第53話 《帰り道》あり
翌日の訓練では、今度は俺が救難班に入った。
昨日と同じ訓練区画だが、配置はすべて変えられている。可動式の壁は組み直され、通路の幅や分岐の位置も違っていた。救難対象役の六人も、昨日とは別の場所に配置されているらしい。
これなら、前日の訓練を見ていたからといって答えが分かることはない。
「今日は久世さんにも詳細は教えません」
開始前、城戸さんが言った。
「昨日は見学だったので全部見せましたが、今日は現場側です」
「そのほうが助かります」
「答えを知っていたら訓練になりませんからね」
神代さんも昨日に続いて参加する。現地救難班は五人で、班長は昨日と同じ西谷さんだった。俺と神代さんを合わせた七人で、救難対象六人を迎えに行く。
訓練開始の合図が入った。
『救難対象六名。第七訓練区画内で移動困難。負傷者二名。最後の通信位置は南東区画。現在、通信断』
西谷さんが地図を開く。
「南東までは通常通路で十五分ほどです。途中に分岐が二つあります。まず最後の通信地点まで向かいます」
全員が動き始めた。
当然、この時点では俺に《帰り道》は見えない。救難対象をまだ見つけていないからだ。
昨日見学していた時と同じように、地図と最後の通信位置を頼りに進む。
「久世さん」
横を歩く神代さんが声を落とした。
「はい?」
「今日は暇じゃないですね」
「昨日も俺なりに勉強してましたよ」
「ずっと窓の前にいましたけど」
「見てたんです」
「知っています」
少し笑われた。
前方の分岐で西谷さんが手を上げ、全員が止まった。
「南東は左ですが、通路に落下物ありという想定です」
すぐに訓練担当から追加情報が入る。
『落下物は小規模。通行可能。ただし一列での通過が必要』
西谷さんは周囲を確認したあと、そのまま左を選んだ。
まだ救難対象を連れていないため、通路が狭いこと自体は大きな問題にならない。俺たちは一人ずつ順番に通過していく。
昨日なら、こうした場面を俺は観察室から眺めていた。今日は自分が隊列の中にいる。
進みながら改めて思う。
救難対象を見つけるまで、《帰り道》は何もしてくれない。だから今やっていることは昨日と同じで、地図を読み、音を聞き、痕跡を探して人を見つけるしかない。
俺の能力が役に立つのは、そのあとだ。
南東区画へ入って間もなく、神代さんが足を止めた。
「声が聞こえます」
全員が静かになる。
俺にはまだ聞こえなかった。
「奥です。複数人いると思います」
神代さんが右側の通路を指す。
西谷さんが地図を見る。
「最後の通信地点から少しずれていますね。確認します」
二人が先行し、すぐに戻ってきた。
「六名います」
救難班がそのまま進む。
曲がり角の先には、救難対象役の六人がまとまっていた。そのうち二人が床に座っている。
俺はまず人数を確認した。
一人ずつ数え、六人全員がそろっていることを確かめる。
その瞬間、足元に細い光が現れた。
「出ました」
西谷さんがすぐにこちらを見る。
「方向は?」
「今来た道ではありません。ここから北へ進んで、その先を右です」
西谷さんが地図を見る。
「北側は帰還ルートとしては遠回りですね」
「はい」
「通常なら西側へ戻るのが最短です」
「今は北です」
「分かりました。先に救難対象の状態を確認します」
昨日との違いをすぐに感じた。
俺が方向を言っても、それだけで出発はしない。まず救難対象の状態を確かめる。
俺も、そのほうがいいと思う。
救難員が六人の状態を順番に確認していく。負傷者は二人で、一人は右肩を痛めているものの歩行可能。もう一人は左足首を負傷しており、ゆっくりなら歩けるという設定だった。
「今のところ担架は不要です。肩を負傷している方の荷物はこちらで持ちます」
西谷さんが決める。
「六名とも歩行可能なら、久世さんが示している北側を確認します」
救難員の一人が先へ出て、少しして戻ってきた。
「通路幅、床面ともに問題ありません。次の分岐まで通行可能です」
「では進みます」
救難対象六人が隊列へ加わる。
俺は足元の光を見ながら方向を伝え、その先が実際に通れるかどうかは救難員が確認していく。
昨日なら、救難対象を見つけてから地図を広げ、負傷者を連れて通れる道を一つずつ検討していた。
今日は最初から進む方向だけは分かっている。
「早いですね」
