表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/57

第31話 帰れると思っていた

※第31話は、C級探索者視点の物語です。

その日の午後、救難所で一本の電話が鳴る少し前に遡る―


「十五時には上がるぞ。欲張ってもう一周とか言うなよ」


腕時計を確認しながら言うと、少し前を歩いていた武田航が振り返った。


「それ、俺じゃなくて佳奈に言えよ」


「なんで私?」


水瀬佳奈が露骨に嫌そうな顔をする。


「前回、『あと一か所だけ』って言って三十分延長したの誰だっけ?」


「結果的に青晶石が二個採れたでしょ」


「そのせいで地上の定食屋が閉まってた」


「知らないわよ」


二人のやり取りを聞きながら、最後尾を歩いていた黒川美月が笑った。


「今日は私、十六時半の電車に乗りたいので」


「ほら。美月が一番まともだ」


「俺もまともだろ」


「航は帰りにラーメン食べられれば何でもいいじゃん」


「大事だぞ、それ」


いつもどおりだった。


俺――藤堂亮介を含めた四人は、組んで三年になるC級探索者パーティだ。


特別有名なわけじゃない。


配信もしていないし、大きな攻略記録を持っているわけでもない。


その代わり、無茶はしない。


自分たちが行ける場所を選び、必要な装備をそろえ、時間を決めて潜る。


それで十分だった。


少なくとも俺は、そう思っている。


今日入っているのも、何度か来たことのある第十層東側の採取区画だ。目的は青晶石と薬品の材料になる地衣類。どちらも珍しいものではないが、四人で一日動けばそれなりの金額になる。


