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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


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第178話 止まった先の仕事

 救難受付の掲示板に、見慣れない相談票が増えていた。地下へ入った人の救助要請ではなく、予定の仕事を中断して地上へ戻った探索者からの相談だ。俺はその紙を読んでから、瀬川さんの机へ目を向けた。昨日、美波さんが話を聞いたという二人組のことだろう。名前や依頼先は伏せられているが、「現場の通行条件と事前資料に相違」「通信不能」「成果物なし」という三つの欄に印が付いていた。


「これ、救難受付で扱うんですか」と俺が尋ねると、瀬川さんは手元の書類を揃えた。


「依頼の報酬そのものは、契約窓口の担当です。こちらは、帰還した人が危険を報告した時、その情報が次の入域者へ届くかどうかを確認しています。今回は、相談を受けた後に別の班が同じ入口へ行く予定だったので」


「もう入ったんですか」


「いいえ。管理者が入口の使用を一時的に止めています。確認できた範囲で、ほかの班へ連絡が回っています」


 俺はほっとしたが、瀬川さんの顔はまだ晴れなかった。現場の確認が終わるまで作業が止まれば、そこで働く人の予定も収入も変わる。危険を知らせた人が責められるのはおかしい。それでも、止めることによって困る人がいるのも事実だ。どちらかを無かったことにはできない。


「相馬さんが、現場を見に行くそうです」と瀬川さんが続けた。「救難ではありません。施設側が入口と通信設備を点検するので、過去の救難事例を知る立会人として、久世さんにも来てほしいと」


「俺が行って、何を見ればいいんでしょう」


「地図の線だけで帰還を保証できないことを、現場の人へ説明してもらえれば十分です。ただし、設備の安全判断は施設側に任せてください」


 俺は返事をする前に、窓の外を見た。昨夜までの雨は止み、街の看板が日差しを受けて明るくなっている。地下で迷った人を連れ帰るために呼ばれることは多かったが、誰も迷っていないうちに現場へ行く仕事は、まだ慣れない。必要とされる理由がはっきりしているようで、どこまで口を出していいのか分からない。


 午後、俺とフェナは相馬さんの車に乗った。目的地は市街地の外れにある古い資材保管庫で、地下の通路を改修しながら使っているという。道中、相馬さんは二人組の探索者から提出された写真を見せず、まず施設の側が何を確認する予定なのか説明した。写真には作業対象以外の設備が写っている可能性があり、扱いに制限があるからだ。


「今回は俺たちが案内役じゃない。施設の管理者と設備担当が通路を確認する。久世は、帰る方向が分かることと、通ってよいことの違いを聞かれたら答えてくれ」


「分かりました。フェナは?」


「俺と一緒に、説明を聞く側だ。知らない人にも分かる言葉になっているか見てほしい」


 フェナは頷いたあと、窓の外の建物を眺めた。商店街の端を過ぎると、背の低い倉庫が増えてくる。俺たちが普段入る地下施設とは違い、今回の保管庫は地上の搬入口が広く、外からは危険な場所に見えなかった。駐車場には配送車が何台も並び、荷物を運ぶ人たちが忙しそうに動いている。


 入口の前で待っていたのは、施設の管理者と設備担当者、それから依頼主側の窓口担当だった。少し離れたところに、若い探索者二人が立っている。昨日、美波さんと話した二人だと紹介された。片方は泥の跡が残る靴を履き、もう片方は紙袋から水を取り出していた。俺たちを見ると、二人は慌てて背筋を伸ばした。


「今日は作業をさせるために呼んだわけではありません」と管理者が最初に言った。「現場の説明と、昨日の報告に相違がないかを確認するためです。地下へ入る必要はありません」


 その言葉に、若い探索者の一人が目に見えて肩の力を抜いた。俺はその変化を見て、昨日の相談がどんなものだったのか少し想像した。地下へ戻れと言われるかもしれないと思いながら、ここまで来たのだろう。


 管理者は搬入口の脇に置かれた図面台へ、三種類の資料を並べた。施設全体の古い配置図、改修後の設備図、探索者へ渡した作業用の簡略図だ。どれも同じ地下を描いているはずなのに、通路の名前と番号が少しずつ違う。管理者はまず、資料のどこまでが正しいと確認できているかを説明した。


「柵が閉まっていたという報告は、現地の状態と一致しています。改修中のため、通常の作業経路を変更していました。ところが、作業依頼書へその変更が反映されていませんでした」