神代さんが隣で言った。
「何がです?」
「昨日は、救難対象を見つけてから帰還ルートを決めるまで、もっと時間がかかりました」
「見てました」
「今日は久世さんが方向を示して、その道が通れるか確認すればいい。そこが大きいんだと思います」
俺も同じことを感じていた。
《帰り道》が答えを全部出しているわけではない。ただ、どちらへ進むべきかを考える時間を減らしている。
救難では、それだけでもかなり大きいらしい。
十分ほど進んだところで、訓練担当から新しい指示が入った。
『状況変化。左足首を負傷している救難対象の痛みが悪化。自力歩行が困難になりました』
隊列が止まり、負傷者役の男性がその場へ座り込む。
救難員が状態を確認した。
「担架に切り替えます」
神代さんがすぐに準備を手伝い、簡易担架へ男性を乗せる。
その間に俺が足元を見ると、さっきまで北へ伸びていた光がゆっくり向きを変えた。
「道が変わりました」
西谷さんが反応する。
「どちらです?」
「一つ前の分岐まで戻って、東側です」
地図が開かれる。
「東ですか」
救難員の一人が画面を見る。
「そちらは距離が長いです。帰還地点まで十五分以上増えます」
「はい。でも今はそっちです」
西谷さんが経路を確認する。
「東側なら階段はありません。緩い搬送用通路が続いています」
神代さんが担架を見る。
「こちらのほうが運びやすそうですね」
「ただし時間はかかる」
西谷さんが俺を見る。
「久世さん、この道が変わった理由は分かりますか?」
「歩けなくなったことが関係しているとは思います。ただ、それだけが理由かどうかは分かりません」
西谷さんは少し考えてから頷いた。
「分かりました。東側の通行状況を確認します」
一人が先行し、数分後に無線が入る。
『東側搬送路、通行可能。床面安定。担架の通過にも問題ありません』
「東へ変更します」
隊列が動き始めた。
担架は神代さんと現地救難員が持っている。俺は少し前を歩きながら、足元の光を追う。
昨日の訓練では、救難対象を担架に乗せたあと、通路幅や距離を一つずつ比較して搬送路を選んでいた。
今日は能力が先に候補を示している。
それでも、最終的に進むと決めるのは西谷さんだ。
この形なら、城戸さんが心配していた「能力があるせいで現場が考えなくなる」という状態にはなりにくいのかもしれない。
しばらく進んだところで、訓練担当から再び音声が入った。
『前方約三十メートルに中型魔物二体を想定。救難班には未接触です』
全員が止まる。
神代さんは担架を別の救難員へ任せ、西谷さんと前方を確認しに行った。少しして二人が戻ってくる。
「通路中央に二体。こちらへはまだ気づいていない想定です」
西谷さんが俺を見る。
「道は?」
「このまま真っ直ぐです」
昨日にも似た状況があった。
違うのは、《帰り道》が魔物のいる方向へそのまま伸びていることだ。
西谷さんが地図を確認する。
「迂回路はありますが、さらに二十分ほど余計にかかります」
神代さんが聞く。
「待つ場合は?」
訓練担当から条件が返る。
『魔物はその場で停滞。移動時刻は不明です』
昨日なら、小部屋へ入り、魔物が移動するまで待つことができた。
今日は担架がある。
いつ動くか分からない魔物を待ち続けることが、本当に救難対象にとって安全なのかは分からない。
西谷さんが神代さんを見る。
「二体を排除するなら、どのくらいです?」
「この想定なら短時間で対応できます。ただし、戦闘音が発生します」
「周辺に別の魔物は?」
『現時点で情報なし』
西谷さんは少し考えてから決めた。
「神代さんと一名で対応してください。残りは救難対象をこの位置で待機させます。長引くようなら中止して迂回へ切り替えます」
「了解です」
神代さんが前へ出る。
訓練上の戦闘なので、実際に魔物がいるわけではない。それでも想定された位置と動きを確認しながら、神代さんはどう対応するかを訓練担当へ伝えていく。
「一体目の注意を私が引きます。もう一体がこちらへ来た場合は、左側で止めてください。救難対象がいる方向へは流さないようにします」
同行する救難員が頷く。
数分後、訓練担当が結果を告げた。
『中型魔物二体の排除に成功。追加の接近反応なし』
「通れます」
神代さんが戻り、隊列が再び動き出す。
俺は足元の光を確認する。