床も乾いている。


通信もつながっている。


地図も最新。


帰還石も全員分ある。


入口の掲示板では、東側区域に特別な警戒情報も出ていなかった。


普段と変わらない探索だった。


「亮介」


先頭を歩く航が足を止める。


俺も止まり、前を見る。


通路の先に三つの影があった。


四足。


灰色の体毛。


「グレイウルフ…」


美月が小声で告げる。


「気づいてる?」


「まだ。風向きもこっちじゃないです」


俺たちは自然に配置を変えた。


航が大盾を前へ出し、その少し後ろへ俺が入る。佳奈は杖を構え、美月は後方を確認した。


グレイウルフは第十層では珍しくない。


一体ならC級探索者にとって大した相手ではないし、三体でも俺たちなら問題なく処理できる。


わざわざ戦う必要がなければ避けるが、今回は通路の向こうに採取地点がある。


「やる?」


佳奈が聞く。


俺は周囲を見る。


退路は確保できている。


ほかの気配もない。


「三体ならやろう。航、いつもどおり」


「了解」


航が盾を鳴らした。


金属音が通路へ響く。


三体のグレイウルフが一斉にこちらを向いた。


次の瞬間には走り出していた。


速い。


分かっていても、あの速度で突っ込んでくる獣を見ると身体が硬くなる。


先頭の一体が跳んだ。


航が半歩踏み込み、盾で正面から受ける。


鈍い衝撃音。


グレイウルフの身体が横へ流れた。


「亮介!」


「分かってる!」


俺は横から剣を振り下ろす。


刃が肩口へ入り、体毛の下から血が散った。


浅い。


グレイウルフが振り返り、牙を剥く。


その頭上を火球が飛んだ。


「避けて!」


佳奈の声。


俺が身体を引くと同時に火球が命中した。


爆発音と熱。


焼けた毛の臭いが鼻につく。


一体目が床へ転がった。


その横から二体目が航へ突っ込む。


盾で受けた瞬間、三体目が大きく回り込んだ。


「右!」


美月の声で気づいた。


俺の横を抜けようとしている。


こいつらは正面だけを見ていればいい相手じゃない。


一歩踏み出して剣を横へ払う。


グレイウルフが身を沈め、刃が空を切った。


まずい。


獣の口が開いた。


狙っているのは俺の腕だ。


避けきれない。


そう思った瞬間、横から矢が飛んできた。


グレイウルフの前脚に刺さる。


体勢が崩れた。


「助かった!」


「前見て!」


美月に怒られた。


言われなくても分かってる。


崩れたグレイウルフへ踏み込み、今度は首元へ剣を入れる。


手応えがあった。


二体目も佳奈の魔法を受けて後退し、航が盾で押し込む。そこへ俺が追撃を入れた。


数十秒後には、三体とも動かなくなっていた。


「終了」


航が息を吐く。


俺も剣についた血を払い、鞘へ戻した。


「怪我は?」


「なし」


「私も」


「大丈夫です」


全員無傷。


予定どおり。


「毛皮取る?」


航が聞く。


「いらない。時間かかる」


「了解」


必要以上のことはしない。


それが俺たちのやり方だ。


グレイウルフの死体を避け、先へ進もうとした。


その時だった。


美月が後ろを向いた。


「待って」


声が変わっていた。


俺たちも止まる。


「どうした?」


「音がします」


全員で黙る。


最初は分からなかった。


でも、すぐに聞こえた。


爪が石の床を叩く音。


一つじゃない。


何度も重なっている。


しかも、こっちへ近づいてくる。


航が嫌そうに顔をしかめた。


「追加?」


美月が耳を澄ませる。


「多いです」


「何体?」


「分からない。でも五とか六じゃない」


佳奈が杖を握り直す。


「グレイウルフの群れ?」


「たぶん」


俺は地図を開いた。


ここは一本道ではない。


十メートルほど先に右へ入る保守通路がある。


戦う必要はない。


「右へ逃げる。航が最後」


「了解」


判断した直後、通路の奥から一体目が現れた。


さらに二体。


その後ろにも灰色の影が続いている。


予想より早い。


「走れ!」


四人で一斉に動いた。


足音が響く。


装備が揺れる。


後ろから獣の唸り声が追いかけてくる。


右の通路まであと少し。


俺と佳奈、美月が先に曲がる。


航が最後に飛び込んだ。


その直後、グレイウルフが一体、角を曲がって追いついてきた。


「来るぞ!」


航が盾を構える。


激突。


身体ごと押された。


「航!」


「平気だ!行け!」


グレイウルフは一体ではなかった。


二体目。


三体目。


狭い通路へ次々に入ってくる。


ここなら数の利点を減らせる。


でも、ずっと戦い続ける場所でもない。


「佳奈、前塞げるか?」


「十秒!」


佳奈が振り返り、杖を床へ向ける。


航が盾で一体目を押さえている間に、俺が横から剣を突き込んだ。


二体目が低く飛び込んでくる。


航の脇を抜けた。


「美月!」


「下がって!」


矢が飛ぶ。


外した。


グレイウルフはそのまま佳奈へ向かった。


俺が間に入る。


牙が剣へ噛みついた。


腕に重い衝撃が伝わる。


「くそっ!」


振りほどけない。


獣が首を振るたびに剣ごと身体を持っていかれる。


佳奈の詠唱はまだ終わっていない。


横から三体目。


航は一体を押さえたまま動けない。


「亮介!」


