↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
166/201

第166話 俺がいない帰り道

翌日の午前、俺たちは再び採掘施設へ向かった。昨日と違って救難装備は最低限で、代わりに紙の地図と筆記具を持っている。今日は救難ではなく、施設が作った案内を実際に使えるか確かめる日だった。


「本当に、俺たちがいていいんですか」


 車を降りながら尋ねると、相馬さんは受付の方を見た。


「意見を出すためにな。ただし、正解を教える役ではない。今日は利用者が自分で判断できるかを見たい」


 フェナは鞄から小さな手帳を取り出した。


「私は、質問された時の言葉を記録します。分からないと言われた場所だけじゃなく、どう聞かれたかも残したいので」


「それ、昨日の記録担当の人みたいだね」


「少し影響を受けました。あの方、帰ったあとも丁寧に時刻を整理してくださっていましたから」


 フェナは照れくさそうに笑った。俺も、あの女性が端末に残した印を思い出した。今度は怖い思いをした人の記録ではなく、怖い思いをする前に気づけたことを残せればいい。


 管理室へ入ると、机の上に三種類の地図が並んでいた。正面受付から入る探索者向け、加工棟で働く職員向け、資材門から入る外部作業員向け。地下の形は同じなのに、地図の向きも書かれている言葉も違う。


「昨日のうちに、入口ごとの案内を作り直しました」


 管理者が説明した。


「ただ、どれが分かりやすいかは、まだ判断できていません。今日は実際の利用者に試してもらいます」


 相馬さんは地図を一枚ずつ見た。


「試す範囲は?」


「中央連絡通路から、各入口へ戻るところまでです。設備担当が安全を確認した範囲に限ります。非常扉の操作は行いません。通路を閉鎖する想定も、実際に閉めるのではなく、監督者がその場で止めて説明します」


「いい。危険な状況を再現する必要はない。判断の過程を確かめよう」


 相馬さんが頷くと、管理者は少し肩の力を抜いた。訓練で怪我をさせては意味がない。何を試し、何を試さないかを決めるところから始めるのだ。


 参加者は六人だった。初めて施設へ来た探索者が二人、加工棟の職員が二人、外部の点検作業員が二人。昨日、加工棟の門で話した年配の作業員も、その一人として来ていた。監督者は各組に付き、危険な場所へ入らないよう確認する。俺とフェナは、別の位置から説明の様子を見ることになった。


「お前さん、今日は道案内してくれないのか」


 年配の作業員が俺に声をかけた。


「今日は、皆さんが案内を読んでどう動くかを見たいんです。俺が先に教えたら、どこが分かりにくいか分からなくなるので」


「なるほど。じゃあ、いつもの道を知ってる俺の方が有利だな」


「そうかもしれません。でも、今日はいつもの門が使えない想定もあります」


「おっと。それは困るな」


 作業員は笑いながら地図を受け取った。彼の笑顔を見て、俺は少し安心した。訓練という言葉だけで身構える人もいる。間違えたら叱られると思えば、分からないことを言いにくくなる。


 開始前、管理者が参加者へ説明した。


「これは皆さんの能力を採点するものではありません。案内が伝わるかを確かめる試験です。分からなかったら、そこで止まって質問してください。危険な場所へ進む前に監督者が止めます」


 探索者の一人が手を挙げた。


「間違った方へ行ったら、失格ですか」


「失格ではありません。どこを見て、どう考えたか教えてください。その情報が必要なんです」


 管理者はそう答えた。昨日、名簿の数字を見て困っていた時より、声が落ち着いているように聞こえた。


 最初の組は、初めて来た探索者二人だった。中央連絡通路の壁に、正面受付へ戻るための案内が掲示されている。二人は地図を開き、分岐の番号を確かめた。


「こっちが正面受付ですよね」


 一人が左を指した。もう一人は少し考え、壁の表示を見上げる。


「地図だと右じゃない? でも、今いる向きが分からない」


 俺は少し離れた場所で、そのやり取りを聞いた。紙の地図は北が上になっている。二人が立っている通路は東西に伸びているが、初めて来た人が方角をすぐ判断できるとは限らない。


