さんが、同じ場所でも事故ごとに何が違ったのか見たいって言うので」


瀬川が頷く。


「昨日、久世さんが言ってたので」


「俺?」


「同じ場所でも状況が違うって」


言った気はする。


たぶん。


俺も椅子を持ってきて座った。


一件目は、探索者二人が帰還予定時刻を過ぎても戻らず、捜索に入った記録。二件目は脚を負傷した探索者を搬送した記録で、三件目は通信障害で現在地を見失った三人を探した記録だった。


「場所は全部この辺です」


小日向が地図の中央を指す。


「でも、記録に書いてある目印がバラバラなんですよ」


瀬川が三枚の報告書を並べた。


一枚目には『大きな配管のある曲がり角』、二枚目には『天井の低い通路付近』、三枚目には『黄色い配管を右手に見て進んだ先』と書かれている。


「これ、同じ場所?」


俺が聞く。


「おそらく」


「おそらく?」


「現場図を見る限りでは」


小日向が設備図を開いた。


第五層には、古い配管が何本も通っている。


「一件目の“大きな配管”は、おそらくこれです。二件目の“天井が低い”という場所もそのすぐ横。三件目の黄色い配管も位置が近いので、同じ交差区画を別の人が違う言い方で記録している可能性が高いです」


俺は三枚を見比べた。


「じゃあ、別々の場所みたいに見えるけど、実際は同じ場所かもしれない?」


「そういうことです」


瀬川が言った。


「これ、救難中だと困りませんか?」


「困りますね」


小日向が答える。


「電話で『大きい配管の近くです』って言われても、この階層は配管だらけですから」


「でも、遭難してる人は正式な設備名なんて知らないですよね」


俺が言うと、小日向が頷いた。


「そこなんです。だから、相手の説明が悪いって話じゃないんですよ」


「受け取る側が、どう絞るか」


瀬川が言う。


「そうです」


話が少し難しくなってきた。


俺は三枚の記録をもう一度見る。


「でも、黄色い配管って分かってるなら、それを探せばいいんじゃない?」


瀬川がすぐに首を横に振った。


「設備図を見ると、黄色い配管はここだけじゃないです」


「そうなの?」


「四か所あります。それに塗装が古いところは、照明によって黄色かどうか分かりにくいみたいです」


そこまで見ていたらしい。


俺より詳しい。


小日向が少し楽しそうに言う。


「瀬川さん、朝からずっとこうなんですよ」


「向いてるね」


俺が言うと、瀬川は少し困った顔をした。


「でも、まだ見てるだけです」


「見て気づけるなら十分じゃない?」


「十分かどうかは、まだ分からないです」


その答え方は少し相馬さんに似ていた。


変なところを覚えている。


そこへ相馬さんが来た。


「何してる」


「過去記録の比較です」


小日向が答える。


相馬さんは地図を見る。


「何か分かったか」


瀬川が少し緊張した顔になる。


「同じ場所でも、記録する人によって目印の書き方が違っています」


「それで?」


「一つの目印だけだと、場所を間違える可能性があります」


「それで?」


瀬川が少し考えた。


「複数の情報を重ねたほうがいいと思います」


相馬さんは黙ったまま続きを待つ。


瀬川は地図を指した。


「例えば“大きな配管”だけでは候補が多いです。でも、“黄色い配管”“天井が低い”“近くに分岐がある”まで重なれば、候補はかなり絞れます」


「現場ではどう聞く」


今度はすぐに答えられなかった。


瀬川が少し考える。


「目印を一つだけ聞かない」


「具体的に」


「配管の色だけじゃなくて、近くに何があるか。通路が何本に分かれているか。床や壁に番号があるか。非常灯があるか」


相馬さんが頷いた。


「それなら使える」


瀬川の肩から少し力が抜けた。


「ただし、遭難者に歩き回らせるな」


「はい」


「見える範囲で答えられることを聞け。場所を特定するために危険なことをさせたら本末転倒だ」


「分かりました」


相馬さんはそのまま地図を一枚抜き取った。


「せっかくだ。これをやれ」


「何ですか?」


「実際の救難記録だ」


机に置かれたのは、以前の救難報告書だった。個人情報にあたる部分は隠されている。


相馬さんが言う。


「救難対象は三人。第五層で道を見失った。通信はつながる。怪我人なし。現在地は本人たちにも分かっていない」


「場所を特定するんですか?」


瀬川が聞く。


