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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


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第175話 帰還の人数

確認窓の向こうで灯りが揺れた時、俺はもう一度声をかけたくなった。相馬さんは俺の肩へ軽く手を置き、まず本人の呼吸と意識の状態を確かめるよう、地上の医療担当者からの指示を待った。向こうにいる人は返事ができる。けれど、返事ができることと、自分で歩いて戻れることは同じではない。


設備担当の技術者は、仕切りの奥へ入るための保守用扉を調べていた。扉の位置は古い図面にしか記されておらず、現在の点検用資料では配線設備の記号に隠れている。開けること自体は可能らしいが、その先の通路には機械の運転に合わせて条件が変わる場所があるという。技術者は地上の安全管理者と話し、現場の表示を照合するため、もう一人の専門職員を呼んだ。


「奥にいる方へ、少し時間がかかることを伝えてください」と技術者が言った。「ただし、必ず何分で出せるとは言わないでください。まだ確認が終わっていません」


相馬さんが確認窓へ近づき、今は安全な救出経路を調べていることを伝えた。作業員はかすれた声で「分かりました」と答えたあと、足がしびれると付け加えた。相馬さんはその言葉を医療担当へ伝え、本人に無理な姿勢変更をさせないよう指示を受ける。俺は窓から見える腕を見つめた。手袋の指が時折動き、灯りの向きが少し変わる。その小さな動きに安心したくなるが、体の状態を見て判断できるのは俺ではない。


「ナオトさん、声をかける役、代わりましょうか」とフェナが言った。


「うん。ずっと同じ人の声だと、疲れるかもしれないし。俺は記録を取るよ」


フェナは窓の近くへ座り、作業員へ自分の名前と役割を伝えた。何か話してほしいことがあるか尋ねると、作業員は少し考えてから、地上へ戻った相方のことを聞いた。


「先に上がった人は、無事ですか。俺が戻らないから、あいつが責められてないか心配で」


「地上へ戻られた方は、本人の帰還を確認できています。今は休んでいただいています」とフェナが答えた。「あなたがどこで別れたかも、丁寧に教えてくれました」


作業員は短く息を吐いた。責められているかどうかは、俺たちが勝手に答えられることではない。フェナもそこは約束しなかった。ただ、相方が無事に戻り、捜索に必要な情報を伝えてくれた事実だけを話した。窓の向こうの手が、少しだけ力を抜いたように見えた。


俺は手帳へそのやり取りを書き留めながら、地上へ戻った男性の言葉を思い出した。一緒に帰ればよかったと、彼は何度も言っていた。奥に残った人は、その相方が責められていないかを気にしている。互いに相手のことを考えているのに、別れた時にはそこまで話せなかったのだろう。地下の通路では、たった一つの短い連絡が途切れるだけで、気持ちも事実も遠くなる。


地上から専門職員が到着し、技術者と二人で保守用扉の状態を確認した。機械の運転を切り替える必要がある部分については、設備側で手順と影響範囲を照合している。救難班が装置を操作することはなく、俺たちは許可された位置から離れなかった。待っている間、相馬さんは救出後に通る経路の幅と段差を確認するよう指示した。けがをした人が歩けない場合、担架を通せるかどうかで選ぶ道が変わる。


「俺の《帰り道》では、ここから地上へ戻る向きは分かります」と俺は言った。「でも、その道に担架が通れるかまでは分かりません」


「分かってる」と相馬さんが答えた。「今回は施設の人が確認した経路を使う。久世には、帰路の方向が分からなくなった時に補助してもらう。道を決めるのは設備の条件を見てからだ」


俺は頷いた。自分の能力が役に立たないと言われたわけではない。役に立つ範囲をはっきりさせてもらったのだと思った。そうすれば、俺が知らないことを隠さずに済むし、周りの人も必要な確認を続けられる。


保守用扉の開放が許可されたのは、現場の確認を始めてからしばらく経った頃だった。設備担当者は手順を一つずつ声に出して照合し、地上の安全管理者へ完了を報告した。相馬さんは救難班の人数と装備を確認し、医療担当者から必要な注意を受ける。扉が開いても、そこから先を自由に歩いてよいわけではない。先導員が照明と足元を確認し、通行できる範囲を示した。


細い通路へ入ると、空気の匂いが少し変わった。機械油よりも、長い間閉じられていた金属の湿った匂いが強い。壁には更新前の番号札が残り、床には滑りやすい場所があった。俺たちは一列になり、先導員の指示で歩幅を小さくした。確認窓から見えていた灯りが、曲がり角の先に現れる。