「中継器の方はどうですか」と相馬さんが尋ねた。


「ランプが点灯していたことは確認できています。ただし、通信の品質が十分だったかは別です。今朝、設備担当が測定し、地下の一部で通信が不安定になることを確認しました」


 若い探索者が、思わず相方を見た。相方は頷いたが、勝ち誇った顔はしなかった。彼らが昨日言ったことが間違いではなかったと分かっても、危険が消えたわけではない。むしろ、次に入る人も同じ場所で連絡できなくなる可能性があると確認されたのだ。


「別の入口から入れたはずだと、昨日はお伝えしました」と窓口担当が言った。「しかし、その入口の利用条件は作業者へ通知されていませんでした。私の説明が不十分でした。申し訳ありません」


 若い探索者は戸惑った顔をした。謝られることを予想していなかったのかもしれない。彼は少し間を置いてから、地下で撮った写真が役に立ったならよかった、と答えた。担当者はそれを聞き、写真の提供と利用範囲について別途同意を確認すると説明した。写真を提出したからといって、撮影に関する規則が自動的に変わるわけではない。


 施設の設備担当者が、入口脇の壁に設置された案内板へ俺たちを連れていった。案内板は透明な板で覆われ、現在の地下の図面が入っているように見える。だが、管理者が覆いを外すと、下からもう一枚、古い図面が出てきた。改修前のものを残したまま、その上に新しい図面を重ねていたのだという。


「新しい方だけを見せるつもりでしたが、隙間から古い番号が見えていました」と設備担当者が言った。「現場の番号札も、更新が途中です。通路が変わったことは分かっていたのに、利用者が何を見て判断するかまで確認できていませんでした」


 俺は透明な板の端を見た。ほんの数センチの隙間から、古い矢印の先が見えている。地上の明るい場所なら見間違えないかもしれない。しかし地下で疲れていたら、目に入った矢印を頼りに歩いてしまう可能性がある。俺には帰る方向が分かる。それでも、目の前の矢印が正しいかどうかは、スキルが教えてくれるわけではない。


「久世さんは、こういう場所でも帰る道が分かるんですよね」と若い探索者が尋ねた。


「俺が帰る道筋は分かります。でも、柵が閉まっているか、通信が使えるか、誰かがそこを通っていいかは分かりません」


「じゃあ、もし俺たちと一緒に入ってたら……」


「たぶん、地上に戻る向きは答えられたと思います。でも、あなたたちが見つけた柵を開ける理由にはならない。俺も、管理者へ確認しようと言ったはずです」


 彼は少し考えてから頷いた。自分より有名な探索者なら、昨日の仕事を簡単に終えられたと思っていたのかもしれない。俺も、以前は強い人がいればどんな道でも進めると思っていた。けれど、どれほど強くても、閉じた柵の向こうが安全になるわけではない。


 設備担当者は案内板の裏側から小さな通信端末を取り出し、地上での動作確認を見せてくれた。呼び出しを押すと管理室の受信機が鳴り、返答が聞こえる。若い探索者はその音を聞いて、地下でも同じようにランプが点いていたと話した。


「地上でつながるのと、地下でつながるのは違うんですね」と彼が言う。


「そうです。今朝の測定では、通路の曲がり角で通信が不安定になりました。設備を直すまでは、ランプが点くことを連絡可能の証拠にできません」と担当者が答えた。


 担当者は管理者へ、故障の報告をする時に「一部不通」とだけ書くのではなく、測定した場所と条件を残したいと申し出た。管理者は賛成したが、そこへ窓口担当が難しい顔をして加わった。作業依頼書に通信不能の区画を書けば、まだ調べていないほかの場所は使えると誤解されるかもしれないという。


「なら、確認できた場所だけを明記して、確認できていない場所は別にしましょう」とフェナが言った。「私たちも救難の時、知らない場所まで安全だと思い込まないようにしています」


 担当者はその提案を受け取り、端末の動作試験を記録する紙を取りに戻った。俺は通信機の小さなランプを見た。緑色の光は、目に入るだけで安心したくなる。けれど、その光が示すのは装置のある状態だけで、声が相手へ届いたかどうかではない。地下で声が返らなかった人のことを思い出し、俺は端末から少し距離を取った。


 若い探索者の相方が、ポケットから手帳を出した。中には、昨日の地下で二人が決めた合図が書かれていた。通信が使えない時には、むやみに別れず、入口へ戻って報告する。実際には、その合図を使う前に帰還を決めたらしい。


