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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


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第189話 横穴に残る光

横穴の入口は、結晶樹の根に半分埋もれていた。篠崎さんが手帳の古い図面と壁の標識を照らし合わせ、三浦さんが携帯灯で奥を確かめる。通路は人が二人並べるほどの幅しかなく、床には細かな砂が積もっていた。壁面に大きな亀裂は見えないが、それだけで通れると決めてはいけないことは、俺にも分かった。


「点検の最終記録は六年前です」と三浦さんが言った。「その後に大きな地殻変動は報告されていません。ただ、結晶の成長で通路が狭くなっている可能性があります」


美波は横穴を覗き、すぐには進めと言わなかった。後ろから響甲獣の脚が地面を踏む音が近づいてくる。倒れた結晶樹の向こうでは薄翅虫が舞い始め、金属を擦るような音が重なっていた。


「篠崎さん、奥の構造を判断する時間はどれくらい要る」と美波が聞いた。


「入口から見える範囲なら五分。ただ、五分後もここに立てる保証はありません」


「なら、入口の岩棚を使って短く確認する。鹿島、後ろを頼む」


鹿島さんは頷き、槍の柄を地面につけずに持ち直した。俺とフェナは記録箱を持つ安堂さんを挟むようにして、壁際へ移った。狭い場所で誰かが慌てて走れば、後ろの人が逃げられなくなる。フェナが提案した顔を合わせる確認を、俺たちは一人ずつ行った。


横穴へ入る前に、俺は《帰り道》を意識した。頭の中には、来た斜坑へ戻る道筋が浮かぶ。倒れた結晶樹のある通路を抜けるのが最も直接的な帰り方らしい。横穴の先にも出口があるのか、それが現在通れるのかは、今の場所からは確信できない。能力が示す道筋を、そのまま安全な道だと思い込むのは危険だった。


三浦さんは岩棚の縁へ細い測定棒を当て、床の硬さを確かめながら一歩進んだ。続いて篠崎さんが天井を見上げ、崩れかけた結晶がないか調べる。二人が戻ってきた時、篠崎さんの表情は少しだけ明るくなっていた。


「入口から十五メートルほどは通れます。奥で右へ曲がり、保守用の広場につながっているはずです。ただし、そこから斜坑へ出る扉が開くかどうかは未確認です」


「扉が開かなければ引き返す。途中で獣が来ても、奥へ逃げ込む判断はしない」と美波が言った。「まず全員で入口から保守広場まで進む。戻れる状態を保つことが条件だ」


俺たちは順番を決め直した。先頭は篠崎さんと鹿島さん、次に三浦さんと安堂さん、フェナ、俺、美波が続く。人数を確認してから歩き出すと、空洞の結晶が奏でる音が背後へ遠ざかり、代わりに自分たちの呼吸が大きく聞こえた。


横穴の壁には、昔の作業員が刻んだらしい浅い線が残っていた。数字の一部は結晶に覆われ、何を示すものか分からない。三浦さんは足を止めず、照明で確認できた部分だけを記録した。調査班の三人にとっては、普段なら見逃せない資料なのだろう。それでも今は立ち止まらない。安堂さんが何度か振り返りかけるたび、篠崎さんは短く首を振った。


右へ曲がる場所で、鹿島さんが手を上げた。先の床に白い筋が走っている。水が流れた跡ではなく、細い結晶が地面から生えているのだという。踏むと砕け、鋭い破片が靴底に刺さる可能性がある。篠崎さんは端の石を一つずつ確かめ、踏んでいい位置を示した。


俺は彼女の足跡を追いながら、自分の能力が何を教えてくれないかを数えていた。床の強度も、獣の位置も、扉の鍵の状態も分からない。そんなことを考えていると、役に立っていないようで落ち着かなくなる。しかし、今は余計な判断をしないことが、俺にできる仕事の一部だった。


