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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


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第22話 水の中の帰り道

「追加ロープと浮力ベルトを要請します」


現地救難員が通信を入れる。


俺は足元の光を見た。


水の中でも消えていない。


足場から下りて、腰近くまで水がある通路へ。


そこから先へ、淡い線が伸びている。


問題は、見えているからといって簡単に歩けるわけじゃないことだ。


「久世さん」


神代さんが隣に来た。


「はい」


「この水の下でも、ずっと見えてるんですか?」


「見えてます」


「床は?」


「見えません」


「……それは困りますね」


本当にそう思う。


《帰り道》は進む方向を教えてくれる。


でも、水の下に穴があるとか、足元に何が転がっているとか、そういうことまでは教えてくれない。


現地救難員が端末を確認した。


「追加装備、三分ほどで届きます」


「来た道より、こっちのほうがいいんですよね?」


俺が聞く。


「現状では」


救難員が地図を開く。


「来たルートは浅いですが、地下水の流入点に近い。水位の上がり方が早いです」


「こっちは?」


「深い代わりに、水位は比較的安定しています。それと途中に固定用アンカーが多い」


ロープを使って移動する前提なら、こちらのほうが安全ということらしい。


《帰り道》がそこまで考えているのかは分からない。


ただ、現地の人が通れると判断している。


なら行ける。


足場に座っていた女性探索者が不安そうに聞いた。


「本当に、ここを通るんですか?」


「はい」


俺が答える。


「でも、無理に歩いてもらうわけじゃないです。装備を使います」


「泳ぐんですか?」


「それは俺も嫌です」


思わず本音が出た。


女性が少しだけ笑った。


さっきより顔が柔らかい。


「名前、聞いてもいいですか?」


「真鍋です。真鍋優衣」


「真鍋さん」


俺は改めて彼女を見る。


怪我は擦り傷程度。


自力歩行可能。


ただ、かなり身体が冷えている。


長時間ここに残す理由はない。


「二人のことは、地上に戻りながら聞かせてください」


「はい」


「いつ分断されたのか。どっちへ流されたのか。何か持っていたか。覚えていること全部」


真鍋さんが頷く。


「分かりました」


ちょうどその時、後方から救難スタッフが到着した。


浮力ベルト。


追加ロープ。


防水ライト。


それと薄手の保温シート。


現地救難員が手早く装備を確認する。


「真鍋さん、これを腰に」


浮力ベルトを装着。


俺たちもハーネス同士をロープでつなぐ。


神代さんが自分の装備を見る。


「全員つなぐんですか?」


「完全に一列ではありません」


救難員が説明する。


「主ロープを壁のアンカーに通します。各自のハーネスはそこへ短く接続。流されても通路の下流まで持っていかれないためです」


なるほど。


こういうのは、俺には分からない。


「久世さん」


「はい?」


「今日は本当に道を見る係ですね」


神代さんが言う。


「普段からそうですよ」


「いつも以上に、です」


確かに。


魔物が出た時なら、まだ神代さんが前へ出ればいい。


でも水は斬れない。


俺も殴れない。


だから現地の救難技術が必要になる。


「準備できました」


救難員が言う。


俺はもう一度光を見る。


変わっていない。


「行きます」



最初の一歩で、深さが一気に変わった。


「うわ」


水が腰まで来る。


冷たい。


さっきの通路より明らかに深い。


「久世さん、大丈夫ですか?」


神代さんが前から振り返る。


「大丈夫です」


「さっきも同じ顔してました」


「冷たいものは冷たいんですよ」


足元を確かめながら進む。


先頭は現地救難員。


地形を知っている人間が前。


その後ろに神代さん。


俺。


真鍋さん。


最後尾にもう一人の救難員。


俺が進行方向を伝え、先頭が実際に通れるか確認する。


「このまま真っ直ぐです」


