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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


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200/206

第200話 地図にない門が開く朝

美波が工房から持ち帰った三本の標識を訓練場に並べた翌朝、俺はフェナに手を引かれてギルドの裏庭へ出た。木の頭が三角、丸、四角になった小さな試作品は、どれも冬真さんが手袋越しに触れることを考えて削ったものだ。目隠しをした訓練生たちが順番に触れ、進む方向を言葉にしていた。美波は右手首の固定具を左手で押さえながら、答えを急がせずに聞いている。


「ナオトさん、私も試してみたんです。丸と四角は分かったんですけど、三角の角を一つ見落としました」


「手袋をしてたのか」


「はい。厚い方です。冬真さんに、使った人の感想を伝えたいから」


フェナは手帳を開き、指先でなぞった感触を小さな絵にして見せた。誰かの秘密を書き留めるためではなく、自分が触って確かめたことを残すための頁だった。美波は俺たちに気づくと、訓練生へ休憩を告げて歩いてきた。


「久世、ちょうどよかった。相馬が探していたぞ。北の外縁で、今朝から見たことのない門が出ているらしい」


「門?」


「山の斜面が崩れた跡だ。採掘場の古い入口ではない。石の表面に、まだ読めない文字が刻まれているという」


俺は新しい迷宮が見つかったのだと思ったが、美波は首を振った。迷宮と呼ぶには調査が足りず、魔物がいるかどうかも分からない。現場から届いた報告には、もっと妙なことが書かれていた。


「入口が二つ見えたそうだ。最初に測った人が戻ると、一つになっていた。見間違いか、崩落で塞がったかも判断できない」


美波の視線が俺の顔へ移る。俺の能力を当てにした依頼なら、断る理由を考える前に確かめることがある。俺に分かるのは、自分が帰るための道筋だけだ。まだ入ってもいない門の内側や、消えた入口の場所は分からない。


「調査班は何人ですか」


「人数を決める前に、相馬がお前に説明したいらしい。勝手に期待する連中がいるからな」


美波はそこで言葉を切り、試作品を一本持ち上げた。右手ではなく左手を使い、手袋をした訓練生に先端の形を確かめさせる。その動作を見て、俺は彼女が今回も無理に現場へ出ようとしていないことに少し安心した。


ギルドの会議室には相馬さんと瀬川さん、外縁調査を担当する測量士、それに護衛の鹿島さんがいた。机の上に広げられた地図は、北の外縁にある灰色の岩山を示している。鉱脈も街道もなく、以前は羊飼いが夏だけ通る斜面だったらしい。昨夜の地鳴りで表土が落ち、今朝、石造りの門が姿を現した。


「地図の空白を埋める仕事ですか」と俺が尋ねると、相馬さんは頷かなかった。


「空白のままにしておくかを決める仕事だ。まず外から測る。危険があれば入らない。それで終わっても構わない」


測量士は巻いた図面を開き、現場の写し絵を見せてくれた。門の柱には同じ高さに五つの窪みが並び、そのうち二つだけが黒い。上部には鳥とも魚ともつかない浮彫りがあり、敷居の石には新しい泥が付いている。


「昨夜の雨で流れ込んだ泥でしょうか」


フェナの問いに、測量士は少し困った顔をした。


「それが、周囲の斜面は乾いていたんです。門の内側からだけ泥が出ていました。奥に水場があるのかもしれませんが、確かめた者はいません」


「門の向こうを見た人は?」と鹿島さんが聞いた。


「二人です。二人とも石の廊下を見たと言っています。ただし、一人は左へ曲がる廊下、もう一人は正面へ伸びる廊下だと。立つ位置の差だと思って、同じ場所から描き直させましたが、絵が一致しませんでした」


相馬さんは二枚の写し絵を並べた。どちらにも門の柱と敷居があるのに、奥の壁の角度が違う。描いた時刻は十分ほどしか離れていない。紙の上の差だけでは、廊下が動いた証拠にはならない。しかし、誰かが勝手に入って戻れなくなる前に、入口を管理する必要はあった。