「分からないので、聞いてもいいですか」


 二人のうち一人が監督者へ声をかけた。


「もちろんです。どこで迷いましたか」


「地図の上と、今見ている方向が合いません。ここが中央連絡通路なのは分かるんですが、正面受付がどちら側か分からなくて」


 監督者は答えを教えず、質問を記録した。管理者が用意した案内には、分岐の番号はあるものの、立っている場所から見た向きの説明がなかった。


「これ、地図を回してみれば分かるかもしれません」


 もう一人の探索者が紙を持ち直した。二人は少し時間をかけ、実際の通路と地図の線を重ねた。やがて右へ進むと決め、監督者が安全な範囲で同行した。


 フェナが手帳に書き込む。


「ナオトさん、最初の方は地図の向きを質問しました。もう一人の方は、自分で回して確かめましたね」


「うん。二人で話せたから進めたけど、一人だったらどうしただろう」


「それも聞いてみます」


 戻ってきた二人にフェナが尋ねると、片方は笑って答えた。


「一人だったら、たぶん壁の矢印だけ見て進んでました。地図を回すって発想は、相方が言うまでなかったです」


 もう一人も頷いた。


「でも、矢印が見えなかったら、受付へ連絡したと思います。連絡先が地図の裏にあったので」


 フェナはその言葉も記録した。答えを見つけた方法が一つとは限らない。二人で話せる時も、一人で判断しなければならない時もある。


 次の組は、加工棟の職員二人だった。二人には『いつもの加工棟への通路が使えない』という想定が渡されている。ただし、実際の扉は閉めず、分岐の手前で監督者が立ち止まるよう指示した。


「この先は使用できない想定です。どうしますか」


 職員の一人はすぐに答えた。


「じゃあ、正面受付へ回ります。ここを戻って、二つ目の角を曲がれば行けます」


 もう一人は地図を見て首を傾げた。


「それ、普段の搬入用の通路じゃないですか。一般の人が通っていいんでしたっけ」


 最初の職員は足を止めた。


「……そう言われると、いつも荷物を運ぶ時に通ってるから、いいと思ってた」


 監督者は二人に、通路の使用条件を確認するよう促した。地図には『搬入用』と書かれているが、緊急時に通行できるかは記されていない。設備担当に問い合わせたところ、そこは作業車両が通る時間帯があり、徒歩の退避経路としては指定されていなかった。


「普段歩いているから、非常時も歩けると思ってました」


 職員が言った。


「いつもの道が使えないなら、なおさら急いで別の道を探したくなるんです。でも、地図だけでは判断できないですね」


 相馬さんは少し離れたところから頷いた。


「今の段階で、通れない理由を聞けたのは大きい。非常時の手順を作る時、日常の通行経験と混同しないようにする必要がある」


 管理者は、搬入用通路を地図上で目立たなくする案を口にした。だが、加工棟の職員が首を振った。


「見えなくすると、そこへ通じる扉が実際にはあるのに、地図にはないことになります。普段使っている人は、かえって不安になるかもしれません」


「では、通路は載せたまま、用途と通行条件を明確にしましょう」


 設備担当が答えた。図面を消すのではなく、何のための線かを示す。俺はそのやり取りを聞きながら、昨日の案内板のことを思い出した。矢印があることより、その矢印が誰のためのものかが大事なのだ。


 最後は、外部作業員二人の組だった。年配の作業員は、地図を開くより先に歩き出しかけた。


「こっちへ行けば資材門だ。十年通ってるからな」


「今日は、資材門が使えない想定です」


 監督者が告げると、作業員は苦笑した。


「そうだった。つい、いつもの癖で」


 隣の若い作業員が地図を広げる。


「正面受付に回ればいいんですか。でも、ここからだと階段がありますよね。俺たち、工具箱を持ってる想定なんですけど」


「工具箱は置いていってもいいんじゃないか」


「作業の途中で置いたら、通路を塞ぐかもしれません」


 年配の作業員は立ち止まり、若い作業員の顔を見た。


「そうか。いつもなら、重い物を持ってる方が先に歩くのに、今日は逆だな」


 若い作業員は少し笑ったが、すぐに真剣な顔へ戻った。


「俺、昨日初めて来たんです。だから、階段の先がどこへ出るか分からないんですよ」


 その言葉に、年配の作業員は地図を覗き込んだ。


「俺も、正面受付へ抜ける道は使ったことがない。知ってるつもりだったけど、知らない場所があるな」


 監督者は、工具を持っている場合の手順を確認するよう促した。管理者は非常時には荷物を持ち出さず、通路を塞がない位置へ置く方針だと説明したが、その説明は外部作業員の入域案内に書かれていなかった。


「知らなかったです。工具は会社の物だから、置いていったら怒られると思ってました」


 若い作業員が言った。管理者は首を振った。


「人の安全が優先です。そこは会社側にも伝えて、入域前の説明に加えます」


 年配の作業員が大きく頷いた。


「それなら、俺たちも安心して置ける。『命が大事』って言われても、あとで弁償しろと言われるんじゃないかって、現場じゃ考えるからな」


 俺はその言葉に驚いた。避難する時は荷物を置く。当たり前だと思っていたが、仕事で使う道具を預かっている人にとっては、簡単に決められないこともある。案内の一行が足りないだけで、立ち止まる理由が増えてしまう。


 午前の試行が終わると、参加者は管理室へ戻ってきた。六人とも怪我はなく、監督者が同行した範囲だけを歩いた。管理者は机に集まった記録を見て、しばらく言葉を失っていた。


