第23話 見つからない二人
真鍋さんを安全区画の救難スタッフへ引き継いだあと、俺たちは一度、第三層東区画に設けられた臨時指揮所まで戻った。
濡れた装備を交換しながら状況を確認したが、残る二人――佐野さんと吉岡さんは、まだ見つかっていなかった。
現地の捜索班は二手に分かれて動いている。ただ、崩落前の地図どおりに進めない場所が多いうえ、冠水によって通路そのものが使えなくなっている区画もあるらしい。
「久世さん」
地図の前にいた三枝さんが俺を呼ぶ。
「真鍋さんから、もう少し詳しく話を聞きます。来てもらえますか」
「分かりました」
神代さんと一緒に向かうと、真鍋さんは保温シートを肩から掛け、温かい飲み物を両手で持っていた。最初に見つけた時より顔色はかなり戻っている。
「身体、大丈夫ですか?」
「はい。もう震えも止まりました」
真鍋さんはそう答えたものの、すぐに表情を曇らせた。
「でも、二人が……」
やっぱり気になるのはそこだ。
三枝さんが向かいの椅子を引いた。
「もう一度だけ、分断された時のことを教えてください。些細なことでも構いません」
「分かりました」
真鍋さんは少し目を閉じ、記憶をたどるように話し始めた。
三人がいたのは、第三層の採取区画から中央通路へ戻る途中だった。最初に遠くで大きな崩落音が聞こえ、それから数十秒もしないうちに水が流れ込んできたという。
「最初は足首くらいだったんです。でも、本当に一気に増えて……」
真鍋さんがテーブルの上で手を動かし、当時の位置関係を示す。
「私が一番前で、佐野が真ん中、吉岡が後ろでした」
「佐野さんと吉岡さんは、流される直前まで一緒だったんですね?」
神代さんが確認すると、真鍋さんは頷いた。
「はい。吉岡が転んで、佐野が腕をつかんでました。私も戻ろうとしたんですけど、こっちにも水が来て……最後に見た時は、二人とも同じ方向へ流されてました」
三枝さんが地図へ視線を落とす。
「この方向ですね」
指したのは、さらに東側だった。
いくつもの通路が枝分かれしており、そのうち二本にはすでに捜索済みの印が付いている。
「佐野さんが持っていた強いライトって、どんなものですか?」
俺が聞く。
「青い持ち手のやつです。かなり明るいので、暗いところなら遠くからでも分かると思います」
「吉岡さんの非常ブザーは?」
「腰のポーチに付けてました。黄色です」
「ほかに、二人の物だと分かる特徴はあります?」
真鍋さんは少し考えてから答えた。
「佐野のバックパックには青いベルトが付いてます。吉岡のは黒で、横に赤いボトルを差してました」
三枝さんがすぐに端末へ入力する。
「捜索班へ共有します」
俺も地図を見る。
今回は相原さんを探した時のように、足跡を追うのは難しい。これだけ水が流れていれば、床に残った痕跡はほとんど消えているはずだ。
「流されたなら、水が向かう方向を追えばいいんですか?」
俺が聞くと、三枝さんは首を横に振った。
「そこまで単純ではありません。崩落で水路そのものが変わっています。途中で逆流している場所もありますし、排水設備が止まって水が溜まっている区画もあります」
「ですよね」
そんなに簡単なら、もう見つかっている。
三枝さんが地図を拡大し、東側にある保守区画を指した。
「ただ、一つ候補があります。二人が流された方向から考えると、この排水通路へ入った可能性がある」
「そこはまだ見てないんですか?」
「途中までは確認しています。ただ、その時は水流が強くて先へ進めませんでした」
神代さんが地図を覗き込む。
「今は?」
「水位が少し下がっています。その代わり、さらに先の区画で上昇しています」
水がなくなったわけではない。場所を変えているだけらしい。
三枝さんは俺を見る。
「久世さんたちにも、こちらを確認してもらいたいと思っています」
「分かりました」
「ただし、今回は《帰り道》は使えないんですよね」
「二人を見つけるまでは使えません」
足元を見ても、当然ながら光はない。