保守広場に着いた時、古い照明が一つだけ天井から下がっていた。電源は切れているはずなのに、透明な覆いの中で淡い青の光が揺れている。三浦さんが壁の配線を見て、電気ではなく結晶の発光だと説明した。広場の端には金属製の扉があり、扉の横には手回し式の開閉装置が残っている。


「これが斜坑側の保守扉です」と篠崎さんが言った。「図面上は、開けば検問所の手前に出ます。ただし、反対側から施錠されている可能性があります」


美波は扉の前に立ち、手を当てて振動を確かめた。「外から何かが当たっている感じはない。鹿島、周囲を見ていてくれ。篠崎さん、操作できるか」


「構造を確認します。無理に回すと、古い軸が折れるかもしれません」


俺は扉の前で《帰り道》を意識した。斜坑へ戻る方向は確かに扉の向こうだった。だが、扉が開くかどうかを能力が教えてくれるわけではない。俺が分かるのは、帰りたい場所がそちらにあるということだけだ。


篠崎さんが装置のカバーを開け、三浦さんが油の状態を確認した。作業の間、安堂さんは記録箱を床に下ろし、肩の痛みをほぐしていた。フェナが水筒を差し出すと、彼は小さく礼を言い、二口だけ飲んだ。


「さっき、枝に箱を当ててしまって……すみません」と安堂さんが言った。


「音がしたのは事実です。でも、責めるために覚えておく必要はありません」とフェナは答えた。「次に同じ場所を通るなら、箱の持ち方を変えればいいと思います」


安堂さんは少し驚いたように彼女を見た。「君は、怖くなかったのか」


「怖いです。今も。でも、怖い時に何をしてほしいかは、少しずつ分かるようになりました。黙って責められるより、次にどうするか教えてもらった方が、私は動けます」


その会話を聞いて、俺はフェナがいつの間にか、救難現場で学んだことを自分の言葉にしていると気づいた。誰かに守られるだけだった彼女が、今は別の人の呼吸を落ち着かせようとしている。俺が何か言う前に、安堂さんは記録箱の留め具へ布を巻き、もう音が出ないことを確かめた。


開閉装置は動いたが、扉は途中で止まった。篠崎さんが力を緩め、扉の下を照らす。結晶の根が敷居に入り込み、金属板を押し上げている。力任せに開けば根が割れ、大きな音を立てる可能性がある。美波は扉を見てから、背後の通路へ耳を澄ませた。


奥から、さっきより速い足音が聞こえてきた。響甲獣が横穴へ入ったのか、別の魔物が動いているのかは分からない。音は壁で反射し、近さを判断しにくかった。鹿島さんは槍を構えたまま、美波へ短く報告した。


「何か来る。小型が複数かもしれない。足音が軽い」


「全員、扉の脇へ寄って。篠崎さん、開閉は中止だ」


俺たちは広場の端へ移動した。美波は剣を抜き、鹿島さんが槍の穂先を低く構える。通路の暗がりから現れたのは、結晶の殻を背負った犬ほどの大きさの魔物だった。四本の脚が細かく動き、頭の両側から伸びる触角が壁へ触れる。後ろから同じ姿が二つ、さらに一つ続いた。


「枝喰いだ」と篠崎さんが言った。「響甲獣が根を掘り返すと、落ちた結晶を食べに集まります。普段は人を避けますが、狭い場所では分かりません」


美波は頷き、剣先を少し下げた。「刺激しなければ通り過ぎるかもしれない。全員、動かずに」


枝喰いたちは広場の中央を横切り、壁に生えた結晶を齧り始めた。硬い音が何度も響く。俺は自分の心臓の音まで聞かれているような気がしたが、魔物たちはこちらを見なかった。やがて一体が敷居へ近づき、扉の下の根に口をつけた。


根が細かく砕け、扉の隙間がわずかに広がった。三浦さんが思わず身を乗り出しかけ、美波に肩を押さえられる。魔物が根を食べれば扉が開くかもしれない。だが、都合よく働いてくれる相手ではない。俺たちはその場で待つしかなかった。