「地図を作った時は、これで十分だと思っていました。番号も出口名も書いたつもりでしたから」


「今日は、分からないと言ってくれる人がいました」


 フェナが答えた。


「本当の緊急時には、聞き返す余裕がない人もいると思います。だから、今ここで質問が出たことを、よかったと考えていいんじゃないでしょうか」


 管理者は頷き、参加者へ礼を言った。年配の作業員が手を挙げる。


「一つだけ、言ってもいいですか」


「もちろんです」


「俺、昨日までは、ここで迷う奴なんていないと思ってました。十年も通ってると、全部知ってる気になる。でも、今日は知らない道があるって分かった。若い奴に聞いて助かったよ」


 隣の若い作業員が慌てて首を振った。


「俺も、工具を置いていいか分からなかったです。聞いてよかったです」


 二人は顔を見合わせて笑った。管理者もようやく笑い、手元の記録を見直した。


「では、今日出た質問をもとに、説明を直します。新しい案内を作ったら、同じ六人だけでなく、別の人にも見てもらいたい」


 相馬さんは頷いた。


「そうしてください。今日の六人が答えを覚えたら、次の試験では迷わないでしょう。それだけで案内がよくなったとは言えませんから」


 俺は机の端に置かれた三種類の地図を見た。どれもきれいに印刷されている。けれど、今日、そこに書かれていない疑問がいくつも出た。紙の見た目が整っているだけでは、人は帰れない。


 片付けを始める前に、探索者の一人がもう一度手を挙げた。


「すみません。さっき、分からなかったら受付へ連絡すると言いました。でも、地下で通信が切れたらどうすればいいんですか」


 管理者は設備担当を見た。設備担当は通路図を開き、中央連絡通路にある非常連絡装置の位置を示した。俺たちが歩いた範囲にも一台あるが、壁の陰に設置されていて、初めて来た人には見つけにくいという。


「普段の巡回では、場所を知っているので気にしていませんでした」


 設備担当が言うと、探索者は頷いた。


「地図に印があれば探せると思います。でも、連絡装置って、使うと警報が鳴るんでしょうか。迷っただけで押していいのか分からなくて」


「緊急時の通報に使う装置です。道を確認するだけなら、通常の連絡手段を使ってほしいところですが……」


 管理者は途中で言葉を止めた。通常の通信が使えないという質問なのに、通常の連絡手段を使うよう答えてしまったことに気づいたのだ。


「そこは、使い方を整理し直します。通信が使えず、現在地や進路を確認できない場合に、どう助けを求めるか。受付へ戻ってから調べるのでは遅いですから」


 相馬さんは頷き、非常連絡装置の点検履歴を確認するよう求めた。装置があることと、実際に使えることは別だ。今日の試行では押していないため、動作確認済みとは扱わない。


 探索者は礼を言い、席へ戻った。俺はその背中を見送りながら、質問をしてくれたことに感謝した。迷わず帰れた人からも、まだ見えていない問題を教わることがある。無事に終わった訓練を、ただ成功と呼んで片付けないことが大切なのだろう。


 昼休み、俺とフェナは施設の外にある小さな休憩所で弁当を食べた。空は晴れていて、加工棟の屋根の向こうに低い山が見える。地下の通路を歩いたあとの昼食は、いつもよりおいしく感じた。


「ナオトさん、今日は《帰り道》を使いませんでしたね」


「うん。必要な場面がなかったから」


「それなのに、こんなにたくさん分かったことがありました」


 フェナは手帳を開いた。地図の向きが分からなかった人、普段の搬入路を非常時にも使えると思った人、工具を置いていいか迷った人。それぞれの言葉が、短い文章で残されている。


