↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/61

第15話 戦えないままで

「ちゃんと手加減しますから」


神代さんはそう言った。


その言葉を信じた俺が悪かったのかもしれない。


「久世さん、立ってください」


「立ってます」


「それは立っているだけです。構えてください」


「どうやって?」


「まずそこからですか」


神代さんが額に手を当てた。


救難所の地下にある訓練室。


床には衝撃吸収用のマットが敷かれ、壁際には訓練用の剣や盾が並んでいる。


普段は救難スタッフが最低限の護身訓練をする場所らしい。


俺も何度か使ったことはある。


ただし、走る。


転ぶ。


立ち上がる。


そのくらいだ。


剣を持った記憶はほとんどない。


「久世さん」


神代さんが木製の訓練剣を差し出す。


「持ってください」


「重くないですか、これ」


「軽いほうです」


「本当に?」


「本当にです」


受け取る。


確かに持てないほどではない。


でも、しっくりこない。


どう握ればいいのかもよく分からない。


見よう見まねで両手を添える。


神代さんがじっと見る。


「違います」


「まだ何もしてませんけど」


「握り方から違います」


早い。


神代さんが俺の手元へ近づく。


「右手はもう少し上です。左手は力を入れすぎないで」


「こう?」


「……少しマシです」


少しだけらしい。


壁際では、小日向が笑いを堪えていた。


「小日向」


「はい?」


「何でお前いるの」


「見学です」


「仕事は?」


「相馬さんから許可もらってます」


見ると、相馬さん本人も少し離れたところに立っている。


腕を組み、完全に観客の顔だ。


「相馬さん」


「何だ」


「忙しいんじゃないですか」


「忙しい」


「じゃあ戻ってくださいよ」


「訓練状況の確認も仕事だ」


絶対に楽しんでいる。


神代さんが俺の前へ戻る。


「じゃあ、一度振ってみましょう」


「誰かに向けて?」


「最初から対人はやりません」


安心した。


「前に振り下ろしてください」


言われた通りにする。


剣を上げる。


振る。


木剣が空気を切る。


神代さんが黙った。


小日向も黙った。


相馬さんまで黙っている。


嫌な沈黙だ。


「どう?」


俺が聞く。


神代さんは少しだけ視線を逸らした。


「もう一回」


「今の感想は?」


「もう一回お願いします」


何となく分かった。


もう一度振る。


今度はさっきより力を入れる。


木剣の先が少しぶれる。


神代さんが口を開く。


「久世さん」


「はい」


「力を入れすぎです」


「最初は弱かったんじゃ?」


「弱いというより、形が」


「形」


「はい」


「才能あります?」


神代さんが黙った。


「そこ、黙るところですか?」


「正直に言っていいですか?」


「どうぞ」


「今のところ、驚くほど向いてないです」


小日向が吹き出した。


「おい」


「すみません!」


全然申し訳なさそうじゃない。


俺は木剣を下ろした。


「だから言ったでしょう。戦闘向いてないって」


「でも、ここまでとは」


「神代さんまで言わなくていいですよ」


「すみません」


今度は本当に少し申し訳なさそうだった。


でも口元は笑っている。


俺は木剣を返そうとした。


「じゃあ終わりで」


「まだ始まったばかりです」


「もう結論出たじゃないですか」


「剣が向いていないだけです」


「他も試すんですか?」


「もちろんです」


嫌な予感しかしない。



結果から言えば。


格闘も向いていなかった。


「久世さん、脇を締めて」


「締めてます」


「もっとです」


「これ以上締めたら腕動かないですよ」


「そのくらいでいいです」


よくないと思う。


神代さんが軽く手を出す。


俺は避けようとする。


避けたつもりだった。


肩を押された。


視界が回った。


気づけばマットの上に寝ていた。


「……今、何されました?」


「軽く崩しただけです」


「軽く?」


「手加減しています」


「これで?」


神代さんが困ったように笑う。


「かなり」


壁際で小日向がまた笑っている。


「小日向」


「はい」


「次お前やれ」


「僕は見学なので」


「ずるいな」


「新人の特権です」


そんな特権はない。


次に、訓練用の小型盾。


これならまだ使えそうだと思った。


持っているだけでいい。


神代さんが正面から軽く木剣を当てる。


一回目。


何とか受ける。


「お」


思わず声が出た。


「今のは良かったです」


神代さんも褒めてくれる。


少し嬉しい。


二回目。


さっきより強い。


腕が痺れた。


三回目。


