第18話 奥へ続く帰り道
「黒田さんのところまで戻りましょう」
そう言ったものの、《帰り道》が示しているのは戻ってきた方向ではなかった。
俺たちが進んできた通路は左。
光は右。
さらに未整備区画の奥へ伸びている。
相原さんが神代さんの背中から光の先を見る。
「本当にそっちなんですか?」
「はい」
「俺たち、そっちから来てないですよね?」
「来てないですね」
「地上から遠ざかってません?」
たぶん。
と言いかけてやめた。
怪我人を余計に不安にさせる必要はない。
「この辺り、崩落が多いので。来た道をそのまま戻れないんだと思います」
同行している救難スタッフも地図を開いた。
「この先は旧搬送路ですね」
「どこにつながってます?」
「途中で南へ折れれば、北区画の主要通路に出られるはずです。ただ……」
また嫌な間だ。
「何です?」
「かなり遠回りです」
やっぱり。
相原さんがため息をつく。
「歩けない俺がいるから?」
俺は光を見る。
「可能性はあります」
「なら、俺をここに置いて応援を呼んだほうが早くないですか」
「その話、最近よく聞くな」
「え?」
「何でもないです」
怪我人はどうして自分を置いていこうとするんだろう。
気持ちは分からなくもない。
自分のせいで周りが危険になると思えば、そう言いたくなるのかもしれない。
でも。
「置いていきません」
「でも」
「道は出てますから」
相原さんが少し黙る。
「全員で帰れる?」
「はい」
「黒田も?」
「まず黒田さんのところへ行きます」
黒田さんは今、安全地点で現地班と待っている。
ただ、《帰り道》は人を探す能力じゃない。
相原さんを見つけた今でも、黒田さんの居場所を直接示しているわけではない。
それでも、この光を進めば地上へ帰れる。
途中で北区画の主要通路へ出られるなら、黒田さんと合流できる可能性も高い。
神代さんが少し身体を揺らした。
「相原さん、痛みは大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「……かなり痛いです」
「それならそう言ってください」
「すみません」
神代さんが少し笑う。
「救助される側が遠慮すると、久世さんが困るので」
「俺?」
「いつも言ってるじゃないですか」
言った気はする。
「まあ、痛みが増えたらすぐ教えてください」
「分かりました」
俺は前を見る。
「行きましょう」
光に従って歩き始めた。
旧搬送路は、思っていた以上に歩きにくかった。
床には大きな亀裂。
一部は水が染み出している。
神代さんが相原さんを背負っている以上、慎重に進むしかない。
「右側、滑ります」
俺が言う。
神代さんが左へ寄る。
「ここ?」
「もう少し左です」
「分かりました」
その後ろを救難スタッフがついてくる。
俺は先頭。
いつもなら神代さんが前で魔物を警戒する。
今日は逆だ。
「神代さん」
「はい」
「前、俺で大丈夫です?」
「何か出たらすぐ下がってください」
「今日訓練したので」
「だからこそ、変な自信を持たないでください」
信用がない。
「柱を使って逃げます」
「ここに柱ありません」
確かにない。
相原さんが神代さんの背中で笑った。
「二人、いつもこんな感じなんですか?」
「違います」
「そうです」
俺と神代さんの声が重なった。
「どっちです?」
相原さんが聞く。
「神代さんが間違ってます」
「久世さんが間違ってます」
また重なった。
相原さんが笑う。
怪我は痛いはずだ。
それでも少し余裕が戻ってきたなら悪くない。
俺は前へライトを向ける。
その時。
光が急に左へ曲がった。
「止まってください」
全員が止まる。
正面にも通路が続いている。
地図では南へ抜けるなら真っ直ぐのはずだ。
「こっちです」
