第51話 他所の救難所
合同訓練の日、俺たちは朝から隣県へ向かっていた。
参加するのは俺と神代さん、それに相馬さんの三人だ。小日向は救難所に残り、これまでの記録整理と通常業務を担当している。
「小日向さん、かなり行きたそうでしたね」
助手席の神代さんが言った。
「最後まで『僕も必要じゃないですか』って言ってましたからね」
「残る人間も必要だ」
運転している相馬さんが前を見たまま答える。
「全員で出かけて、その間に救難が入ったらどうする」
「分かってますけど」
俺が言うと、相馬さんがバックミラー越しにこちらを見た。
「お前が言うな。昨日まで出張が増えるの嫌がってただろ」
「嫌ですよ」
「じゃあ何で小日向の肩持つんだ」
「一人だけ残されるのは、ちょっと寂しそうだったから」
神代さんが笑った。
「久世さん、そういうところ気にするんですね」
「普通に気にしますよ」
「そうですか」
「何です?」
「いえ」
神代さんは窓の外へ視線を戻した。
目的地までは車で一時間半ほどだった。今回の合同訓練を申し込んできたのは、隣県で複数のダンジョンを担当している救難組織だ。
規模は俺たちの救難所より大きく、常勤の救難員も多い。専用の訓練施設まで持っているらしい。
「向こう、かなりちゃんとしてるんですよね」
俺が聞く。
「うちがちゃんとしてないみたいに言うな」
「そういう意味じゃないです」
「設備だけなら向こうのほうが上だ。救難員の数も多いし、専用車両もある。訓練設備も広い」
「じゃあ、こっちが教えることってあります?」
「教えに行くんじゃない」
相馬さんが答える。
「合同訓練ですよね」
「ああ。向こうのやり方も見るし、こっちのやり方も見せる。その中で使えるものがあれば持って帰る」
神代さんが頷いた。
「こちらが正しいと決まっているわけではない、ということですね」
「そういうことだ」
俺も少し安心した。
今回の話が決まってから、何となく《帰り道》の使い方を見せに行くような気分になっていた。でも、それだけではないらしい。
救難のやり方は一つではない。土地が違えばダンジョンも違うし、現場経験が違えば判断の仕方も変わる。水没救難へ行った時にも、それは感じた。
俺の《帰り道》が、どこでも同じように役立つとは限らない。
「着いたぞ」
相馬さんの声で顔を上げると、車の窓から大きな建物が見えた。
現地の救難拠点は、ダンジョン管理施設のすぐ隣にあった。二階建ての建物で、入口の横には救難用車両が三台並んでいる。奥には訓練場らしい広いスペースも見えた。
「うちより立派ですね」
「言うな」
相馬さんが低い声で返し、神代さんが少し笑った。
建物へ入ると、受付の男性がすぐに気づいた。
「相馬さんですね。お待ちしていました」
「今日はよろしくお願いします」
相馬さんが挨拶し、俺と神代さんも続いた。
会議室へ案内される途中、何人かの救難員とすれ違った。全員が同じ形式の装備を身につけ、壁には当番表や装備点検表が貼られている。入口近くには救難用の担架やロープも、すぐ持ち出せるように整理されていた。
「すごいですね」
俺が言うと、神代さんがこちらを見る。
「何がです?」
「ちゃんと救難所って感じがします」
後ろから相馬さんの声が飛んできた。
「帰ったら小日向に言ってやれ」
「怒られそうだからやめます」
会議室へ入ると、一人の男性がすでに待っていた。
四十代前半くらいで、短く切った髪にがっしりした体つき。探索者というより、長く現場仕事をしてきた人間という印象だった。
「城戸です。こちらの救難班をまとめています。今日はよろしくお願いします」
「相馬です」
二人が握手する。
俺たちも順番に名乗った。
「久世直人です」
「神代美波です」
城戸さんは神代さんを見ると、少しだけ驚いたようだった。
「本当に神代さんも来られたんですね」
「参加させていただきます」
「助かります。S級の方が救難訓練に継続して参加されている例は、こちらではほとんどありませんから」
