第14話 F級のままでいい
十二人全員を地上まで送り届けた翌日。
救難所に着くと、小日向が入口で待っていた。
嫌な予感しかしない。
「久世さん」
「おはよう」
「ちょっといいですか」
「よくないって言ったら?」
「それでも来てもらいます」
そういう日らしい。
俺はロッカーへ向かうのを諦め、小日向についていった。
案内されたのは、普段ほとんど使わない会議室だった。
中には相馬さんがいる。
それだけならまだいい。
知らない人が二人いた。
一人はスーツ姿の男性。
五十代くらい。
もう一人は女性で、救難局の腕章を付けている。
「久世、座れ」
相馬さんが言う。
「何かしました?」
「何かしたから呼ばれてんだよ」
「昨日の報告書なら出しましたけど」
「そういう話じゃない」
ますます嫌な予感がする。
俺が椅子に座ると、小日向は当然のように隣へ座ろうとした。
相馬さんが見る。
「お前は仕事戻れ」
「僕も聞きたいです」
「戻れ」
「はい」
珍しく一回で引いた。
ドアが閉まる。
スーツ姿の男性が軽く頭を下げた。
「探索者管理局の長谷川です」
女性も続く。
「救難局の篠原です」
俺も頭を下げる。
「久世です」
知っていると思うけど、一応。
長谷川さんが手元の資料を開く。
「昨日の第九層救難について、記録を確認しました」
「はい」
「十二名全員を生還させた」
「俺一人じゃないですけど」
「もちろんです。神代美波さん、救難班の協力も記録されています」
ならよかった。
俺だけがやったことになっていたら困る。
「ただ」
長谷川さんが一枚紙をめくる。
「今回だけではありません。先日の第十八層におけるS級パーティ救難。その後の第五層での親子二名の救難。そして今回」
嫌な並べ方だ。
何か査定されている気分になる。
「久世さんについて、探索者としての評価を見直すべきではないかという意見が出ています」
「評価?」
「探索者ランクです」
俺は少し考える。
「F級のやつですか」
「はい」
俺自身の探索者ランクはF級。
《帰り道》も攻略向きの能力ではないと見られてきた。
登録した頃から、俺の探索者としての評価はほとんど変わっていない。
「今さらですか?」
長谷川さんが少し困った顔をした。
「今さらと言われると……そうですね」
相馬さんが鼻で笑う。
「こいつはずっとそう言ってる」
「だって何年もFですし」
「不満はなかったんですか?」
篠原さんが聞いた。
「特に」
「まったく?」
「戦えないので」
俺がそう答えると、長谷川さんが資料を見る。
「現在の探索者ランクは、戦闘能力、攻略実績、危険区域での活動実績などを中心に算定されています」
「ですよね」
「久世さんの場合、戦闘評価は非常に低い」
「知ってます」
「ここまで素直に認める方も珍しいですが」
褒められてはいないと思う。
長谷川さんは続けた。
「一方で、救難実績だけを見ると、F級の範囲に収まらない」
俺は少し首を傾げる。
「それって、探索者ランクの話ですか?」
「そこが問題なんです」
篠原さんが口を開いた。
「探索者ランクは、そもそも救難員としての価値を評価する制度ではありません」
「ならFのままでいいんじゃないですか?」
二人が黙った。
相馬さんだけが小さく笑った。
「ほらな」
長谷川さんが咳払いする。
「そう簡単な話でもないんです。現在、久世さんについて外部から問い合わせが増えています」
「それは知ってます」
ダンジョンデートの案内依頼まで来た。
「F級探索者が、なぜS級でも帰還できなかった場所から生還者を連れ戻せるのか。制度がおかしいのではないか、と」
「制度がおかしいというより、見る場所が違うだけですよね」
俺が言うと、篠原さんが少し目を細めた。
「どういう意味ですか?」
「俺、探索者としては弱いですよ」
自分の手を見る。
普通だ。
剣を握っても強くならない。
魔法も使えない。
オーガに殴られたら終わる。
「一人でダンジョン攻略しろって言われたら無理です。昨日だって神代さんがいなかったら、アーマーボアの群れなんて通れなかった」
「それは……」
「だから探索者ランクがFなのは合ってると思います」
少し考えてから続ける。
「ただ、救難の仕事では《帰り道》が役に立つ。それだけじゃないですか」
会議室が静かになる。
別に難しい話をしたつもりはなかった。
長谷川さんがペンを置いた。
「久世さん自身は、ランクを上げたいとは思わない?」
「上がったら給料も上がります?」
相馬さんが即答する。
「上がらん」
「じゃあ別に」
篠原さんが吹き出した。
長谷川さんまで笑っている。
「久世さん、もう少し名誉とかありませんか」
「ランク上がると救難が楽になるなら欲しいです」
「例えば?」
「立入許可とか、機材申請とか」
篠原さんが頷く。
「それは確かに検討の余地がありますね」
相馬さんも腕を組む。
「救難資格側を見直したほうが現実的だろうな」
長谷川さんが資料へ何か書き込む。
「分かりました。探索者ランクの再評価だけでなく、救難活動における専門評価制度についても検討します」
「大ごとになってません?」
「原因はあなたです」
「俺?」
「これだけ実績を作れば当然でしょう」
困る。
ただ普通に仕事をしていただけなのに。
「今日のところは以上です」
長谷川さんが資料を閉じた。
助かった。
立ち上がろうとすると、篠原さんが声をかける。
「久世さん」
「はい」
「一つだけ」
まだあるらしい。
「F級と呼ばれることに、本当に抵抗はないんですか?」
少し考える。
昨日までなら、たぶん即答していた。
でも最近は周囲の反応を見る機会が増えた。
ネットでも。