俺は左の細い道を指した。
救難スタッフが地図を見る。
「そっちは旧資材庫です。行き止まりのはずですが」
「光はこっちです」
「また地図と違う?」
「みたいですね」
神代さんが躊躇なく左へ向く。
救難スタッフも地図を閉じた。
「了解です」
相原さんが不思議そうに聞く。
「誰も疑わないんですね」
俺は振り返る。
「何を?」
「その道」
「俺は見えてるので」
「いや、神代さんたち」
確かに。
神代さんはもう細い通路へ入っている。
「前は聞かれましたよ。本当にそっちかって」
「今は?」
神代さんが振り返った。
「久世さんがこっちだと言ったので」
それだけ。
相原さんが小さく息を吐く。
「すごいな」
「何がです?」
「信用されてるんですね」
少し返事に困った。
そう言われると妙に恥ずかしい。
「何度か無事に帰れただけです」
「それを信用って言うんじゃないですか」
神代さんまで言う。
俺は前を向いた。
「行きますよ」
「逃げましたね」
「道案内です」
聞こえないふりをした。
旧資材庫と呼ばれていた場所は、ほとんど崩れていた。
錆びた棚。
壊れた運搬台車。
壁際には古い資材箱。
どう見ても行き止まりだ。
「久世さん」
「はい」
「壁ですね」
「見れば分かります」
光は壁へ向かっている。
俺は近づく。
完全な壁ではない。
積み上がった瓦礫が塞いでいるように見える。
「向こう側がある?」
救難スタッフが壁を確認する。
ライトを隙間へ当てる。
「あ」
「何か見えます?」
「空洞があります」
神代さんが相原さんをゆっくり下ろした。
「少し待てますか?」
「はい」
相原さんを壁際へ座らせる。
救難スタッフが身体を支える。
俺と神代さんで瓦礫を見る。
「動かせます?」
「大きいのは私がやります」
「俺は?」
「小さいものをお願いします」
役割が明確だ。
俺は手前の石をどける。
神代さんは人の頭ほどある岩を持ち上げ、横へ置く。
「それ一人で持てるんですね」
「久世さんも持ちます?」
「遠慮します」
今日、自分の能力は十分確認した。
しばらく瓦礫をどける。
少しずつ隙間が広がる。
向こう側から空気が流れてきた。
「抜けてますね」
救難スタッフが言う。
最後の大きな岩を神代さんが動かす。
人一人が通れる穴ができた。
その向こう。
人工照明。
整備された通路だ。
「主要通路?」
俺が聞く。
救難スタッフが先に抜け、周囲を確認する。
数秒後。
「北区画の補助通路です!」
当たりだ。
地図に載っていなかった連絡路が残っていたらしい。
相原さんをもう一度神代さんが背負う。
「行きましょう」
全員で抜ける。
向こう側へ出た瞬間。
端末が鳴った。
救難スタッフがすぐ確認する。
「通信戻りました!」
未整備区画では圏外だった通信が復旧した。
「現地班、聞こえますか。捜索班です」
ノイズ。
少しして返事。
『聞こえる! 状況は?』
「相原健司さんを発見。生存。左脚負傷。意識清明です」
一瞬。
向こうが静かになった。
そして。
『……了解!』
声の後ろで何か聞こえる。
誰かが大声で何か言っている。
「黒田さん?」
俺が聞く。
救難スタッフが通信を聞く。
『黒田さんがそっちに行くと言ってます!』
やっぱり。
「止めてください」
俺が即答する。
『止めてます!』
相原さんが神代さんの背中から声を上げた。
「黒田!」
当然届かない。
通信端末を借りる。
「黒田さん、聞こえます?」
数秒。
『久世か!?』
近い。
声がでかい。
耳から端末を少し離す。
「相原さん見つけました」
『無事なのか!?』
「本人から」
端末を相原さんへ向ける。
「黒田」
『相原!』
「うるせえよ」
『お前……!』
黒田さんの声が詰まった。
相原さんも少し黙る。
『大丈夫なのか』
「脚やった」
