↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/64

第32話 地図にない道

「もう少し進もう。通常通路が見つからなかったら、そこで戻る」


俺がそう決めた時、三人とも反対はしなかった。


目の前にあるのは、地図には載っていない分岐だ。


ただ、ダンジョンでは珍しいことではない。


階層の一部が変化して、古い通路が開いたり、逆に使えなくなったりすることはある。大きな変化なら探索者協会から警告が出るが、地図の更新が追いついていない程度の小さな変化なら、自分たちで遭遇することもあった。


問題は、現在地を示す端末の表示が安定していないことだった。


「またずれた」


佳奈が俺の端末を覗き込む。


現在地を示す青い点が、地図上を数メートル単位で行ったり来たりしている。


「魔力干渉かな」


「さっきの群れと関係ある?」


「分からない」


グレイウルフが異常に集まっていたことと、現在地情報の乱れ。


二つが関係している可能性はある。でも、今の時点で勝手に結びつけるのは危険だ。


「通信は?」


航が聞く。


美月が端末を確認する。


「弱いですけど、一応つながってます」


「救難所に連絡する?」


佳奈の問いに、少し考えた。


現状では怪我人はいない。俺の腕も浅い傷だ。食料も水もあるし、帰還石も四人とも使っていない。


位置情報が不安定なだけで、帰れなくなったと決まったわけでもない。


「まだいい。通常通路に出られなかったら連絡しよう」


「了解」


俺たちは再び歩き始めた。


地図上では、このまま南へ進めば五分ほどで通常通路に合流する。


だからまず五分。


それで何も見つからなければ戻る。


判断基準を決めておいたほうがいい。こういう時に「もうちょっとだけ」を繰り返すのが一番よくない。


通路はさっきまでとほとんど変わらなかった。


灰色の壁。


一定間隔で埋め込まれた魔導灯。


床には保守用の黄色い線が一本伸びている。


ただ、壁に振られている番号だけが、見覚えのないものに変わっていた。


「E10-M41」


航が読み上げる。


少し進む。


「E10-M42」


「番号は増えてるね」


佳奈が言う。


「少なくとも同じところを回ってはいない」


それは安心材料だった。


俺は歩きながら地図を確認する。


五分経過。


通常通路は見えない。


「止まろう」


全員が足を止めた。


「戻る?」


航が聞く。


「ああ。約束どおり戻る」


誰も異論はなかった。


ここで欲を出す必要はない。


来た道をそのまま引き返せばいい。


俺たちは隊列を反転させた。今度は美月を先頭にして、俺、佳奈、航の順で戻る。


「帰ったらラーメンじゃなくて焼肉にしようぜ」


航が言った。


「なんでグレード上がってんの?」


「生還祝い」


佳奈が呆れる。


「まだダンジョンの中だから」


「予約だけでも」


「帰ってからにして」


いつものやり取りだった。


俺も笑った。


その時点では、まだ余裕があった。



十分後。


「止まってください」


美月が足を止めた。


俺は時計を見る。


「どうした?」


美月は壁を照らしていた。


そこにある番号を見て、俺も足を止める。


E10-M47。


「……おかしくない?」


佳奈が最初に言った。


俺たちは戻っている。


さっき確認した番号はM41、M42と増えていた。


なら、引き返せば数字は小さくなるはずだ。


「曲がるところ間違えた?」


航が後ろを見る。


「分岐あったか?」


「一か所ありました」


美月が答える。


「でも、来た時に通ったほうを選びました。壁の傷も確認しています」


彼女はこういうところで記憶違いをするタイプではない。


念のため端末の移動記録を見る。


ほとんど役に立たなかった。


位置情報が乱れているせいで、軌跡は何度も壁の中を通っている。


「一回、M46まで戻ってみよう」


俺が言う。


「方向を確認する」


数分歩く。


M48。


その次がM49。


数字が増えている。


「反対に進んでる?」


佳奈が言う。


「いや、そんなはずない」


俺は後ろを振り返る。


俺たちは確実に引き返した。


少なくとも、自分ではそう思っている。


航が壁に手を当てた。


「この通路、真っ直ぐに見えるけど、少し曲がってるとか?」


「それなら番号まで変にはならないだろ」


「じゃあ番号の振り方が途中で変わった?」


「それはあり得る」


美月がライトを前へ向ける。


「一度、さっきの分岐まで戻りませんか。そこで方向を確認したほうがいいと思います」


「そうしよう」


俺たちはさらに進んだ。


ただ、いつまで歩いても分岐が出てこない。


来る時には五分もかからず通過したはずだった。


十分。


十五分。


同じような通路だけが続く。


さすがに誰も冗談を言わなくなった。


「藤堂さん」


美月が俺を呼ぶ。


「一回止まりましょう」


俺も同じことを考えていた。


全員で壁際に寄る。


佳奈が時計を見る。


「私たち、戻り始めてから二十五分歩いてる」


「来る時より長いな」


航が言う。


長いどころじゃない。


往路は十五分ほどしか歩いていない。


しかも途中から戻ったのだから、二十五分もかかるはずがない。


「道、変わった?」


佳奈の声が少し低くなる。


誰もすぐには答えなかった。


あり得る。


ダンジョンでは、通路そのものが変化することがある。


でも通常は、もっと分かりやすい前兆が出る。大きな振動や魔力濃度の変化、壁の変形などだ。