真鍋さんを帰す時には確かに見えていた。でも今の俺には、佐野さんと吉岡さんがどこにいるのかも、どちらへ進めばいいのかも分からない。
「普通に探します」
俺が言うと、三枝さんが頷いた。
「お願いします」
二度目の捜索は、俺と神代さん、それから現地救難員二人の四人で入ることになった。
今回は最初から水へ入るための装備を着けている。
神代さんが自分のハーネスを確認しながら俺を見る。
「久世さん」
「はい?」
「今度は流されないでくださいね」
「気をつけます」
「さっき流されましたから」
「ロープにつながってたので、正確には流されかけただけです」
「同じです」
違うと思うけど、今は反論している場合でもない。
先頭の救難員が手を上げた。
「ここから保守区画です。足元に注意してください」
俺たちは一列になって通路へ入った。
さっき真鍋さんを連れて帰った場所とは、水の流れ方がまるで違う。こちらは深さこそ膝程度だが、床には細かな瓦礫が多く、水も濁っているため足元がほとんど見えなかった。
救難員が確認棒で床を探り、その後を一歩ずつ進んでいく。
「足跡は無理ですね」
俺が言うと、先頭の救難員が頷いた。
「完全に流されてます」
予想どおりだった。
俺は今度は壁を見る。装備がぶつかった跡や、誰かが手をついた形跡でも残っていないかと思ったが、この辺りは崩落時に大量の物が流れ込んでいるせいで、新しい傷なのか以前からあったものなのか判断しにくい。
十分ほど進んだところで、神代さんが足を止めた。
「待ってください」
「何かありました?」
神代さんが壁際の金属柵を照らす。
水面近くに、青い布のようなものが引っかかっていた。
現地救難員が近づいて回収する。
「ベルトですね」
俺も隣から覗き込む。濡れてはいるが、幅の広い青色のベルトだ。
「真鍋さんが言ってたものと同じですか?」
救難員が端末を取り出し、事前に共有されていた佐野さんの装備写真と見比べる。
「一致します。佐野さんのバックパックに付いていたものです」
神代さんが水の流れへ目を向けた。
「少なくとも、装備はここまで流れてきたんですね」
俺も柵を見る。
ベルトが引っかかっている位置は、今の水面より少し高い。佐野さんたちが流された時は、ここも今より水位が高かったのかもしれない。
「この水はどっちから来てます?」
俺が聞く。
救難員が通路の奥を指した。
「向こうです」
俺たちが向かおうとしている方向だ。
本人がここを通ったとは限らない。それでも、初めて見つけた確かな手掛かりだった。
「進みましょう」
俺たちはさらに奥へ向かった。
進むにつれて水音が大きくなった。
通路の横には細い排水路が走っており、水がそこへ流れ込んでは低い場所へ落ちている。会話をするにも、少し声を張らなければならないほどだった。
「久世さん」
神代さんがライトを壁へ向ける。
「これ、見てください」
そこには泥の線が横に長く残っていた。今の水面よりかなり高く、俺の胸あたりまである。
現地救難員が近づいて確認する。
「水位跡ですね。少し前までは、ここまで水が来ていたようです」
「じゃあ、二人が流された頃は今よりずっと深かった可能性がある?」
「高いと思います」
嫌な想像が浮かぶ。
二人は無事なのか。どこかで水から上がれたのか。
考えても答えは出ない。
生きている前提で探す。それが今やるべきことだ。
さらに先へ進むと、通路が二つに分かれていた。
左側は今も水が強く流れ、右側は少し高くなっているため水深が浅い。
「どっちです?」
神代さんが聞く。
俺はすぐには答えなかった。
《帰り道》の光は見えない。こういう時に、何となくで方向を決めるほうが危ない。
「分かりません。地図だと?」
現地救難員が端末を見る。
「左は排水槽へつながっています。右は旧保守通路です」
「人が流された場合は?」
「水に乗ったままなら左でしょう。ただ、途中で自力で上がれたなら右へ避難した可能性もあります」
俺たちは周囲を探した。
床。
壁。
水面。
