↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/64

第35話 迎えを待つ

救難要請を送ってから、時間の進み方がおかしくなった。


時計を見れば、まだ十数分しか経っていない。それなのに、保守室へ入ってから何時間も閉じ込められているような気がする。


さっき扉の前を通り過ぎた何かは、その後戻ってきていない。


部屋の中央には携帯ライトを一つだけ置き、残りは予備として消してある。薄暗い室内で、俺たちはそれぞれ壁や古い机に背中を預けていた。


誰も寝てはいない。


眠れるはずもなかった。


「藤堂さん」


美月が静かに呼ぶ。


「通信、どうですか?」


俺は机の上の端末を確認した。


「圏外のまま」


救難要請と追加情報は届いた。それ以降は、一度も通信が戻っていない。


地上から最後に受信したのは、


『追加情報確認。移動せず待機してください』


という短いメッセージだ。


だから俺たちは動いていない。


救難班が来るまで、この保守室で待つ。


やることは決まっているのに、何もしないでいる時間は思っていた以上につらかった。


「救難班、もう出てるかな」


航が言った。


「たぶん」


「また『たぶん』だな」


「見てないんだから仕方ないだろ」


「まあ、それはそうだけど」


航は苦笑すると、小型盾を膝の上に置いた。


普段使っている大盾と比べると、ひどく頼りなく見える。


佳奈が時計を見る。


「救難要請が届いたのが十六時過ぎだから、準備して入るまでにも時間かかるよね」


「かかると思う」


「それで、私たちを探すところからか」


「うん」


分かっていたことなのに、口に出すと現実味が増した。


俺たちは現在地を説明できていない。


分かっているのは、第十層東側から地図にない通路へ入ったこと。E10-M41以降の表示があったこと。甲殻ムカデから逃げるために保守扉を抜け、そこから八分ほど移動して古い保守室へ入ったこと。


壁には美月が印を残している。


でも、最初の地図にない通路そのものがどこにあるのか、地上側が把握できるとは限らない。


「見つけられるかな」


佳奈が呟いた。


誰もすぐには答えなかった。


俺が「大丈夫」と言えばいいのかもしれない。


パーティのまとめ役としては、そのほうが正しいのかもしれない。


でも今の俺には、根拠のない大丈夫を言う気になれなかった。


「見つけてもらうために、できることはやった」


佳奈が俺を見る。


「追加情報も送ったし、途中に印も残した。予定時刻を過ぎても戻らなければ、救難要請とは別に帰還確認もされる。だから今は、見つけてもらった時に四人とも動ける状態でいることを考えよう」