「今日は現地確認までだ。調査に同行するのは俺、久世、フェナ、鹿島、それから測量士の五人。入口の外で警戒員が二人待機する。内側へ進むかどうかは、その場で全員の意見を聞く」


「美波さんは?」とフェナが聞いた。


「今回は街に残る。本人も了承している」と相馬さんは答えた。「右手の治療が先だ。戦えるからといって、いつも剣を持たせるわけにはいかない」


会議を終えたところで、美波が扉から顔を出した。いつから聞いていたのかは分からないが、彼女は鹿島さんに軽く会釈し、俺へ一枚の布を渡した。冬真さんの標識の試作品を包んでいた布だった。


「これは貸すだけだ。三角、丸、四角の札は持っていかなくていい。あれはまだ試作段階だからな。ただ、形を指で確かめる発想は覚えておけ。暗いところで目だけを信じるな」


「美波は、行かなくて平気なのか」


「平気じゃないと言ったら、お前は私を連れていくのか」


俺が返事に詰まると、美波は口元だけで笑った。


「なら、聞くな。私にはここでやることがある。帰ってきたら、見たものを話してくれ。ただし、帰ってきたあとでいい」


その言葉が、昔の美波ならどう言っただろうという考えを俺に起こさせた。彼女は先に帰らないと書いた紙を、今も持っている。だからといって、誰かが現場へ出るたび自分も同行する必要はない。俺は布を畳んで返し、必ず報告すると約束した。


北の外縁へ向かう荷馬車は、街の喧騒を離れると石だらけの道をゆっくり進んだ。フェナは車輪の跳ねるたびに手帳を押さえ、窓のない荷台から山の稜線を見ている。鹿島さんは剣の留め具を確かめたあと、何度も空を見上げた。晴れているのに、鳥が一羽も飛んでいない。


「嫌な静けさですね」と俺が言うと、鹿島さんは肩をすくめた。


「鳥がいないだけで危険とは限らない。だが、いないことに気づいたなら、帰るまで覚えておけ。途中から増えたのか、最後まで来なかったのかで話が変わる」


測量士は山道の途中で馬車を止めさせ、石を積んだ目印の位置を記録した。入口が見えなくなった場合に、外から探すための基準を残すという。俺の能力で入口へ向かえるわけではない以上、こういう作業は俺たちにも必要だった。


崩落した斜面の下には、灰色の門が立っていた。高さは大人の三倍ほど。石は継ぎ目の見えないほど滑らかで、周囲の崩れた岩とは明らかに質が違う。門の上に刻まれた浮彫りは、近づいても鳥にも魚にも見えなかった。羽根のような線の先に、ひれのような輪郭が続いている。


入口の前では警戒員が二人、縄を張っていた。今朝の発見者たちはすでに下山しており、近くにいるのは調査に関わる者だけだという。相馬さんが名簿を確認し、測量士が門の幅と高さを測り始めた。


「さっきの絵より奥が明るい気がします」とフェナが言った。


俺も敷居の向こうを覗いた。灰色の廊下は正面へ続き、遠くの床に薄い光が落ちている。左へ曲がる壁は見えない。測量士は写し絵を見比べ、戸惑ったように眉を寄せた。


「今朝の二枚目と同じです。最初の絵では、ここから左へ曲がっていたはずなのですが」


「光の加減かもしれません」とフェナは言った。「見えたものと、見えなかったものを分けて描いた方がいいと思います」


相馬さんはその提案を採用し、入口からの視線を三つの位置で記録させた。廊下はどこから見ても正面へ伸びている。少なくとも、俺たちが到着してから壁が動く様子はなかった。


次に鹿島さんが敷居へ長い棒を伸ばした。床の石は動かず、棒を引き戻しても異常はない。ただし、棒の先端に黒い粉が付いた。測量士は粉を紙に落とし、匂いを嗅がずに封じた。


「ここで終わりにしますか」と俺は尋ねた。


「まだ入口の調査が終わっていない」と相馬さんは答えた。「ただ、内側へ踏み込むかどうかは別の話だ。まず音を聞こう」


全員が黙ると、廊下の奥から水滴の落ちるような音がした。一定の間隔ではない。三回続いて止まり、しばらくして一回だけ響く。フェナは音の数を数えかけて、途中で手帳を閉じた。