何か残っていないか。
その時、神代さんが右側の通路を見ながら言った。
「少しだけ光ってるものがあります」
さすがに目がいい。
近づいてみると、床に透明なプラスチック片が落ちていた。拾い上げると、縁の一部が青い。
「ライトのカバーみたいですね」
現地救難員が端末に表示された写真と見比べる。
「佐野さんのものと断定はできませんが、かなり似ています」
強いライト。
青い持ち手。
そして欠けたカバーが、高い保守通路側に落ちている。
「右から見ましょう」
俺が言う。
「異論ありません」
現地救難員も頷いた。
保守通路へ入ると、水は一気に浅くなった。
足首程度しかない代わりに天井が低く、頭上には配管が何本も走っている。場所によっては、少しかがまなければ通れない。
「佐野さん! 吉岡さん!」
救難員が大きな声で呼ぶ。
水音が遠くなった分、さっきより声は通るはずだ。
「救難です! 聞こえたら返事してください!」
返事はなかった。
俺たちは周囲を確認しながら先へ進む。しばらくすると、床の隅に赤いものが落ちているのが見えた。
拾い上げてみると、表面にいくつも傷の付いた小型のボトルだった。
「これ」
神代さんが端末の情報と見比べる。
「吉岡さんのバックパックに付いていた物と似ています」
青いベルト。
ライトの破片。
今度は赤いボトル。
二人の装備が同じ方向で見つかっている。
真鍋さんが言っていた通り、佐野さんは吉岡さんから離れなかった可能性が高い。
「近いかもしれませんね」
俺が言うと、現地救難員も頷いた。
そこからは全員、より慎重に周囲を見ながら進んだ。
何度も二人の名前を呼ぶが、返事はない。
やがて通路が少しずつ下り始め、水深が再び増えてきた。
足首だった水が膝まで来る。
その先では太腿近くまで達していた。
先頭の救難員が足を止める。
「この先、さらに深くなっています」
「どのくらいです?」
「奥は腰以上でしょう」
少し先には金属製の防水扉があり、半分だけ開いている。保守区画を区切るためのものらしい。
「向こうへ行けます?」
俺が聞く。
救難員は水流と扉の状態を確認した。
「今なら行けます。ただ、流れは強いです」
神代さんが何かに気づいたように顔を上げた。
「待ってください」
全員が黙る。
俺も耳を澄ました。
水の音。
配管が震える音。
その中に、時々違う音が混じっている。
カン。
少し間を置いて、またカンと響く。
「金属を叩いてる?」
俺が言うと、神代さんが頷いた。
偶然にしては規則的だった。
現地救難員が防水扉の向こうへ大声を飛ばす。
「救難です! 聞こえていますか!」
金属音が止まった。
数秒の静寂。
そして。
「……おーい!」
声が返ってきた。
全員が顔を上げる。
確かに人の声だった。
「佐野さんですか!」
救難員が叫ぶ。
今度は先ほどよりはっきり返事が届いた。
「そうです! こっちです!」
いた。
俺は思わず前へ出かけて、腕をつかまれた。
神代さんだ。
「久世さん」
「あ」
またやるところだった。
「すみません」
現地救難員が続けて声を飛ばす。
「二人ですか! 吉岡さんも一緒にいますか!」
少し間を置いて返事が来た。
「います! 二人ともいます! でも吉岡が足を怪我してます!」
俺はようやく息を吐いた。
神代さんも隣で少し肩の力を抜く。
まだ助けていない。地上へも帰れていない。
それでも、二人とも生きている。
まずはそれで十分だった。
現地救難員がすぐに通信を入れる。
「捜索班より指揮所。佐野さん、吉岡さんの二名を発見。両名生存確認。吉岡さんに下肢負傷あり」
返答はすぐに来た。
『了解! 現在位置を送ってください!』
俺は半分開いた防水扉の向こうを見る。
二人の声は、さらに奥にある高い場所から聞こえていた。
一方で、足元の水はさっきより少し深くなっている。
見つけた。
ここからは二人を連れ出す番だ。
俺が二人を直接確認できれば、ようやく《帰り道》が使える。
救難は、ここからだった。