少し考えてから、佳奈が頷いた。


「そっちのほうが亮介らしい」


「何が?」


「変に『絶対大丈夫』って言わないところ」


「言ってほしかった?」


「今はいい」


航が横から口を挟む。


「俺は言ってほしいぞ。『絶対ラーメン食える』って」


「その話まだ続いてるの?」


佳奈が呆れた。


「帰ったら絶対食うからな」


「焼肉じゃなかった?」


「両方」


「元気だね」


「元気なくしたら腹減らなくなるだろ」


理屈はよく分からない。


でも、航がいつもの調子で話してくれるのはありがたかった。


笑えるうちは、まだ大丈夫だと思える。



十六時四十八分。


俺たちは一度、全員の状態を確認した。


俺の右腕は出血も止まり、痛みも強くなっていない。剣を全力で振るのは避けたいが、普通に動く分には問題ない。


航は壁へぶつけた肩に軽い打撲があるものの、腕は上がる。大盾を失ったことのほうが大きな問題だった。


佳奈は魔力をかなり使っている。残量を本人の感覚で聞くと、普段の半分より少し上くらいらしい。


美月は無傷で、矢も十分残っていた。


「水は?」


俺が聞く。


「私は半分くらい」


佳奈がボトルを持ち上げる。


航、美月もほぼ同じだった。


俺の分を合わせれば、一晩程度なら十分持つ。


「食料も問題なし。ライトはさっき確認した通り」


美月がメモを取る。


こうやって一つずつ確認していると、少し気持ちが落ち着いた。


分からないことばかりでも、分かることはある。


水がある。


食べ物がある。


四人とも動ける。


救難要請は届いた。


それだけでも、状況は最悪ではない。


「信号弾は?」


航が聞く。


俺は荷物から取り出した。


「四本」


「室内じゃ使えないよな」


「さすがに無理」


この狭い部屋で撃ったら、助けを呼ぶ前に自分たちが危ない。


ただ、救難班らしき音や声が近くまで来た場合には、通路へ出て使えるかもしれない。


「音で知らせる方法も考えましょう」


美月が言った。


「扉とか壁を叩く?」


「はい。ただ、魔物も寄ってくる可能性があります」


「じゃあ、むやみにはやらないほうがいいな」


救難班が近くにいると判断できた時だけ使う。


それも決めておく。


何か起きてから相談するより、今のうちに決められることは決めたほうがいい。


「交代で休もうか」


俺が言うと、佳奈が眉を上げた。


「寝るの?」


「寝られるなら。少なくとも目を閉じて休むくらいはしたほうがいい」


「見張りは?」


「二人ずつ。一時間交代」


美月が首を横に振った。


「一人で十分だと思います」


「でも」


「この部屋は入口が一つだけです。見張り一人、残り三人が休んだほうが体力を残せます」


確かにそのほうが効率はいい。


「じゃあ最初は俺がやる」


「右腕怪我してる人が最初に休んでください」


即座に言われた。


「浅いって」


「何度開いたと思ってるんですか」


言い返せない。


航が手を上げる。


「じゃあ俺からやる。どうせ寝れないし」


「一時間したら起こして」


「了解」


簡易毛布を出す。


床にそのまま横になると身体が冷えるので、荷物を敷いて少しでも石床から離れる。


佳奈が横になりながら天井を見る。


「ダンジョンで寝るの初めて」


「俺も」


「キャンプだと思えば?」


航が言う。


「こんなキャンプ絶対嫌」


「同感」


俺も壁際に横になる。


携帯ライトの弱い光が天井を照らしていた。


目を閉じる。


すぐ近くに航がいる。


扉も閉まっている。


救難要請も届いている。


それでも、頭の中ではさっきから同じことばかり考えてしまう。


どこで間違えた。


グレイウルフを避けて保守通路へ入ったところか。


地図にない分岐を見つけた時か。


通信が弱くなった時点で連絡しなかったことか。


「亮介」


航の声がした。


俺は目を開ける。


「何?」


「考えてるだろ」


「何を」


「俺たちがどこで間違えたか」


こいつ、こういうところだけ妙に鋭い。


「ちょっとな」


「俺も考えた」


航は扉を見たまま言う。


「でも、帰ってからでよくない?」


「反省するなって?」


「今じゃなくていいって話。今考えても出口出てこないだろ」


正論だった。


「珍しくまともなこと言うな」


「失礼だな」


「褒めてる」


「絶対違うだろ」