作業員は壁際の低い段差に腰を下ろしていた。ヘルメットはかぶったままだが、片足を不自然に伸ばし、膝の上に端末を置いている。俺たちの姿を見ると立ち上がろうとしたため、相馬さんがすぐに声をかけた。


「動かないでください。こちらで状態を確認します。お名前をもう一度教えていただけますか」


作業員は名前を名乗り、点検会社と今朝の入域時刻を答えた。相馬さんは地上の名簿と照合し、本人確認を済ませた。意識ははっきりしているが、足首に痛みがあり、体重をかけられないという。救難班の医療担当者が到着するまで、現場でできる範囲の状態確認を続けることになった。


「連絡しようとしたんです」と作業員が言った。「表示が合わなくて、古い計測器の方を見れば分かると思った。ここの通路は前に使ったことがあったから、すぐ戻れるつもりで……」


「今は経緯を全部話さなくて大丈夫です」と相馬さんが答えた。「まず体の状態を見ます。必要なことは、あとで落ち着いてから聞きます」


作業員は頷いたが、すぐにもう一度口を開いた。


「足を滑らせた後、携帯端末がつながらなくなって。戻ろうとしたら痛くて、途中で転んだらもっとまずいと思ったんです。だからここで待ちました。でも、時間が過ぎるほど、誰にも見つけてもらえない気がして」


俺はその言葉を聞いて、足元の通路を見た。自分の《帰り道》があれば、戻る向きだけは分かったかもしれない。けれど、足を痛めた状態でその道を歩けるとは限らない。方向が分かることと、帰れることの間には、思っている以上に多くの条件がある。


医療担当者が合流すると、相馬さんは現場で聞いた内容を短く引き継いだ。本人が名乗れたこと、足首に強い痛みがあること、意識ははっきりしていること、長時間同じ場所で待っていたこと。本人の状態を確認した医療担当者は、無理に立たせず、搬送の方法を検討するよう指示した。俺たちは周囲の機器へ触れない位置を確保し、必要な道具を受け渡す役を分担した。


問題は、来た道の幅だった。保守用扉を抜けた先には、担架を水平に通しにくい曲がり角がある。足を痛めた作業員をそのまま歩かせるのも危険だ。相馬さんは施設の技術者と医療担当者に相談し、搬送に使える経路を改めて確認することにした。


「今入ってきた道を、逆に戻ればいいんじゃないですか」と俺が言うと、技術者は首を振った。


「人が一人で歩くには十分ですが、搬送するには狭い場所があります。曲がり角で無理に向きを変えると、けがをした方へ負担がかかります」


「別の通路はありますか」


「設備更新の時に残した保守用の通路があります。ただし、現在の運転条件で通れるか、まだ確認していません」


俺は一瞬、また待つのかと思った。すでに本人の姿が見えているのに、ここから先へ進めないことがもどかしい。けれど、相馬さんは急かさなかった。地上の指揮所へ状況を伝え、通路の幅と設備条件、搬送に必要な人数を確認してもらう。医療担当者はその間、本人の状態を見ながら、長く待機しても問題がないかを判断していた。


作業員は俺たちの会話を聞き、申し訳なさそうに目を伏せた。


「俺が余計なところへ入ったから、皆さんまでこんなことに……。足さえ動けば、自分で戻れるんですけど」


「今は無理に歩かないでください」と俺は答えた。「帰る方向が分かっていても、体が動かなければ帰れないことがあります。俺も、何度もそれを見てきました」


「久世さんは、帰り道が分かる人なんですよね」


「はい。でも、俺に分かるのは俺が帰る道筋だけです。あなたが安全に歩けるかは分かりません。だから、今は専門の人と一緒に考えています」


作業員は少し驚いたように俺を見た。救難班が来たらすぐに外へ出られると思っていたのかもしれない。俺も昔は、救難に必要なのは危険な場所へ踏み込む勇気だけだと思っていた。実際には、そこへ入る前に確かめることも、見つけた後に考えることも多い。助けたい相手が目の前にいる時ほど、その手順を飛ばしたくなる。


フェナは作業員の隣へ座り、地上で待っている相方が、最後に別れた場所を教えてくれたことを話した。作業員は「そうですか」と何度も頷いたあと、ようやく少し笑った。


「あいつ、俺が戻らないと、きっと自分のせいだと思うんです。前にも、作業が長引いた時に一人で謝ってて。俺が『気にするな』って言っても、ずっと気にしてた」


「帰ってから、お二人で話せるといいですね」とフェナが言った。「今は、私たちが地上までお手伝いします」


作業員は返事をする前に、壁の向こうの機械音へ耳を向けた。


「ここで待っている間、ずっと同じ音がしてたんです。たまに大きくなって、そのたびに誰かが来たのかと思って。自分で金属を叩いたら聞こえるかもしれないって、何度も試しました」