美月の声が聞こえる。


分かってる。


でも動けない。


噛みつかれた剣を手放した。


グレイウルフの身体が勢い余って前へ出る。


空いた右手で腰の短剣を抜き、そのまま脇腹へ突き立てた。


獣が暴れる。


腕に爪が当たった。


布が裂ける。


熱い。


「亮介!」


「大丈夫!」


嘘ではない。


たぶん浅い。


その時、佳奈が叫んだ。


「伏せて!」


俺は考えずに床へ身体を投げた。


直後、頭上を熱風が抜ける。


火が通路いっぱいに広がった。


グレイウルフたちが悲鳴を上げる。


炎は数秒で消えたが、先頭にいた二体が倒れ、その後ろの群れも足を止めた。


「今!」


航に肩をつかまれ、立たされる。


剣を拾う暇はない。


四人で走った。


後ろで再び唸り声が上がる。


「まだ来ます!」


美月が叫ぶ。


「分かってる!」


俺は地図を確認しながら走る。


この保守通路を進めば、少し先で通常通路へ戻れる。


そこで防火扉を閉めれば一度切れるはずだ。


「あと百メートル!」


「遠い!」


航が叫ぶ。


「走れ!」


息が切れる。


腕が痛い。


後ろから爪音が近づいてくる。


普段なら、こんなに長く全力で走らない。


探索者は体力を残す。


帰る分まで考えて動く。


でも今はそんなことを言っていられなかった。


曲がり角。


右。


さらに直進。


地図どおりなら、この先。


「扉!」


美月が見つけた。


金属製の防火扉。


俺と美月が先に抜ける。


佳奈。


航。


最後の航が通過した瞬間、俺たち二人で扉を引いた。


重い。


「閉めろ!」


航も加わる。


三人で押す。


隙間からグレイウルフが見えた。


突っ込んでくる。


間に合え。


金属同士がぶつかる音。


扉が閉じた。


すぐにロックをかける。


直後、反対側から激しい衝撃が来た。


一度。


二度。


三度。


扉が震える。


俺たちはしばらくその場から動けなかった。


「……何体いた?」


航が息を切らしながら聞く。


美月が首を横に振る。


「分かりません。少なくとも十以上」


「そんな群れ、この辺にいるか?」


佳奈が壁へ背中を預ける。


「聞いたことない」


俺も知らない。


グレイウルフ自体は珍しくない。


でも第十層東側で、あれだけの数がまとまっている話は聞いたことがなかった。


「亮介、腕」


佳奈に言われて見る。


右腕の服が裂け、血がにじんでいる。


「浅い」


「見せて」


「大丈夫だって」


「いいから」


結局、美月に消毒されて簡単に包帯を巻かれた。


傷は本当に浅かった。


探索続行できる程度だ。


でも、もう続ける気はなかった。


「今日は帰る」


俺が言うと、誰も反対しなかった。


青晶石も予定量に届いていない。


採取地点にもまだ着いていない。


それでも十分だ。


「異常報告も出したほうがいいですね」


美月が言う。


「ああ。地上に戻ったら報告しよう」


航が扉を見る。


まだ向こうにグレイウルフがいるのか、時々何かが擦れる音がする。


「来た道は使えないな」


「別ルートで戻る」


地図を確認する。


今いるのは保守通路の途中。


ここから南へ進めば、別の通常通路へ出られる。


少し遠回りになるが、二十分ほど余計にかかるだけだ。


「こっちから戻ろう」


俺が地図を見せる。


佳奈が覗き込む。


「一回も通ったことないけど大丈夫?」


「整備済みになってる。昨日更新された地図だ」


「ならいいか」


航も頷いた。


「ラーメンには間に合う?」


「お前まだそれ言う?」


佳奈が呆れる。


「大事だろ」


さっきまで命懸けで走っていたのに、もうこんな話をしている。


でも、そのくらいでちょうどいい。


俺たちは戦えた。


逃げられた。


誰も大きな怪我をしていない。


予定より少し早いが、今日は帰る。


ただそれだけだ。


俺は本気でそう思っていた。


南側の保守通路へ進み始めて十五分ほど経った頃、美月が足を止めた。


「藤堂さん」


「どうした?」


美月は壁を見ていた。


案内表示がある。


俺もライトを向ける。


そこには、地図にない番号が書かれていた。


「……これ、何番?」


航が聞く。


誰も答えられなかった。


俺は端末の地図を拡大する。


現在地の表示が点滅していた。


通信状態も弱くなっている。


「位置情報がずれてるだけじゃない?」


佳奈が言う。


「たぶん」


答えながら、俺はもう一度地図を見る。


南へ進んできたはずだ。


そのままなら、あと五分ほどで通常通路へ出る。


でも目の前にある分岐は、地図にはなかった。


「戻る?」


航が聞く。


俺は後ろを見る。


グレイウルフの群れから逃げてきた方向だ。


戻るより、このまま通常通路へ出たほうが近い。


それに、ダンジョンでは地図と実際の形が少しずれることくらいはある。


大規模な階層変化ではない。


たぶん、小さな誤差だ。


「もう少し進もう」


俺はそう判断した。


「通常通路が見つからなかったら、そこで戻る」


三人が頷く。


それは、その時点では間違った判断には思えなかった。


俺たちはまだ、自分たちが遭難したなんて考えてもいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