今のところ、そういうものは何も感じていない。


「一回、協会に連絡する」


俺は端末を取り出した。


まだ救難要請ではない。


まず現在地情報の確認を頼めばいい。


通信を開く。


呼び出し音。


一回。


二回。


つながらない。


「さっきは使えてたよね?」


佳奈が聞く。


「ああ」


もう一度試す。


今度は接続中の表示すら出なかった。


美月も自分の端末を確認する。


「私のも駄目です」


航と佳奈も同じだった。


通信圏外。


さっきまでは弱いながらもつながっていた。


「帰還石、確認しよう」


俺が言う。


全員が腰のポーチから帰還石を取り出した。


小さな透明の石。


緊急時に魔力を流せば、ダンジョン入口付近の帰還地点まで転送される。


高価なので普通は気軽に使わないが、今は値段を気にしている場合じゃない。


「使う?」


航が聞く。


「まず反応だけ確認する」


魔力を流すと石の中に薄い光が灯った。


だが、すぐに消えた。


転送は起きない。


もう一度。


しかし、反応は同じだった。


「嘘だろ」


航も試す。


結果は変わらなかった。


佳奈、美月も同じだ。


帰還石そのものは反応するのに、転送が始まらない。


「魔力干渉が強い?」


佳奈が石を見る。


「たぶん」


俺はできるだけ普通の声で答えた。


内心では、少しずつ嫌なものが膨らんでいる。


通信が使えない。


帰還石も使えない。


現在地が分からない。


来た道に戻れない。


一つだけなら、そこまで珍しくない。


でも四つ重なると話が変わる。


「亮介」


航が俺を見る。


「これ、もう救難案件じゃないか?」


今度はすぐに否定できなかった。


「……そうだな」


認めるしかない。


「通信が戻ったら、すぐ救難要請を出す」


佳奈が俺を見る。


「戻らなかったら?」


「まず安全な場所を探す。無理に歩き回らない」


自分に言い聞かせるように答えた。


さっきまで、もう少し進めば戻れると思っていた。


今は違う。


ここから先は探索じゃない。


帰るための行動に切り替えなければならない。


「食料と水、確認しよう」


全員が荷物を下ろす。


携行食。


水。


回復薬。


予備ライト。


簡易毛布。


信号弾。


装備は十分ある。


予定外の一泊くらいなら問題ない。


「大丈夫」


佳奈が言った。


誰に向けた言葉なのか分からない。


「装備あるし、四人とも怪我してないし」


「俺はちょっとしてる」


包帯を巻いた腕を見せる。


佳奈が睨んだ。


「今そういうのいらない」


「すみません」


航が笑った。


美月も少しだけ笑う。


まだ大丈夫だ。


少なくとも、そう思いたかった。


「まず休憩しよう。十分」


俺は壁際に座る。


走った疲れがまだ残っている。


あのまま焦って歩き続けていたら、体力だけを無駄にしていたかもしれない。


水を一口飲む。


航も壁へ背中を預けた。


「なあ」


「何?」


「グレイウルフのところまで戻れたとして、あいつらまだいるかな」


「いるかもしれない」


「じゃあ、どっちにしてもあっちは使いにくいな」


「そうだな」


佳奈が地図を広げる。


「この通路が地図に載ってないなら、どこか別の区画につながってる可能性は?」


「ある」


「だったら、休んだあとに――」


そこで美月が手を上げた。


「静かにしてください」


全員が口を閉じる。


美月は通路の奥を見ていた。


「また何かいる?」


航が小声で聞く。


「違います」


美月は少し考えてから立ち上がった。


「音がしません」


一瞬、意味が分からなかった。


「音?」


「さっきまで、魔導灯の作動音がしてました」


言われて初めて気づく。


ダンジョン内の魔導灯は、古い区画だと小さな振動音を出す。


今は聞こえない。


俺は天井を見た。


照明は点いている。


「壊れた?」


佳奈が聞く。


美月は首を横に振る。


「全部です」


その直後だった。


前方の魔導灯が一つ消えた。


誰も動かない。


さらに奥。


二つ目が消える。


三つ目。


こちらへ向かって順番に。


通路の暗闇が、少しずつ近づいてきた。


「ライト!」


俺が声を上げる。


全員がほぼ同時に携帯ライトを点けた。


魔導灯がまた一つ消える。


原因は分からない。


ただ、暗くなっているのは確かだった。


「移動する?」


航が盾を構える。


俺は答えようとして、止まった。


暗闇の奥から音が聞こえた。


何かを引きずるような、重い音だった。


グレイウルフとは違う。


一度聞こえたあと、しばらく間が空く。


また聞こえる。


少し近い。


佳奈が杖を握る。


「何……?」


美月が弓を構えた。


俺も剣を抜く。


さっきグレイウルフに噛まれたせいで、柄には歯形が残っていた。


「全員、固まれ」


俺たちは壁際から離れ、いつもの隊列を作る。


航が前。


俺がその後ろ。


佳奈と美月が後方。


暗闇の中にライトを向ける。


まだ何も見えない。


でも、音は確実に近づいている。


自分たちがどこにいるのか分からない。


何がいるのかも分からない。


帰還石は使えず、通信もつながらない。


それでも、戦わなければならないなら戦うしかない。


俺は剣を握り直した。


この時になってようやく、さっきまで口にできなかった言葉が頭に浮かんだ。


俺たちは、帰る道を見失っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。