突然、通路の奥で大きな音がした。響甲獣の脚が壁に触れたのか、結晶の塊が崩れたのか、広場全体が震えた。枝喰いたちは一斉に頭を上げ、触角を振る。先頭の一体が甲高い声を上げた瞬間、残りの三体が俺たちの方へ向き直った。


「来る!」と鹿島さんが叫んだ。


美波が前へ出て、一体目の突進を剣の腹で受け流した。刃が殻を擦り、火花が散る。彼女は倒すことより、俺たちへ近づけないことを優先していた。鹿島さんは槍で二体目の進路を塞ぎ、扉の反対側へ押し戻す。三体目が壁を蹴って跳ね上がり、安堂さんの記録箱へ向かった。


俺は箱を引こうとしたが、美波の声が飛んだ。「久世、触るな! 人を下げろ!」


言われて初めて、俺は箱より安堂さんの体が近くにあることに気づいた。俺は彼の腕を取り、フェナと一緒に扉の陰へ移った。枝喰いの爪が箱を裂き、記録用の紙が床へ散る。安堂さんが手を伸ばしかけたが、フェナが彼の前へ立った。


「今は拾わないでください。あとで必要なら、皆さんと相談しましょう」


安堂さんは歯を食いしばり、伸ばした手を引いた。彼がこの仕事にどれだけ時間をかけたか、俺には分からない。けれど、箱を取り戻すために命を危険へさらす判断を、誰かが止めなければならなかった。


美波の剣が弧を描き、枝喰いの脚を弾いた。殻の厚い胴を斬りつけても動きを止められないらしく、彼女は関節の向きを見て足場を変えている。鹿島さんが槍を突き出すと、一体が壁へ跳び、結晶葉の残骸を撒き散らした。床が滑りやすくなり、俺たちはさらに後ろへ下がった。


そこで、扉の下から冷たい風が流れ込んできた。枝喰いが齧った根が折れ、敷居の隙間が広がっている。三浦さんが手を伸ばし、扉を押してみた。金属板はわずかに動いたが、まだ人が通れる幅ではない。


「開けられるかもしれません。ただ、もう少し根を外す必要があります」


「工具で切れますか」と俺が尋ねた。


「切れますが、音が出ます。しかも、床の下に根がどこまで伸びているか分からない」


美波は魔物を牽制しながら答えた。「今は待てない。篠崎さん、開ける作業を頼む。久世たちは全員、扉の手前で待機。鹿島、私が二体引き受けるから、残りを止めて」


美波が一歩踏み込むと、枝喰い二体が彼女を追った。速さでは到底かなわない。彼女は敵の勢いを利用して位置を入れ替え、広場の中央へ誘導する。鹿島さんは槍の石突きで残る二体の足元を払ったが、片方が横へ跳び、俺たちのいる扉へ近づいてきた。


フェナが俺の袖を掴んだ。「ナオトさん、安堂さんをこちらへ。扉が開いたら、一人ずつ出られるように並びましょう」


俺は頷き、三浦さんの工具箱を端へ寄せた。安堂さん、篠崎さん、三浦さん、フェナ、俺の順で扉へ向かう。護衛二人は最後に合流する。並びを決めただけで、何かが解決したわけではないが、誰が先に動くかを迷わずに済む。


篠崎さんが細い工具で根を切り離し、三浦さんが扉を少しずつ押した。金属が擦れる音が広場へ響き、枝喰いの一体が振り向く。美波が素早く間へ入り、剣の背で殻を打って進路を変えた。強い衝撃が腕に返ったのか、彼女は一瞬だけ眉を寄せた。


俺は美波へ声をかけかけたが、彼女は振り向かなかった。彼女が今何を見て、どの敵を相手にしているのか、俺には分からない。自分ができるのは、指示された順番を守り、扉が開いたら躊躇なく移動することだ。