小さく笑う。


それだけで少し頭が軽くなった。


今は帰ることだけ考えればいい。


反省会は地上でできる。


そう思って、もう一度目を閉じた。



どれくらい眠ったのか分からない。


肩を軽く叩かれて目を開けると、美月が隣にしゃがんでいた。


「藤堂さん」


「……何時?」


「十七時十二分です」


俺は身体を起こした。


思ったより眠っていたらしい。


「航は?」


「交代しました。今、佳奈さんと休んでます」


部屋を見る。


航は壁際で横になっている。佳奈も目を閉じていた。


「何かあった?」


「一度だけ外で音がしました。でも遠かったです」


「魔物?」


「分かりません。近づいては来ませんでした」


俺は端末を見る。


通信圏外。


新しいメッセージもない。


十七時十二分。


本来なら、もう地上へ戻っている時間だ。


受付では俺たちの帰還予定が十七時に設定されている。


すでに十二分過ぎている。


今頃、登録上でも未帰還になっているはずだ。


「藤堂さん」


美月が小声で言う。


「はい」


「私たち、本当に遭難したんですね」


その言葉に、少し驚いた。


「今さら?」


「分かってはいました。でも、十七時を過ぎたら急に実感して」


気持ちは分かる。


十七時という時間は、俺たちの中でずっと「地上にいるはずの時間」だった。


それを過ぎても、俺たちは地下の地図にない保守室にいる。


「家には?」


美月が自分の端末を見る。


「母に、今日は夕方には帰るって言ってあります」


「十六時半の電車って言ってたな」


「はい」


笑おうとしたようだが、うまく笑えていなかった。


「連絡つかないから、心配しますよね」


俺は少し迷った。


「受付から緊急連絡先に連絡が行く可能性はある」


「そうですよね」


「でも、救難要請は届いてる。行方不明で何も分からない状態じゃない。それも伝えてくれると思う」


美月が頷く。


「そうだといいです」


しばらく二人とも黙った。


今まで、救難要請というものをもっと単純に考えていた気がする。


困ったら呼ぶ。


救難班が来る。


助けてもらう。


それだけだと思っていた。


実際には、その間にも時間がある。


待っている本人たちがいる。


地上で連絡を待つ家族もいる。


救難班が準備をして、情報を集め、どこにいるかも分からない人間を探しに来る。


その全部がつながって、やっと「助かった」になる。


「美月」


「はい?」


「帰ったら、お母さんにちゃんと謝ったほうがいいな」


「藤堂さんもですよ」


「俺?」


「心配する人いないんですか?」


「いるよ」


「じゃあ同じです」


返す言葉がない。


「お互い怒られよう」


俺が言うと、美月が今度はちゃんと笑った。


「はい」



十八時を過ぎた頃、通信が一度だけ戻った。


端末が震えた瞬間、休んでいた航と佳奈まで飛び起きた。


「来た?」


俺は画面を見る。


受信中。


文字が少しずつ表示される。


『救難班――第十層――捜索開始』


そこで一度途切れる。


「もう入ってる!」


佳奈が身を乗り出した。


再び通信。


『可能な限り――待機継続――定時確認――』


また途切れる。


ただ、必要なことは分かった。


「救難班、もう第十層にいる」


航が大きく息を吐いた。


「近くまで来てるってことだよな」


「第十層までは」


俺は答える。


この階層は広い。


しかも俺たちの現在地は分からない。


それでも、さっきまでとは違う。


同じ第十層のどこかに、俺たちを探している人たちがいる。


佳奈が端末を見る。


「返信できる?」


「やってみる」


俺は状況を短く入力する。


四名全員生存。


大きな変化なし。


保守室で待機継続。


外に時々魔物らしき音。


そのまま送信する。


今度はすぐに送信待機へ入った。


「届けばいいけど」


「また電波が戻れば送れる」


航が扉を見る。


「救難班って、何人で来てるんだろ」


「分からない」


「あのムカデいたら大丈夫かな」


佳奈が嫌そうな顔をした。


「思い出させないでよ」


「いや、だって通るかもしれないだろ」


美月が少し考える。


「私たちが送った情報に甲殻ムカデのことも入っています。対策はしてくると思います」


「そうだな」


救難班は俺たちより状況を知らない。


