第16話 帰らない救難者
第七層北区画。
現地班と合流した時、救助対象の男は壁際に座っていた。
右肩には簡単な固定具。
顔や服には土埃。
怪我自体は大きくなさそうだ。
それでも、表情はかなり硬い。
「久世さん」
現地班の救難員が俺に気づいて近づいてくる。
「状況は?」
「変わりません。応急処置は済んでます。歩行も問題なし。ただ、本人がここから動かないと」
俺は男を見る。
年齢は三十一歳。
名前は黒田亮介。
B級探索者。
装備を見る限り、前衛だろうか。
腰には片手剣。
盾は見当たらない。
「同行者は?」
神代さんが聞いた。
救難員が首を振る。
「まだ確認できてません」
「最後の通信は?」
「崩落前です」
黒田さんがこちらを見る。
俺たちの話が聞こえたらしい。
「通信じゃない」
低い声だった。
俺は彼の前へ行く。
「黒田さん?」
「ああ」
「久世です。救難所から来ました」
黒田さんの視線が俺の探索者証へ落ちる。
一瞬、Fの表示を見る。
それから顔へ戻った。
「知ってる」
最近これが増えた。
「《帰り道》の人だろ」
「そうです」
「なら話は早い」
黒田さんが立ち上がる。
右肩をかばうような動き。
「俺じゃなくて、相原を助けてくれ」
「相原さん?」
「一緒に入った仲間だ」
「状況を聞かせてください」
黒田さんはすぐ答えた。
「崩落が起きたのは一時間ちょっと前。俺たちは北の旧採掘区画にいた」
「二人で?」
「ああ」
「目的は?」
「素材採取だ。危険指定区域には入ってない」
そこは大事だ。
無茶な攻略で入り込んだわけではないらしい。
「崩落の直前、魔物が出た。ロックリザードが三体」
神代さんが反応する。
「第七層なら珍しくありませんね」
「ああ。普通なら問題なかった」
黒田さんが右肩を見る。
「ただ、足場が崩れた」
地面が割れたらしい。
黒田さんは手前側。
相原さんは奥側。
その間を大量の瓦礫が塞いだ。
「声は?」
「最初は聞こえた」
黒田さんの表情が変わる。
「相原は無事だって言ってた。でも別の出口を探すって」
「その後は?」
「聞こえなくなった」
「通信端末は?」
「圏外」
崩落で周囲の魔力濃度が乱れているらしい。
よくある話ではない。
でも、ないわけでもない。
「最後に声を聞いたのはどこです?」
黒田さんが地図を指す。
俺たちがいる位置から北東。
旧採掘区画の奥。
現地班の救難員が付け加える。
「崩落地点までは確認しました。ただ、瓦礫が大きすぎます。こちらから抜けるのは難しい」
「迂回路は?」
「二つ。ただ、片方は途中で水没。もう一つは未整備区画を通ります」
俺は地図を見る。
「その未整備区画から、相原さんがいる側へ回れる可能性は?」
「あります」
「なら探せますね」
黒田さんがすぐに立ち上がろうとする。
「俺も行く」
現地班の救難員が止める。
「駄目です」
「何でだよ」
「怪我人です」
「肩だけだ」
「だからって――」
「俺が一番あいつの動き方を知ってる!」
声が大きくなる。
救難員も黙った。
黒田さんは続ける。
「相原なら、崩落した時にただ待つような奴じゃない。必ず出口を探して動く」
「だから?」
俺が聞く。
黒田さんが俺を見る。
「どっちへ行くか、俺なら分かる」
自信があるらしい。
一緒に潜ってきた年数が長いのかもしれない。
「何年組んでるんです?」
「六年」
なるほど。
「じゃあ、候補を教えてください」
「教えるだけじゃ駄目だ」
黒田さんは譲らない。
「地形が変わってる。あいつが残す印も俺なら分かる」
「印?」
「二人だけで使ってる」
それは聞いておきたい。
「どんなものです?」
黒田さんが少し迷った。
「石を三つ並べる」
「三つ?」
「普通に並べたら誰かに崩されるだろ。だから、二つ横に置いて、一つを少し離す」
指で形を作る。
「離した一個が進行方向?」