「私、さっきから同じ音を聞いている気がするんです。でも、回数が違います。奥で誰かが合図しているのかもしれないと思ってしまって」


「合図かどうかは分からない」と鹿島さんが言った。「人の声だと決めるには早い」


俺も同じ意見だった。助けを求める人がいると決めてしまえば、入らない判断が難しくなる。だからこそ、ここで聞こえる音だけで救難依頼に変えるわけにはいかない。


そのとき、門の柱に並ぶ五つの窪みのうち、三つ目が鈍く光った。誰も触れていない。光は一度だけ明るくなり、すぐ消えた。測量士が驚いて後ずさると、廊下の奥で石を引きずるような低い音がした。


「全員、縄の外へ」と相馬さんが指示した。


俺たちは敷居から離れた。鹿島さんが最後に下がり、警戒員が縄を持ち上げて通す。門の奥ではまだ何かが擦れる音を立てているが、柱も敷居も動かない。測量士が書きかけの図面を抱えたまま振り向いたとき、俺は奇妙な違和感を覚えた。


門の向こうの光が、さっきより近い。


正面の廊下の床に落ちていた光の帯は、今や敷居から数歩の場所にある。空の太陽はほとんど動いていない。入口の角度も変わっていない。鹿島さんが俺の視線を追い、ゆっくり剣の柄へ手を伸ばした。


「何かいる」


光の帯の向こうで、石のように見えたものが持ち上がった。最初は床の一部が盛り上がったのかと思った。だが、黒い節のある脚が一本、次にもう一本、廊下の影から現れる。大きな甲殻に覆われた生き物が、体を横向きにして壁の隙間を抜けてきたのだ。


俺たちは縄の外にいる。生き物は敷居の内側で止まり、長い触角をゆっくり動かした。甲殻の背には石片が何枚も付着していて、動かなければ廊下の壁と見分けがつかない。鹿島さんは剣を抜かず、低い声で言った。


「刺激するな。こちらを見ているかどうかも分からない」


フェナは俺の袖を掴んだが、足は止めなかった。相馬さんが下がるよう指示すると、彼女は俺と同じ歩幅で縄から離れた。測量士も図面を畳み、警戒員の一人が馬車へ合図を送る。


ところが、甲殻の生き物は俺たちを追わなかった。敷居へ触角を伸ばすと、突然、激しく体を震わせた。硬い脚が石を打ち、乾いた音が何度も響く。何かに怯えているようにも、門から出られず暴れているようにも見えた。


鹿島さんは俺たちの前に立ったまま、門の柱を指した。五つの窪みのうち、今度は四つが黒く沈んでいる。さっき光った三つ目も消えていた。


「生き物が怖がっているのは、俺たちじゃないのかもしれない」


鹿島さんの言葉を聞いた瞬間、門の内側から細い金属音が鳴った。音は高く澄んでいて、冬真さんの工房で聞いた鈴を思い出させた。しかし、風は吹いていない。門の上の浮彫りの輪郭に沿って、銀色の線が走った。


甲殻の生き物が一歩、後退した。続いて、廊下の床がゆっくり沈み始める。石が落ちるのではない。床そのものが、奥へ向かって滑るように下がっていく。生き物は脚を広げて踏ん張ったが、やがて見えなくなった。


「廊下が動いている」と測量士が呟いた。


「記録しろ。距離は測れる範囲だけでいい」と相馬さんが言った。


俺はそのとき、初めて《帰り道》を意識した。ここはまだ外だ。帰るべき街へ続く方向は、来た山道の側にある。門の内側の出来事は何も教えてくれない。なのに、見えなくなった生き物がいた場所へ足を踏み入れたらどうなるか、想像するだけで背筋が冷たくなった。