「了解」


一歩。


また一歩。


水の抵抗だけで、普通に歩くよりずっと疲れる。


壁のアンカーへロープを通し直すたびに止まる。


急げない。


でも、このほうがいい。


真鍋さんが後ろで小さく息を吐いた。


「大丈夫ですか?」


俺が聞く。


「はい。思ったより流れが強くて」


「焦らなくていいです」


「二人がまだ奥にいると思うと……」


声が弱くなる。


「捜索班は動いてます」


「分かってます。でも」


分かっていても心配なんだろう。


当然だ。


「真鍋さん」


「はい」


「二人とは、どの辺りで離れました?」


歩きながら聞く。


少しでも情報が欲しい。


「東側の採取区画から戻ってる途中でした。最初に大きな音がして、そのあと水が一気に」


「三人とも同じ場所に?」


「はい。でも私が手前にいて」


真鍋さんは記憶をたどるように話す。


「後ろにいた二人が倒れました。水が来て……私も流されたけど、たまたま手すりにつかまれて」


「二人は?」


「奥のほうへ」


「名前は?」


「佐野と吉岡です」


男性二人。


昨日もらった資料と一致している。


「二人とも泳げます?」


「佐野は泳げます。吉岡は……普通だと思います」


普通。


ダンジョンで聞くと少し怖い言葉だ。


「装備は?」


「二人とも採取用のバックパック。佐野が強めのライトを持ってました。吉岡は発煙筒と非常ブザー」


現地救難員がすぐ反応した。


「非常ブザーは防水型ですか?」


「はい。三人とも同じものです」


「なら、水に浸かっても使える可能性があります」


これは大きい。


「音を探せる?」


俺が聞く。


「水音が強い場所では難しいですが、近づけば」


相原さんの時とは違う。


足跡ではなく、音が手掛かりになるかもしれない。


「他に何かあります?」


「……佐野は、流される前に吉岡の腕をつかんでました」


真鍋さんが言う。


「じゃあ二人一緒の可能性が高い?」


「たぶん」


それなら少し安心できる。


一人ずつ別方向に流されたよりはいい。


その時。


先頭の救難員が手を上げた。


「止まって!」


全員が止まる。


「どうしました?」


「床がありません」


嫌な言葉が聞こえた。


俺は前を見る。


水の表面は同じにしか見えない。


でも、先頭の人が伸ばした確認棒が深く沈んでいる。


「ここから一メートルほど、床が落ちています」


「深さは?」


「胸くらい。場所によってはそれ以上」


真鍋さんの顔が強張る。


神代さんも水面を見る。


「久世さん、道は?」


光を確認する。


真っ直ぐ。


まさにその場所を通っている。


「このままです」


救難員は周囲を確認する。


左。


右。


壁。


「迂回できる足場はありません」


「通れます?」


俺が聞く。


すぐには返事が来なかった。


ロープ。


アンカー。


水流。


全部を見たあと。


「通せます」


救難員が答えた。


「ただし歩かせません」


「どうするんです?」


「ロープで一人ずつ渡します」


神代さんが前へ出る。


「私が先に行きます」


「お願いします」


救難員が新しいロープを渡した。


神代さんは自分のハーネスへ接続する。


「向こう側のアンカーまで行って固定してください」


「分かりました」


神代さんが水へ入る。


一歩。


二歩。


そして床が落ちる。


身体が沈んだ。


「神代さん!」


思わず声が出る。


すぐに顔が水面から出た。


「大丈夫です!」


本人は普通だ。


ロープにつかまりながら進む。


水流を受けても、身体がほとんど流れない。


やっぱりS級はこういうところでも違う。


やがて反対側へ到着。


アンカーへロープを固定する。


「できました!」


現地救難員が張りを確認。


「次、久世さん」


「俺?」


「ルート確認が必要なので」


そうだった。


逃げたい。


でも俺が先へ行かないと、向こう側で道が曲がった時に困る。


「分かりました」


俺はロープを両手で握った。


「足がつかなくなっても離さないでください」


「はい」


「流れに逆らって立とうとしない」


「はい」


「身体を横にしてください」


「はい」


言われた通りに入る。