「そうだ」
単純だけど、分かりやすい。
「他には?」
「壁に浅い傷を二本。目立たないように」
俺は頷く。
「それなら探せます」
「だから俺も――」
「帰りましょう」
黒田さんの表情が止まった。
「……何?」
「一度、地上へ」
「話聞いてたか?」
「聞いてます」
空気が張る。
神代さんは口を挟まない。
現地班も黙っている。
黒田さんが低い声で言う。
「相原を置いて?」
「置いていきません」
「じゃあ何で俺だけ帰す」
「怪我してるからです」
「肩だぞ」
「右肩ですよね」
黒田さんは右利きらしい。
武器も右腰。
前衛としてまともに戦える状態ではない。
「歩ける」
「歩けますね」
「なら行ける」
「戦えます?」
黒田さんが黙った。
「左手だけで、普段通り戦えます?」
「……最低限は」
「最低限で相原さんを探して、魔物が出たら?」
「神代さんがいるだろ」
「います」
俺は神代さんを見る。
彼女は何も言わず、俺を見る。
「でも神代さん一人で全部をやる前提にはしません」
黒田さんが苛立ったように息を吐く。
「じゃあどうしろってんだよ」
「相原さんの情報を全部ください」
「だから一緒に――」
「その代わり、俺たちが探します」
黒田さんは俺を睨む。
「信用しろって?」
「無理ならしなくていいです」
自分でも少し冷たい言い方になった。
でも、仕方ない。
「ただ、怪我人を一人増やした状態で捜索するほうが危ないです」
「俺は怪我人じゃない」
「救難記録では怪我人です」
「そんな紙の話してんじゃねえ!」
怒鳴り声が通路に響いた。
俺は黙って待つ。
黒田さんの呼吸が荒い。
しばらくして、声が少し下がった。
「……相原は」
「はい」
「俺のせいで向こうに残った」
その一言で、少し話が変わった。
「どういうことです?」
黒田さんは視線を落とした。
「崩れる直前、俺が素材を見つけた」
「素材?」
「魔晶鉱だ。珍しいやつ」
少し脇道へ入ったらしい。
相原さんは止めた。
でも黒田さんが、
少しだけだから。
すぐ戻る。
そう言って進んだ。
そこへロックリザード。
戦闘。
その最中に崩落。
「俺が行かなきゃ、あそこにはいなかった」
黒田さんが拳を握る。
右肩に痛みが走ったらしく、顔が歪んだ。
「だから俺だけ帰るわけにはいかない」
ようやく分かった。
責任感だけじゃない。
罪悪感だ。
それで帰らない。
「黒田さん」
「何だ」
「相原さんと約束してることあります?」
「約束?」
「何でもいいです」
少し考える。
「……次の休みに飯行く」
「どこへ?」
「焼肉」
「じゃあ、それ守ったほうがいいですよ」
黒田さんが眉を寄せる。
「何の話だ」
「相原さんを見つける」
俺は言う。
「そのあと二人とも帰る」
黒田さんが黙る。
「黒田さんがここで無理して怪我を悪化させたら、相原さんを見つけても今度はあなたを運ぶ人間が必要になる」
「……」
「助けに行くなら、助ける側が増えたほうがいい」
黒田さんは俺を見たまま動かない。
まだ納得していない。
当然だ。
俺だって同じ立場なら、簡単に任せられるか分からない。
その時、神代さんが口を開いた。
「黒田さん」
黒田さんが彼女を見る。
「私も行きます」
「……」
「相原さんを探します」
神代さんはいつもの落ち着いた声だった。
「久世さん一人なら不安ですか?」
「神代さん」
「久世さんは戦えませんから」
「そこ強調しなくても」
黒田さんが一瞬だけ俺を見る。
少しだけ空気が緩んだ。
神代さんは続ける。
「でも、見つけた後なら久世さんが帰り道を示せます」
「……本当に?」
黒田さんが俺を見る。
「相原を見つけたら、二人とも帰れるのか」
「道が出れば」
「出なかったら?」
「その時は別の方法を考えます」
保証はできない。
だから言わない。
「絶対とは言えません。でも」
