第58話 別々の救難
旧搬送ゲートが開いても、すぐに全員で進むことはできなかった。
城戸さんたちは固定装置と床面を確認し、その結果を反対側にいる西谷さんたちとも共有している。長く使われていなかった設備だからこそ、開いたというだけで安全とは判断しない。
俺はその間も足元の《帰り道》を見ていた。
光はゲートの下を抜け、その先へ続いている。
「固定部、異常なしです」
確認していた救難員が戻ってきた。
「床面も問題ありません。ただ、ゲートの先は照明がかなり落ちています」
城戸さんが通信を入れる。
「西谷班、聞こえますか」
『聞こえています』
「こちらからゲートを通過します。その先の状況は?」
『第五層側から百メートルほど確認済みです。旧搬送路の照明は一部停止していますが、通行には問題ありません』
「了解。そちらは?」
『制御室に一名残します。神代さんと私で搬送路側へ戻ります』
俺は思わず端末を見る。
神代さんたちもこちらへ向かっているらしい。
ただ、俺たちを迎えに来るためだけではない。こちらから進む道と、向こうから確認した道をつなげるためだ。
「では移動します」
城戸さんが全員を見回した。
「救難対象四名を中央へ。前後に救難員をつけます。ゲートの下は一人ずつ通ってください」
救難対象の四人も立ち上がる。
脱水気味だった男性には、救難員がもう一度声をかけた。
「歩けますか?」
「大丈夫です」
「無理そうなら、すぐ言ってください。ここから先も少し歩きます」
「分かりました」
城戸さんが俺を見る。
「久世さん、先頭をお願いします。ただし、ゲートを抜けたところで一度止まってください」
「はい」
俺は光を追って歩き出した。
頭上には、固定された巨大な金属製のゲートがある。安全確認は終わっていると分かっていても、その下を通る瞬間は少し嫌だった。
「久世さん、止まらないでください」
後ろから城戸さんの声がする。
「分かってます」
「上は見なくていいです」
「見ちゃうんですよ」
救難対象の一人が笑った。
俺も少しだけ笑いながらゲートを抜け、その先で足を止める。
搬送路は緩やかな上り坂になっていた。広い通路の両側には古いレールが残っている。昔はここを使って、下の階から資材を運んでいたのだろう。
照明は半分ほどしか点いていなかった。
俺は足元を確認する。
光は搬送路をそのまま上っている。
「こっちです」
後ろへ伝えると、一人ずつゲートを抜けてきた。
やがて救難対象四人と救難員全員がこちら側へ移り、最後に城戸さんが通過する。
「人数確認」
救難員が全員を見回す。
「救難対象四名、救難側七名。全員通過しました」
十一人。
誰も取り残していない。
城戸さんが反対側へ通信する。
「ゲート通過完了です」
『了解しました』
西谷さんの声が返ってきた。
『こちらも搬送路へ向かいます。十分ほどで合流できると思います』
「無理に急がなくていい。こちらは久世さんのルートで進みます」
『了解』
通信を終え、俺たちは旧搬送路を上り始めた。
ここまで来れば少し楽になると思っていたが、実際にはそうでもなかった。
長く使われていない通路だけあって、床には古い資材が残っている。大きな障害物はないものの、箱や配管の一部が壁際に寄せられ、歩ける幅が狭くなっている場所もあった。
そうした場所に来るたび、救難員が先へ出て確認する。
「右側なら通れます」
「この先に段差があります。足元に気をつけてください」
「ここだけ一列になりましょう」
俺が示すのは方向だけだ。
その先を実際に通れるようにするのは、やっぱりみんなの仕事だった。
しばらく進んだところで、救難対象の女性が聞いた。
「この道って、地図に載ってるんですか?」
城戸さんが答える。
「施設図にはあります。ただ、通常の探索地図にはほとんど載っていません」
「じゃあ、久世さんがいなかったら、この道は使わなかったんですか?」
「最初から候補にはしなかったと思います」
女性の表情が少し変わる。
「じゃあ、やっぱり久世さんがいたから?」
「そうです。ただし、久世さんがいればこの道をそのまま通れるという話でもありません」
「扉、開きませんでしたもんね」
俺が言うと、女性が笑った。
「そうでした」
城戸さんも続ける。
「帰る方向を決める時間はかなり短くなりました。でも、ゲートを開けたのは反対側にいた救難班ですし、ここまでの安全確認もこちらの救難員がやっています」
女性は少し考えてから頷いた。
「一人だけですごいっていう感じじゃないんですね」
「俺もそのほうが助かります」
俺が答える。
「全部やれって言われたら無理なので」
また少し笑いが起きた。
救難中に笑っていていいのかと思うこともあるが、緊張したまま何時間も歩き続けるよりはいい。
