↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
160/206

第160話 矢印を選ぶ人たち

 会議の日、俺はいつもより早く広域調整室へ着いた。


 机の上には、前夜にまとめた資料が並んでいる。案内板の写真、古い地図と新しい地図の比較、救助された探索者が自分から寄せてくれた話。それから、各施設で確認できた経路と、まだ確認されていない経路の一覧だ。


「ナオトさん、緊張していますか」


 フェナが資料を揃えながら尋ねた。


「うん。地下へ入る時とは違う緊張がある」


「今日は誰かを助けに行くわけじゃないですからね」


「そうなんだけど。人前で話す方が、何を言えばいいか分からなくなるんだよ」


 フェナは少し笑った。


「分からないことは分からないって言えばいいんです。今までずっと、そうしてきたでしょう」


「それ、最近よく言うね」


「ナオトさんが、最近よく自分で言ってるからです」


 そう返され、俺も笑ってしまった。


 会議は、広域の施設管理者と救難担当が集まる会議室で行われる。探索者の代表も参加し、実際に案内を使う側の意見を聞くという。設備の専門家ではない俺が呼ばれたのは、避難案内を見た探索者が、どんな判断をしたのかを現場で聞いてきたからだった。


 会議室へ入ると、すでに何人もの人が席についていた。作業服の管理者、図面を抱えた設備担当、探索者用の装備を身につけた人たち。全員が同じ仕事をしているわけではない。そのことが、机に置かれた資料の違いからも分かった。


 相馬さんが俺の隣へ座った。


「久世。今日の会議で、全部を決めようとしなくていい。お前は、自分が見たことを話せばいい」


「はい」


「設備の話になったら、詳しい人に聞け。間違っても、能力で安全を保証できるなんて言うなよ」


「言いません。俺に分かるのは、帰る道筋だけですから」


「それでいい」


 相馬さんは頷き、資料を開いた。


 会議の最初に、施設管理者の代表が今回の経緯を説明した。古い避難図をもとに新しい案内板を作ったこと。現地確認が終わっていない線が、正式な非常口として表示されたこと。案内板を更新しただけでは、使える出口が増えたことにはならないこと。


 説明が終わると、設備担当の一人が手を挙げた。


「今回の施設では問題が見つかりましたが、同じ書式を使っているすべての施設が危険というわけではありません。点検記録が残っている場所もあります。そこは区別していただきたいです」


「もちろんです」


 瀬川さんが答えた。


「今回の目的は、一律に経路を閉じることではありません。使えると確認した根拠が、利用者へ伝わる形になっているかを見直すことです」


 探索者の代表らしい男性が、手元の資料をめくった。


「ただ、現場に入る側からすると、確認済みって書いてあるだけじゃ、何を確かめたのか分からないんですよ。扉が開いたことなのか、地上まで通れたことなのか」


 俺は顔を上げた。昨日まで何度も考えてきたことだった。


「そうなんです。扉が開くことと、外まで通れることは違います」


 思わず口を挟むと、会議室の視線が集まった。俺は慌てて背筋を伸ばした。


「すみません。救難班の久世です。以前、主通路が塞がれた区画で、四人の探索者を救助しました。その時、案内図には別の非常口が描かれていたんですが、通れるかどうか確認されていませんでした。四人は朝に説明を受けていたので、そこへ行かずに待ってくれました」


 俺は少し言葉を選んだ。


「もし説明がなかったら、地図を信じて進んでいたかもしれないと、本人が話してくれました。だから、地図に線を描く時は、どこまで確かめた線なのか、ちゃんと分かるようにしてほしいです」


 探索者の代表が頷いた。


「その四人が助かったのは、説明が届いたからなんですね」


「はい。俺が現場へ行く前に、四人が判断してくれていたんです」


 言い終えて、俺は少し息を吐いた。フェナが隣で小さく頷いてくれた。


 次に、施設管理者の代表が二枚の写真を映した。どちらも地下の分岐に設置された案内板だ。一枚は、非常口が二つあるように描かれた古い案内。もう一枚は、問題の経路を使わないよう修正した案内だった。