救助した人たちからも。
神代さんからも。
それでも答えは変わらない。
「ないですね」
「どうして?」
「必要な人が帰れれば、ランクは何でもいいので」
言ってから、少しだけ言葉を足す。
「まあ、S級って呼ばれるよりF級のほうが気楽ですし」
相馬さんが呆れた顔をした。
会議はそこで終わった。
部屋を出ると、小日向が廊下の角から顔を出した。
「終わりました?」
「仕事戻れって言われただろ」
「戻ってます。たまたまここを通りました」
絶対嘘だ。
「何の話でした?」
「ランク」
「ランク!?」
声が大きい。
「久世さん、上がるんですか?」
「たぶん上がらない」
「何でですか!」
「何でお前が怒るんだよ」
小日向が俺の前に回り込む。
「だっておかしくないですか? S級パーティ助けて、親子助けて、昨日は十二人ですよ?」
「でも戦えないし」
「またそれ!」
「事実だろ」
「じゃあ戦えるだけの人より久世さんのほうが役に立つ場面はどうするんですか」
「そういう時は俺を呼べばいい」
小日向が黙る。
「ランク関係なく?」
「関係なく」
「……それでいいんですか」
「何が?」
「普通もっと評価されたいとか」
「評価されてないわけじゃないだろ」
俺は救難所を見回す。
相馬さんは俺を現場へ出す。
救難班も最近は《帰り道》を前提に動いてくれる。
神代さんもついてきてくれる。
助けた人たちは礼を言ってくれる。
「必要な時に呼ばれてる。それで十分じゃない?」
小日向はしばらく黙っていた。
「久世さんって、時々格好いいこと言いますよね」
「時々は余計だ」
「でも普段が普段なので」
「どういう意味だ」
小日向は笑いながら逃げていった。
追いかけるほど暇じゃない。
ロッカーへ向かおうとすると、入口の自動ドアが開いた。
神代さんだった。
今日は救難協力の日らしい。
「おはようございます」
「おはようございます」
神代さんが近づく。
「何かあったんですか?」
「ランクの話」
「久世さんの?」
「はい」
一瞬で興味を持った顔をする。
「上がるんですか?」
「たぶん上がりません」
神代さんの眉が動いた。
「どうしてです?」
また同じ話だ。
「戦えないからです」
「でも」
「小日向と同じ反応してますよ」
神代さんが少し不満そうな顔をする。
「おかしいと思います」
「神代さんはS級だからそう思うんじゃないですか」
「関係ありません」
即答だった。
「昨日だって、久世さんがいなかったら十二人を連れて帰れませんでした」
「俺だけでも無理でしたよ」
「それはそうですけど」
「神代さんが戦ってくれて、田辺さんたちが誘導して、俺が道を見た。だから帰れた」
神代さんが黙る。
「そういう仕事でしょう」
少しして、神代さんの表情が柔らかくなった。
「久世さん、F級のままでいいんですか?」
「給料上がらないらしいので」
「そこなんですか?」
「重要ですよ」
神代さんが笑う。
「でも」
少しだけ真面目な顔に戻る。
「私には、もうF級には見えません」
困った。
そういうことを真っ直ぐ言われるのは苦手だ。
「神代さんのF級基準が壊れてるんじゃないですか」
「久世さんのせいです」
「俺?」
「はい」
納得できない。
その時、救難所の奥から相馬さんの声が飛んできた。
「雑談してるなら手伝え!」
「はい!」
神代さんがすぐ返事をする。
俺も続いた。
「今行きます」
いつもの救難所。
電話が鳴る。
端末が動く。
スタッフが行き来する。
昨日十二人を連れて帰ったからといって、今日の仕事が減るわけじゃない。
俺は机へ向かう。
その途中、小日向が端末を持ってきた。
「久世さん、これ」
「何?」
「今週の救難記録です。確認お願いします」
「また?」
「仕事です」
最近みんなそれを言うようになった気がする。
端末を受け取り、内容を見る。
神代さんが横から覗き込む。
「多いですね」
「今週だけでこれですから」
「久世さんが担当したものも?」
「何件か」
「やっぱりF級に見えません」
「まだ言ってる」
俺は記録を閉じる。
F級。
別に嫌いじゃない。
強くないことも事実だ。
できないことは多い。
でも。
帰れる道は見える。
必要なら迎えに行ける。
それで今のところ困っていない。
「久世さん」
「はい?」
神代さんが少し笑っている。
「本当に気にしてないんですね」
「何を?」
「F級」
「ああ」
俺は救難所の壁に掛かっている自分の探索者証を見る。
そこには大きく、Fと表示されている。
「このままでいいですよ」
神代さんが首を傾げる。
「どうして?」
俺は少し考えてから答えた。
「帰る時に、ランクは関係ないでしょう」
神代さんは何も言わなかった。
ただ、少しだけ嬉しそうに笑った。
その直後。
「久世!」
相馬さんの声が飛んでくる。
「はい!」
「訓練室行くぞ」
「訓練?」
「神代さんから話が来てる」
嫌な予感がする。
隣を見る。
神代さんが目を逸らした。
「何の話です?」
「久世さん」
「はい」
「最低限、自分の身くらい守れるようになりませんか」
やっぱり嫌な予感は当たった。
「俺、戦闘向いてないですよ」
「知っています」
「即答しないでもらえます?」
神代さんは笑った。
「だから、どこまでできないのか確認しましょう」
「確認する必要あります?」
「あります」
逃げ道を探そうとした。
でも、今日は《帰り道》を使わなくても分かる。
たぶん逃げられない。
俺は小さく息を吐いた。
「……仕事より嫌かもしれない」
「大丈夫です」
神代さんが楽しそうに言う。
「ちゃんと手加減しますから」
その言葉が、一番信用できなかった。