盾ごと押されて後ろへ倒れた。


「久世さん!」


神代さんが慌てて近づく。


俺は天井を見る。


「これ、本当に最低限の訓練ですか?」


「……はい」


「S級基準じゃなくて?」


「かなり抑えてます」


救いがない。


起き上がる。


身体に痛みはない。


マットのおかげだ。


「久世さん、怪我は?」


「大丈夫」


「すみません。もう少し弱くします」


「これ以上弱くできるんですか」


「できます」


それはそれで傷つく。


相馬さんが壁から離れた。


「もう剣と格闘はいい」


助かった。


「相馬さん」


「久世が戦えるようになるまでやってたら日が暮れる」


「助けてくれたと思ったのに」


「事実だろ」


否定できない。


相馬さんは床に置かれていた訓練用バッグを足で軽く押した。


「お前に必要なのは、勝つことじゃない」


「はい」


「逃げるまでの時間を作ることだ」


その言葉なら分かる。


神代さんも頷いた。


「そうですね」


「久世は一人で魔物を倒す必要はない。救難中に襲われた時、一撃で終わらない程度のことだけ覚えろ」


「それならできそうです」


俺が言うと、神代さんが少し考えた。


「まず、避け方ですね」


「さっき避けられなかったけど」


「だからやるんです」


また床に転がされる未来が見えた。



そこからは、さっきより現実的な訓練になった。


相手の正面に立たない。


壁際へ追い込まれない。


逃げる方向を先に確認する。


攻撃を完全に避けようとせず、致命傷だけ外す。


転んだ時に手をつかない。


すぐ立ち上がる。


「これは知ってます」


俺が言う。


神代さんが首を傾げた。


「転び方ですか?」


「救難訓練でやるので」


「なるほど」


ようやく一つ得意なものが出た。


神代さんが軽く肩を押す。


俺は後ろへ倒れ、受け身を取ってすぐ立つ。


「おお」


小日向が拍手する。


「そこまで驚くな」


「初めて久世さんがまともにできたので」


「言い方」


でも神代さんも少し感心したようだった。


「起きるの早いですね」


「現場で寝てたら踏まれるので」


「それはそうですね」


何度か繰り返す。


今度は神代さんが進路を塞ぐ。


俺は戦わず、横へ逃げる。


「そこです」


「どこ?」


「壁を見てください」


視線を動かす。


右側に太い柱。


「もし魔物が直線的に追ってくるなら、柱を挟むだけでも違います」


「なるほど」


これは使えそうだ。


「倒せないなら、物を使う」


「はい」


「逃げられるまで時間を作る」


「そうです」


やっと訓練らしくなってきた。


一時間ほど続ける。


終わる頃には、剣を振っていた時よりずっと納得できた。


強くなったわけではない。


たぶん魔物一匹にも勝てない。


でも、一秒でも長く生き残る方法は増えた。


それなら十分だと思う。


「どうですか?」


神代さんが聞く。


「これなら役に立ちそう」


「よかった」


「でも剣はいらないですね」


「……そうですね」


否定されなかった。


「神代さん、そこは少しくらい励ましても」


「嘘はよくないと思って」


真面目だ。


俺はタオルで汗を拭く。


「次は神代さんですね」


「え?」


神代さんの表情が止まった。


小日向も相馬さんもこっちを見る。


「私?」


「はい」


「何をするんですか」


「救難訓練」


神代さんが少し姿勢を正した。


「お願いします」


切り替えが早い。


「小日向」


「はい?」


「負傷者役」


「え?」


さっきまで楽しそうに見学していた顔が曇る。


「何で僕なんですか」


「新人だから」


「関係あります?」


「ある」


「絶対ないですよね」


相馬さんが横から言う。


「やれ」


「はい」


一瞬だった。



訓練室に簡単なコースを作る。


倒れた椅子。


狭い通路。


段差。


途中には救難資材の箱を置いた。


小日向は右足を負傷した設定。


歩けるが、速くは動けない。


「目的は?」


俺が神代さんに聞く。


「小日向さんを安全区域まで運ぶ」


「魔物が出たら?」


「倒す」


「違います」


神代さんが固まった。


「避けられるなら避ける」


「はい」


「救難対象から離れない」


「はい」


「小日向の速度に合わせる」


「分かりました」


「では開始」


神代さんが先頭に立つ。


小日向が後ろからついていく。


最初の障害。


倒れた椅子。


神代さんは軽く飛び越えた。


そのまま先へ。


「神代さん」


俺が呼ぶ。


振り返る。


小日向が椅子の前で止まっている。


右足を負傷している設定なので、飛べない。


「あ」


神代さんが戻る。


「すみません」


「僕、置いていかれました」


小日向が嬉しそうに言う。