「記録だけでどこまで絞れるかやってみろ」


小日向が端末をこちらへ寄せる。


「これ、答え知ってます?」


俺が相馬さんに聞く。


「俺は知ってる」


「じゃあ黙っててくださいね」


「お前に言われなくても黙ってる」


俺まで参加することになった。


救難対象から残されていた聞き取り記録を読む。


『左側の壁に太い配管が二本あります』


『天井に赤い非常灯があります』


『床に白い線があります』


『少し前に下り坂を通りました』


『今いる場所からは三方向へ通路が伸びています』


俺は地図を見る。


「三方向の分岐なら、ここ?」


一か所を指す。


瀬川が地図を確認した。


「そこだと、下り坂から来た場合は白線が右側になると思います」


「そうなの?」


「記録には床に白線があるとしか書いてないですけど、設備図には作業区画の境界線が載ってます」


小日向が俺を見る。


「久世さん、もう負けてますね」


「勝負だったの?」


「今決めました」


瀬川は聞き取り記録と地図を何度も見比べている。


「赤い非常灯って、全部同じですか?」


「古い区画だけです」


小日向が設備記録を出した。


「新しい区画は緑です」


「じゃあ東側は外せる」


瀬川が地図に小さく印をつける。


「太い配管が二本並んでいて、三方向に分かれている。そこへ下り坂から入って、赤い非常灯がある」


候補が三か所まで減った。


俺も地図を見る。


「あと何があれば分かる?」


「この時の通話、続きがあります」


小日向が追加の記録を表示した。


『風の音がします』


『機械みたいな低い音も聞こえます』


俺は顔を上げた。


「風?」


瀬川はすぐには答えず、設備図を見たあと、換気設備の資料を開く。


「この辺りに大型の換気設備はありますか?」


「あります」


小日向が位置を示す。


瀬川が一つの場所を指した。


「ここじゃないですか?」


俺も見る。


第五層北東側、古い作業区画の交差通路。すぐ近くに換気設備がある。


「正解」


相馬さんが言った。


瀬川が顔を上げる。


「本当ですか?」


「ああ」


「実際の救難では、どうやって見つけたんです?」


「最終的には救難班が周辺を捜索して見つけた。最初に候補を絞るのに時間がかかった」


相馬さんが当時の記録を指す。


「この時は、“配管”って言葉に引っ張られた。太い配管のある区画ばかり先に見た」


瀬川が地図を見る。


「風の音をもっと早く使えてたら?」


「捜索範囲は狭くできたかもしれない」


相馬さんは断言しなかった。


それでも、使えた可能性はあったらしい。


俺は瀬川を見る。


「すごいじゃん」


「でも、答えがあるって分かって見てるので」


「それでも俺は分からなかったよ」


「久世さんは地図を見るの苦手なんですか?」


「普通だと思う」


小日向が首を傾げた。


「普通よりちょっと下じゃないですか?」


「そんな評価だった?」


「《帰り道》があるから困ってないだけです」


言われてみれば、否定しづらい。


瀬川が少し笑った。


そのあと、小日向は救難記録の書き方について説明した。


場所、人数、負傷状態、通信状況、発見時の周辺環境、使った経路、途中で起きた問題。そのうえで、何を確認し、どう判断したのかまで残しておく。


ただ出来事を順番に書くだけではなく、次に似た事故が起きた時に使える情報にする必要があるらしい。


「でも、全部細かく書けばいいわけじゃないですよね?」


瀬川が聞く。


小日向が頷いた。


「そうです。長すぎると、今度は必要な情報を探すのに時間がかかります」


「昨日と同じですね」


俺が言うと、小日向がこちらを見る。


「何がです?」


「確認です。全部やればいいわけじゃないって」


「久世さん、ちゃんと昨日のこと覚えてたんですね」


「俺を何だと思ってるの?」


「報告書を後回しにする人」


「それは覚えてることと関係ないでしょ」


瀬川が笑っている。


小日向は新しい用紙を一枚出した。


「だから今、記録の項目を少しずつ揃えようとしてるんです」


「揃える?」


瀬川が用紙を見る。


「例えば場所の目印を書くなら、“大きな配管”だけじゃなくて、色や数、近くの分岐、番号みたいに、あとから照合できる情報も書く。もちろん全部埋める必要はありません」


「現場で確認できたものだけ?」