「俺が全部の道を教えたら、今日の疑問は出なかったかもしれない」


「はい。でも、ナオトさんが悪いという意味ではありませんよ」


「分かってる。俺が帰り道を示せるのは、助けを待っている人がいる時には大きい。でも、普段から皆が帰れるようにするには、別のやり方が必要なんだと思う」


 フェナは箸を置き、俺の方を見た。


「私は、ナオトさんがいない時にも、皆が帰れる方が嬉しいです」


 その言葉は、少し意外だった。俺が必要とされなくなることを喜ぶなんて、救難を始めた頃の自分には考えられなかったかもしれない。


「そうだね。俺が呼ばれない日が増えたら、いいことだ」


「その日は、普通にお昼ご飯を食べましょう。時間を気にしないで」


「今日も、ほとんど普通に食べてるけどね」


「途中で何度も端末を見てますよ」


 フェナに指摘され、俺は端末を伏せた。確かに、通知が鳴っていないのに画面を確かめる癖が付いている。救難の連絡を待つことが日常になりすぎていた。


 しばらく二人で静かに食べていると、相馬さんから連絡が入った。俺は思わず端末を持ち上げ、フェナに笑われた。


『昼食中か。急ぎじゃない。午後の確認が一つ増えたので、食べ終わったら管理室へ来てくれ』


「了解しました」


 通信を切ると、フェナが首を傾げた。


「何が増えたんでしょう」


「さあ。でも、急ぎじゃないって言ってたし、まず食べよう」


 俺は弁当の残りを口へ運んだ。誰かが帰るために、俺がすぐ走り出さなくてもいい時間がある。そのことが、少し新鮮だった。


 午後の確認は、午前の訓練とは違う内容だった。施設の管理者が、救難受付へ提出する新しい手順書の案を見せてくれたのだ。そこには、三つの入口の記録を一つにまとめる方法と、非常時に連絡を取る順番が書かれていた。


「今日の試行で、もう一つ気づいたことがあります」


 管理者が言った。


「もし誰かが『この道を通れますか』と聞いた時、受付の職員が答えていいのか、設備担当へ回すべきなのか、曖昧でした」


「それは、判断する内容によりますね」


 相馬さんが答えた。


「地図に書かれた通常の経路を案内することと、閉鎖された扉を開けてよいと判断することは違います。後者は設備の安全確認が必要です」


「では、質問を受けた人が、分からない時に誰へつなぐかも書いておきます」


 管理者は手順書の余白に書き足した。俺はそこを見て、昨日の書類の余白を思い出した。分からないことをそのまま残せる場所があると、次に確かめる人へ渡しやすい。


「あと、救難要請を出す基準も決めたいんです」


 管理者は続けた。


「今までは、予定時刻を過ぎても帰らなければ連絡することになっていました。でも、どの入口から出たか分からない場合、ただ記録が遅れているだけなのか、地下に残っているのか判断できません」


 相馬さんは手順書を指した。


「だから、昨日作った入退域の記録が必要になる。まず本人と班の責任者へ確認し、地下にいる可能性が残るなら、未確認のまま放置しない。連絡が取れないことだけで即座に危険と決めつけず、しかし『きっと帰った』とも扱わない」


「その判断を、夜勤の人でもできるようにします」


 管理者は頷いた。


 俺は手順書の最後のページを見た。そこには、『救難班が来るまで待つ』という項目だけでなく、『施設側が先に確認できること』が並んでいる。入退域の照合、連絡手段の確認、設備の状態、待機できる場所の案内。俺が到着する前に、誰かが進められる仕事だった。


「これなら、俺たちが着くまでの時間も無駄にならないですね」


「そうだ。救難班を呼ぶかどうか迷っている間にも、確認できることはある。ただし、危険な場所へ職員を入れて調べさせるのは違う」


 相馬さんは言った。


「確認のために新しい遭難者を増やさない。そこだけは、必ず書いておいてください」


 管理者は大きく頷き、赤いペンでその一文を加えた。


 帰り際、年配の作業員が俺たちを見送ってくれた。手には新しい臨時札があり、名前と番号が読みやすく印刷されている。


「今日の分は、ちゃんと退勤の印も付いたよ」


「よかったですね」


「それでな、明日から新人が二人来るんだ。俺が道を教えることになってる」


 彼は少し照れたように笑った。


「今までは、俺の後ろを付いてこいって言ってた。でも、今日は先に地図を渡して、どこが分からないか聞いてみようと思う。俺がいない日もあるからな」


 俺は頷いた。誰かの後ろを歩くことは、安心につながる。でも、その人がいなくなった途端に帰れなくなるなら、まだ十分ではない。


「それがいいと思います。分からないところがあったら、遠慮なく施設の人へ聞いてください」


「ああ。俺も聞くよ。十年目だけど、知らないことがあるって分かったからな」


 彼は手を振り、加工棟へ戻っていった。


 俺たちが車へ乗ろうとした時、瀬川さんから新しい連絡が届いた。


『今日の訓練結果を見た別の施設から、相談が来ています。救難班に頼る前に、自分たちでできる確認を増やしたいそうです。ただ、そこには今、帰還手順を教える担当者がいません』


 相馬さんは端末を見て、少し考えた。


「久世、お前が毎回そこへ行くわけにはいかないな」


「はい。俺が行かなくてもできる方法を考えたいです」


「なら、次は教える人を増やす仕事だ」


 俺は窓の外を見た。地下から帰る道を知っていることは、俺の役割の一つだ。でも、その道を誰か一人だけが知っている状態を続けたいわけじゃない。


 フェナが隣で手帳を閉じた。


「ナオトさん。次は、私たちがいない時のことを考えるんですね」


「うん。その方が、きっとたくさんの人が帰れる」


 車が動き出した。施設の三つの入口は、後ろの景色の中へ少しずつ遠ざかっていく。俺はそのどれにも、今日、帰還した人の記録が残っていることを思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。