床の動きが止まると、正面へ続いていた廊下は消えていた。代わりに左へ曲がる短い通路が見え、その先には石壁が立っている。今朝の一枚目の写し絵と、同じ形だった。


測量士は震える手で図面を開き、入口の輪郭を指でなぞった。


「二人とも、間違っていなかったんです。入口は同じでも、奥の通路が入れ替わる」


相馬さんはすぐには答えなかった。門の奥で何かが動く仕組みを見たからといって、それが何のための設備なのかは分からない。魔物が通路を動かしているのか、動く通路に魔物が棲みついたのかも判断できない。


やがて相馬さんは警戒員へ、門の周囲を広く封鎖するよう指示した。近くの村には立入禁止を伝え、詳しい調査は専門班を組んでから行う。俺たち五人は門の外側で観察した事実だけを持ち帰る。それが今日の結論になった。


「もう帰るんですか」とフェナが尋ねた。残念そうな声ではなかった。確認するような口調だった。


「帰る」と相馬さんは答えた。「今日、俺たちが持ってきた道具と人数では、あの通路の中を確かめられない。見つけたから入る、では調査にならない」


フェナは頷き、門の柱を最後にもう一度見た。五つの窪みはすべて黒い。だが、浮彫りの下に、細い線が一本だけ残っていた。彼女はその線を手帳に描き、横に小さく「帰る前に見えた」と書いた。


俺たちは山道を下り始めた。途中で振り返ると、崩れた斜面の灰色の門はまだ見える。あれほど大きいのに、岩の色に紛れると簡単に見失いそうだった。鹿島さんは最後尾から門を見張り、測量士は何度も距離を記録した。


街の屋根が見える場所まで来たとき、俺の頭の奥にある《帰り道》の感覚が、ふいに強くなった。街へ続く道筋はさっきと同じだ。変わったのは方向ではない。道を知っているという感覚に、別の何かが重なった気がした。


俺は足を止め、もう一度だけ山を見た。門は遠すぎて見えない。それでも、石の床が滑る音を耳の奥で思い出した。


「ナオトさん、どうしました?」


「いや。帰る道は、ちゃんとこっちだ」


フェナは俺の言い方に首を傾げた。自分でも説明できない違和感を、能力のせいにしてはいけない。俺は歩き出し、彼女と並んで街へ向かった。


ギルドへ戻ると、瀬川さんが門の発見について新しい報告を受け取っていた。午前中、別の山道から斜面を見ていた羊飼いが、崩落の前からあの門を知っていたと言い出したのだという。


「昔から見えていたんですか」と俺が聞くと、瀬川さんは報告書の一行を指した。


「いえ。羊飼いの方は、子どもの頃に一度だけ見たそうです。そのときは山の向こう側にあった、と」


相馬さんが眉を寄せる。俺も何を言えばいいか分からなかった。動くのは廊下だけではないのかもしれない。けれど、山の反対側に同じ門があったという証言を、いま目の前の門と結びつける根拠もない。


瀬川さんはさらに一枚、薄い紙を差し出した。古い地方史の写しで、文字はところどころ欠けている。読める部分には、門の形をした小さな絵と、たった一行の記述があった。


『門は道を隠さない。道の方が門を忘れる。』


俺はその言葉を声に出さずに読んだ。何を意味するのか、まだ分からない。ただ、あの石の敷居の内側へ踏み込むとき、帰り道を知っていることだけでは足りないのだと、妙にはっきり思えた。


夕方、俺は一度帰宅してから、フェナに頼まれて市場の紙屋へ向かった。彼女は門の形を描いた頁を汚さないよう、手帳に挟む薄い紙を探していた。露店の並ぶ通りはいつもどおり賑やかで、帰還保証札の騒ぎがあった場所には、もう別の商人が布を広げている。誰かが売り文句を叫び、子どもが走り、焼きたてのパンの匂いが流れてきた。山の奥で石の床が動いたことなど、この街ではまだほとんど知られていない。


「ナオトさん、門の絵、変に見えませんか」


フェナが差し出した頁には、五つの窪みと羽根のような浮彫りが描かれていた。俺は今朝の光景を思い返し、窪みの位置は合っていると答えた。しかし、彼女が気にしているのはそこではなかった。