「ここで、皆さんに聞いてみたいことがあります」


 管理者は言った。


「もし主通路が塞がれ、最初の案内板だけを見たら、どちらへ進みますか。専門知識があるかどうかではなく、初めてこの場所へ来たつもりで考えてください」


 会議室がざわついた。何人かが右の矢印を指し、別の人は左の線を見つめている。設備担当の一人は、すぐには答えなかった。


「右でしょう。非常口って書いてあるから」


 探索者の代表が言うと、別の参加者も頷いた。


「主通路が塞がれているなら、右しかないと思います」


 管理者は次の写真を映した。右の矢印の先にあるのは、旧搬出室の扉だった。そこから地上へ出る設備は、すでに停止している。現在、避難経路としても待機場所としても使えるとは確認されていない。


「……これ、出口じゃないんですか」


 誰かが呟いた。


「はい。少なくとも、今は出口として案内できません」


 管理者が答えると、会議室の空気が変わった。


 俺は写真を見た。昨日、現地で確認された古い床の矢印も写っている。新しい案内板と古い塗料が、同じ方向を示していた。


「この矢印も、もともとは荷物を運ぶ方向を示すものだったそうです。でも、今の案内板と並ぶと、非常口への目印に見えます」


 俺が説明すると、探索者の一人が眉を寄せた。


「じゃあ、現地の表示も全部見直さないと駄目ですね。紙の地図だけ直しても、地下で別の矢印を見たら迷います」


「そうです。だから、現地で何が見えるかを確かめる必要があります」


 設備担当が答えた。


 会議はその後、案内図に何を載せるべきかという話になった。ある管理者は、細かい情報を増やしすぎると利用者が読まなくなると指摘した。探索者の代表は、必要な情報が少なすぎても困ると言う。


「確認した日付は欲しいです。でも、点検の細かい項目まで書かれても、現場で読む時間はありません」


「では、詳しい点検記録は別にして、案内図には現在使える経路だけを示す形がいいでしょうか」


「それだと、使えない経路があることを知らずに進む人が出ませんか」


 意見が行き来する。俺はしばらく聞いていたが、フェナが手を挙げた。


「使える経路を大きく示して、使えない経路は『進まないでください』と分かるようにするのはどうでしょう。それから、分からない時に連絡する先も、同じ場所に書いてほしいです」


 会議室の何人かが頷いた。


「ただ、通信が届かない場所もあります」


 設備担当が言うと、フェナはすぐに答えた。


「はい。だから、通信が届かない時にどうするかも、施設ごとに決める必要があると思います。全部の施設で同じ方法にするのは難しいですよね」


 俺はその言葉を聞いて、少し安心した。どの場所でも同じ案内を使えれば便利だ。でも、地下の構造も、通信の状態も、待機できる場所も違う。そこを無視して一つの手順を押しつけたら、また別の間違いを作ってしまう。


 相馬さんが手を挙げた。


「救難側から一つ。『迷ったらその場で待て』という言葉を、どの施設でも同じように書くのは避けたい。待っていい場所かどうか、現場の状態によって違うからだ」


「では、どう案内すればいいでしょう」


 管理者が尋ねた。


「施設ごとに、安全を確認した待機場所があるなら、そこを示す。ないなら、連絡方法と、移動を止めるべき条件を専門家と決める。救難班が来るまで動かない方がいい場合もあるが、危険が迫っている場所に留まれとは言えない」


 俺は頷いた。以前、主通路が塞がれた時、四人が待っていてくれたのは、そこが比較的広く、落石の場所から離れていたからだ。どこでも同じように待てばいいわけではない。


 休憩時間になると、探索者の代表が俺のところへ来た。


「久世さん、少しいいですか」


「はい」


「さっきの話を聞いて、気になったことがあるんです。もし非常口が使えるか分からなくて、主通路も塞がれていたら、探索者は何を頼りに判断すればいいんでしょう」


 俺はすぐには答えられなかった。俺なら《帰り道》で戻る道筋を確かめられる。でも、それは俺自身の能力で、ほかの人が使えるものではない。


「まず、施設で教わった連絡方法を使ってほしいです。現在地と人数を伝えて、指示を受けられるなら、その方がいいと思います。ただ、通信が使えない時や、その場所に危険がある時は、施設ごとの手順が必要になります」


