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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


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第13話 一人も欠けずに

「帰り道は、まだ前にあります」


背後では、さっきまで通っていた通路が瓦礫に埋もれている。


もう戻れない。


学生たちの顔にも、それは分かっていた。


誰かが小さく息を呑む。


でも、神代さんは前を向いたままだった。


「分かりました。進みましょう」


それだけ。


第十八層で初めて会った時は、俺が道を示すたびに確認されていた。


今はもう、「本当にそっちですか」とは聞かれない。


俺は足元の光を見る。


まだ続いている。


なら、やることは変わらない。


「田辺さん。一度、救助対象の人数を確認します」


「了解」


田辺さんが学生たちへ声をかける。


「その場から動かないでくれ! 点呼する!」


大学生十人。


引率者二人。


一、二、三。


負傷した学生もいる。


水野君もいる。


十。


十一。


十二。


「救助対象、十二名。全員います」


「こっちも問題なし」


佐伯さんが答える。


よし。


俺は学生たちを見る。


「ここからは、急いで先へ行くより、離れないことを優先します」


一人が不安そうに聞いた。


「また魔物が来たら……?」


「その時は神代さんたちに任せます」


神代さんが剣を握り直す。


「任せてください」


「ただし」


俺は続けた。


「勝手に走らないでください。前の人を追い越さない。誰かが止まったら、後ろの人も止まる。まず、それだけ守ってください」


学生たちが頷く。


大人数の救難で一番怖いのは、一人だけ別方向へ逃げることだ。


十二人全員を帰す。


だったら、十二人が一つの集団でいなければならない。


「行きます」


神代さんが先頭。


その後ろに俺。


学生たちの中央に田辺さん。


最後尾に佐伯さん。


隊列が再び動き始めた。



通路は少しずつ狭くなっていった。


さっきまでの搬送坑道と違い、二人並ぶのも難しい。


その代わり、大型のアーマーボアが入ってこられる幅でもない。


背後から聞こえていた唸り声も、いつの間にか遠くなっていた。


「これなら追ってこられませんね」


神代さんが言う。


「たぶん」


「そこは、たぶんなんですね」


「魔物の気持ちは分からないので」


前を見ながら答える。


少しだけ空気が緩んだ。


後ろを見る。


学生たちはついてきている。


水野君も俺のすぐ後ろを歩いていた。


ただ、まだ顔色は悪い。


「水野君」


「……はい」


「大丈夫?」


「大丈夫です」


さっきよりはましだ。


でも、その言葉をそのまま信用しないほうがいい。


「苦しくなったら言って」


「はい」


「我慢して倒れられるほうが困るから」


水野君が少しだけ笑った。


「久世さん、それ前にも誰かに言ってそうですね」


「最近、何度か」


怪我人は大体、似たようなことを言う。


自分は大丈夫。


自分を置いていけ。


迷惑をかけたくない。


救難する側としては、遠慮されるほうが困る。


前方で神代さんが足を止めた。


俺も止まる。


「どうしました?」


「分岐です」


光を見る。


右。


「右です」


神代さんは迷わず進んだ。


隊列が曲がる。


その時。


後ろから声がした。


「待ってください!」


全員が止まった。


振り返る。


左腕を負傷している男子学生が、壁に背中をつけていた。


顔をしかめている。


「どうした?」


田辺さんがすぐ近づく。


「すみません。ちょっと……痛くて」


「痛みが増えた?」


「さっき走った時から」


佐伯さんも戻り、固定している左腕を確認する。


俺は足元を見る。


光は消えていない。


ただ。


少し先で方向が変わった。


今まで右側の上り坂へ向かっていた線が、途中から左へ逸れている。


「田辺さん」


「はい?」


「道、変わりました」


「今?」


「はい」


田辺さんが俺の指す方向を見る。


「そっちは遠回りになります」


「どんな道です?」


「保守用の通路です。階段は少ないですが、かなり迂回する」


怪我人の状態が変わった。


だから道も変わった。


これまでにもあった。


「そっちにします」


負傷した学生が驚いた。


「俺のせいですか?」


「せいじゃないです」


「でも遠回りに」


「帰れるなら同じです」


「……すみません」


また謝る。


「謝らなくていいよ」


俺は言った。


「十二人で帰るための道なので」


学生は少し黙り、それから頷いた。


「……はい」


神代さんが保守通路へ向きを変える。


「こっちですね」


「お願いします」


また隊列が動く。



迂回路に入って十五分ほど。


誰も欠けてはいない。


ただ、全体の速度はかなり落ちた。


怪我人に合わせているからだ。


後ろから急かす人もいない。


学生たちも、最初より周囲を見る余裕が出てきたらしい。


前の人が段差を越えると、後ろへ教える。


滑りやすい場所があれば声を回す。


誰か一人が助けられているというより、全員で帰ろうとしていた。


悪くない。


「久世さん」


水野君が後ろから声をかけてきた。


「何?」


「さっき、一歩だけって言ってくれたじゃないですか」


「言ったね」


「今、何歩くらいですかね」


知らない。


「数えてたの?」


「途中まで」


「何歩?」


「三百くらいでやめました」


「じゃあ十分じゃない?」


水野君が笑う。


「はい」


その顔なら大丈夫そうだ。


その直後。


低い音がした。


全員の足が止まる。


ズズッ、と何か重いものが動く音。


上だ。


「壁際!」


田辺さんの声。


俺たちはすぐ壁へ寄る。


次の瞬間、前方の天井から拳ほどの石がいくつも落ちてきた。


悲鳴が上がる。


神代さんが俺たちの前へ出た。


大きな石だけ剣で弾く。


「動かないで!」