『どのくらい』
「たぶん折れてる」
『大丈夫じゃねえじゃねえか!』
「死んでないから大丈夫だろ」
『お前な……』
二人とも声が少し震えている。
それをごまかすように言い合っている。
「黒田」
『何だ』
「待ってろ」
『……ああ』
「そっち行くから」
『分かった』
短い。
でも十分だった。
相原さんが俺へ端末を返す。
「ありがとうございます」
「俺、見つけただけです」
「それが一番大事だったので」
そう言われると何も返せない。
俺は通信端末を救難スタッフへ返した。
「黒田さんまでどのくらいです?」
「この補助通路なら十五分ほどです」
近い。
足元を見る。
《帰り道》も、この通路を進んでいる。
「行きましょう」
十五分はかからなかった。
前方に人影が見えた。
救難スタッフ。
その中に。
一人だけ規制線ぎりぎりまで出ている男。
右肩を固定している。
黒田さんだ。
「相原!」
叫ぶ。
神代さんの背中で相原さんが顔を上げる。
「だからうるせえって」
「お前!」
黒田さんが走ろうとする。
現地班に止められる。
「走らないで!」
「離せ! あいつ――」
「右肩怪我してるでしょう!」
「歩ける!」
さっきと同じことを言っている。
俺たちが安全地点へ入る。
神代さんが相原さんをゆっくり下ろす。
黒田さんがすぐ近くへ来た。
「お前……」
「よ」
「よ、じゃねえよ」
黒田さんが拳を上げかける。
右肩が痛んだらしい。
顔をしかめる。
相原さんが笑った。
「何してんだよ」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「俺?」
「そうだよ!」
「崩れたの、お前が魔晶鉱見つけたからだろ」
黒田さんが止まる。
相原さんは怒っていなかった。
むしろ呆れた顔だった。
「だから探しに来ようとしたんだよ」
「来なくていい」
「は?」
「その肩で来られたほうが困る」
黒田さんが黙る。
相原さんが続ける。
「救難の人に任せて正解」
「でも」
「黒田」
相原さんの声が少しだけ真面目になった。
「俺、生きてるから」
黒田さんは何も言えなくなった。
数秒。
俯く。
「……悪かった」
「焼肉」
「え?」
「奢りな」
黒田さんが顔を上げる。
相原さんが笑う。
「高い店な」
黒田さんの口元も少しだけ緩んだ。
「それで済むならいくらでも」
「言ったな」
「言った」
ようやく。
二人とも帰る気になったらしい。
俺は少し離れたところで足元を見る。
光。
変化している。
さっきまで俺たち四人を地上へ導いていた線。
今は黒田さんの足元も通っている。
一本。
全員をつなぐように。
そして地上へ向かって伸びている。
「久世さん」
神代さんが隣へ来る。
「変わりました?」
「はい」
「二人とも?」
俺は黒田さんと相原さんを見る。
「帰れます」
神代さんが笑った。
「よかった」
俺もそう思う。
黒田さんがこちらへ来た。
「久世」
「はい」
深く頭を下げる。
「ありがとう」
「まだですよ」
「え?」
「地上まで帰ってないので」
俺は光の先を見る。
「お礼は帰ってからにしてください」
黒田さんが少し笑った。
「ああ」
相原さんが担架へ移される。
黒田さんも現地班から地上への帰還を指示された。
今度は文句を言わない。
俺たちは隊列を整える。
神代さんが俺の隣へ来た。
「今度こそ帰り道ですね」
「はい」
「奥には行かない?」
足元の光を見る。
今度はちゃんと、地上方向。
「たぶん」
神代さんが笑う。
「そこは言い切ってください」
「光はこっちです」
それなら言える。
俺は前を向いた。
探す道は見えなかった。
だから自分たちで探した。
見つけたあとは。
ようやく俺の仕事だ。
「帰りましょう」
今度は二人とも、一緒に。




