第59話 同じ出口へ
神代さんたちが持ってきた搬送椅子に、体調を崩した男性を座らせる。
救難員がもう一度状態を確認して足元を固定した。
「無理に歩かなくて大丈夫です。ここからはこちらで運びます」
「お願いします」
男性が少し申し訳なさそうに答える。
神代さんが搬送椅子の後ろへ回ろうとしたところで、西谷さんが声をかけた。
「神代さん、最初は前をお願いします。後ろはこちらで持ちます」
「分かりました」
神代さんはすぐに位置を変えた。
俺たちの班と神代さんたちが合流したことで、救難側の人数も増えている。ただ、人数が増えたからといって、全員が同じことをすればいいわけではない。
城戸さんと西谷さんが、その場で役割を整理する。
「制御室には一名残しています。第六層側の救難対象三名は、別班が地上へ搬送中です」
「こちらは救難対象四名。一名を搬送椅子に切り替えました」
西谷さんが俺たちの進行方向を見る。
「この先は?」
城戸さんが俺を見る。
「久世さん」
俺は足元を確認した。
「この先を左です。そこから搬送用通路を上がります」
西谷さんが地図を見る。
「第五層中央の搬送区画へ出ますね。そこからなら通常ルートへ戻れます」
「途中に階段はありますか?」
神代さんが聞く。
「ありません。緩い傾斜だけです」
《帰り道》も、地図にある搬送用通路と同じ方向へ伸びている。
城戸さんが全員を見回した。
「では移動します。久世さんは前で方向確認。西谷班から二名が先行して通路を確認してください。搬送椅子は隊列の中央に置きます」
救難対象の残る三人にも救難員が付き、俺たちは再び歩き始めた。
少し前まで、俺たちは別々の場所で別々の救難をしていた。
神代さんたちは、すでに自分たちの救難対象を安全区画へ引き継いでいる。それでも、こちらに人手が必要になったから来てくれた。
救難が二つに分かれていても、必要になれば助け合う。それだけのことなのだと思う。
搬送用通路は、名前の通り人や物を運ぶために作られているらしく、これまで通ってきた場所よりかなり広かった。傾斜も緩いため、搬送椅子を使っていても速度はそれほど落ちない。
ただし、体調を崩した男性の様子を確認しながら進む必要はある。
五分ほど歩いたところで、一度休憩を入れた。
「気分はどうですか?」
救難員が聞く。
「さっきよりはいいです」
「めまいは?」
「まだ少しあります」
「分かりました。もう少し休みましょう」
神代さんも搬送椅子から手を離す。
俺はその間に足元の光を確認した。
方向は変わっていない。
「道は?」
城戸さんに聞かれる。
「このままです」
「了解」
それだけで確認は終わった。
以前なら、《帰り道》が変わったかどうかを聞かれるたびに少し身構えていた気がする。
今の城戸さんたちは、必要な情報の一つとして聞いているだけだ。道が変わらなければそのまま進み、変われば救難対象の状態や周囲の状況を改めて確認する。
それでいい。
休憩を終えて再び進み始めると、しばらくして先行していた救難員から通信が入った。
『前方に小型魔物二体。通路の右側で止まっています。こちらにはまだ気づいていません』
隊列が止まる。
神代さんが前を見る。
「私が確認します」
西谷さんも一緒に先へ出た。
俺たちはその場で待ち、少しして通信が返ってくる。
『通路の左側に十分な幅があります。刺激しなければ、そのまま通れそうです』
城戸さんが聞く。
「どのくらい離れられる?」
『五メートルほど距離を取れます』
「神代さんは?」
『私が魔物との間に入ります』
城戸さんは少し考えてから決めた。
「それで行きましょう。戦闘になった場合は、救難対象をすぐに後方へ下げます」
全員へ方針が伝えられ、俺たちは速度を落として進んだ。
曲がり角を抜けると、右側の壁際に小型の魔物が二体いる。
神代さんは魔物と通路の間に立ち、剣には手をかけているものの抜いてはいない。
俺たちは左側を一列になって通る。
搬送椅子も静かに進められるだけの幅があった。
救難対象の一人が魔物を気にして何度か右を見る。
「前だけ見ていてください」
救難員が小さな声で伝えると、男性は頷いて正面へ視線を戻した。
俺も足元の光だけではなく、前を見る。
救難対象と救難員が全員通り過ぎるまで、魔物はこちらへ近づいてこなかった。
最後尾の救難員が抜けたところで、神代さんもゆっくりと下がってくる。
結局、剣を抜く必要はなかった。
「行けましたね」
俺が言う。
「はい」
神代さんが隣へ戻る。
「倒したほうが早かったですか?」
「いいえ。今回は戦わないほうが早かったです」
返事はすぐに返ってきた。
以前なら、違う答えだったかもしれない。
今はそれを当たり前のように言う。
「何ですか?」
神代さんに見られた。
「いや、救難に慣れたなと思って」
「まだです」
「そうですか?」
「久世さんも、まだでしょう?」
言われてみれば、その通りだ。
「まあ、そうですね」
「なら同じです」
それ以上は話さず、隊列に合わせて歩いた。