「最近は慣れてきました」
神代さんが答える。
城戸さんは次に俺を見た。
「それと、久世さん。お会いしたかったです」
「ありがとうございます」
何となく身構える。
こういう言い方をされると、《帰り道》について長く聞かれることが多い。
城戸さんは机に資料を広げた。
「事前にいただいた救難記録は一通り読みました。率直に言って、かなり興味深いです」
「能力がですか?」
「それもあります。ただ、私が一番気になったのは能力の使い方です」
少し意外だった。
「使い方?」
「久世さんが方向を示して、救難員が実際に通れるか確認する。神代さんが同行する場合も、必要のない戦闘は避ける。能力だけで全部を決めていない」
「そうですね」
「そこは評価しています。その上で、一つ気になっていることがあります」
相馬さんが聞いた。
「何です」
「久世さんの能力を、現場がどこまで信用していいのかです」
悪意がある言い方ではなかった。むしろ真剣だからこそ出てきた疑問なのだと思う。
「信用しすぎるなという意味ですか」
相馬さんが聞く。
「はい」
城戸さんは頷いた。
「私たちの基本は、危険要因を確認し、可能な限り減らしてから救難対象を動かすことです。魔物がいるなら追い払うか排除する。崩落の危険があるなら、通路を補強するか別ルートを確保する。水があるなら、水位と流れを確認してから人を入れる」
「普通ですね」
俺が言う。
「普通です。そして、その普通をかなり重視しています」
城戸さんは俺を見る。
「久世さんの《帰り道》は、その確認より先に『こっちへ行けば帰れる』という答えが出る。便利だからこそ、それに慣れすぎるのが怖いんです」
少しだけ意味が分かった。
「考えなくなるってことですか?」
「そうです。久世さんが右と言ったから右へ行く。久世さんが大丈夫と言ったから進む。そういう現場にはしたくありません」
俺は頷いた。
「俺もそれは嫌です」
城戸さんが少し驚く。
「そうなんですか?」
「俺にも分からないことは多いので。魔物がいるかどうかは分かりませんし、床が抜けるかも分からない。水の中に穴があるかどうかも見えません。道が出ていても、そのまま通れないことはあります」
「資料にもありました」
「だから、俺が方向を言ったあとに確認してもらわないと困ります」
城戸さんは少し考えてから頷いた。
「能力を持っている本人からそう言われると、少し安心しますね」
「そこ、安心するところなんですか」
「大事ですよ」
相馬さんが口を挟む。
「城戸。そっちの考えは分かる。ただ、危険を全部消してからじゃ間に合わない現場もある」
城戸さんの表情が少し変わった。
対立というほどではない。ただ、お互いがここから本題に入ったのが分かる。
「それも理解しています」
「負傷者の状態が悪ければ、魔物を全部片づけるまで待てない」
「はい。ただ、移動させた結果、別の危険に巻き込まれたら意味がありません」
「だから現場で決める」
「その判断を、こちらは慎重にしたいという話です」
二人とも声を荒らげない。
俺は横で聞きながら、どちらも間違っていないと思った。
危険を減らしてから動けるなら、そのほうが安全だ。でも、その間にも怪我人の状態は変わる。
相馬さんが昔どんな救難をしてきたのか、俺は詳しく知らない。ただ、この人が「救難かどうか」にこだわる理由の一部は、こういうところにあるのだと思う。
「神代さんはどう思います?」
突然、城戸さんが聞いた。
「私ですか?」
「実際に久世さんと何度も現場へ入っていますよね」
神代さんは少し考えてから答えた。
「以前なら、城戸さんの考えに近かったと思います」
「今は?」
「状況によります」
城戸さんが少し笑う。
「一番困る答えですね」
「すみません。でも、本当にそうなので」
神代さんも机の地図を見る。
「倒したほうが早い魔物もいますし、追い払ったほうがいい時もあります。待てるなら、通り過ぎるまで待つこともあります」
「基準は?」
「救難対象にとって、どれが一番危険が少ないかです」
