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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


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第26話 出張のおみやげ

救難所へ戻ったのは、すっかり日が暮れたあとだった。


入口の自動ドアが開くと、小日向が受付の奥からすぐに顔を上げた。


「おかえりなさい!」


「ただいま」


俺が答えるより早く、小日向の視線が神代さんの持っている紙袋へ移る。


嫌な予感がした。


「それ、お土産ですか?」


「第一声がそれ?」


「無事に帰ってきたのは見れば分かりますから」


「一応、心配してくれてもよくない?」


「しましたよ。だから次はお土産です」


順番の問題らしい。


神代さんが紙袋を少し持ち上げた。


「現地の方からいただきました。皆さんでどうぞって」


「さすが神代さん!」


小日向が嬉しそうに近づいてくる。


俺を見る。


「久世さんは?」


「何が?」


「買ってないんですか?」


「救難に行ったんだぞ」


「出張ですよ?」


「出張だけど仕事だよ」


小日向が残念そうに首を振る。


「こういうところですよね」


「何が?」


「神代さんとの差です」


隣で神代さんが笑っている。


どうやら味方はいないらしい。


「久世」


奥から相馬さんの声が飛んできた。


「帰ってきたなら報告しろ」


「はい」


助かった。


「小日向、お土産はあと」


「分かりました。逃げないでくださいね」


「誰が?」


紙袋の話なのか、俺の話なのか分からない。



会議スペースへ移動し、今回の救難について簡単に報告した。


最初に真鍋さんを発見したこと。


《帰り道》が水のある通路を示したこと。


現地救難班のロープと装備を使い、真鍋さんを先に帰還させたこと。


その後、佐野さんと吉岡さんを捜索し、二人とも生存状態で発見したこと。


吉岡さんは右足を負傷していた。


そして水位上昇の途中で《帰り道》が変化し、別の保守通路へ切り替わったこと。


相馬さんは途中で口を挟まず、最後まで聞いていた。


「つまり、水の中でも見えた」


「はい」


「完全に水没してる場所は?」


「今回は通ってません」


「なら分からんか」


「分かりません」


相馬さんが頷く。


「それでいい」


最近、このやり取りにも慣れてきた。


分からないものは分からないまま記録する。


無理に結論を作らない。


「現地班から何か言われたか?」


「また救難があったら応援を頼めるかって」


相馬さんの眉が少し動いた。


「何て答えた」


「相馬さんに聞いてくださいって」


数秒の沈黙。


「正解だ」


「ですよね」


神代さんが隣で笑った。


「久世さん、そこだけは迷いませんでした」


「勝手に出張増やしたら怒られるでしょう」


「当たり前だ」


相馬さんは端末を操作しながら続けた。


「今回の件は向こうから正式な報告も来る。お前の《帰り道》についても、たぶん問い合わせが増えるぞ」


「またですか」


「嫌そうだな」


「救難依頼ならいいですけど」


「それ以外はこっちで弾く」


ありがたい。


第十話の頃には、攻略同行や安全な探索ルートの相談まで来ていた。


最近は多少落ち着いていたけど、今回の出張救難が知られれば、また似たような話が増えるかもしれない。


「久世」


「はい」


「お前を便利な案内役として貸し出す気はない」


「分かってます」


「救難なら検討する。それ以外は断る」


「お願いします」


そのくらい明確なほうが俺も助かる。


相馬さんが神代さんを見る。


「神代さんも、お疲れさまでした」


「いえ。今回は現地の救難班に教えてもらうことのほうが多かったです」


「水難救助は別物だからな」


「はい」


神代さんは少し考えてから言った。


「でも、面白かったです」


「神代さん」


俺が横を見る。


「救難の感想としてそれでいいんですか?」


「あ、違います。楽しかったという意味ではなくて」


少し慌てる。


珍しい。


「自分の強さの使い方が、また一つ増えたというか」


相馬さんが頷く。


「それなら分かる」


俺にも分かる。


今回は神代さんが魔物を倒す場面は一度もなかった。


ロープを張る。


人を引く。


重い配管を持ち上げる。


戦闘能力が高いからといって、使い道が戦うことだけとは限らない。


「神代さん、救難向いてきましたね」


俺が言うと、神代さんがこちらを見る。


「本当ですか?」


「最初は小日向置いていきましたから」


「それはもう忘れてください」


覚えていたらしい。


相馬さんが小さく笑った。


「報告書は明日でいい。今日はもう上がれ」


一瞬、聞き間違いかと思った。


「本当に?」


「二時間かけて帰ってきたんだろ」


「はい」


「なら帰れ」


「分かりました」


今日は素直に従うことにした。



会議スペースを出ると、小日向が紙皿と飲み物を準備していた。


「何してるの」


「お土産開けました」


「早くない?」


「相馬さんの許可は取りました」


仕事が早い。


机の上には、さっき現地でもらった菓子が並んでいる。


丸い焼き菓子で、山の形をしていた。


「久世さんもどうぞ」


「俺も食べていいの?」


「現地まで行ったんだから一個くらいは」