田辺さんも学生を壁際へ押し込む。


数秒。


長く感じた。


やがて音が止まった。


土埃だけが残る。


「怪我人!」


佐伯さんが確認を始める。


一人ずつ。


学生。


引率者。


誰にも当たっていない。


俺も人数を見る。


一。


二。


三。


焦らず数える。


十。


十一。


十二。


「十二人、全員います」


その言葉に、周囲から一斉に息が漏れた。


俺自身も少し安心した。


神代さんが天井を見る。


「ここは早めに抜けたほうがいいですね」


「そうですね」


光も前へ続いている。


「行きましょう。ただし走らないで」


学生の一人が驚いた。


「走らなくていいんですか?」


「走って転ぶほうが困ります」


田辺さんも頷く。


「久世さんの言う通り。前との距離を詰めて、歩いて抜ける!」


隊列が進む。


速くはない。


でも崩れない。


誰も置いていかない。


今はそれが一番大事だった。



さらに進むと、前方が明るくなった。


人工照明。


整備された壁。


田辺さんが地図を見る。


「第八層の安全区域です」


その一言で、学生たちの空気が変わった。


「出た……?」


「戻れた?」


「まだ地上じゃないぞ」


引率者がそう言いながらも笑っている。


安全区域へ入る。


待機していた救難スタッフがこちらへ走ってきた。


「救助対象は?」


田辺さんが答える。


「十二名全員! 一名左腕負傷、全員歩行可能!」


すぐに救護が始まる。


負傷者が別のスタッフに診てもらう。


水野君はその場に座り込み、大きく息を吐いた。


俺は壁際へ寄った。


終わりではない。


まだ第八層だ。


でも、ここから先は整備された通常ルートを使える。


通信も安定している。


地上の救難所へ連絡する。


「こちら久世。救助対象十二名、第八層安全区域まで移動しました」


返答はすぐだった。


『十二名全員か?』


「全員です」


『了解。上層から応援を向かわせる』


通信が切れる。


ようやく、少し肩の力を抜いた。


「久世さん」


神代さんが隣へ来た。


「お疲れさまです」


「神代さんも」


「まだ帰ってませんよ」


「それ、俺の台詞じゃないですか?」


「使ってみました」


少し得意そうだ。


俺は笑った。


「じゃあ、最後までお願いします」


「もちろんです」



そこからの帰路は、驚くほど普通だった。


第七層。


第六層。


上から来た救難スタッフと合流し、負傷した学生は念のため担架に乗せた。


水野君も歩いている。


途中で何度か人数を確認した。


十二。


十二。


十二。


一人も減らない。


第五層に上がったところで、学生の一人が言った。


「久世さん」


「はい?」


「何回数えるんですか?」


「帰るまで」


「そんなに?」


「一人足りなかったら嫌でしょう」


「それは……嫌ですけど」


「なら数えます」


横で田辺さんが笑った。


「救難じゃ基本だよ」


学生が納得したように頷く。


俺はもう一度後ろを見る。


十二人。


大丈夫。



地上の出口が見えたのは、日が傾き始めた頃だった。


外の光が差し込んでいる。


一番前にいた学生が声を上げた。


「外だ!」


後ろがざわつく。


「走らない!」


田辺さんの声が飛ぶ。


「ここまで来て転ぶな!」


笑いが起きた。


もう、最初のような張り詰めた空気はない。


一人ずつ出口を抜ける。


地上では医療スタッフや関係者が待っていた。


学生たちの姿が見えるたび、声が上がる。


俺は出口の横で人数を確認する。


一。


二。


三。


負傷していた学生も担架で出る。


九。


十。


十一。


最後。


水野君。


十二。


全員。


「救助対象十二名、全員地上へ出ました」


田辺さんが通信へ報告する。


『了解。十二名全員生還を確認』


その言葉を聞いた瞬間、学生たちから歓声が上がった。


泣いている子もいる。


その場に座り込む子もいる。


抱き合っている子もいた。


引率者の男性が俺たちのところへ来る。


深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました」


「全員で帰れてよかったです」


俺が答える。


それ以上は何もいらない。


水野君が仲間のところへ行く途中、こちらを振り返った。


「久世さん!」


「何?」


「ちゃんと帰れました!」


大きな声だった。


俺も手を上げる。


「よかった」


水野君は笑って仲間のところへ戻っていった。


「いい顔してますね」


神代さんが隣で言う。


「そうですね」


前に話した。


地上へ戻った人は、大体同じ顔をする。


身体から力が抜けて、安心して。


ようやく帰ってきた顔になる。


今日も同じだった。


「久世さん」


「はい?」


「さっきから十二人しか数えてませんね」


「救助対象が十二人なので」


「それは分かってます」


神代さんが俺を見る。


「久世さん自身は?」


「俺?」


「はい。ちゃんと帰ってきてます?」


何を聞いているんだろう。


「目の前にいますけど」


「そういう意味じゃなくて」


神代さんは少し困ったように笑った。


「救助する人も、ちゃんと帰ってこないと駄目でしょう」


田辺さんが横から口を挟む。


「それはそうだな」


「田辺さんまで」


「救難班が帰ってこなきゃ、それも救難案件だからな」


縁起でもない。


でも、言っていることは正しい。


俺はダンジョンの出口を振り返る。


《帰り道》の光は、もう消えていた。


仕事が終わったということだろう。


「分かりました」


神代さんを見る。


「次から自分の心配もします」


「本当ですか?」


「たぶん」


「そこは言い切ってください」


また笑われる。


俺も少し笑った。


救助対象、十二人。


全員生還。


それで今日の救難は終わりだ。


あとは救難所へ戻って、報告書を書く。


できれば、そっちは誰かに救助してほしかった。

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