俺は神代さんを見る。
前に訓練を始めた頃なら、こんな答えはしなかったかもしれない。
城戸さんも何か感じたらしく、少し間を置いてから頷いた。
「なるほど」
話し合いを終えたあと、施設を案内してもらった。
救難装備庫、通信室、医療スペース、訓練場。どこも俺たちの救難所より広い。
特に訓練場はかなり本格的だった。壁や通路を組み替えられる設備があり、段差や崩落、狭所まで再現できる。
「すごいですね」
俺が言う。
「二回目ですよ、それ」
神代さんに言われた。
「だってすごいので」
城戸さんが笑う。
「ただ、設備があれば救えるわけでもないですけどね」
「相馬さんみたいなこと言いますね」
「それ本人の前で言うか?」
相馬さんが後ろから返した。
訓練場では、すでに現地救難員たちが準備を始めていた。
参加者は八人。年齢も経験もばらばらだが、動きは慣れている。担架を点検する人、ロープを並べる人、想定事故の地図を確認する人がそれぞれ自分の仕事を進めており、誰かの指示を待って立っている人はいなかった。
「明日はここで本訓練を行います」
城戸さんが言う。
「今日は装備と役割の確認だけです」
「久世はどこに入れる?」
相馬さんが聞く。
「その前に一つ提案があります」
城戸さんが俺を見る。
嫌な予感がした。
「何です?」
「最初の訓練は、久世さん抜きでやりたいと思っています」
「俺、何しに来たんです?」
思わず言ってしまった。
神代さんが笑い、相馬さんも口元だけ少し動かした。
「理由を聞いていいですか?」
神代さんが尋ねる。
「もちろんです。先に、私たちが普段どう救難しているのか見てもらいたいんです。《帰り道》がない状態で、どこに時間がかかるのか、何を基準に判断するのか。それを知ってもらったうえで、次に久世さんを入れます」
相馬さんが頷く。
「同じ条件でやるのか?」
「似た条件にはします。ただし、全く同じ内容にはしません。答えを知った状態で二回やっても意味がありませんから」
「それならいい」
話が決まった。
俺だけ役割がない。
「俺、本当に見てるだけ?」
「最初は」
城戸さんが答える。
「久世さんにも、こちらがどんな情報を見て判断しているのか知ってほしいんです」
それを言われると断りにくい。
「分かりました」
「神代さんにはこちらの班へ入っていただきます」
「はい」
神代さんは迷わず答えた。
俺は隣を見る。
「俺いないんですよ?」
「訓練ですから」
「ちょっとくらい困ってくれてもよくないですか」
「どうしてです?」
本気で分からない顔をされた。
「何でもないです」
城戸さんが笑っている。
「仲いいですね」
「そういうのじゃないです」
神代さんがすぐに答えた。
俺は何も言わなかった。
装備確認を終えたあと、翌日の訓練内容について簡単な説明を受けた。
救難対象は六名で、うち二名が負傷。通信は不安定で、通常帰還ルートの一部は使用できない。さらに途中で状況が変化する想定も入れるという。
第50話で小日向たちと考えた条件に近いが、現地側でもいくつか手を加えているらしい。
「詳細は参加者には直前まで伝えません」
城戸さんが言う。
「分かっていたら訓練にならないので」
「俺も?」
「久世さんは見学なので、全部知っていても構いません」
「なんか悔しいな」
神代さんが隣で笑う。
明日は《帰り道》なしで始める。
いつもなら、自分に見える光を頼りに方向を示す側だ。今度は、救難員たちが地図を見て情報を整理し、自分たちでどちらへ進むか決めるところを外から見ることになる。
それはそれで、少し興味があった。
俺の能力がない時、救難員たちは何を根拠に帰る道を選ぶのか。どこで判断に時間がかかり、何を確認してから進むのか。
帰る道が見えるからこそ、見えない人たちがどうやって答えを出しているのかを、俺も知っておいたほうがいいのかもしれない。
翌日の最初の訓練で、《帰り道》を使う予定はない。
そこから今回の合同訓練が始まる。