第五層中央の搬送区画へ出ると、周囲の照明が一気に明るくなった。
ここから先は普段から使われている通路で、壁には現在地を示す案内板もある。
救難対象の女性がそれを見て、少し表情を緩めた。
「ここ、知ってます」
「来たことがありますか?」
「はい。前に探索で通りました」
知っている場所へ戻ってきただけで、声も少し明るくなる。
城戸さんが地図を閉じた。
「ここから地上までは通常ルートです。ただし、まだ救難は終わっていません。最後まで隊列は崩さないでください」
全員が返事をする。
俺も《帰り道》を確認した。
光は通常ルートと同じ方向へ続いている。
ここから先は、これまでより落ち着いて進めそうだった。
第五層から第四層へ上がり、さらに第三層へ向かう。途中で一度水分補給のために休憩を入れたが、搬送椅子の男性の状態も少しずつ良くなっているようだった。
第三層まで戻ったところで、相馬さんから通信が入る。
『状況は』
城戸さんが答えた。
「四名全員、帰還中です。一名を搬送椅子で移動させていますが、状態は安定しています。現在第三層です」
『第六層側の三名は地上へ出た』
神代さんが顔を上げる。
「全員ですか?」
『三人ともだ。負傷者もそのまま医療へ引き継いだ』
「分かりました」
神代さんの表情が少し緩んだ。
俺も安心する。
向こうの救難は、これで本当に終わった。
残っているのは、俺たちが連れている四人だ。
「じゃあ、こっちも帰りましょう」
俺が言うと、相馬さんの声が返ってきた。
『最初からそのつもりで行ってるだろ』
「そうですけど」
『余計なこと言ってないで歩け』
「はい」
通信が切れる。
救難対象の一人が笑った。
「上司ですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「役職がよく分からないんですよ」
神代さんが横から言う。
「救難所の責任者です」
「知ってたんですか?」
「普通に知っています」
また笑われた。
第二層へ上がる頃には、救難対象の四人にもかなり余裕が戻っていた。
体調を崩した男性も搬送椅子から降りたがったが、救難員に止められる。
「ここまで来たら歩けます」
「今日は座っていてください」
「でも……」
「地上まであと少しです。ここで無理する理由がありません」
男性は少し迷ったあと、諦めたように頷いた。
「分かりました」
俺もそのほうがいいと思う。
出口が近づいたからといって、急に安全になるわけではない。地上へ戻るところまで終えて、ようやく救難は終わる。
第一層へ入ると人の気配が増えた。
通常の探索者も何人かいたが、救難班を見るとすぐに道を空けてくれる。
やがて前方に出口の明かりが見えた。
救難対象の女性が、ほっとしたように息を吐く。
「やっと帰れる」
俺は足元を見る。
《帰り道》は、そのまま出口へ続いていた。
先頭の救難員が地上へ出たあと、救難対象の三人が順番に続く。搬送椅子の男性も神代さんたちに運ばれ、無事に外へ出た。
俺たち救難員も続いて地上へ戻る。
そこには相馬さんと、何人かの救難員が待っていた。
医療担当がすぐに四人の状態を確認する。
「救難対象四名、全員地上へ帰還」
城戸さんが報告した。
少し離れた場所には、第六層から救助された三人もいる。一人は足を固定されているが、意識ははっきりしていた。
神代さんがそちらを見る。
向こうも神代さんに気づき、軽く頭を下げる。
二件の救難で助けに向かったのは、合わせて七人。
その全員が地上へ戻っていた。
俺はそれを確認して、ようやく肩の力を抜いた。
「終わりましたね」
神代さんが隣で言う。
「はい」
「久世さんのほう、ゲートが大変だったんですね」
「神代さんたちが開けてくれなかったら、もっと大変でしたよ」
「こちらには久世さんがいませんでした」
「でも、帰れたでしょう?」
「はい」
神代さんは少し笑った。
「帰れました」
そこへ相馬さんが来る。
「感想会はあとだ」
「まだあるんですか?」
「ある。今回は訓練じゃないからな。二件とも記録をまとめる」
俺はため息をついた。
「小日向さんが喜びそうですね」
「お前の報告書が増えるからな」
「それは喜ばないでほしいな」
神代さんが笑う。
その横では、城戸さんと西谷さんが二件の救難について確認を始めていた。
第六層では、《帰り道》がなくても地図と現場の確認から別ルートを探し、三人を帰した。
第七層では、《帰り道》があっても、閉じたゲートを俺たちだけでは開けられなかった。
どちらの救難も、一人だけで終わらせたものではない。
怪我を見る人がいて、運ぶ人がいる。危険を確認する人がいて、閉じた扉を反対側から開ける人もいた。そして俺は、その中で帰る方向を示した。
それぞれが自分の場所で必要なことをした結果、二つの救難は最後に同じ出口へつながった。
地上へ戻ってきた七人を見ながら、俺は改めて思う。
人を帰す仕事は、最初から誰か一人でやるものではなかった。