一歩。


二歩。


三歩目。


床がなくなった。


「うわっ」


身体が浮く。


流される。


でもロープが止める。


「久世さん!」


神代さんの声。


「大丈夫!」


たぶん声は大丈夫そうに聞こえた。


実際はかなり必死だ。


ロープをたぐる。


水が身体へぶつかる。


あと少し。


神代さんが手を伸ばす。


俺も手を出す。


腕をつかまれ、一気に引き寄せられた。


足が床につく。


「……助かった」


「大丈夫ですか?」


「相馬さんの予想が当たりました」


「拾ってくださいって言われましたね」


「拾われました」


神代さんが少し笑う。


後ろから救難員の声。


「次、真鍋さん!」


真鍋さんの顔が強張る。


俺は反対側から声をかけた。


「大丈夫です!」


説得力があるかは分からない。


「俺でも来れました!」


神代さんが小さく笑った。


「それ、安心材料になるんですか?」


「なるでしょう」


真鍋さんも少し笑った。


「……行きます」


ロープへ接続。


救難員が補助する。


真鍋さんが水へ。


深くなる場所で声が上がった。


それでも離さない。


神代さんが反対側からロープを引く。


俺も手伝う。


「あと少し!」


真鍋さんがこちらへ来る。


最後に神代さんが腕を取った。


無事。


「大丈夫ですか?」


「はい……」


息は荒い。


でも怪我はない。


残る救難員二人も順番に渡る。


全員通過。


「人数確認」


現地救難員が言う。


一人。


二人。


三人。


四人。


五人。


全員いる。


俺は足元を見る。


光はまだ前へ続いていた。



そこから先は、徐々に水が浅くなった。


腰。


膝。


やがて足首。


濡れた身体には、それだけでもかなり楽だった。


「久世さん」


神代さんが言う。


「帰り道、すごいですね」


「今日は現地班の人のほうがすごくないですか?」


「それもそうです」


後ろの救難員が笑った。


「道が分かっても、渡り方が分からなきゃ通れませんからね」


俺も本当にそう思う。


《帰り道》がある。


現地の地形を知っている人がいる。


装備がある。


神代さんみたいに力のある人がいる。


それでようやく一人を帰せる。


一つだけで全部どうにかなるわけじゃない。


通路の先に、見慣れた案内表示が出てきた。


現地救難員が確認する。


「安全区画です」


真鍋さんの肩が下がった。


「戻れた……」


「まだ地上ではないですけどね」


俺が言う。


真鍋さんが笑う。


「でも、もう大丈夫なんですよね」


光を見る。


ここから先は通常の階段へ続いている。


「はい」


今度ははっきり答えた。


「帰れます」


安全区画では別の救難スタッフが待っていた。


真鍋さんの保温と状態確認を引き継ぐ。


三枝さんから通信が入った。


『真鍋さんの収容を確認。久世さん、神代さん、聞こえますか』


「聞こえます」


『ありがとうございます。こちらで地上まで搬送します』


「残り二人は?」


少し間があった。


『まだ発見できていません』


やっぱり。


『ただ、真鍋さんから得られた情報を捜索班へ共有します。非常ブザーについても確認させます』


俺は真鍋さんを見る。


彼女も通信を聞いていた。


「私も話します」


「お願いします」


三枝さんが続ける。


『久世さんたちは一度こちらへ戻ってください。捜索範囲を組み直します』


「分かりました」


通信を切る。


神代さんが剣の位置を直す。


結局、今日は一度も抜いていない。


「一人、帰せましたね」


「はい」


「でもあと二人」


「はい」


俺は足元を見る。


真鍋さんが救難スタッフに引き継がれたことで、《帰り道》の光は薄くなり、やがて消えた。


今の俺には、もう何も見えない。


二人がどこにいるのかも。


どちらへ進めばいいのかも。


だから次は。


探す番だ。


「戻りましょう」


俺が言う。


神代さんが頷く。


「今度は二人を迎えに」


一人は帰った。


でも救難は、まだ終わっていなかった。

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