「扱い悪くない?」


神代さんが隣の椅子へ座る。


「いただきます」


小日向も一つ取る。


俺も最後に手を伸ばした。


甘い。


疲れているせいか、かなりうまい。


「どうでした?」


小日向が聞く。


「お菓子?」


「出張です」


「水が冷たかった」


「そこからですか?」


「一番印象に残ってる」


神代さんが笑う。


「久世さん、かなり嫌がってましたから」


「嫌がってません。冷たかっただけです」


「流されかけました?」


小日向が聞く。


「何で知ってるの」


「神代さんからさっき聞きました」


早い。


「相馬さんに『拾ってください』って言われて、本当に拾われたって」


「そこまで話したんですか」


「事実なので」


神代さんは悪びれない。


小日向が笑う。


「久世さん、昨日の護身訓練、役に立ちました?」


「水にはあまり」


「じゃあ意味なかったですね」


「そんなことないだろ」


多少はある。


たぶん。


「それで三人とも無事だったんですよね」


小日向の声が少し真面目になった。


「うん」


「よかった」


それだけ言って、また菓子を食べる。


救難所では、こういう反応が一番普通なのかもしれない。


誰かを助けたからといって毎回大騒ぎするわけじゃない。


無事だった。


よかった。


それで次の仕事へ戻る。


俺もそのくらいがちょうどいい。


「久世さん」


小日向が端末を持ち上げた。


「ただ、一つだけ普通じゃないことがあります」


「何?」


画面をこちらへ向ける。


未処理の問い合わせ件数。


「……増えてない?」


「増えてます」


「何件?」


「久世さんたちが出てから二十八件です」


出張中に増えたらしい。


「全部救難?」


「まさか」


嫌な答えだ。


小日向が一覧を開く。


「『水没区画でも安全なルートを案内してほしい』」


「断って」


「『未知の地下水路を探索したいので同行を』」


「断って」


「『川下りみたいなダンジョン企画を配信したいので――』」


「最後まで読まなくていい」


神代さんが口元を押さえている。


笑っている。


「笑い事じゃないですよ」


「すみません。でも、久世さんの《帰り道》、どんどん用途を考えられてますね」


「救難以外には使いません」


「はい」


そこはすぐに頷いた。


小日向が画面をスクロールする。


「もちろん、本当の救難相談もあります」


「どんな?」


「他県の救難所から、能力の運用について問い合わせが三件。それと、今後応援要請が可能かという確認が二件」


思ったより早い。


「相馬さんに回した?」


「もう回してます」


「じゃあ俺に見せなくてもよくない?」


「一応、本人にも」


見せられても困る。


俺が決める話ではない。


「有名になってきましたね」


小日向が言う。


「ならなくていい」


「でも、救難所としては助かる人が増えるかもしれませんよ」


それを言われると、嫌だとも言い切れない。


俺の名前が知られること自体はどうでもいい。


でも、《帰り道》を知ったことで助けを求められる人が増えるなら、意味はある。


ただし。


「遠いところばっかり呼ばれたら大変だな」


俺が言うと、小日向が笑う。


「やっぱりそこですか」


「二時間移動して救難して、また二時間帰るんだぞ」


「出張手当出たんですよね?」


「そうだった」


少しだけ気分が変わった。


神代さんが呆れたように笑う。


「分かりやすいですね」


「大事です」


「前にも聞きました」


最近、同じことを言っている気がする。



菓子を食べ終わった頃には、救難所の人もかなり減っていた。


小日向が机を片づける。


「僕、明日も一個食べていいですか?」


「俺に聞く?」


「神代さんに聞いたほうがいいですか?」


「いただき物だから全員のだろ」


「じゃあ二個」


「増やすな」


神代さんが笑いながら紙袋を閉じる。


その姿が、ずいぶんこの場所に馴染んできたように見えた。


最初にここへ来た時は、S級探索者が救難所の中にいるだけで少し落ち着かなかった。


今は普通に菓子を分け、小日向と話し、相馬さんに報告している。


俺自身も、その光景を特別だとは思わなくなっていた。


「神代さん」


「はい?」


「明日も来るんですか?」


「来ていいんですよね?」


「もちろん」


以前なら、ここで少し考えていたかもしれない。


今はその必要もない。


神代さんが嬉しそうに頷く。


「じゃあ来ます」


「救難がなかったら暇ですよ」


「それは、いいことなんですよね?」


「そうです」


神代さんは納得したように頷いた。


「久世さん」


小日向がまた呼ぶ。


「今度は何?」


「お土産、忘れないでくださいね」


机の端を見ると、一個だけ小さな袋に分けられた菓子が置いてあった。


「俺の?」


「一応」


「一応って」


「家で食べてください」


ありがたく受け取って鞄に入れる。


初めての出張救難は、これで本当に終わりらしい。


「じゃあ、お疲れさまでした」


「お疲れさまです。また明日」


神代さんまで、ごく普通にそう言った。


最初の頃なら、S級探索者が明日も救難所へ来ることに少しくらい驚いていたと思う。


今はもう、それを特別だとは感じなかった。

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