少なくとも、今の四人には会話をする余裕があった。
そのまま十五分ほど進んだところで、《帰り道》が右側の分岐へ曲がった。
「右です」
城戸さんが地図を見る。
「こちらは第五層の旧整備区画ですね」
「今はそっちです」
「確認します」
二人の救難員が先へ入り、少しして通信が返ってきた。
『通行できます。幅も問題ありません』
俺たちも分岐を曲がる。
ここまで来ると照明が増え、周囲も少し明るくなった。古い搬送区画から、普段使われている場所へ近づいているのだと思う。
その時、城戸さんの端末に通信が入った。
『こちら西谷班』
「聞こえています」
『現在、旧整備区画へ入りました。こちらからそちらへ向かっています』
城戸さんが俺を見る。
「このままなら途中で合流できそうですね」
「神代さんも?」
『いますよ』
通信の向こうから声がした。
俺は少し驚く。
「聞いてたんですか」
『西谷さんが通信を開いているので』
「そっちは大丈夫です?」
『問題ありません。久世さんたちは?』
俺は後ろを確認した。
救難対象四人は全員、自分の足で歩いている。
「こっちも大丈夫です」
そう答えた直後、一番後ろに近い位置を歩いていた救難員が声を上げた。
「少し止まりましょう」
全員が足を止める。
俺が振り返ると、脱水気味だった男性が壁へ手をついていた。
「どうしました?」
救難員が近づく。
「ちょっと……気持ち悪くて」
さっきより顔色が悪い。
すぐに壁際へ座らせ、城戸さんも戻ってきた。
「いつからです?」
「少し前からです。でも、歩けると思って……」
「こういう時は言ってください」
責めるような声ではなかった。
救難員が脈や呼吸を確認し、水分を少しずつ取らせる。
「めまいはありますか?」
「あります」
「頭痛は?」
「少し」
城戸さんが俺を見る。
「久世さん、道は?」
俺も足元を確認した。
光はまだ右側の通路へ続いている。
ただ、さっきまでとは少し方向が変わっていた。
「変わってます」
「どちらです?」
「このまま右へ進んで、その先の分岐を左です」
城戸さんが地図を開く。
「左だと第五層の搬送用通路へ出ますね」
救難員も地図を覗き込む。
「傾斜がかなり緩いところです」
「距離は?」
「少し伸びます。ただ、階段はありません」
城戸さんは男性を見る。
今の状態なら、その経路のほうが負担は少なそうだ。
それでも、すぐには動かさない。
「まず状態を確認します」
医療対応のできる救難員が男性に詳しく症状を聞き、しばらく様子を見る。
俺はその間、足元の光を見ながら待った。
救難対象の状態が変われば、道が変わることはこれまでにもあった。
だから、光の変化そのものには驚かない。
ただ、今回新しく示された搬送用通路の先には、西谷さんたちがいる。
そこへ通信が入った。
『こちらから搬送椅子を持っていけます』
神代さんの声だった。
城戸さんが応答する。
「距離は?」
『今いる場所から五分ほどです』
「持ってきてください。ただし急がなくていい。安全確認しながら来てください」
『分かりました』
通信が切れた。
城戸さんが男性の横にしゃがむ。
「今、搬送用の椅子を持ってきてもらいます。それまではここで休みましょう」
「すみません」
「謝らなくていいです。歩けなくなった時のために、救難員がいるんです」
男性が頷いた。
俺は通路の先を見る。
まだ神代さんたちの姿は見えない。
でも、向こうからこちらへ近づいている。
俺たちは《帰り道》をたどり、向こうは地図と通信を頼りに進んでいる。
別々に始まった二つの救難が、少しずつ同じ場所へ近づいていた。
五分も経たないうちに、通路の先から複数の足音が聞こえてきた。
先頭にいたのは西谷さんだった。
その後ろから、救難員と一緒に搬送椅子を運んでくる神代さんの姿が見える。
「久世さん」
神代さんがこちらに気づいた。
「お疲れさまです」
俺が言う。
「そちらも」
いつもと同じくらい短いやり取りだった。
でも今日は、少し意味が違う。
俺たちは最初から同じ救難へ来たわけではない。それぞれ別の場所へ向かい、それぞれ別の人たちを帰すために動いてきた。
その二つが、ここでようやくつながった。
神代さんはすぐに俺ではなく、座っている男性を見る。
「この方ですね?」
「はい」
救難員が答えた。
「歩行継続は避けます。ここから搬送椅子に切り替えます」
「分かりました」
神代さんが準備に入る。
俺も足元を確認した。
《帰り道》は、緩やかな搬送用通路へ続いている。
ここから先は人数も増えるが、やることは変わらない。
今いる全員で地上へ帰る。
そのための道は、まだちゃんと続いていた。