「楽しそうですね」


「ちょっと」


もう一度。


今度は椅子をどかして小日向を通す。


次。


狭い通路。


神代さんは普通に抜ける。


小日向はゆっくり。


途中で俺が訓練用の音響装置を鳴らす。


魔物の咆哮。


神代さんが即座に振り返り、剣に手をかけた。


その瞬間、小日向から離れた。


「神代さん」


「あ」


また戻る。


「難しいですね」


「探索と逆なんですよ」


「敵に意識を向けるのが癖になってます」


「救難中は、助ける人を見るほうが先です」


神代さんが頷く。


「もう一度お願いします」


真面目だ。


そこから何度か繰り返す。


段差では小日向へ手を貸す。


狭い場所では先に通さず、自分が出口側を確認する。


音がしてもすぐ飛び出さない。


少しずつ動きが変わっていく。


最後の一回。


訓練用の咆哮が鳴る。


神代さんは剣へ手を伸ばしかけた。


でも止める。


まず小日向を見る。


「歩けますか?」


「はい」


「じゃあ、こっちへ」


障害物の陰へ誘導する。


それから周囲を確認。


俺は頷いた。


「今のはいいと思います」


神代さんが少し嬉しそうな顔をした。


「本当ですか?」


「はい」


小日向が横から言う。


「僕も安心しました」


「さっき置いていってすみません」


「忘れませんからね」


「小日向、お前楽しんでるだろ」


「ちょっとだけ」


訓練が終わる頃には、神代さんもかなり汗をかいていた。


俺とは違う意味で疲れたらしい。


二人で壁際に座る。


小日向は飲み物を買いに行った。


相馬さんも仕事へ戻っている。


「久世さん」


「はい?」


「救難って難しいですね」


「探索より?」


「種類が違います」


神代さんは自分の手を見る。


「強ければ何とかなると思ってました」


「実際、強いとかなり助かりますけどね」


「でも、強いだけじゃ駄目なんですね」


「俺は弱いだけでも駄目ですし」


神代さんが笑う。


「ちょうどいいですね」


「何が?」


「私が戦えて、久世さんが帰れる」


前にも聞いた言葉。


でも今は、少し意味が増えた気がした。


「今日ので俺も少しくらい逃げられるようになったし」


「はい」


「神代さんも小日向を置いていかなくなった」


「それは忘れてください」


「小日向は忘れないって言ってましたよ」


「久世さんまで言わないでください」


笑いながら立ち上がる。


訓練室を片づけようとした時だった。


館内放送が流れた。


『救難班、連絡。第七層北区画、救助対象一名。現地班が接触済み』


俺は手を止める。


現地班が接触済み。


なら、普通ならもう帰還に入っているはずだ。


放送が続く。


『対象者に軽傷。自力歩行可能。ただし――』


少し間があった。


『対象者が帰還を拒否しています』


神代さんと顔を見合わせる。


「帰還を?」


「珍しいですね」


俺もそう思う。


そこへ訓練室のドアが開いた。


相馬さんだった。


「久世、神代さん」


「はい」


「行けるか」


「行けます」


神代さんもすぐ頷く。


俺は尋ねた。


「帰らないって、どういうことです?」


相馬さんが端末を渡してくる。


救助対象。


B級探索者。


男性。


三十一歳。


右肩に軽傷。


状態は安定。


その下。


備考欄。


俺は読む。


『同行者一名が未発見』


「相棒がいる?」


「そうだ」


相馬さんが答える。


「崩落の直前まで二人で行動していた。救助された男は、相棒が奥に取り残されていると言ってる」


「生存確認は?」


「取れてない」


神代さんの表情が変わる。


「だから自分だけ帰らない」


「ああ」


相馬さんが俺を見る。


「現地班が説得してるが動かない」


俺は端末を返した。


帰れる道が見えれば帰すことはできる。


でも。


本人が帰りたくないなら、話は別だ。


「最後に相棒を見た場所は分かってます?」


「本人が知ってる」


「分かりました」


装備を取りに行く。


神代さんもついてくる。


「久世さん」


「はい?」


「《帰り道》で、その人のところまで行けますか?」


俺は少し考えた。


答えはすぐ出た。


「無理です」


神代さんが足を止める。


「分からないんですか?」


「俺に見えるのは、帰る道だけなので」


探しに行く道は見えない。


迎えに行く時と同じだ。


相棒がどこにいるかも分からない。


神代さんが静かに頷く。


「じゃあ」


「普通に探すしかないですね」


剣も魔法もない。


便利な光も使えない。


救難員として、探す。


それだけだ。


俺はロッカーを開けた。


今日の訓練は終わり。


次は本番だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。