扉が人一人分だけ開いた時、冷たい斜坑の空気が頬に触れた。篠崎さんは外側の床を照らし、段差がないか確かめてから安堂さんへ合図する。彼は破れた記録箱を見たが、すぐに目を逸らし、扉をくぐった。続いて篠崎さんと三浦さんが外へ出る。


フェナは俺を見た。「ナオトさん、先に行ってください。私は美波さんたちの合図を確認します」


「でも、フェナが残ったら――」


「一人で残りません。ここから見える場所で待ちます。誰が出たか、私が数えたいんです」


俺は反論を飲み込み、扉の外へ移った。彼女の意思を尊重することと、無理をさせないことは両立できるはずだ。扉の向こうで俺が出口側を確かめ、フェナが護衛の動きを見る。離れすぎないよう、手を伸ばせば届く位置を保った。


美波が一体を弾き飛ばし、鹿島さんへ撤収を指示した。二人は互いの死角を補うように下がり、扉へ向かう。だが、最後の枝喰いが壁を駆け上がり、開いた扉の上から落ちてきた。フェナが息を呑み、俺は反射的に彼女の肩を引いた。


美波の剣が横から入り、魔物の爪を弾いた。枝喰いは扉の縁へぶつかり、硬い殻を鳴らして広場へ転がる。鹿島さんが槍で追撃を止め、美波が最後に扉をくぐった。俺はフェナの手を離さず、七人全員が斜坑側にいることを確かめた。


しかし、扉を閉めようとした三浦さんが、困った顔でこちらを見た。敷居の結晶が引っかかり、金属板が途中で止まっている。隙間から枝喰いの触角が伸び、扉の向こうで硬い音が重なった。


「閉まりません。無理に押すと蝶番が外れるかもしれない」


美波は扉を押さえ、俺たちを斜坑の上へ向かわせた。外へ戻る方向は分かる。だが、ここから検問所までにはまだ長い上り坂があり、背後には閉じきらない扉が残っている。俺はフェナと目を合わせ、七人の列が崩れないよう歩き始めた。


斜坑は緩やかに曲がりながら上へ続いていた。壁の番号札を照らすと、検問所までの距離はまだ半分以上ある。足元は整備されているが、古い運搬用のレールが中央を走り、慌てて踏み越えれば転ぶおそれがあった。俺は先頭の篠崎さんが歩く速度に合わせ、後ろから聞こえる美波の足音を数えた。


「久世、前を見て」と美波が言った。「私のことは鹿島が見ている。お前は列を止めるな」


俺は返事をし、目を前へ戻した。守ってくれる人の無事を確かめたくなるのは自然なことだが、振り返るたびに自分の足元がおろそかになる。美波がそう言った理由は、俺が前の段差につまずきかけた時にはっきり分かった。


斜坑の途中にある退避所へ着くと、篠崎さんは壁の通信箱を開いた。無線は空洞の反響で不安定だったが、ここには地上とつながる有線の通話器がある。彼女は検問所へ状況を伝え、響甲獣の移動と薄翅虫の早期羽化、保守扉が閉まりきらないことを報告した。


『七名全員、負傷の申告なし。これから上部斜坑を撤収します。保守扉は使用禁止として、後続班を入れないでください』


通話器の向こうから、確認の声が返ってきた。篠崎さんは相手に復唱してもらい、退避所の位置と予定時刻を伝え直す。俺はそのやり取りを聞いて少し安心したが、安堂さんは顔を伏せたままだった。記録箱に入っていた紙の大半を失ったことが、まだ頭から離れないのだろう。


「写真の予備は端末に残っていますよね」と俺が尋ねると、彼は頷いた。


「温度と風向の記録も一部は送信できています。でも、現地で手書きした観察図が……去年からずっと描き直していたものなんです」


「それは残念です」と俺は答えた。軽々しく取り戻せるとは言えなかった。「俺にはどれだけ大切か分かりきりません。ただ、取りに戻ることはできないと思います」


安堂さんは唇を噛み、しばらく黙っていた。やがて「分かっています」と答えた声は、悔しさを隠せていなかった。俺はそれ以上励まさなかった。危険な場所へ戻らない判断が正しくても、失ったものへの未練まで消えるわけではない。