俺は地図を見る。
「探しに行くことはできます」
長い沈黙。
やがて黒田さんが壁へ背中を預けた。
「……分かった」
現地班の救難員が少し肩の力を抜く。
「地上へ戻る?」
「いや」
黒田さんが首を振った。
「ここで待つ」
「黒田さん」
「帰らない。でも、ついてもいかない」
折衷案らしい。
「相原を連れて戻ってくるまで、ここにいる」
現地班の救難員が俺を見る。
医学的には地上へ戻したいだろう。
でも、この程度の怪我で無理に連行する必要もない。
それに、ここは現地班が確保している安全地点だ。
「分かりました」
俺は答えた。
「ただ、痛みが増えたら帰ってください」
「……分かった」
「本当に?」
「しつこいな」
少しだけ普通の反応に戻った。
俺は装備を確認する。
神代さんも剣の位置を直す。
現地班から救難スタッフが一人同行することになった。
「黒田さん」
俺は最後に聞く。
「相原さんなら、崩落後どっちへ行くと思います?」
黒田さんは地図を見る。
指したのは北東。
「こっちだ」
「理由は?」
「水没側には行かない。あいつ、泳げない」
「探索者なのに?」
「本人に言うなよ。気にしてる」
覚えておこう。
「こっちは?」
俺が未整備区画を指す。
「あいつなら行く」
「危険でも?」
「危険だからじゃない」
黒田さんは断言した。
「出口につながる可能性があるなら行く」
なるほど。
「じゃあ、そこから見ます」
俺たちは歩き始める。
数歩進んだところで、黒田さんに呼び止められた。
「久世」
初めて名前だけで呼ばれた。
振り返る。
「相原を」
そこで声が詰まる。
黒田さんは少しだけ顔を背けた。
「……頼む」
俺は頷いた。
「迎えに行ってきます」
未整備区画へ入る。
すぐに照明が減った。
壁も床も整備されていない。
自然洞窟に近い。
「久世さん」
神代さんが隣を歩く。
「はい」
「《帰り道》は?」
「出てます」
足元には光。
地上方向へ伸びている。
黒田さんを救助対象として認識しているからだろう。
今いる安全地点から地上へ続く道。
でも。
俺たちが向かっている北東方向には伸びていない。
「相原さんの方向は?」
神代さんが聞く。
「分かりません」
「全然?」
「全然です」
俺は光を見る。
便利な能力だと思う。
何度も人を連れて帰った。
でも、こういう時には本当に何もしてくれない。
「帰る道は見える」
前を見る。
暗い未整備区画。
「探す道は見えない」
神代さんが少し考えてから言う。
「じゃあ、今日は久世さんも普通の救難員ですね」
「普段から普通の救難員ですよ」
「スキルの話です」
「分かってます」
足元の光から視線を外す。
今日は頼らない。
壁。
床。
足跡。
落ちている物。
人が通った痕跡。
全部を見る。
「まず、印を探しましょう」
俺が言う。
神代さんが頷く。
三人でゆっくり進む。
十メートル。
二十メートル。
何もない。
さらに奥。
そこで同行していた救難スタッフが足を止めた。
「久世さん」
「はい?」
ライトが床を照らす。
小石が三つ。
二つが並び。
一つだけ少し離れている。
黒田さんが教えてくれた形だった。
俺はしゃがむ。
離れた石の位置を見る。
北東。
「こっちですね」
神代さんも覗き込む。
「相原さんが置いた?」
「たぶん」
確証はない。
でも、人為的に並べられている。
俺は立ち上がった。
その時。
神代さんが壁を照らす。
「久世さん」
二本の浅い傷。
並んで刻まれていた。
今度は間違いない。
相原さんはここを通った。
しかも、自分を探しに来る人間がいると考えて、印を残している。
生きている可能性は高い。
「行きましょう」
俺たちは印が示す方向へ進む。
《帰り道》は、相変わらず反対方向を指していた。
今はそれでいい。
帰るのは。
相原さんを見つけてからだ。