俺はあの短い音を思い出した。最初に聞いた時、機械の音と区別できなかった。もう少し早く呼びかけていれば、と思う気持ちはある。でも、設備の条件を確かめずに進めば、本人だけでなく俺たちまで危険にさらしていたかもしれない。早く見つけることと、安全に連れ帰ることの両方を考えるのが救難なのだろう。


地上から、別の保守用通路の確認結果が届いた。設備担当者が現地の表示と運転状態を照合し、医療担当者の搬送方法にも対応できる幅があると確認された。ただし、通路の途中に小さな段差があり、搬送中に立ち止まる場所を決める必要がある。相馬さんはその条件を聞き、救難班の追加人員を要請した。俺たちだけで無理に運ぶのではなく、必要な人数が揃うまで待つ。


「ナオトさん、地上へ戻る道は、そちらからでも分かりますか」とフェナが小声で尋ねた。


俺は意識を集中させた。頭の中に浮かぶ帰る方向は、最初に入った通路へ向かっている。別の保守用通路が地上へ通じるかどうかは、今の感覚だけでは判断できない。俺は首を振った。


「俺のスキルが示しているのは、最初に来た道の方だと思う。別の通路が使えるかは、施設の人の確認が必要だよ」


「分かりました。では、今はその確認を信じて、私たちも搬送の準備をしましょう」


フェナはそう答え、医療担当者の指示を聞きに行った。俺は自分の能力が役に立たないことを悔しいとは思わなかった。むしろ、使える範囲を間違えずに済んだことに安堵した。俺が帰れる方向を知っているからといって、全員が同じ道を通る必要はない。今日の救難は、それをはっきり教えてくれた。


追加の人員が到着し、搬送の準備が整った。医療担当者が本人の状態を再確認し、必要な固定と保護を行う。俺は先導員と一緒に、通路の曲がり角で周囲の設備へ接触しないよう、許可された範囲を確かめた。相馬さんは地上へ、これから移動を始めることと、途中で連絡を入れる位置を伝えた。


搬送が始まると、地下の音が急に近く感じられた。複数の足音が狭い通路へ重なり、担架の位置を合わせる声が響く。俺は前方の段差を知らせ、先導員の指示に合わせて立ち止まる。急げば早く地上へ出られるように思えるが、曲がり角では速度を落とさなければならない。作業員は時折痛みを訴え、そのたびに医療担当者が状態を確認した。


「すみません、何度も止めてしまって」と作業員が言うと、相馬さんは首を振った。


「止まる必要がある時は止まります。あなたが謝ることではありません。痛みが変わったら、遠慮せずに伝えてください」


作業員は頷き、目を閉じた。俺はその横顔を見ながら、地上へ戻った相方のことを考えた。あの男性も、きっと同じように何度も時計を見ている。今はもう、本人が見つかったと知らされているはずだ。それでも、顔を見るまでは安心できないだろう。


通路の途中に設けられた待機場所で、俺たちは一度人数を確認した。搬送する作業員が一人、医療担当者と追加の救難員、施設の先導員、相馬さん、フェナ、俺。途中で別の職員と交代した人もいたため、地上の指揮所と照合しながら、誰が今どこにいるかを記録する。研修の机上演習で見た紙片のように、人数だけを合わせれば済むわけではない。


「先ほどの点検室に残っていた中継担当は、地上へ戻っています」と無線から報告があった。「本人確認済みです。こちらの班の移動も記録しました」


相馬さんはその報告を復唱し、俺たちの班が次の区画へ進むことを伝えた。誰かが戻ったという連絡を受けても、今ここにいる人の数と混ぜない。今日はその確認を何度も繰り返しているが、繰り返すたびに、誰も置いていないことを確かめられる。


最後の階段が見えた時、作業員が小さく「明るい」と言った。階段の上には管理棟から差す灯りがあり、外の空気が少し流れ込んでくる。俺はその声を聞いて、胸の奥が熱くなった。地下で待っている間、彼にはどれだけ長い時間だったのだろう。時計の針が同じ速さで進んでいても、誰かを待つ時間と、誰にも見つからずに待つ時間は違う。


地上へ出ると、医療担当者が作業員を引き継ぎ、施設の安全な場所で状態を確認した。相馬さんは地上の指揮所へ、本人を搬送して地上へ戻ったことを報告した。ただし、救難班の全員が戻ったかどうかは、まだ別の確認が必要だった。俺たちは装備を返却し、受付で一人ずつ本人確認を受けた。最後に相馬さんが署名した時、受付職員は入域記録の未帰還欄を見直し、全員の帰還が確認できたと伝えた。