「やっぱり、案内を作る側が考えておかないといけないんですね」


「はい。俺も、全部の状況を一つの答えで説明することはできません」


 男性は少し考え、頷いた。


「分かりました。俺たちも、普段から案内をちゃんと読まないといけないですね」


「そうですね。でも、読んだ人が誤解しないように作ることも、大事だと思います」


 男性は笑った。


「それ、今日の会議で一番聞きたかった言葉かもしれません」


 俺は少し照れくさくなった。


 休憩が終わる前に、フェナが机の上へ二枚の紙を並べた。会議で使った写真をもとに、彼女が簡単な案内を作ったものだった。


「ナオトさん。ちょっと見比べてもらえますか」


 一枚目には、通路の形と矢印だけが描かれている。二枚目には、同じ通路の図の横に『この経路は現在使用できません』という注意があり、受付へ連絡する番号と、案内を確認した日付が書かれていた。


「二枚目の方が分かりやすいと思う。でも、これだけだと、今いる場所から受付へどう戻るかまでは分からないかな」


「そうなんです。禁止する場所だけ書いても、次に何をすればいいか分からないんですよね」


 フェナは二枚目の紙を裏返し、余白に書き込みを始めた。


「じゃあ、まず入口で渡す案内には、通常の出入口と連絡先をはっきり書く。地下の分岐には、現在地と使える経路を示す。通信が届かない場合の手順は、施設で確認した内容を載せる……でしょうか」


「うん。ただ、待機場所を決めていない施設なら、勝手に『ここで待って』って書かない方がいいと思う」


「そうですね。分からないところは、空欄のままにせず『確認中』として管理する必要がありますね」


 そこへ、さっき話した探索者の代表が戻ってきた。俺たちの紙を見ると、興味深そうに覗き込む。


「これ、実際に使う予定の案内ですか」


「まだ試しに書いただけです」


 フェナが答えると、男性は二枚目の紙を手に取った。


「いいですね。ただ、入域する時に渡されたら、俺は多分、最初に地図の大きな矢印を見ます。連絡先は、何か起きてから探すと思う」


「じゃあ、連絡先を大きくした方がいいでしょうか」


「大きさもそうですが、どこに書いてあるか覚えられるように、受付で一度説明してもらえると助かります。地図をもらっただけだと、鞄に入れて終わりになることがあるので」


 俺は頷いた。今日の会議で、いくら読みやすい紙を作っても、本人が見ないまましまってしまえば役に立たない。


「説明する人も、毎回同じことを伝えられるようにしたいですね」


 俺が言うと、男性は笑った。


「そうです。受付の人によって話が違うと、結局どれを信じればいいか迷いますから」


 フェナは紙の端に『受付で必ず伝えること』と書いた。俺たちが考えていたのは、地図の作り方だけではなく、その地図を渡す時の約束だった。


 午後の会議では、共通の確認項目を作ることになった。まず、案内図に描かれた経路が実際にどこへ続くか。次に、通行できると判断した根拠と確認日。さらに、非常時に連絡する方法、待機場所の条件、古い案内を持っている人への周知方法だ。


 ただし、それをすべて一枚の地図へ書き込むわけではない。利用者がすぐに見る案内と、施設が保管する点検記録を分け、必要な時に照合できるようにする。


「この項目なら、各施設で確認できますか」


 管理者の代表が尋ねると、設備担当たちが資料を見比べた。


「確認日が古い施設もあります。すぐに全部を揃えるのは難しいでしょう」


「なら、確認が済んでいないことを隠さずに示しましょう。いつまでに何を調べるかも決める必要があります」


 瀬川さんが答えた。


「それから、確認が終わるまで通常入域を続けていいかどうかは、施設ごとの安全担当が判断する。救難側が一律に許可を出すわけではありません」


 相馬さんも頷いた。


 俺は資料に書かれた項目を見ながら、昨日までの仕事を思い出していた。古い案内板を覆うこと、登録者へ通知を送ること、受付で説明すること。どれも一つずつは小さな作業だ。でも、こうして並べると、誰かが地下へ入る前に必要な確認が、少しずつ形になってきたように思えた。


 さらに、探索者の代表から一つ提案が出た。


「入域前の説明を受けたら、代表者だけじゃなく、全員が同じ内容を知っているか確かめる方法はありませんか。班長が分かっていても、途中で別行動になったら、ほかの人は知らないかもしれません」


 俺は以前、遭難者の人数を確認する時、何度も一人ずつ返事をもらったことを思い出した。代表者から『全員います』と聞くだけでは、状況が変わった時に確認し直す必要がある。