「俺たち、これを決めてたのに、途中で俺が怒っちゃったんです」と相方は言った。「一人で残るって言われて、落ち着いて説明できなくて。でも、怒鳴ったから戻ってくれたわけじゃないと思う」


「どうして戻ったと思う?」と俺は尋ねた。


「一緒に撮った写真を見たからです。入口までの道は写ってるのに、先へ進む道は誰も確認してないって、二人とも気づいたんです」


 若い探索者は横で頷いた。俺は、彼らがただ怖くなって戻ったのではないと改めて知った。二人の間には言い争いもあったが、その後に同じ写真を見て判断した時間がある。どちらか一人の手柄にする必要はない。相方は手帳を閉じ、次は怒鳴る前に理由を話すつもりだと言った。


 説明の途中、搬入口の方から大きな声が聞こえた。配送車の運転手らしい男性が、荷物を降ろせないまま待っていることに苛立っていた。管理者はすぐにそちらへ向かい、地下への搬送経路を止めている理由を説明した。男性は納得せず、今日の荷物をどうすればいいのかと問い返した。


「危ないから止めるって、それは分かります。でも、こっちは今日の便で届ける約束なんです。戻っても置き場所がないし、ここで待ってる間も次の仕事が遅れる。誰に聞けばいいんですか」


 管理者は一瞬言葉に詰まった。設備の確認が終わるまで地下へ入れないことは決めていたが、地上で荷物を預かる場所までは用意していなかったのだ。運転手が声を荒らげたのは、危険な通路を使いたいからだけではない。自分の仕事を止められたまま、次の指示がないことに困っている。


 相馬さんは俺たちへ動かないよう示し、管理者と運転手のやり取りを見守った。設備担当者が一度事務所へ戻り、地上の別の倉庫に空きがあるか確認する。そこなら地下へ降ろさずに荷物を一時保管できる可能性があった。ただし、保管条件に合うかどうかは、荷物の種類を確認しなければならない。


「それが無理なら、持ち帰るしかないんですね」と運転手が言った。


「はい。その場合は、依頼主側から運送会社へ連絡し、待機や再配送の扱いを相談します」と管理者が答えた。「ここで勝手に地下へ入っていただくことはできません」


 運転手は不満そうだったが、話を聞くために車を安全な場所へ移した。俺は彼の背中を見送りながら、帰ってきた探索者の相談と似たところがあると思った。危険を避けるために仕事を止めた時、誰かが「止めてよかった」と言うだけでは、その後の仕事は進まない。次に何をするか、誰が決めるかを示さなければ、止めた人だけが責められてしまう。


 フェナが隣で小さく息を吐いた。


「ナオトさん、あの運転手さんも、地下へ行きたかったわけではないんですね」


「うん。荷物をどうしたらいいか知りたかったんだと思う。俺も、仕事が途中で止まったら困るだろうな」


「帰ることを選んだ人が、次の仕事へ戻れるようにするのも大事ですね」


 相馬さんが戻ってきた。彼は若い探索者二人に、昨日の判断をもう一度説明してほしいとは言わなかった。すでに相談室で話しており、必要な事実は記録されているからだ。代わりに、施設側が今後どのように変更を伝えるか、その説明を聞いて気になることがあれば質問してほしいと頼んだ。


 設備担当者は、入口の案内板を一枚の図面に替えること、古い番号札を撤去する前に新しい番号との対応表を作ること、通信が不安定な区画の作業を一時的に止めることを説明した。若い探索者の相方が手を挙げる。


「その対応表って、現場へ入る人も見られますか。管理室にだけ置いてあったら、また同じことになりませんか」


「見られるようにします。ただし、番号札の交換が終わるまでは、作業者を入れません。途中の状態で図面だけ渡しても混乱するので」


「じゃあ、再開する時には、誰が最後に確認するんですか」


 設備担当者は管理者と顔を見合わせた。担当者は工事の完了確認を考えていたが、作業者への説明が届いたかどうかの確認までは決めていなかった。二人はその場で、再開前に施設側と依頼主側の担当者が資料を照合し、入域する班へ説明する手順を作ると答えた。若い探索者はそれを聞き、今度は小さく頷いた。


「俺たちが戻ったの、無駄じゃなかったんですね」と彼が言った。


「無駄だったかどうかを、今ここで決めなくていいと思います」と俺は答えた。「でも、見たことを伝えてくれたから、次の人が同じ柵の前で困らずに済むかもしれない。それは確かです」