方向は変わっていない。
だから進める。
ただし、それも神代さんたちが前方を通れる状態にしてくれたからだ。
帰還地点まであと十分ほどになったところで、西谷さんが俺へ声をかけてきた。
「久世さん」
「はい?」
「正直、昨日よりかなり早いです」
「やっぱり?」
「昨日は帰還ルートを選ぶたびに、地図と救難対象の状態を照らし合わせていました。今日は久世さんが方向を示してくれるので、こちらはその先を本当に通れるかどうかの確認に集中できます」
「でも、俺が言っただけでは進まないですよね」
「進みません」
返事は早かった。
「そこは変えないんですね」
「変えるつもりはありません」
「そのほうがいいと思います」
西谷さんが少し笑った。
「能力を使っている本人に言われるとは思いませんでした」
「俺、道しか分からないので」
「資料で読むより、実際に一緒に動いたほうがよく分かります」
少し前を歩く神代さんが振り返る。
「昨日、城戸さんも同じようなことを言っていました」
「何をです?」
「能力が便利だからこそ、信用しすぎるのが怖いと」
「はい」
西谷さんが頷く。
「でも、今の形なら使えると思います」
俺は少し安心した。
訓練に来て、俺の能力がすごいと言われたいわけではない。使えるなら使ってほしいが、そのせいで誰かが考えるのをやめるのは嫌だった。
今のところ、その心配はなさそうだ。
訓練開始から一時間ほどで、救難班は帰還地点へ到着した。
昨日より早い。
担架に乗った一人を含め、救難対象六人も全員そろっている。
訓練終了の合図が入り、全員が装備を外した。
城戸さんと相馬さんが観察室から降りてくる。
「お疲れさまでした」
城戸さんが全員を見回した。
「昨日より三十七分早いです」
救難員たちが少しざわつく。
「そんなに?」
俺も驚いた。
「経路判断にかかった時間がかなり減っています。特に、負傷者が歩行不能になったあとの変更が大きかったですね」
相馬さんが俺を見る。
「久世」
「はい」
「調子に乗るなよ」
「まだ何も言ってないですよ」
「顔に出てた」
「出てません」
神代さんが少し笑った。
城戸さんは手元の記録を見ながら続ける。
「ただ、早ければいいという話でもありません。今日は久世さんが示した方向を、毎回こちらでも確認しています。その分の時間は使っています」
救難員の一人が聞いた。
「そこを削ったら、もっと早くなるんじゃないですか?」
「早くはなるでしょう」
城戸さんは頷いた。
「でも、削りません。《帰り道》が分かるのは久世さんだけです。私たちは、自分たちが通る道を自分たちでも確認する必要があります」
俺もそのほうがいいと思う。
久世が言ったから行く。それだけになれば、俺が何かを見落とした時に誰も止められない。
そもそも俺自身、光がなぜその道を選んでいるのか、すべて説明できるわけではない。
「今日分かったのは、《帰り道》が救難員の代わりになるということではありません」
城戸さんは資料を閉じた。
「救難員が判断するための時間を、大きく減らせるということです」
その言い方なら、俺にも納得できた。
俺の能力が救難そのものになるわけではない。人を探すことも、怪我を見ることも、通れる状態にすることもできない。
ただ、帰る方向を探す時間は減らせる。
それによって救難対象が少しでも早く地上へ戻れるなら、俺にはそれで十分だった。
「久世さん」
城戸さんがこちらを見る。
「昨日は《帰り道》なしでも全員帰れました。今日は《帰り道》があることで、同じ人数をかなり早く帰せた」
「はい」
「両方必要ですね」
俺は少し考えてから頷いた。
「俺もそう思います」
《帰り道》がなくても帰せる救難班がいて、《帰り道》がある時にはそれを使ってもっと早く帰す。
その形ならいい。
少なくとも、その時の俺は訓練がうまくいったと思っていた。
ところが、訓練場の片づけを始めた直後、城戸さんの端末が鳴った。
画面を確認した城戸さんの表情が変わる。
「どうした」
相馬さんが聞いた。
「救難要請です」
さっきまで訓練の振り返りをしていた救難員たちの空気が、一瞬で切り替わった。
城戸さんは届いた情報へ目を走らせ、すぐに顔を上げる。
「一件ではありません」
俺も城戸さんを見る。
「二件、ほぼ同時です」
訓練だった時間は、そこで終わった。