俺はその言葉を聞いて、ようやく長く息を吐いた。自分が帰る方向は、地下にいた時から分かっていた。けれど、こうして全員の名前が確認されるまで、仕事が終わったとは思えなかった。


休憩室の扉が開き、地上へ先に戻っていた作業員が顔を出した。彼は担架の上の相方を見つけると駆け寄りかけたが、医療担当者に止められ、少し離れたところで立ち尽くした。


「……おい。無事だったのか」


「足、やっちゃった。お前、先に戻って正解だったよ。誰かに知らせてくれたんだろ」


「俺があそこで待ってれば、こんなに……」


「待ってたら、二人とも連絡できなくなってたかもしれないだろ。俺も、追加で見るなら地上へ確認するべきだった」


二人はそれ以上、すぐには言葉を続けなかった。地上へ戻った男性は相方の手元を見つめ、何か言おうとして口を閉じる。奥に残っていた作業員も、無理に笑おうとはしなかった。相馬さんは二人の間へ入らず、医療担当者が話せる時間を決めるのを待った。今ここで責任の分担を決める必要はない。まず、二人が生きて顔を合わせたことを受け止める時間があっていいと思った。


やがて作業員が「夕飯、作れなくなったな」と言った。地上へ戻った男性は目を丸くして、それから少し笑った。


「そんなこと、今どうでもいいだろ」


「家で待ってるんだよ。今日は俺が作るって言ってたから」


「だったら、今日は俺が連絡しとく。ちゃんと帰ってきたって」


作業員は頷き、目を閉じた。俺はその会話を聞いて、あの約束がただの予定ではなかったことを知った。帰る場所には、待っている人がいる。俺たちが地下で確かめていた道の先には、そんな当たり前の生活が続いている。


救難が一区切りついた後、管理主任は関係者を集め、今日の経過を簡単に整理した。作業員が予定範囲外の通路へ入った理由、通信が途切れた経緯、旧図面と現在の資料の違い、設備の運転条件と救出経路の確認。どれも、今夜のうちに原因を断定できるものではない。点検会社と施設の管理部門が記録を照合し、必要な調査を進めることになった。


「朝の説明担当者の欄も、間違っていました」と当直員の女性が報告した。「資料を準備した人と、当日説明した人が混ざっていました。訂正履歴は残しましたが、受講した内容の確認はこれからです」


管理主任は頷き、彼女へ礼を言った。以前なら、記録の誤りが見つかったことを恥ずかしく思ったかもしれない。今は、訂正した事実と、まだ確認できていない部分を分けて受け取っている。


「今日の救難が終わったからといって、資料の問題まで終わったことにはしません」と管理主任が言った。「ただ、原因を調べる時に、誰か一人が悪かったと先に決めないようにしたい。実際に何が伝わって、何が伝わらなかったのかを確かめます」


相馬さんはその方針を聞き、救難班が確認した事実を提供すると約束した。設備の安全判断や作業指示の適否は、それぞれの責任者が調べる。俺たちが現場で見たことと、本人から聞いたことも区別して残す必要がある。今夜は誰も、研修を受けたから大丈夫だったとも、研修が足りなかったから事故が起きたとも言わなかった。


救難受付へ戻る車の中で、フェナは窓の外を見ながら長く息を吐いた。川沿いの道には夕方の車が増え、店の看板に灯りがつき始めている。俺は膝の上に置いた手帳を開き、今日の記録を見返した。空欄はまだいくつも残っている。けれど、帰還確認の欄には、地上へ戻った全員の名前と時刻が書かれていた。


「ナオトさん、今日は本当に長かったですね」とフェナが言った。


「うん。見つけた時には、もうすぐ終わると思った。でも、そこからが長かった」


「見つけることと、連れて帰ることは違いますね」


「そうだね。俺のスキルも、帰る方向を教えてくれるだけだから。誰かを連れて帰るには、ほかの人の力が必要なんだって、改めて思ったよ」


フェナは頷き、手帳の未確認欄へ目を向けた。


「明日から、調べることが増えそうです。でも、今日みたいに誰かが待っているなら、急ぐべきことと、確かめるべきことを分けて進めたいです」


「うん。今日帰れた人のことも、まだ帰れないかもしれない誰かのことも、同じように考えたい」


救難受付の灯りが見えてきた。俺は手帳を閉じ、窓の外の道を見た。自分が帰る方向は分かる。けれど、誰かと一緒に帰るためには、これからも聞かなければならないことがある。そのことを忘れずに、次の仕事へ向かおうと思った。

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