でも、俺たちが送った情報は持っている。


グレイウルフの群れ。


甲殻ムカデ。


地図にない通路。


通信障害。


帰還石の不調。


それを分かったうえで、こちらへ来ている。


そう考えると、少しだけ安心できた。


「待とう」


俺が言う。


今度は、その言葉に迷いはなかった。



十九時を過ぎた。


四人で少しずつ携行食を食べ、水を飲む。


朝から考えれば、もうずいぶん長くダンジョンにいる。


体力は休憩のおかげである程度戻った。


俺の腕も悪化していない。


佳奈の魔力も、休んだからといって大きく戻るわけではないが、少なくとも疲労は軽くなったらしい。


問題は、何も見つからないまま時間だけが過ぎていることだった。


救難班が第十層で捜索を始めたという連絡から、一時間近く新しい情報がない。


「広いもんな」


航が呟く。


誰も何のことか聞かなかった。


第十層のことだ。


探す側からしたら、地図にない場所にいる四人を見つけるのは簡単じゃない。


「藤堂さん」


美月が立ち上がった。


「少し外の音を確認してきます」


「扉は開けるなよ」


「分かってます」


美月が扉へ近づき、耳を当てる。


俺たちは話すのをやめた。


しばらくして、美月が眉を寄せた。


「何か聞こえる?」


俺が聞く。


「……待ってください」


美月が手を上げる。


全員が黙ったまま待つ。


十秒。


二十秒。


何も聞こえない。


「気のせい?」


佳奈が囁く。


美月は答えない。


さらに耳を澄ませる。


その時だった。


遠くで、何かが三回鳴った。


カン。


カン。


カン。


俺たちは顔を見合わせた。


さっき通り過ぎた魔物の足音とは違う。


間隔が一定だった。


少し待つ。


また三回。


カン。


カン。


カン。


航が立ち上がる。


「これ……」


「まだ分からない」


俺は止めた。


魔物が偶然何かに触れている可能性もある。


期待して違った時が一番きつい。


美月は扉に耳を当てたまま動かない。


三度目。


今度は少し近く感じた。


カン。


カン。


カン。


「合図だと思います」


美月が振り返った。


「同じ間隔で三回ずつです」


俺の心臓が速くなる。


「返す?」


航が聞く。


迷った。


こちらから音を出せば、魔物にも気づかれるかもしれない。


でも、本当に救難班なら、俺たちの居場所を知らせられる。


そのために待っていた。


「一回だけ返そう」


扉は開けない。


航が古い机から金属製の脚を外し、俺たちは扉から少し離れた壁際へ移動した。


「三回?」


「同じで」


航が壁を叩く。


カン。


カン。


カン。


音が通路の向こうへ響いた。


全員で待つ。


返事はない。


佳奈が不安そうに俺を見る。


「もう一回?」


「待とう」


数秒。


十秒。


そして。


遠くから四回、金属音が返ってきた。


カン。


カン。


カン。


カン。


さっきとは違う。


偶然ではない。


誰かが、俺たちの音を聞いて返している。


航の顔が変わった。


「人だ」


俺もそう思った。


まだ救難班だとは断定できない。


それでも、この地図にもない暗い通路のどこかに、俺たち以外の誰かがいる。


俺は端末をつかんだ。


通信は圏外のままだった。


美月が再び扉へ耳を当てる。


「近づいてきています」


「音が?」


「はい」


俺たちは装備を身につけ直した。


航は小型盾を持ち、佳奈は杖、美月は弓を手にする。俺も右腕の包帯を確認してから剣を腰へ戻した。


助けが来たとしても、ここはまだダンジョンの中だ。


扉を開けるのは、相手を確認してから。


それだけは変えない。


しばらくすると、金属音とは別の音が聞こえ始めた。


人の足音のようにも聞こえる。


複数。


ゆっくり、こちらへ近づいてくる。


佳奈が小さな声で言った。


「本当に来たのかな」


今度は俺も、否定しなかった。


「たぶん」


「また、たぶん?」


「確認するまではな」


佳奈が少し笑った。


俺たちは扉の向こうから聞こえる音を待った。


救難要請を出してから、ずっと誰かが来るのを待っていた。


今、その誰かがようやく近づいてきていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。