「私、門の上の絵を鳥だと思って描き始めたんです。でも途中で、魚の尾みたいだと思って直しました。見たものが変わったんじゃなくて、私の考えが変わったんですよね。だから、最初に描いた線も消さずに残しました」


紙には薄い鉛筆の跡が二重になっていた。フェナは自分の記憶を正しいものとして押し通さず、どこで考えが変わったかを示している。俺はそれを見て、昼間の測量士が二枚の写し絵を並べた理由を思い出した。


「いいと思う。あの門がどういうものか分かるまで、最初の絵も必要だ」


「それなら、もう一つ書いておきます。私、あの甲殻の魔物を見たとき、怖かったんです。でも、ナオトさんの後ろに隠れたくはありませんでした。自分の足で下がれたことも覚えておきたい」


彼女はそう言って、手帳の端に小さな足跡を二つ描いた。怖さが消えたわけではない。それでも、次に同じような場面が来たとき、自分がどう動けたかを知っていることは助けになるだろう。


紙屋から戻る途中、広場の掲示板に新しい告知が貼られているのを見つけた。北の外縁にある未知の遺構への立入禁止。発見した者への報奨金については後日発表。許可のない採掘や見学は認めない。瀬川さんの筆跡で、読み間違えないよう大きな字が使われていた。


「報奨金って書くと、探しに行く人が出ませんか」とフェナが尋ねた。


「出るかもしれない。でも、隠しても噂は広がる。相馬さんたちも悩んだんだろうな」


俺たちが掲示板を離れようとしたとき、後ろから声がかかった。昼間、門の前にいた警戒員の一人だった。勤務を終えて戻ってきたところらしく、肩には泥の付いた外套を掛けている。


「久世さん。あの門のこと、ひとつ伝え忘れたことがありました」


「何ですか」


「あなた方が下山したあと、入口の外に置いた石の目印を確かめたんです。門から十歩の場所に三つ並べていたはずなのに、二つしか見つからなかった。誰かが動かした可能性もありますが、足跡はありませんでした」


俺は彼に、石を置いた位置と時刻を尋ねた。警戒員は曖昧な記憶を補うように何度か言い直し、最後に「自分の見た範囲では」と付け加えた。俺はその慎重さをありがたく思った。消えた石を門が呑み込んだと決めつければ、調べるべきことを見落とす。


「相馬さんには伝えましたか」


「はい。記録にも残しました。明日は石ではなく、離れた場所から測れる杭を打つそうです。俺たちの見間違いかもしれないけれど、確かめるまでは近づかないようにと」


警戒員が去ったあと、フェナは掲示板の前でしばらく黙っていた。彼女が怖がっているなら、今日はもう門の話をしない方がいいと思った。だが、フェナは自分から顔を上げた。


「ナオトさん。明日、また行くことになっても、私を人数に入れるかどうかは、ちゃんと私に聞いてくださいね」


「もちろんだ。危険な場所へ行くことを、俺が勝手に決めたりしない」


「ありがとうございます。私、怖いから行かないと言うかもしれないし、怖くても確かめたいと言うかもしれません。どっちにするかは、そのとき考えます」


俺は頷いた。彼女が選ぶためには、俺たちが知っていることを隠さず伝えなければならない。未知の門を前にして、俺にできることは思ったより少ない。それでも、何もできないわけではなかった。


帰宅して戸を閉めると、街の喧騒が遠のいた。俺は荷物を置き、靴の泥を落としながら、山道の最後に感じた違和感を考え直した。《帰り道》は街への方向を示していた。それ以上のことを俺が感じたのなら、それは能力ではなく、あの門を見た俺自身の恐怖だろう。


そう結論づけかけたとき、窓の外で乾いた金属音が一度だけ響いた。通りを走る荷車の鈴かもしれない。俺は窓を開けて確かめたが、道には誰もいなかった。遠い山の方角には、夕暮れの雲が低く垂れている。


明日、何が分かるのかは知らない。帰る道が見えることと、門の向こうへ進む理由を持つことは、別の話なのだから。

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