退避所の奥には折り畳み式の防護柵が置かれていた。三浦さんが点検票を見つけ、非常時に通路を一時的に区切るためのものだと説明する。これを斜坑の下側へ設置すれば、枝喰いが追ってきても時間を稼げるかもしれない。ただし、響甲獣ほど大きな相手を止める強度はない。


「使うなら今です」と鹿島さんが言った。「保守扉から追ってくる音がする」


美波は篠崎さんに設置方法を確認し、鹿島さんと二人で柵を運んだ。俺も手を貸そうとしたが、彼女に止められる。


「久世は退避所の出口に立って、上へ続く通路を確認して。もし人が来たら、ここへ近づかせないように伝えて」


俺は頷き、退避所の上側へ移った。通路は検問所へ向かって続いているが、先に誰かがいるかどうかは分からない。美波が求めているのは索敵ではなく、実際に人が現れた時の連絡役だった。俺は通路の先を目で見て、フェナと合図を決め直した。


柵の固定には少し時間がかかった。古い床の金具が錆びており、三浦さんが予備の留め具を探す。鹿島さんは下側を警戒し、美波が柵を支えた。俺は通路の奥から足音が聞こえるたびに緊張したが、それは上部で待機する検問所の職員が近づいてきた音だった。相馬さんから連絡を受けたという職員は、現場に入らず退避所の手前で待ち、無線中継の補助を引き受けてくれた。


職員が見せた携帯画面には、検問所側の監視装置が捉えた空洞の振動記録が表示されていた。数値は俺には読めなかったが、篠崎さんは波形を見て、薄翅虫の群れが斜坑へ広がり始めている可能性を指摘した。予想外の羽化が、通路の奥だけの問題ではなくなっていた。


「柵ができたら、すぐ上へ」と篠崎さんが言った。「地上の人にも、入口を閉じる準備をしてもらいます」


設置を終えた美波が、手袋の上から右手首を押さえていた。枝喰いを受け流した時に痛めたらしい。俺が尋ねると、彼女は手首を一度回し、短く答えた。


「動く。けれど、検問所で診てもらう。今は荷物を持たせないで」


いつもなら大丈夫だと言って済ませそうな彼女が、具体的に頼んでくれたことが意外だった。俺は「分かりました」と答え、彼女の予備の荷袋を受け取った。美波は何も言わずに頷いたが、その顔には少しだけ疲れが見えた。


俺たちは退避所を出て、検問所へ向かった。途中で一度、下の方から金属がぶつかる音がした。防護柵に何かが触れたのかもしれない。美波は立ち止まりかけた鹿島さんへ首を振り、今は確認のために戻らないと決めた。通路の状態を調べるのは、羽化が収まってから装備を整えた専門班の仕事だ。


上り坂の終わりが近づいた時、検問所の明かりが見えた。俺の能力が示す帰路と、目で見える出口がようやく重なる。フェナが小さく息をつき、安堂さんは背負っていた破れた箱を下ろした。七人はまだ同じ列にいる。俺はそう確かめた直後、前方の職員がこちらへ向けて腕を横に振るのを見た。


戻れという合図だった。検問所の入口で、白い羽が渦を巻くように舞っていた。誰かが開けた扉の隙間から、薄翅虫の群れが明るい場所へ集まり始めている。出口はもう目の前なのに、そのまま進めば群れの中へ入ることになる。


篠崎さんが声を張った。「上部斜坑で待機! 検問所側の誘導灯を消してください。外から人を入れないで!」


俺は足を止め、前の五人と後ろの二人が離れないよう、フェナへ合図した。帰る場所の方向は少しも変わらない。それでも、扉の向こうへ出るためには、まだ俺の知らない判断が必要だった。



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