「そうです」


瀬川は用紙を見ながら少し考える。


「救難対象から聞いた情報と、救難員が実際に確認した情報は分けたほうがよくないですか?」


小日向の手が止まった。


「どうしてです?」


「例えば“黄色い配管”って遭難者が言っていても、救難員が着いた時に実際は違う色だった、ということもありますよね。暗くて見間違えていたとか」


俺も用紙を見る。


確かに。


瀬川が続ける。


「聞いた情報と確認した情報が一緒に書いてあると、あとから見た人には全部確定した事実みたいに見えませんか?」


小日向が少し考え、端末に何か入力した。


「それ、分けましょうか」


「いいんですか?」


「いいと思います。『通報時情報』と『現場確認』で分ければ分かりやすいです」


瀬川は少し驚いていた。


自分が言ったことが、そのまま記録方法に反映されるとは思っていなかったらしい。


「俺より向いてない?」


俺が言う。


小日向が首を傾げる。


「何にです?」


「こういう仕事」


「瀬川さんは向いてると思いますよ」


「じゃあ教育係交代できる?」


「できません」


「即答なんだ」


「久世さんは久世さんで仕事してください」


結局、逃げられなかった。


午後になっても救難要請は入らなかった。


瀬川は小日向と一緒に、過去の記録を何件か見直している。俺は少し離れた席で自分の報告書を書いていたが、たまに二人の声が聞こえてきた。


「これ、“広い部屋”だけじゃ分からないですね」


「広さの目安が欲しいですよね」


「救難員が十人くらい入れる広さ、とか?」


「数字や人数で残せるなら、そのほうが後から分かりやすいです」


そんなやり取りが続いている。


しばらくして、瀬川が俺のところへ来た。


「久世さん」


「何?」


「一つ聞いていいですか?」


「いいよ」


「《帰り道》って、地図に残せるんですか?」


俺は少し考えた。


「見えた道を記録するってこと?」


「はい」


「実際に通った場所なら残せると思う。でも、次も同じ道になるとは限らないよ」


「人数とか怪我で変わるから?」


「それもあるし、ダンジョン側の状況が変わることもある」


瀬川が頷いた。


「じゃあ、“ここを通れば安全”って記録するのは駄目ですね」


「それは駄目だと思う」


「でも、“この時はこういう条件でここを通った”なら残せる?」


「それならいいと思う」


瀬川はすぐにメモした。


俺はそれを見ながら思う。


記録は、答えそのものを残すためのものではないのかもしれない。


次に同じ場所で事故が起きても、まったく同じ状況になるとは限らない。それでも、前に何が起き、何を確認し、どう動いたのかが残っていれば、最初から全部を手探りで始めなくて済む。


夕方、小日向が今日まとめ直した用紙を相馬さんへ見せた。


「少し変えてみました」


相馬さんが目を通す。


「通報時情報と現場確認を分けたのか」


「瀬川さんの案です」


相馬さんが瀬川を見る。


「理由は?」


瀬川は朝より落ち着いて答えた。


「聞いた内容と、実際に確認した内容を混ぜないためです。あとで別の救難に使う時に、どこまで確かな情報なのか分かるようにしたほうがいいと思いました」


相馬さんはもう一度用紙を見る。


「使ってみろ」


小日向が頷いた。


「はい」


それだけだった。


でも、瀬川は少しうれしそうだった。


帰り支度をしながら、俺は声をかける。


「早速、役に立ったね」


「まだ用紙の項目を一つ変えただけですけど」


「研修に来て三日目でしょ。十分じゃない?」


「そうですか?」


「俺なんて最初の頃、教わることばっかりだったよ」


「今も結構教わってますよね」


「そこは言わなくていい」


瀬川が笑う。


「でも、ちょっと分かった気がします」


「何が?」


「記録って、終わったことを書くためだけじゃないんですね」


瀬川は机に残った地図を見る。


「次に誰かを探す人のために残すんだなって」


俺も地図を見た。


人を帰す仕事は、その場で終わるものだと思っていた。


でも、帰したあとに残した情報が、次に誰かを帰す助けになることもある。


俺には見えないものを、瀬川は地図と記録の中から拾っている。


それも、救難に必要な仕事の一つなのだと思った。

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