「説明を聞く時に、全員がその場にいるようにするのはどうでしょう」


 俺が言うと、施設管理者の一人が頷いた。


「受付の場所によっては、全員を集められます。ただ、大人数の調査班では、代表者へまとめて説明する運用になっている施設もあります」


「その場合でも、代表者が班員へ伝えたことを確認できるといいですね」


 フェナが続けた。


「例えば、使えない経路と連絡先だけは、出発前に全員で確認するようにするとか」


 相馬さんが口を開いた。


「ただし、確認したという印だけ増やしても駄目だ。誰が何を聞いたか分からないまま、全員の欄に印を付けるだけなら、今回の案内板と同じことになる」


 会議室の何人かが苦笑した。


「そうですね。説明する側が、相手に伝わったか確かめる方法も考えましょう」


 管理者の代表は、共通項目の最後に『入域者への説明と理解の確認』を加えた。具体的なやり方は施設ごとに試し、無理なく続けられる方法を選ぶという。


 俺は、ここまでの議論を手帳に書き留めた。最初は案内板の線を一本直す話だった。それが、地図の作成、点検記録、配布方法、説明する相手、連絡の取り方へ広がっている。簡単に終わる仕事ではない。それでも、ここにいる人たちが、それぞれの立場から足りないところを見つけていた。


 最後に、瀬川さんが確認用の一覧を画面へ映した。施設ごとに、今すぐ利用者へ伝えることと、後で調べることが分けられている。


「確認が終わっていない項目は、空欄のままにしないでください。『未確認』と記録し、いつ誰が確認するかを決めてほしいんです」


 瀬川さんが言うと、施設管理者の一人が質問した。


「未確認の項目が一つでもあれば、入域を止めなければならないんでしょうか」


「その判断は、項目の内容と現地の状況によります。避難経路の安全に直接関わることなら、入域を止める必要があるかもしれません。ただ、救難側がここで全施設に同じ判断を出すことはできません」


「では、判断の理由も記録するんですね」


「はい。次の担当者が、何を根拠にその運用を選んだのか分かるようにしたいんです」


 俺は、旧搬出室の案内板に付いていた『確認済み』の印を思い出した。何を確認したのか分からない印は、後から見た人を迷わせる。だから、今回の一覧では、確認した内容そのものを残そうとしている。


 会議が終わる頃、瀬川さんの端末に連絡が入った。彼女は内容を確認し、相馬さんへ画面を見せた。


「別地区の施設から、案内図について問い合わせが来ています。今日の会議で使った確認項目を、すぐに見せてほしいそうです」


「何か問題が見つかったのか」


「はい。入口で配っている地図と、地下の分岐にある案内板で、避難経路の表示が違うと」


 俺は顔を上げた。


「今、入域している人はいるんですか」


「施設側が確認中です。まだ遭難の報告はありません。ただ、今日の午後に入域したパーティがあるそうです」


 相馬さんはすぐに立ち上がった。


「まず人数と現在地を確かめよう。案内の食い違いがあるだけで遭難と決めるな。だが、本人たちへ正しい情報を届けられるかは、今すぐ確認する」


 会議室の空気が変わった。さっきまで、案内図の言葉をどう直すか話していた人たちが、今度は実際の利用者へ連絡するために動き始める。


 俺も資料をまとめて立ち上がった。誰かが地下へ入る前に直せれば、それが一番いい。でも、すでに入っている人がいるなら、今分かっていることを、間違えずに届けなければならない。


 瀬川さんが施設へ折り返し、確認を始めた。


 俺は隣のフェナと目を合わせた。彼女は小さく頷き、記録用の端末を開く。


 俺は机に残っていた二枚の案内図を見た。会議の最初、誰もが当たり前のように出口だと思った矢印が、実際には使えると確認されていなかった。今度の施設では、何が違っているのだろう。地下にいる人たちが、どちらの案内を信じているかも、まだ分からない。


 だから、まず聞かなければならない。何人いるのか。どこにいるのか。どの案内を持っているのか。そして、今、何を知っているのか。連絡がつくなら、急いで結論を押しつけるより、本人たちの言葉を聞く方が先だ。さっき会議で確かめたばかりのことを、今度は現場で使う番だった。


 会議で決めたばかりの項目が、もう必要になっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。