 窓口担当は、二人の作業の扱いについても説明した。依頼書の不備が確認されたため、契約の条件を見直している。移動や入域、現場で行った確認に対する支払いをどこまで認めるかは、関係部署で決裁が必要だという。満額を支払うと約束することはできないが、単に「成果物なし」として処理しない方針になった。


 若い探索者はその話を聞いて、何度か頷いた。表情にはまだ不安が残っている。生活に必要なお金の話は、立派な言葉で片付けられない。俺は彼へ何か励ましを言おうとしたが、やめた。ここで俺が保証できることは何もない。代わりに、次の連絡がいつ、誰から来るのかを本人が確認できるよう、瀬川さんの窓口へつなぐことを提案した。


 帰り際、施設の管理者が俺たちを呼び止めた。手には、地下へ入る人へ渡す新しい案内の下書きがある。そこには通行可能な経路のほかに、作業を中止した時の連絡先と、地上へ戻った後の報告先が書かれていた。


「久世さん。これで、帰れる道を示したことになりますか」


「俺には判断できません。設備の人が、実際に通れるか確認する必要があります。でも、帰ってきた人が何をすればいいかは、前より分かりやすいと思います」


 管理者は苦笑し、紙を折らずに持ち直した。相馬さんが補足する。道の説明が分かりやすいことと、現場で安全に使えることは別だ。必要な確認が終わるまでは、この下書きを正式な案内として配布しない。その代わり、説明を受ける人の立場で読み直す機会を設けることになった。


 俺たちは駐車場へ戻った。配送車はまだ数台残っていたが、先ほどの運転手は管理者と別の担当者から連絡を受け、地上の仮置き場所へ荷物を運んでいた。すべてが片付いたわけではない。それでも、止まったまま誰かを待たせるだけではなく、動かせる仕事が見つかっていた。


 車へ乗る前、若い探索者の二人が駆け寄ってきた。最初に相談していた方が、少し照れたように言った。


「久世さん、ひとつだけ。俺たち、次の依頼を受けてもいいんでしょうか」


「それは俺が決めることじゃないよ。契約や体調のこともあるし、二人で相談した方がいい」


「そうですよね。でも、また途中で戻ることになったら、仕事がなくなるんじゃないかって」


 俺は彼の顔を見た。地下の柵を前にして戻ると決めた時より、今の方が怖いのかもしれない。次の仕事を受けるということは、また同じ判断を迫られる可能性があるということだ。俺も、救難に出る前はいつも怖い。怖くなくなる方法は知らない。


「俺も、次の現場で何が起きるかは分からない。でも、分からないことを確認できる相手がいるか、戻った時に話を聞いてもらえるかは、仕事を受ける前に確かめられると思う。二人で行くなら、二人とも納得してから決めてほしい」


 相方の男性が、隣で「そうしよう」と言った。若い探索者は一度唇を噛んでから、ようやく笑った。彼らは互いに肩を軽く叩き、駐車場の向こうへ歩いていく。美波さんが昨日聞いた話の続きを、俺はほんの少しだけ見た気がした。


 帰りの車内で、フェナは窓を少し開けた。外からは乾いた風が入り、遠くで工事の音が聞こえる。相馬さんは次の交差点で車を止め、救難受付からの着信を確認した。急ぎの出動要請ではなく、今日の立会いの記録をどこへ渡すかという連絡だった。俺はその間、保管庫の入口に重なっていた二枚の図面を思い出していた。


 地図は、誰かが線を引けばできる。けれど、その線を見て歩く人が何を知っているかまでは、紙の上から分からない。俺の《帰り道》も、道筋を示すだけで、そこを通る人の仕事や生活を保証しない。今日見たのは、危険を避けて帰ってきた人が、その先へ進むために必要なものだった。


「ナオトさん、疲れましたか」とフェナが尋ねた。


「少し。でも、今日は誰も地下へ入らなくてよかったと思う」


「私もです。何も起きなかった日、というだけではないですけど」


「うん。止まった仕事をどう動かすか、みんなで考えた日だったね」


 相馬さんが通話を終え、車を走らせた。窓の外を流れる街には、今日も帰り道を急ぐ人がいる。俺は救難受付へ戻ったら、現場で見たことを必要な人へ渡そうと思った。次に地下へ入る誰かが、柵の前で一人きりにならないように。何より、戻ってきた人が、その後の暮らしまで失わずに済むように。

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